第5話
鈴蘭さん、今なんて言いました? 私に聞きたいことがある?
一体、何を考えているの。私に聞きたいことって……何!? もう、私にはなにが何だか分からなくなってきた。
私はほんの一瞬だけ鈴蘭をチラ見するけど、鈴蘭は笑顔を崩さず保っていた。
まさかとは思うけど、昨日のこと? もしかして、気づいていたの?
そのことで聞きたいことがあるのかな? まさかね。
私が悶々としていると、鈴蘭から声をかけられる。
「三河さん、どうかなさいまして?」
鈴蘭の屈託の無い微笑みに、私はぐっと気圧された。やっぱりお嬢様よね。私と違って気品が備わってる。なんでわかるのかって? なんとなく、ですけど?
私が「別に。何でもないけど?」と素っ気ない態度で答えたら、鈴蘭が寂びしそうに「そうですの……」とつぶやく。
どうしよう。ど、どうしたらっ。
時間はあると言っちゃったけど、このまま鈴蘭について行くとロクなことがない様な予感がする。ものすごいやな予感が。
ついて行くべき? どうするの、私!
「もしかして、お時間がとれないのかしら? でしたら、またの機会にでも構いませんわよ?」
鈴蘭が私にそう告げた。
てか、ここで断るのもいろんな意味でやばい気がする!
もし、ここで断れば変な噂が広まって、また凄風風紀委員長に目をつけられる。そうなったら次こそは本当に『退学』になりかねない。
「大丈夫、です! 時間はあるから!」
私がそう断言したら、鈴蘭はというと満足気に頷いている。
「それなら安心しました。恐れ入りますわ」
鈴蘭が「では、まいりましょう」と言って一歩踏み出し、私は無言で頷くと歩き始めた。
ああ……春也に昨日こと、聞こうと思ったのに……。
春也のことを考えながらも、鈴蘭の後をついて行くしかなかった。
*
私は鈴蘭に連れられて、階段を上がっていた。一段一段、階段を上る。鈴蘭が屋上に続く扉のドアノブに手をかけ、ガチャりと回した。ゆっくり扉が開き、屋上が見えて来る。
鈴蘭が「到着しましたわ」と私に話しかけた。私は鈴蘭の声かけに対して、「は、はい!」とぎこちない返事をする。
鈴蘭と屋上へと一歩入って行くと、一面の青空が広がっていた。澄み切った空。冷たい風が頬に当たり、体温を下げていく。
屋上には男子生徒が一人、私と鈴蘭に背中を向けて佇んでいた。後ろ姿だが、あの後ろ姿に見覚えがある。
鈴蘭は笑顔で男子に生徒に向かって、優しく声を出す。
「日高君」
鈴蘭が男子生徒の名前を口にした瞬間、自分の鼓動がいつもより異常に早まっているのが分かった。同時に下がっていた体温が急速に上がり、息苦しくほどに息遣いが荒くなる。そんな私の頬を冷やすように冷ややかな風が立つ。
春也が!? 嘘でしょ!?
まさかと思った。春也が屋上にいる訳がないって。
鈴蘭に声をかけられた男子生徒が振り向いた時、私はそこで男子生徒が春也だと理解した。そのとたん、驚きのあまり目を大きく見開いた。
ほ、ホントに春也だ……!
本当に春也が屋上にいるのは思わなかった。教室で仲良しの友人とおしゃべりしているとばかり思っていたけど、どうしてここに春也がいるんだろう。
私は鈴蘭の後をついていくように鈴蘭と二人で、春也が立つ位置まで歩く。
「日高君、お待ちになりまして?」
鈴蘭がにこやかな表情で春也に言った。春也は横に首を振って、気難しそうな顔でつぶやく。
「いや……待ってない」
鈴蘭は数回頷いた後、私に視線を移した。
「約束通り、三河さんをお連れしましたわ」
「紫藤、悪いな。こんなこと頼んで」
春也が申し訳なさそう話したら、鈴蘭はニッコリと微笑む。
「いいえ。
なんだろう。鈴蘭の微笑みが神々しく見える。
っていうか、マジで二人、仲良くないですか!? まさか、あの張り紙通り、恋人同士なんじゃあ……ま、まさかね。わ、私は、信じないから!
