ストーリー2 予想外の出来事
第3話
信じたく無かった。
信じたいとも思っていなかった。
ただ、嘘だったと信じたい。
次の日、見上げた空は昨日と変わらず晴天だった。私の心は昨日よりも荒れて、土砂降り続きの雷雨なのに。
七時五十分頃、私は通学路である歩道をゆっくり歩いていた。歩道に挟まれるように車道が通り、何十台も車が走り去る通りだ。もちろんのことだが、私が今歩いている歩道は他の生徒も通る通学路。同じ制服を着た子とすれ違うと
頭から離れない昨日の出来事――――私は目撃してしまった。片思い中の春也が、学校一の美少女と名高い紫藤鈴蘭と歩いている姿を……私は見てしまった。この目で。
私はどうすればいいの? どうしたらいいかさえ分からなくなってきている。
「はあ、どうしよう……」
私が学校の校門前に到着した時、「止めて下さい!」と嫌がる女子生徒の声が耳に聞こえてきた。その声は聞き覚えのある声だった。
もしやと私が考えた直後、「マナ!」と誰かに名前を呼ばれる。嫌がる女子生徒と同じ声だ。顔をあげるとよく知っている人物が、今にも泣きそうな顔で立っていた。
「マナ、助けて!」
……はい?
まさか自分が声かけられるとは思っていなかった……巻き込まれるのはごめんだ。などと思いつつも、私は女子生徒に声をかける。
「花梨じゃない……どうしたの?」
助けを求めたのは友人の花梨だった。制服姿の花梨は本当に泣きそうな表情で、私を見つめ続ける。
もしかすると、これはいつものアレですか。
案の定、男子生徒二人が私に近づいてきた。もちろん、知らない生徒だけど。見た目は如何にも不良って思わせる、柄の悪そうな男子生徒だ。
花梨が私の背後に身を隠す。
男子生徒の一人が、いや、ここは男子生徒Aとしよう。男子生徒Aが私の背中をのぞき込むように前のめりになると、気持ち悪い笑みを浮かべて言う。
「花梨ちゃぁん、何逃げてんの? ただ俺らと付き合ってって言っただけじゃん」
なるほど、そう言う事か。って言うか、男子生徒二人の笑みが鳥肌が立つほど気持ちが悪い。
もう一人の男子生徒、男子生徒Bは私をチラ見してから話す。
「そうそう、交際して欲しいって頼んだだけじゃん。どうせ、何人か男と付き合った事あるんだろ? 俺らと付き合ったって変わんねーだろ? こんなガミガミで不機嫌女と一緒にいないで俺らと行こうよ、花梨ちゃん☆」
今、なんと言いました? ガミガミで不機嫌女、ですって? 私が?
私は男子生徒二人にガンを飛ばすと、怒鳴るように叫ぶ。
「ガミガミで不機嫌女で悪うございました! 言っとくけど、私は三河麻奈って名前よ! ガミガミで不機嫌女なんていう名前じゃないから!」
私が大声を出した瞬間、周りが静まり返った。男子生徒二人もポカーンと口を開けている。登校していた生徒達も足を止めて、私に視線を送っていた。
男子生徒Aが「こえぇ!」とつぶやくと私に背中を向けて歩き去る。男子生徒Bも「怖い女」と余計な一言を残して走って行った。
ふう、やっと行った。
私が後ろを向くと、花梨が半泣きで一言。
「マナぁ……怖かったよぉ」
私は花梨に言い放つ。
「花梨、まず私に言うことあるでしょ」
「…………へ?」
花梨は何のことかというような顔で首を傾げた。私が何を言いたいか、理解できていないらしい。
「『へ?』じゃないでしょ!」
私の叫びに花梨が数秒考え込む。そして、思いついたように、ぽんと手を叩いた。
「…………ああ! そうかー。そう言う事だね! マナ、ありがとう〜。えへへ☆」
屈託の無い花梨の笑顔に、私は心奪われそうになる。
くっ! 負けた……!
