第4話

 太陽が教室を照らし始めた昼休み、給食を食べ終わった頃だろうか。二年二組のクラスでは既に器を重ねて片付ける生徒が出始めていた。

 私は既に食べ終わり、器を片付ける生徒の一部に入る為、同じグループのクラスメイトと器等を回収している。回収しながら春也の後ろ姿ををチラ見する私だけど、他のクラスメイトに怪しまれていないよね……?



 グループというのは、六人で一つのグループのことだ。言い忘れてたけど、この教室は机を縦横六台ずつ配置され、縦横六列となる。左側の列にある、一番前の机から男から始まり次は女と交互に座るようになっていて、次の列は女から始まってと縦の列も横の列も男女交互。その為に私は右側から列から二番目の列で、後ろから数えて三番目の席。春也は右側から三列目の、一番前から二番目の席。梨子は左側から二列目の一番前の席だ。

 それで、グループは左側二列の六人ずつでAグループBグループの二グループ、中央二列でCグループDグループの二グループ、右側の二列でEグループFグループの二グループ、計六つのグループができるという訳だ。先程の、私達の席も言うならば、梨子がAグループ、春也がCグループ、私がFグループとなるのだ。

 給食を食べる際には、六人の机を引っつけて、グループで食べるように決まっている。


 これでわかったと思うが、私は春也と席近いと言えば近い。嬉しいかと言われれば複雑だ。だって、好きな人の横を通り抜けするんですよ!? 春也に声かけただけで、喧嘩腰になりそうでいつも緊張しながら通っている。


 今私が考えているのはそれではない。昨日の出来事と、今朝の掲示板騒動についてだ。

 今朝の掲示板騒動は情報が少ないだけに何とも言えないが、問題なのは春也が鈴蘭と歩いていた問題だ。これは納得しろと誰かに命令されてもこのままじゃ納得しない。


 私のグループでは、食べ終わった食器を片付け、机も元の位置に戻していた。他のグループも食器を片付け、机を戻し始めている。春也のグループも机を戻し始めていた。春也に昨日のことを聞くなら今かもしれない。


 私はそう心に決めて、春也の席に向かおうとする。その時、同じタイミングで梨子が駆け足でやって来て、私の耳にささやく。

「麻奈、そろそろじゃないですか? 風紀委員会の呼び出し時刻。急いだ方が良いと思います」


 そ、そうだ……それがあったんだった。春也に聞くのは、風紀委員会が終わってからでもいいか。放課後に聞くという手もあるしね。


「うん、じゃあ行って来る。生徒会室まで」

 私は梨子にそう告げ、梨子は無言で頷いた。クラスメイトの視線を感じながら、教室を後にした。



      *



 教室を出てから五分経っただろうか。私は二年生校舎の一階廊下を歩いている。早めに行かないと風紀委員長に怒鳴られそうで、恐ろしい。

 私が眉間にシワ寄せて廊下を進んでいた時、背後から一人の男子生徒に「三河」と声かけられた。振り向くと、顔見知りの男子がニヤニヤしながら立っていた。その男子生徒の顔が目に入った瞬間、私は気づけば「ああ……」と声をもらしていた。

朱鐘あかがね君……」

 私が男子生徒の名前を口にしたら、男子生徒は私に微笑む。


 彼の名前は朱鐘あかがね片理へんり君。二年一組に在籍する男の子だ。朱鐘君は春也が認める親友で、春也と同じ男子テニス部に入部している。

 朱鐘君のクラスは一組なので、体育の一組二組合同授業でよく顔を合わせることが多い。その為か、最初に声かけてくる言葉は大抵「また春也と喧嘩したのか?」と決まっている。

 数ある男子生徒の中で唯一、私に春也との仲を心配してくれる男友達だ。


 かと言って、朱鐘君に対して恋愛感情なんて抱いていませんからね! 断じて! ここに宣言してもいいですよ! ただの男友達ですから!


