第8話

 春也と外廊下で別れてから数分後、私は必死で廊下を走っていた。下駄箱で待ってくれている筈の友人二人と合流する為に。本当は廊下を走っていけないんだけど、友人二人を待たせるのは申し訳ないから、ここは規則を破らせてもらうし! もし風紀委員長に見つかったら、「そんなことで廊下を走るんじゃない!」とか言われて怒鳴られそうな気がする。


 数分くらい廊下を進むと、私ら一年生達が使う、一年生用の下駄箱が見えてくる。数人の生徒が、上履きから外履きの靴に履き替えている様子がちらほら見て取れた。風紀委員会の人達の姿があったらどうしよう、と思いながら見回すけど、今のところ見当たらない。助かった。


 下駄箱に到着したけど……二人共いないな。もしかして入口先で待ってるのかな?


 私はそう思って、靴を履き替える。上履きを下駄箱に置いた時、友人二人が姿を見せた。花梨は笑顔で出迎えてくれたけど、梨子は機嫌そうに右を向いている。


 対照的な二人だな……。


「梨子……、花梨……」

 私がつぶやくと、花梨がにっこりと私に微笑む。

「マナ、春也君とのお話終わった〜?」


 でた! 花梨の必殺無垢な笑顔攻撃!


「……うん、なんとか終わったよ」

 私がそう言った直後、花梨が満面の笑みで頷いた。なんというか、花梨の笑顔を見ていると心が癒される。花梨には小動物みたいな可愛さがある気がする。


 梨子が眼鏡の位置を整えると、私に視線を映す。なんだか言いたげな表情で私に視線を送っている。どうしたんだろう?

「ところで麻奈。日高君とのお話、どんな内容だったのですか?」


 な、なぬ!? なんですと!?


「あ……、えーと、それは……その……」

 梨子の質問に、私は何も言えなくなって思わず視線を逸らしてしまった。というか、言える訳がない。言ってしまったら私の感情が噴火のように吹き出してしまいそうで、とてもないじゃないけど言えない。それが梨子だとしても。どうしよう……言った方がいいのかな。


「マナの用事も終わったし、三人で帰れるねっ。ほら、早く帰ろうよ〜。ねっ、ねっ?」

 内心焦っていたところに、花梨がうるうるした瞳で梨子を見つめながら言った。


 か、花梨……! あなたって子は……なんてグッドタイミングなの!

 私の中で、花梨ランクが天使様から女神様に昇格した。


「花梨……あなたはせっかちな人ですね、全く……まあこれ以上校舎に残る理由はありませんし、帰りましょうか」

「うん、早く帰ろう! それがいいよ! それが!」

 やや納得がいかない様子の梨子を、私は花梨と同じように急かした。

 これ以上、春也に関する話が出てくると私の感情が持たない!


 突如、花梨が何か思い出したような顔で手を叩く。それに私はビクッと反応してしまった。今度は何!?

「あっ……、そうだ〜! そう言えば、思い出したことが……」

 花梨がそんなこと言い始めた。思い出したことってなんだろう。

 何故か、嫌な予感が走るんですが……? 気の所為、ですよね?


「どういうことですか? まさか花梨また教室に忘れ物したとか言いませんよね?」

 梨子が声を震わせながら花梨を睨んで発する言葉は、周りにいた生徒達まで怯えさせる攻撃力は半端ない。


 ひえぇー! 梨子、ちょっぴりだけど怒ってる! 

 こわっ! 怖いよ、梨子さん!

 眼鏡の奥に見える瞳が光っているし!


 梨子の表情に気にもとめない様で、花梨が「えへへ」と笑う。二人の温度差があり過ぎて、何か起こりそうな雰囲気が怖い。

「うん、実はね〜、私とマナとリコの三人でスポーツショップに寄りたいな と思って」

 雲のようにフワフワとした笑顔で話す花梨。


 って、ちょっと待って!

 私の聞き間違いじゃなかったら、花梨スポーツショップに寄りたいって言わなかった!? 

 まさか、例のアレですか――――!?


