ストーリー1 始まりのキッカケ
第1話
春まで程遠い気温を身に染みながら、春までのカウントダウンに入った冬の季節。急激な気温の変化に追いついていない今日この頃。
二月に入ったばかりだというのに、町では既にバレンタインムードに入っていた。スーパーではバレンタインコーナーが作られているほどで、雑誌までバレンタインを特集している。
もちろん、私の通っている中学校も例外ではない。誰にチョコをあげるかで女子達は盛り上がり、男子達はチョコが貰えるか期待を寄せていた。
私が今居るのは二年生校舎の二階の廊下。時刻は只今、昼休みの真っ只中。ここは神﨑町にある神﨑中学校の敷地内。私が通うのは、この神﨑中学校だ。
廊下には当然のことながら、様々な生徒達がいる。廊下を歩く生徒や、廊下で立ち話する生徒達、教室の窓越しに会話する生徒など、いろんな生徒が通っている。現在、廊下や教室にいる殆どの生徒の視線を私が集めていた。いや、集めたくて集めている訳ではない。そうなってしまったのだ。状況的に。
全ての視線は私の目前で立つ男の子に向けられている。まあ、殆どは女子達の視線だけど。
女子達は男の子に「春也君! 格好いい!」など、黄色い声援を送り続けていた。
私は女子達に春也君と呼ばれた男の子と睨み合い、その男の子も私を拒絶するような目で睨み返された。にらみ返された瞬間、私の心の中に胸の奥が鋭く尖った物で突かれたような痛みが伴う。
ただ私は、男の子に普通に「ねぇ! 春也!」と声をかけただけなのに、この注目度。私に対する視線は、嫌悪感の視線。うう、視線が痛い。
本音を言えば、この状況に作った本人が言うべきことではないが、この場所から今すぐにでも逃げ出したい気分だ。
でも。
逃げる訳にはいかない。私にだってプライドがある。それに、私の数歩下がった場所に二人の友人が、心配そうな視線を私に向けて送っているのが感じ取れた。
しばらく睨み合いが続いていたが、相手の男の子が口を開く。
「あーあ、何で俺、こんな奴に声かけられたんかなー」
こんな……奴? 何ですか、それは……!
私の中で何かが切れるような合図が鳴った。その瞬間、私は体を震わせながら思いっきり声を出す。
「こんな奴? こんな奴って言った? そうですか……! こんな奴で悪うございました!」
なんか、それはやってはいけないって友人が視線で言っているような気がする。まずかったかな……?
私の悪い予感は当たった様で、男の子を支持する女子達から同時にキッと睨まれた。多くの女の子から一斉にガン飛ばされると、全ての女子を敵に回したみたい。女子って恐ろしい。いや、殆どの女子を敵にしているのは事実なんだけど。
男の子の方も私の言葉を耳にして不快になったらしく、一気に表情が険しくなる。その表情に、私の血の気が引いていく。
「なんだよ、その態度……!」
男の子のその一言でわかった。相当、頭にきていると。
けれども、私には『ごめんなさい』の言葉が声に出せない。私が謝れば済む話なのに。一言なのに……ごめんなさいという言葉だけなのに。
私は吐き出すように叫ぶ。
「うう…………もう、いいっ!」
周りから見れば半泣きしているように見えると思う。実際、私の目には涙が溜まっていた。
男の子と反対方向に振り返ると、二人の友人が不安げな表情で私を迎えた。二人の不安は私に向けられたものぐらいわかっている。
今は二人の顔を見つめる気分になれず、私は二人を避けるように歩き出す。二人の間を通り、周囲の目線を浴びながら。
友人二人にほぼ同時に名前を叫ばれたけど、返事をできる状態では無かった。
ただ、あの空間から逃げ出したい。そんな思いしか浮かんでいなかった。
*
あれから、どれくらい経ったのだろう。
廊下を後にした私は階段を上がり続け、今は屋上に来ていた。屋上を一通り見回すが、私以外一人も見当たらない。 床に体育座りで座り込んで空を見上げると、雲一つない晴天が広がっている。私の心と大違いで、心の中は土砂降りの雨が降り続けていると言うのに、どうしてこうも不公平なのだろう。空を見つめていると、不思議と嫌なことを忘れられる。心が安らぐ気分になれる為、昼休みになるとたまに来ている。
けど、空を見上げただけで私があの子と口喧嘩した事実には変わらない。それはわかっていること。わかっているからこそ、ふつふつと悔しさが込み上げる。
私は下を向いて歯軋りした。再び、しょげた顔を上げ、晴天を目に焼き付ける。他の人から見たら、私の表情はくしゃくしゃに丸めた紙のように、涙でぐしゃぐしゃな顔になっていることだろう。
そうそう。まだ名前を名乗っていなかったね。
私の名前は
好きな人を目の前にすると、素直になれずに本音とは違う嘘をついてしまうのが最近の悩み。そのせいか知らないが、周りは私のことを『ツンデレ』と評する人々が大勢いる。ましてや家族までもが『ツンデレ中学生』と私をからかう。
けれども、断じてそうじゃない。一言、言わせて下さい。
――私は、ただ素直になれないだけで、ツンデレとかいうものじゃありません! 決して。ここに宣言します!