 朱鐘君が私に近づきながら、喋りかけてくる。

「三河。お前、風紀委員会の委員長に目つけられたんだってな。気をつけろよ。お前、春也と同じように一言何か言われるカチンとくるタイプなんだからよ。風紀委員会に言われても耐えろよ」

「大丈夫です! 私……そんなヘマしません! それくらい、私は耐えられるもの」

 私は朱鐘君に言い放った。まあ、最後の言葉は私の見栄だ。本当は耐えられる自信なんて、全くないけど。

 朱鐘君は私の言葉に何故か、可笑しそうにケラケラと笑っていた。しかも、お腹を手で押さえながらだ。失礼な。私は真面目に言ったのに。

「ああ、そうだったな。わりぃ、わりぃ」

 私は朱鐘君の言葉に少しだけカチンとくる。

「本当に悪いと思ってる?」

「本当に悪かったって! ……ああ、今から行くだったな。悪かったな、呼びとめたりして」

 朱鐘君はそう話した後、「じゃあな」とつぶやいて来た道を戻っていく。やれやれ。やっと生徒会室に行ける。

 私はため息を吐いてから、生徒会室を目指して再び歩き出した。



      *




 朱鐘君と別れてから十分じゅっぷん。私がいるのは例の生徒会室だ。ついに来てしまった。風紀委員会が待っていた生徒会室に。

 私は生徒会室を見回すと、風紀委員会の人々が私を囲うように席に座っている。生きた心地がしない。


 うう、やだなぁ……。


 私が風紀委員長をチラ見すると、本人に睨み返されてしまった。


 生徒会室のカーテンが閉められている訳でもないのに、重苦しく薄暗く感じてしまう。生徒会室の基本的な広さは教室と代わり映えはしないが、机の数や配置が違う。黒板側に三台の机が横一列に並んでおり、中央の机は両側の机よりやや大きめのサイズだ。横一列の三台に座っているのは左から、三年の風紀副委員長、中央に風紀委員長、右に一年の書記が着席している。横一列に並ぶ三台の机から一番左側に、角度を斜めにして配置されている机は顧問の先生が座る為の机だ。更に横一列の机達から間を開けるように、左右の両側にそれぞれ、折りたたみ式の長テーブルを二脚ずつ設置していた。左右には四人ずつ座っている中、右側の一番奥の席。


 紫藤鈴蘭!


 鈴蘭が目を閉じて、瞑想していた。私には気付いていない様子。む、むかつく……!


 風紀委員長が咳払いをして合図を送り、私を睨んだまま話し始める。

「それではこれより、二年二組の三河麻奈について議論を始める」


 ついに、始まった。

 本音を言えば、卒業するまでにこの人とは関わりたくなかった。


 私が言うこの人は風紀委員長のこと。風紀委員長の名前は凄風せいふう牛一ぎゅういち、厳つい顔が特徴の三年男子だ。

 凄風牛一風紀委員長はとにかく常識や規則に厳しく、「ルールは完全に守るのが当たり前」という考えのもと、風紀委員長として取り締まっている人だ。規則を少しでも破ると即座に罰を与えるほど厳しい。その為、同級生や下級生との対立も日常茶飯事で、中には何人か辞めている生徒も出ているほど。


 そんな人に私は目をつけられてしまうなんて。私、無事に神﨑中学校を卒業できるかなぁ。


「それでは、三河麻奈さん」

 風紀委員長が私に話を降ってきたので、私は「は、はい!」と返事した。緊張のせいか、声が裏返ってしまったけど。

「今朝、二年生校舎の一階下駄箱にある掲示板に張り紙が貼られていましたが、あれはあなたの仕業ですか?」

 私が正直に「違います」と否定した瞬間、生徒会室の空気がガラリと一変する。私は違うと言えたことに喜びを感じるが、風紀委員会の目は私に疑惑の目で見つめていた。クラスメイト達と同じように、私が犯人だと言いたげな目で私を睨む。風紀委員長は尚更だ。こ、怖い。


「あ、あの三河麻奈先輩のことですが……最近の三河麻奈先輩は日高春也先輩と言い争っていると知り合いの先輩から耳にしてます。か、かなり騒ぎを起こしているとか……」

 風紀委員の一人がオドオドしながら発言した。制服に付いている名前の色が青であることから、一年生だろう。うう、春也と口喧嘩していることまで話に出てくるなんて。委員長もそうだけど、他の風紀委員が納得したように頷いている。


 神 中学校では学年を色分けされている。三年生は赤、私を含めた二年生は緑、一年生は青となる。学年が上がれば、卒業した三年生の色を今度は新一年生が引き継ぐ仕組みだ。


 私、本当に大丈夫だよね?