 私は花梨を見つめて、ゴクリを唾を飲み込んだ。



      *



 放課後の学校を出てから十分くらい経った頃、私達は学校近くの通りに建つ寂れたスポーツショップにやってきていた。店内の広さはたたみ十畳分くらいの広さで、正直に言えば広いとは言えない。けど、狭い割には商品の品揃えは豊富らしく、陸上部の花梨はこのスポーツショップを頻繁に利用している。私はスポーツショップ利用しないから、詳しいことはよく分からないけどね。


 そうそう、スポーツショップ内の二人はと言いますと……。


「マナ! リコ! 見てみて! 最近発売されたばかりの新作シューズがあるよ! シューズ! ……あ! このリストバンド、すっごくかっこいい ! あ! ここにも良いのがある! 迷っちゃうな〜」

「花梨、はしゃぎ過ぎですよ……もう少し声のトーン落としてもらえませんか? 全く……スポーツショップでのあなたといると耳が痛いですよ……はあ」


 なんとまあ、なんとも言えない光景。

 スポーツショップで嬉しそうにはしゃぎまくる花梨に対し、梨子はウザそうな顔でかなり白けてる。梨子、私はあなたに同情します。こればっかりはさすがの私も白けてしまってますが。今は良いけど、この後が大変なんだよね……。


 花梨はスポーツショップ内をくまなく見回り、何度も同じ場所を歩き回っていた。その姿は学校で過ごしている時よりも生き生きしている。


 この花梨はスポーツショップに寄ることが好きで、私と梨子を連れ回しては私らを困らせていた。一度店内に入ればなかなか帰らせてはもらえず、スポーツグッズの話題に入ってしまうと軽く一時間は超えてしまい、尚更帰らせてくれない。そしていつも私が花梨の話に最後まで付き合わされることになるんだよね……。

 そんなこんなで私と梨子は、これでもかってくらい話を聞かされる為、花梨とスポーツショップに入ることにウンザリしている。でも花梨にそんなことは言えないけど。


「ねぇ、ねぇ。マナ、リコ」

 笑顔の花梨に話しかけられ、私は「花梨、どしたの?」と返事した。梨子も未だに白けた表情で、「……なんでしょうか」とつぶやいた。

「そう言えば、新作のシューズをみて思い出したんだけどランニングシューズって……」

 そう話の冒頭を聞いた時、血の気が引いていく感覚が走っていく。ちらっと梨子の様子を伺ってみると、梨子も青ざめた顔で視線を逸らしていた。花梨のおしゃべりモードで散々な目に遭っているから、青ざめた表情にもなるよね……。


 ちょっ、ちょっ、ちょっ! 

 ちょっと待って! この話の切り口は例の長引くパターンじゃないの! こうなった花梨は永遠にしゃべり続けるから厄介何だよね……に、逃げなきゃ!


「あ……そう言えば」

 私が焦っていた時、梨子がそうつぶやいたかと思ったら、眼鏡をクイッと上げると続けてしゃべる。

「母親に買い物に行くよう頼まれてました。私はそろそろこの辺で失礼します」

 私はその言葉に衝撃を受けた。


 え? ええええ!? そんな、梨子ー!

 帰らないでよー! 梨子が帰ったら私……。


「そうなの? リコ、また明日ねー!」

 一方で花梨はというと、店を出ようとしている梨子に、笑顔で手を振っていた。梨子も笑みをこぼしながら、「後はよろしくお願いしますね」と言いたげな顔で私に手を振っている。

 私は笑顔で梨子を見送りながらも、「トホホ」と感じた瞬間でもあった。



      *




「やっと……開放されたー!」

 私は家に到着してから一気に疲れが出たのか、自分の部屋によろめきながら入る。真っ先に目に入ったベッドに思いっきり飛び込むと、仰向けに寝転びながらため息をついた。制服のスカートに忍ばせていた携帯電話を取り出し、現在の時間を確認する。携帯の時計では五時半を指していた。


 あれから花梨に当然の如く捕まり、梨子に先を越された為に逃れられなくなった私。暗記出来るんじゃないかってぐらいに約一時間ほど話を聞かされ続け、五時を過ぎたところでようやく開放され、帰路に着いたという訳だ。


「今日はいろいろあったなあ……」

 そうつぶやいた後、今日一日を振り返り始め、記憶を呼び起こす。


 学校に着いてすぐに、下駄箱近くの掲示板に 何者かの手によって張られた張り紙。それには春也と鈴蘭が仲むつまじく歩く写真があった。張り紙には『春也と鈴蘭が恋人』とか言う見出しもついてて、正直なところ、春也と鈴蘭が恋人かはまだ分かっていない。


 さらに、その張り紙をしたのは私だとあらぬ疑いを掛けられ、しかも風紀委員会に目を付けられた為、昼休みに呼び出されて会議に参加する羽目になった。結局、鈴蘭の一声で厳重注意に留まって退学にはならなかったけど、鈴蘭に借りを作ってしまった。