「三河さん?」
私は鈴蘭の声で、ハッと我に返った。そうだ。私も聞きたいことがあるんだった。
「聞きたいことって? まさか、昨日の……」
私が鈴蘭の目を見てつぶやいたら、鈴蘭も私の目を見つめる。そして、視線を逸らさず、私に話す。もちろん、笑みを浮かべたままだけど。
「もう既に、お気づきの様ですわね。三河さん」
鈴蘭の発言に、私は思わず叫ぶ。
「当たり前でしょ! 気づいてるし!」
そりゃあ、そうでしょ。鈴蘭が私に聞きたいことって言ったら、それしか思いつかないもの。
春也が小言を言うように、ポツリとつぶやく。
「それもそうか……。じゃあ、話が早いな」
確かに、そう聞こえた。
春也……? なんだか、いつもの春也と雰囲気が違う気がする。
「麻奈。じゃあ、率直に聞く。お前……昨日、あの場所に居ただろ?」
春也が頬を指で掻きながら、私に質問してきた。同時に、しかめっ面な顔で私を睨む。
やっぱり、それか。
でもなんで春也に睨まれないといけないの? っていうか、どうして鈴蘭じゃなくて、春也が? でもまあ、昨日鈴蘭と居たのは春也な訳だし、おかしくはないか。
……いや、おかしいでしょ! それは!
納得がいかない私は不機嫌顔で春也を見る。だけど、春也にガンを飛ばされたけどね。
春也がガンをつけたまま、私を急かす。
「麻奈、答えろ」
どうして、私がガン飛ばされなきゃいけないのよ! 全く!
「いたけど……それが何か!?」
私がそう答えた瞬間、春也と鈴蘭の顔色が変化した。驚いたような、はたまた焦っているような目で私を凝視する二人。
そこまで驚かれると、どうすればいいか困っちゃうけど。
でも、なんでそこまで驚くんだろう? 恋人同士じゃないなら驚くことないし、焦ることないはずなのに。どうしてだろう。
私は思わず、聞きたかったことを二人に尋ねる。
「それがどうしたっていうの? なにかあるの?」
けれども、二人は何も答えなかった。しゃべろうとはせず、ただうつむいている。
やっぱり、この二人……なにかある! 隠し事している!
私が確信した時、春也が顔を上げて、眉をひそめながら一言つぶやく。
「……麻奈」
「な、何……?」
私は一歩後ろに下がって、春也を見つめた。
春也は言いづらそうな表情で私を見た後、鈴蘭に視線を移す。鈴蘭が静かにこくりとうなずいた。
春也がもう一度私に視線を戻すと、言う。
「昨日、お前が見た光景……見なかったことにして欲しいんだ」
まさか春也からそんな頼み事されるとは思わなかったので、私は「はあ!? なんでよ!?」と叫んでしまった。
なんで、春也が言うのよ! おかしくない!?
最初、鈴蘭が聞きたいって言って私をここに連れて来たのに、途中から春也が聞いているじゃない! まさか、聞きたいっていうのは私を屋上に連れて来る為の口実? だとすれば、聞きたがっていたのは、春也ってことになるけど……っていうか、どうして頼み事するの? そんなに見られたくなかった光景なの?