「しかし、三河麻奈は騒ぎを起こした訳ではないかと」

 もう一人の一年生が発言した直後、凄風風紀委員長が口を開いた。

「それでは、本当に三河麻奈さんは『何も』やっていないと?」

 凄風風紀委員長の『何も』を強調する言い方に少しだけ、悪意を感じるのは私だけかもしれない。だって、風紀委員会の人達、当たり前のように聞き入っているから。まあ、それはそうか。

 凄風風紀委員長は両手を組みながら、話を続ける。

「だが、俺には信用できん。何よりあの張り紙が証拠だ。やった事実は変わらない。よって三河麻奈に罰を与えようと思うのだが、意義ある者は?」


 ひいぃー! 罰が与えられるー! ああ……もう、駄目だ。誰も意義唱えないし。この際、誰でもいいから意義唱えてー!


 十一人いる風紀委員の中、ただ一人だけ反論した気な表情で優雅に手を上げた。

「はい。わたくし、意義がございます」

 手を上げたのは、今まで発言しなかった鈴蘭だ。

「二年風紀委員長の紫藤か。何だ?」

 凄風風紀委員長が鈴蘭の方を顔向けると、鈴蘭は凄風風紀委員長に微笑みながらしゃべる。

「三河麻奈さんが騒ぎを起こしたということについてですけれど、三河麻奈さんが騒ぎを起こしたというのは違うと思いますわ」

 凄風風紀委員長は「何……?」とつぶやくと、顔をしかめた。

 鈴蘭が微笑み続けながら、話を続ける。

「同じクラスの日高春也さんとよく口喧嘩をしているそうですが、口喧嘩という訳でもなく、ちょっとした口喧嘩と表現した方が妥当と思っていますの」

「それは、つまり……?」

 凄風風紀委員長が鈴蘭に回答を求めたが、代わりに副風紀委員長が答える。

「騒ぎを起こしたほどのレベルはないってことですね」

「な、なんだと!?」

 凄風風紀委員長は驚きの声を上げた。私が騒ぎを起こしたと思っていたのだろう。

「それに張り紙についてですけれども、言うなればあれしか、証拠がない。あれはパソコンで作成されたものでしょう。つまりあの張り紙はパソコンを使いこなせる方でしたら、誰でも作ることは可能ということになりますわ」

 鈴蘭の話が一通り話し終えたかと思ったが、鈴蘭は一度目を閉じてから再び目を開けて言う。

「よって、三河麻奈さんが騒ぎを起こしたかどうかは分からない、あの張り紙の犯人は三河麻奈さんかは分からないってことですわ。以上、意義は終わりです」

 凄風風紀委員長が悔しそうに、「ぐぬぬ……」とつぶやきながら歯軋りした。ホント、悔しそうにしてるなー。


 というか私、鈴蘭に助けられた……?


 凄風風紀委員長は机を思いっきり叩き、言い放つように叫ぶ。

「三河麻奈ぁ! 今回は見逃してやるが、次、騒ぎを起こした時は必ず罰を与えるから、覚悟をしておけよ!」

「は、はいぃ! あ、ありがとうございます!」

 私は凄風風紀委員長の気迫に押され気味ながらも、凄風風紀委員長にお礼を言った。



      *




 風紀委員長にお咎め無しと言われて数分後、私は生徒会室を出て廊下にいた。重苦しい雰囲気から解放されて、ひとまず深呼吸をする。廊下には誰もいない。私一人だけだ。


 はあ……終わったぁ〜!


 私は胸に手を当てながら、ため息ついた。凄風風紀委員長、あれほどまでに怖い人だとは思わなかったな。


 でも、これでようやく春也に昨日のことを聞ける!


 私は春也に会いに行く為に数歩歩く。その時だ。生徒会室の扉が開く音が耳に入り、聞き覚えのある声で「三河麻奈さん」と名前を呼ばれ、思わず足を止めた。

 背後を向くと、そこには紫藤鈴蘭が立っている。


 え……? 鈴蘭……?


 私が眉間にしわを寄せて鈴蘭を見つめていると、鈴蘭が口を開く。

「三河麻奈さん。恐れ入りますけれど、お時間はおありかしら?」

 突然の問いかけに私は戸惑っている。これはどうしよう。ここは時間はないとはっきり言うべきかな。って言うか私、鈴蘭と話すのこれが初めてなんだった! き、緊張するな。


 私は本音を言おうしたが、「時間は……あるけど!」と断言してしまった。ああ……またやってしまった。

 鈴蘭は満足げに頷き、話す。

「今からあなたにお話したいことがございますの。いえ、正確にはお尋ねしたいことがございますの」


 は、はいぃ!? どういうことですか!?

 私は鈴蘭の言葉で、一気に血の気が引いていった。

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