今更だけど花梨の紹介をするね。
花梨の名字は
勉強は普通か普通の少し下ぐらいで、運動神経も平均的な能力を持つ花梨にも取り柄はある。それは陸上だ。陸上部に所属している花梨は陸上系のスポーツなら神﨑中学校の誰よりも強い。
その割にはふんわりとしたところはあるけど。いわゆる、天然と呼ばれる性格だ。天然少女なら髪が長いイメージが強いが、陸上部に入っている花梨はショートヘア。髪が短い体育系美少女、それが花梨なのである。
花梨が「ねぇねぇ」とつぶやきながら、話しかけてくる。
「そういえば……マナ、掲示板のことなんだけど……」
「掲示板……? 掲示板がどうかしたの?」
私が思ったことを口に出すと、花梨が目を大きく見開いて驚いた。どうしたのかな。
花梨はおそるおそる私に尋ねる。
「し、知らないの……?」
私は率直に「うん、知らない」と答えた。友人になら、素直に言えるのに。
花梨が突如、私の右手首を掴む。掴まれたかと思えば「ちょっと来て!」と言われ、全速力で走り出した。直後、私も走ることになる。
私は花梨と共に校内に入って行った。私はどこに連れて行かれるのだろうか……。
*
花梨に連れられてから五分後、走ったことで息が上がっている私は下駄箱にやって来た。壁に掛けられた時計には七時五十五分をさしている。
花梨が何をしたいかわからないまま到着した下駄箱の掲示板コーナーには、これでもかというほど人だかりが出来ている。いつもは掲示板コーナーなんて目に止めない生徒が多いのに、今日に限ってどうしたんだろう。
「花梨、この掲示板コーナーに何があるっていうの?」
私が花梨に質問した直後、花梨は掴んでいた手を離して代わりに掲示板を指差す。
「マナ、アレ見て! アレ!」
指さした方向にはもちろん、掲示板コーナーがある。掲示板コーナーの中で一枚の紙が張りだされていた。大勢の生徒で溢れかえっている今、内容を読むのは難しい。だが、花梨が見て欲しいと言ったのだから、読むしかない。
私は何度もジャンプしたりしながら、張り紙の内容を確認しようと試みた。
結果、紙には一枚の写真が載っていることがわかる。
「えっ、ええええ――――!」
写真が目に入った瞬間、私は驚愕した。それしか言葉が出てこないからだ。
何故かって? だって……。
写真には昨日私が目撃した、春也と鈴蘭が二人で歩く姿が写っていた。驚きとそれだけじゃない。私が見た位置や方向、角度までがピッタリと一致する。しかも紙には、大きな文字で『日高春也に恋人が!? 噂は本当だった!』という見出しまで書かれている。
ど、どういうこと!?
私の脳内にはその言葉しか思い浮かばない。
私が呆然と張り紙を凝視している時、花梨が「それだけじゃない!」と叫んだ。
「マナ、張り紙の右下を見て!」
花梨の言葉で私は、視線を張り紙の右下に移す。そこには張り紙の内容を書いたと思われる作者の名前が記されていた。まさかと思った。訳が分らないとも思った。
は……? なんで……どうして!?
どうして私が二度も驚いているかって?
だって、作者の名前が『三河麻奈』となっているんだもの。そう、三河麻奈は私の名前だ。っていうか、どうして張り紙に自分の名前があるのかさっぱり理解できない。そうか、だから花梨が私がやったと思って……。
花梨に「マナ……」と名前を呼ばれ、私は我に返る。
「どうして、私の名前が!? なんで!?」
私が花梨に向かって声を上げたら、花梨は眉間にシワを寄せてつぶやく。
「なんでって……この張り紙をやったの、マナじゃないの?」
いや、いや、いや!
「違うよ! 身に覚えがないし!」
私は大声で否定した。その分、周りに注目されそうだけど。でも、やっていないのは事実だもの!
花梨が口を開けた同時に、男性と思われる声が下駄箱に響きわたる。
「何事だ! この騒ぎは!」
下駄箱に現れた男性に、私は言葉を失った。
あの人は……三年の風紀委員長!?