私が先程、口喧嘩していた男の子は
同じクラスで学級委員長の彼は勉強が常に学年一位という好成績で頭良く、運動神経が抜群でどんなスポーツも難なくこなせる程だ。
当然ながら女子達が彼に目をつけない訳がない。顔立ちも整っており、女性のように細い眉、やや釣り上がった目。いわばイケメンという
まあ、私も春也のギャップに惹かれて好きになったんだけどね。
学校で人気の晴也と口喧嘩する私は、晴也のファン達に嫌われている。口喧嘩すればするほど春也が好きな女友達を怒らせしまい、次々と女友達が減っていった。
今は友達が多い方ではない。はっきり言えば、少ないに近い。いや、少ないんだ。
「はあ、私が素直になっていればこんなことにはならなかったのに……」
私が独り言のように呟いた直後だった。
勢いよく屋上への扉が開かれたかと思えば、見覚えのある女子生徒二人が「麻奈!」と叫びながら私の元に走って来る。
「
私は二人の名前をそれぞれ口にした。
そう、この二人はあの廊下にいた私の友人。強いて言うなら、親友と呼べる唯一の友達と言っても過言ではない。なにせ私は、ほとんどの女子生徒達を敵に回している存在なのだから仕方が無い。
親友の一人、ショートヘアの花梨が心底不安そうに声をかける。
「マナ、大丈夫……? 辛そうな顔だったけど……」
花梨はいつも私のことを「マナ」と呼んでいる。
花梨……なんだかんだ私の気持ち、わかっているみたい。
もう一人の親友である梨子も、花梨と同様の表情で話し始める。梨子は縁無しの
「麻奈、本当に大丈夫ですか……? 私には無理しているようにしか見えませんけど?」
梨子にも見透かされていた。あの時の、私の感情を。
二人には敵わないな、ホントに。
私は思わず「フフっ」と吹き出し笑いをしてしまったが、二人が気づいている様子はないみたい。
いつも私と関わってくれる親友の二人には心配かけたくない。
私は精一杯、笑顔を作って二人に見せる。
「大丈夫だって! 心配しない! 私はこの通り、ピンピンしているでしょ?」
けれども、私と対照的に二人の強ばった顔が崩れない。うう、やっぱり二人はわかっているのかな……作り笑いだってこと。
「二人共、心配してくれてありがとう。でもいつもことだし……私が素直になれないのは」
私が二人に微笑みながら答えた直後、花梨が膨れっ面な顔で私を睨んだ。
「マナ、さっきのアレはなぁに……? ダメだよー! あんな風にしちゃ! 友達も、春也君も引いちゃうよー」
いや、アレは引いていたというより、怒っていたと言った方が正しいと思うんだけど……。
梨子がため息を吐きながら、花梨に視線を移す。
「……花梨、アレはどちらかと言えば、怒っていたと言った方が正しいと思いますけど」
梨子……! よく言った、梨子! さすが、梨子様!
