第7話

 最近、こういう展開多くありません? 鈴蘭の時といい、今といい……それに鈴蘭の時よりもさらに悪い展開が待っているような気がするんですけど……。


「き、聞きたいことって、……何?」

「率直に聞くけど、三河さんって日高君のことどう思ってるわけ?」

 私が悶々と考えながら尋ねると、そう女子に質問された。


 ええ!? いきなりですか!?


 私は思わず叫ぶ。

「えっ!? そっ、そんな訳……ないに決まってるでしょ! どうして、春也なんかに……」

 話している途中で、教室の空気が変わった気がした。というより、ピンポイントに言えば女子達の雰囲気が変わったといえば分かり易い。


 はっ! 女子達の目付きがさっきも険しかったけど、より一層険しくなったような……。

 わ、私、またやってしまった感じ……?

 私の血の気が引いていくような感覚が流れていく。教室に漂う空気で理解した。


 ――――女子達の嫉妬が半端なくヤバイ!


「三河さんって、日高君と結構仲が良いよね? 日高君とどういう関係なの?」

 別の女子からの質問。どういう関係かって聞かれても……。

「どういう関係も何も、私と春也はただの友達よ!」

 私が女子の質問に答えたら、クラスメイトからの嫉妬のような視線が突き刺さる。


 な、何!? 私、変なこと言いました!?


「ずっと思っていたんだけど、なんで三河さんは日高君のこと呼び捨てなわけ? うちらはさん付けなのに!」

「そうよ、そうよ!」

「おかしいじゃない! 不公平よ!」

「なんで、日高君と三河さんが仲良いのよ……!」

 女子達の不満の言葉を、私は引きつった笑顔で聞き流した。というよりも、答えようがない。


 そんなこと言われても……。私はどう答えればいいのか。


 私がなんと言えばいいか悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえる。

「麻奈、一緒に帰りませんか? 麻奈……?」

 落ち着いたトーンでしゃべる女子生徒らしき声。間違いない。


 この声は、間違いなく梨子だ!


 女子達の視線が梨子に向いたことで、梨子の姿が目に入る。というか、梨子の様子がおかしいような……。

「あなた達……麻奈に何の用ですか? 日高君に無視されるからと、麻奈に八つ当たりですか?」

 梨子から放たれた黒いオーラに、教室にいる誰もが一瞬でびくついただろう。

 誰かはわからないが、女子の一人が「チッ」と舌打ちした。それを合図に女子達が教室を早足で出て行く。


 梨子が心配そうに私の席に近づいた。


 女子達の姿が見えなくなった途端、私の中にある緊張の糸がぷつりと切れる。 

「危なかったぁー!」

 私は大きくため息をついた。



      *



 教室を出て帰ろうとする生徒達に追い抜かれながら、私は梨子と二人で廊下を進んでいた。相変わらず、女子生徒達の鋭い視線が私の背中に突き刺さる。


 うう、やっぱり視線が痛い……。


「今日は大変な一日でしたね、麻奈」

 梨子が微笑しながら私に話しかけてくれる。

「ホントだよー。今日は散々な日だよ……神様からの試練なのかな……」


 私は梨子にそうしゃべり返してから、言うべきことを思い出した。

 そうだ、まだ梨子にお礼言ってない。


「あ、さっきはありがと! 梨子のおかげで助かったよ」

 私がにっこり微笑むと、梨子も微笑み返してくれる。

「そんなことありませんよ。あの方達は日高君に相手にされず、イライラしていたのでしょう。それに麻奈が日高君と名前で呼び捨てにしていたことも気に入らなかったので、麻奈に八つ当たりしたかっただけですよ。気にすることはありません」

「へえー。梨子、よく知ってるね……私、知らなかった……」

 私は梨子の言葉に感心した。梨子っていろいろ知っているんだ―。

 私の言葉が耳に入ったみたいで、何故か呆れた顔でため息をつく梨子の姿がある。

「麻奈、あなた……なんにも知らないんですね……」


 えっ、な、なにが? なんのこと?

 梨子が何を言いたいのか、よくわからなかった。私は梨子にお然りを受けているのでしょうか……?