規則にうるさいと有名の風紀委員長に出くわすなんて。最悪だ。
さらに、風紀委員長は一人ではなかった。風紀委員会の顧問と、もう一人。
そのもう一人が、集まった生徒達に向けて微笑む。
「皆様、ごきげんよう」
二年の風紀委員長である、紫藤鈴蘭だ。春也の恋人だと噂される人物。昨日、春也の隣で歩いていた人物。
「ここに、三河麻奈という二年生はいるか?」
風紀委員長が私を名指しして探し始めた。どうして私がここにいるって知ってるの?
そーじゃなくて!
風紀委員長が私を探しているってことは、当然私に用があるってことで……私、名乗り出た方がいいのかな……?
私が迷っていると、花梨が「マナ、名乗り出た方がいいよー」と慌てた声で耳打ちする。
確かに、名乗り出なかったら余計に大変なことが起こりそうだ。
私はおそるおそる右手を上げた。
「み、三河麻奈は……私、です」
私が名乗り出た瞬間、生徒達が風紀委員長に道をあける。風紀委員長は私の目前まで進むと、私に告げた。
「三河麻奈はお前だな? 三河麻奈、昼休みに生徒会に来い。風紀委員会に参加してもらう。もちろん、ここに張りだされている張り紙の件についてだ。いいな?」
風紀委員長に告げられた私は、思わずゴクンと生唾を飲み込む。
と、とんでもないことになってしまった……。
*
下駄箱での出来事から十分後。ホームルームが始まる直前。
二年二組の教室で私は、自分の席に着席していた。そろそろ担任が教室に来る頃だからね。席に着いておかないと。
教室ではまだ談笑しているクラスメイトが多く、楽しそうに笑いあっている。中には私に視線を向けて、疑いの眼で睨む子も見られる。下駄箱にある掲示板コーナーに貼りだされていた張り紙を見たのだろう。ほとんどの視線が「お前が犯人だろ!」と訴えかける視線が数多い。
もう一度、言います。あの張り紙は私の仕業ではありません! 決して!
私は深いため息をついた後、吐く様につぶやく。
「でも、どうしよう……本当に」
「何がどうしようなのですか?」
私が顔を上げた時、首を傾げる梨子の姿があった。梨子の名前を声に出した私に、梨子は笑みを浮かべた。
「おはようございます、麻奈」
「お、おはよう……梨子」
私は顔を引きつらせて、挨拶をした。梨子から見れば、私の顔はとんでもないことになっているだろう。
梨子が不安げに話しかける。
「花梨から話を聞きました。とんでもないことになりましたね。昼休み、行くんでしょう?」
「うん……行くしかないよね。呼ばれたからには」
私がそう喋ると、梨子は納得したようにうなずいた。
私のクラスメイトで、もう一人の親友。それが
縁無しの楕円形メガネを装着し、長い黒髪を二つ結びにまとめた梨子。一見、文系が得意そうな顔立ちだが、実は梨子は文系の科目が全く駄目というか苦手。代わりに理数系が得意と、理数系少女に見えないのが梨子だ。
勉強も私や花梨よりもそこそこできて、ほとんど上位をキープしている。まあ、運動神経は無いに等しいけどね。
男子テニス部のマネージャーをしている梨子は、理数系の隠れ美少女。周りは気づいていないだろうが、私には梨子が美少女と分かる。
しかし。鈴蘭といい、花梨や梨子といい、どうしてこうも私の周りには美形ばかりが集まっているんだろうか。
私は梨子に対して本音を話す。
「私、やってないから! どうしてこうなったのかわからないし、身に覚えがないよ」
「それなら、やっていないと話した方が良いと思います。風紀委員長は厳しい性格ですから……」
梨子は優しくアドバイスをくれた。やっぱり、梨子は頼もしい。
「でも、本音……言えるかな」
私が独り言を言った直後、担任が扉を開けて教室に入ってくる。
「ホームルームを始めるわよ」
うう、神様……神様がいるなら、私に本音を言える勇気を下さい。
昼休み、大丈夫……だよね?
先生が大声で用件を伝えている姿を横目に、私は頬杖をついて窓から見える青空を見つめていた。
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