 風紀委員会の会議が終わったかと思ったら、今度は鈴蘭に呼び出しをくらって、屋上でなんと春也と顔を合わせることに。そこで春也が「鈴蘭」と呼び捨てにしたことをこの耳ではっきりと聞いてしまった。春也は「今聞いたことは忘れろ」と私に言って、続けて「お前を恋愛対象としてみたことはない」と告げられちゃったけど。


 その後は春也のファンである女子生徒達に不満をぶつけられたり、春也に呼び出されたて話したり。いろいろあり過ぎて、今日起こった出来事を未だに理解できなくて、感情と頭の中がついていってない。


「明日は……いつもの私に戻っていると良いんだけど……」

 その時、携帯のメール着信音が鳴り、メールが来たことを知らせる。私はすぐさま携帯を開いて、メールを確認した。すると、一件メールが届いていた。

「あっ、またファンの子からメールが来た♪ やった!」


 ファンの子というのは、私がネットで公開している携帯小説を読んでくれている読者のことで、名前は「mana☆」で通っている。小説は何作品が投稿しているが、人気は全然なくてマイナー携帯小説作家が私だ。

 他にもブログも同じ名前で公開していて、ブログのタイトルは「mana☆の日常life」で毎日ちまちま書きつづっているが、人気は小説と同様、人気ないけど。


 メール確認した後、ネットに接続してブログ管理画面を開く。今日の更新をする為と、昨日の記事にコメントがついたか、アクセス数はいくつか見たい為だ。ブログ管理画面を見ていると、お知らせに「ブログ記事にコメントがつきました!」と表示があった。やった、コメントがついた! と喜んだのは束の間だった。自分のブログに移動した直後、コメント数に目を疑った。いつものコメント数は一件か二件くらいなのに、昨日更新した記事には三百件以上書き込みがある。


「急に何でコメント数が増えてるの……?」

 不思議に感じながらも、コメントのリンクをクリックしたら、さらに驚愕した。コメントの内容が誹謗中傷するコメントばかりだったからだ。


 これは完全に「炎上」状態じゃない! なんで……!? どうなっているの?


 炎上になるような内容の記事を書いていない筈なのに、読者に嫌われる理由が分からず、全く身に覚えがない。


「麻奈ー! ご飯が出来たわよー!」

 母親の機嫌の良い声が聞こえてきた。何故、母親の機嫌が良いかは知らないけど、ご飯を食べるのが先だ。その前にブログの更新をする。

 数分でブログの更新を終えた私は、やや大きめの声で「はーい!」と返事した後、ベッドからおりて部屋を後にした。



      *



 三十分後、夕ご飯を食べ終わった私は、食事で膨らんだお腹をさすりながら、ゆっくりと自分の部屋に戻った。

「食べた、食べた」

 今日は夕ご飯も盛大に豪華だったのが気になるけど、美味しかったから気にしないことにする。


 再び、ベッドに飛び込んで仰向けになると、急いで携帯を取り出した。もちろん、今日更新した記事のアクセス数を確認する為。


 ……あ。早速今日のアクセス数が、昨日のアクセス数を上回って、五百超えてるー!

 やったー! マジで嬉しい!


 でもまた、マックスに上がった私のテンションが、一気に下がるほどの光景を目にした。


 今日更新した記事が既に炎上化していたからだ。たまたままぐれでしょ、と高を括っていたけど、その判断は甘かった。昨日のコメント数をさらに超えて、千件にも達している。もちろん、内容は誹謗中傷だらけ。中には過激な悪口まで書かれてあった。


 マックスだった私のテンションは、十パーセントまで下降。同時に、心に多くの傷がついた。


 その時、私の目に飛び込んだのは、あるユーザーが書いたコメント。ユーザーの名前は不明だが、内容は驚くばかりだった。


『H・H君と恋人でもないのに、いっつも恋人気取りのお前がムカつくんだよ! しかも今日、昼休みに屋上でH君に「俺とお前は赤の他人で、ただのクラスメイトだろうが! それ以上の関係じゃねえだろ! それに俺はお前を恋愛対象として見たことは一度もない! 」と言われてやんの! ざまぁみろ! もっと地獄に落ちればいいんだよ!』


 今日、昼休みで春也に言われた言葉。

 私と、春也と、鈴蘭しか知らない筈なのに、どうして? これは確実に神崎中学の生徒の仕業しか考えられない。

 でも、生徒の仕業と決めつけるのは早い気がする……このコメントを書き込んだ人って、誰……?


 考えても考えても、犯人に検討がつかないまま、私は眠りにつくことになる。


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