「マナー、リコー!」

 と、聞こえてきたのは花梨の声。振り返ると、無邪気な笑顔で私と梨子に駆け寄ってくる花梨がいる。というか、花梨。ここ、廊下ですけど。


 花梨は私達二人の元に追いつくと、言う。

「えへへ、今日はみんな部活がお休みだから三人で帰れたらと思って」


 そう、今日は全ての部活がお休みの日だ。

 神崎中学校では月に一回、全ての部活がお休みの日が設けられている。そのお休みの日は不定期で、月の初めに生徒会が配布している生徒会新聞にお知らせされている。まあ、たまにお休みと知らずに部活動の場所に行く生徒がいるみたいだけどね。


「そうですね、三人で一緒に帰るのは久々ですし……一緒に帰りましょう」

 梨子が花梨の話に同意した。

 私も梨子に続けて話す。

「三人に帰れる時に一緒に帰らないと! うん、一緒に帰ろう!」


 ホントはお昼休みの出来事の衝撃がまだ体の中に残っていて、元気を出せる気分じゃない。唯一の友達二人に心配かけたくないから、無理にでも元気を出さなくちゃ。


「そういえば、麻奈。お昼休み……何かあったのですか? 教室に戻ってきてからの麻奈、様子がおかしいですよ?」

 私が決意した矢先に、問いかけられた梨子の質問。その問いかけに私は“ギクリ”とした。

「え? な、なんの……こと?」

 私がごまかしていたら、花梨が不安げに「マナ……なんか無理してる……」とつぶやく。


 梨子……花梨……。やっぱり、二人には勝てないな。


「じ、実は……」

 そう話を切り出した私は二人に、屋上で起こったことを包み隠す話して言った。もちろん周りには他の生徒がいるので、小声で話す。

 話し終わると、梨子と花梨の表情が険しくなっていた。というより、目を見開いて驚いていたと言った方が正しいかも。

「紫藤鈴蘭さんと、日高君が……!?」

「名前で、呼び捨て……!?」


 そりゃあ、びっくりするよね……あの、紫藤鈴蘭と春也がホントに親しい関係だったなんて……。私だって驚いたくらいだもん。他の生徒も同じ話聞いたら梨子や花梨と同じように驚いていたと思う。


 梨子が悲しそうな顔で私を見つめた。

「……麻奈、あなたはそれで良いのですか? 満足、しているのですか?」


 その瞬間、ドクンと、私の心臓が大きく脈を打つ。

 満足、か……。


「私は……」

 私がそう言いかけたその時だった。


 男子生徒の声で「麻奈」と声をかけられる。この男子生徒の声に聞き覚えがあった。いや、今日何度も聞いたこの声は……。


 私は声が聞こえた方向に視線を向けると、その人は立っていた。梨子と花梨もその人に目を向けている。

「春也……」

 私が春也の名前を口にすると、春也が私に近づく。

 春也の登場で女子生徒達のテンションが、グーンと上がっているような気がした。何せ、廊下に黄色い声が飛び交っているんだもの。


 わ、私は……私は……。

 私が戸惑っていたら、突然、花梨が口を開く。

「あ、マナ。日高君が麻奈に用があるみたいだから、リコと二人で下駄箱で靴履いて待ってるね〜」

「か、花梨……!? ちょ、ちょっと何を言ってるんです!?」

 花梨は明るいトーンでしゃべると、梨子を半ば強引に連れて行ってしまった。


「麻奈、今、時間あるか?」

 春也が私にそう話しかけた。ちょっとぎこちない話し方だけど。

 せっかく花梨が気を利かせてくれたのだから……今度こそ、素直にならなくちゃ! よし!


 私は腹を括って、深呼吸していから叫ぶ。。

「なんで春也なんかと! ま、まあ、じ、時間、ない訳じゃないけど!?」

 私が言葉を発した瞬間、春也の表情が険しくなっていった。ああ、また、やってしまった。


 思い切って言った言葉がこれなの、私……。

 私は自分に失望する。春也は、どう思ったんだろう……また嫌いになったかな?