「……意味がわからない」
私が独り言を言うようにポツリと呟いたら、春也と鈴蘭は「は……?」とキョトンとした目で首を傾げる。
私は自分の感情が爆発しそうになっていることに気づいた。既に止められないほどに。気がつけば、大声で叫んでいた。
「だって、そうでしょ!? いきなりここに連れて来られたと思ったら、昨日見たことは見なかったことにしてほしいって……ワケわからないじゃないの! それに、紫藤さん!」
私が鈴蘭を指を指すと、鈴蘭は「は、はい」とやや怯えたように返事した。鈴蘭から見れば、私は鬼のような形相で鈴蘭を睨んでいるだろう。
私は両手に拳を作り、体を震わせながら、鈴蘭に言う。
「最初、言ったじゃない……聞きたいことがあるって。あれは、嘘だったの!?」
もう、なにがなんだかわからない……どうして、どうしてこうなったのか。わからない。
「麻奈、落ち着け」
春也が私を宥めようしているけど、私の心は自分自身でも止められなくなっていた。
「落ち着けって、これのどこか落ちついていられるのよ!」
「麻奈! 鈴蘭を責めるな」
私は春也が鈴蘭を呼び捨てにしたことに違和感を覚えた。
私が「鈴蘭……?」と怪訝そうに二人を見つめると、春也は「ヤバイ!」というような顔で焦り始める。鈴蘭に目を向けると、鈴蘭も焦っているみたいだ。二人共に目が泳いでいたから。
春也が、鈴蘭を庇った……春也が。しかも、鈴蘭と呼び捨て……。
「やっぱり、二人は付き合っているのね……」
私がそう言い放ったら、春也がムッとした表情で一言つぶやく。
「そんな訳ないだろ」
私は責めるように春也を問い詰める。
「じゃあ、どうして呼び捨てにしてるのよ!」
「それは……お前とは関係ないことだ。今聞いたことは忘れろ」
私の問いに、春也は答えてくれなかった。目線を逸らして発した言葉は、私の心に深く突き刺さる。
関係ないなんて……ホント、何も話してくれないのね。春也、私のこと、キライなの?
涙が出そうなるけど、ここで泣く訳にもいかない。必死で涙を堪える私。
「どうして……何も話してくれないの? どうして、そんなこと言うの? 関係ないなんて……」
私が息苦しくなりながらも言った言葉に対し、春也から返ってきた返答は予想外のものだった。
「なんで、話さないといけないんだ。俺とお前は赤の他人で、ただのクラスメイトだろうが! それ以上の関係じゃねえだろ!」
春也はため息ついたかと思うと、さらに続けて話す。
「恋人同士でもないお前はこれ以上話すことなんてないし、それに俺はお前を恋愛対象として見たことは……一度もない!」
春也の言葉一つ一つが武器に変化して、私に襲いかかっているようだった。言葉の武器は私の心を切り裂いていく。切り裂かれた心は、そう簡単には元に戻らない。
嘘よ……そんなの嘘よ! 嘘だって言ってよ!
信じられなかった。春也からそんな言葉が出てくるなんて。
私は呆然と立ち尽くす。独り言のようにつぶやく。
「……キライよ……。春也なんて、春也なんてダイッキライ!」
どうして、キライって言ったんだろう。
好きなのに。キライじゃないのに。
どうしていつも肝心な時に、言いたいことが言えないの?
頭の中で考えていることと、言葉として出てくることが反比例している。
「ああ、嫌いで結構だよ。俺も、麻奈の嫌いだ」
春也は私を睨みつけて喋ったかと思えば、鈴蘭に目を向けた。
「……教室に戻るぞ」
「ですが、三河さんは……」
鈴蘭が困ったように私に視線を送る。でも、春也が「気にするな」という顔で首を横に振った。
「放っておけ。あいつのことは気にしなくていい」
春也はそう言った後、鈴蘭を連れて屋上を後にする。数秒後には、私一人だけになった屋上。
こんなにも屋上は広かったのかと、感じてしまう。
いつも目にする風景と青空なのに、一番寂しく思える。
私はその場にしゃがみこんで、空を見上げた。その瞬間、止めていた涙が滝のように溢れ出る。
「春也の馬鹿……」
私は涙が自然に止まるまで泣き続けた。
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