 私は春也が声を出すまで待った。考え込む春也の姿を見つめ続ける。いつしゃべるんだろうとドキドキしながら。


 春也が固い表情で私の顔を見つめると、口を開いて言う。

「そうか……じゃあ、場所を変えて話そうか」

 春也の声は落ち着いたトーンだった。声のトーンからして、今のところ怒っては、いないみたい。ということは、大丈夫とみていいのかな。


「わ、わかったわ」

 私が小さく頷くと、春也が「こっちだ」と言って私を誘導した。私は春也の後をついて行くしかなかった。



      *




 私が春也に連れられ歩くこと十分。やって来たのは、二年生校舎一階の外廊下だった。

 私は見上げて空を見た。外は曇り空で黒い雲が空を覆い、今にも雨が降りそうほど、雲行きが怪しくなっていた。


 外廊下なら普段通る生徒が少ないので、人目につくことはないだろう。人気ひとけのない場所に連れてきたということは周りに聞かれたくない話なのかな。

 ていうか、私お昼休みのことがあったから、まだ春也と面と向かっておしゃべりできないんですけど……。


 春也が眉間にしわを寄せて、私の目を見つめるとつぶやく。

「さっきは……昼休みは言い過ぎた。悪かったな」

 春也……。もしかして、さっき声かけたのってこれ言う為……?

 ここは「そんなことない、私も言い過ぎた」って言わなきゃ。頑張れ、私!


「べっ、別にっ! あんたに謝られても……うっ、嬉しくないしっ!」

 私が意を決してしゃべった言葉は想像とはかけ離れた言葉だった。


 はははは……思っていたことと口に出した言葉が全然違う。私の素直になれない性格、本当に直るのかな……。


 春也はため息を吐いてから言う。

「なっ、相変わらずひねくれた奴だな……お前は」

 その表情はどこか寂しそうな表情をしていた。なんというか、胸の内に悲しみを溜め込んでいるような雰囲気というか……私にはそう見えた。

 

 って、ひねくれた奴って失礼な! 私はただ素直になれないだけよ!

 そんなこと今の春也に言える訳もなく、胸の内で叫ぶけどね。


「春也……話って、何?」

 私は精一杯声を出してしゃべった。

 春也が緊張した面持ちで、話を始める。

「麻奈、いろいろと迷惑を掛けてすまなかった。気を悪くしたと思うが、俺は、別にお前のこと……嫌い、じゃない」


 春也の言葉を耳にした瞬間、心が少しだけ、晴れやかになった。

 嫌いじゃない……! 嫌われて、いない。私は春也に嫌われてない!

 ってことは、まだ、希望は残ってるって考えてもいいんだよね……?


「か、勘違いするなよ! 俺は友達として、嫌いじゃないと言いたいワケで、別にその……アレじゃないからな!」

 春也が何故か顔を真っ赤にして否定する姿を見て、私は吹き出し笑いをしてしまう。

「ぷっ、何それ。あはは、何照れてるの!」


「うるせー! てか、なんで俺がお前みたいな口悪い女に謝らないといけないんだよ!」

「何よ、それー! 口ワル女で悪うございました! 全く、学校の人気者ってどういうこうも口が悪いのよ!」

「知らねーし!」

「知りなさいよ!」

「意味がわからん!」

 少しだけ、少しだけだけど……いつもの二人に戻れた気がした。不思議なことに春也との口喧嘩をすることが私の中で日常茶飯事になっていて、それが少しの間消えただけでこんな不安な気持ちになるとは思ってもいなかったけど。


「って、話ってそれだけ!?」

 私は春也に尋ねた。春也が瞬時に真面目な表情に変化する。

「いや、話したいことはもう一つある」


 ま、まだあるの!?


 私が「な、何……?」とつぶやくと、春也は言った。

「お前に傷つけるようなことは言ったが、あの言葉に……屋上で言ったことに嘘偽りは、ない」


 えっ……。それって……つまり……。

 意味が分からなくて、私の脳内が凍結フリーズしていく。同時に、身体も硬直する。

 

「言いたいことはそれだけだ。呼び出して、悪かったな」

 春也がそう告げて、立ち去って行った。けど、春也の姿が目に入らない。


 春也……!


 神様、これはあなたが私に与えた試練、なのですか――――?

 私は上を見上げて、曇り空を見続けた。

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