「それに、私達が介入しても状況は変わらないと思います。……麻奈が変わろうとしない限りは」
梨子が言い放った最後の言葉が、ぐさっと私の胸に深く突き刺さった。
「うん、それもそうだね~。ごめんね、マナ」
花梨は両手を合わせて、ごめんのポーズをとる。私は「気にしていない」と本音を吐いた。
ふと、屋上の時計が目に入った。時刻は五時間目の授業が始まる十分前。
「花梨、梨子! 昼休みが終わる! 急いで教室に戻らないと!」
私の問いかけに、二人は笑顔でうなづく。
「うん、そうだね~」
「そうですね、戻りましょう」
私は二人の親友と共に屋上を後にして、教室を目指して駆け出した。その時には、不思議と後悔が和らいでいた。
*
ホームルームが終了し放課後になると、生徒達が次々と教室から出ていく。
私はというと、同じクラスの梨子と教室から廊下に移動すると途中でクラスが違う花梨と合流。部活に向かう為、一階の下駄箱まで話しながら歩いた。
一組から五組まであるクラスそれぞれの下駄箱が大勢の生徒が通れるように間隔を広めにとって設置されている。真っ白に塗りたくっている壁や天井のおかげか、暗いイメージを感じさせない玄関ホールだ。
下駄箱には談笑しながら靴を履き替える生徒や大慌てで上履きを脱ぐ生徒など、多くの生徒が集まっている。
私は梨子と自分のクラスである二年二組の下駄箱に向かうと、上履きから通学用の靴へと履き替えていく。花梨は二組五組の為、下駄箱は二組の下駄箱より遠い位置に配置されている。
靴を履き終えた花梨が二組の下駄箱まで顔を出す。笑顔を浮かべながら「そう言えばマナとリコは部活だったね〜」と、話を切り出した。
私が入っている女子ソフトテニス部は強い選手がいる訳ではなく、もちろん私もそれ程強くはない。プロになれるようなテクニックや実力を持ち合わせていない私がプロを目指すには、必死で努力するしかない。
花梨の言葉に梨子の右耳がピクっと反応したかと思えば、梨子がメガネの位置を直しながら呟く。
「正確には、男子テニス部のマネージャーです。部活には入っていません」
そういえば、梨子は部活には入っていないんだよね……理由は知らないけど。
「イイなー、マネージャー。私もやろうかな」
花梨が目を輝かせながら上を見上げているのに対し、梨子の反応は冷ややかだった。
「花梨、あなたに出来るんですか? マネージャー」
梨子の一言に気に入らない部分があったのか、花梨はむすっとやや不機嫌そうな表情で答える。
「やってみないと分からないよー。ねっ、マナ」
まさか私に振られると思っていなかった為、
「えっ、私!?」
少しばかりよそ見をしていた私は勢いよく花梨に目線を向けた。な、何故、私に……? “ねっ”って言われても……非常に、答えにくい。
私が返答に詰まっていると、梨子が助け船を出してくれる。
「…………花梨。そこで麻奈の名前を出すのは筋違いだと私は思いますが?」
梨子、ありがとう! 梨子様様ですよー!
「そうだ〜! 私は陸上部だから、早めに行かないと〜。練習早いから」
花梨が満面の笑みを浮かべて言った。嬉しそうにしている。
って……花梨、梨子の話聞いていないし。鼻歌歌いながら、下駄箱見ているし。
「花梨……あなた、私の話を聞いていますか?」
梨子の怒りゲージがじわじわと上がっていく。まずい! 怒った時の梨子、怖くてヤバイんだよね……。
私がハラハラしながら梨子を凝視。肝心の花梨は「もちろん!」と元気良く返事した。大丈夫かなぁ。
不安に飲み込まれていた時、春也の姿が視界に入る。
「あ……春也」
私の言葉で春也も私に気づいたみたいで、「あ……三河麻奈」と呟いた。
春也の周囲には女子達の輪ができており、春也が一歩歩けば女子達も後からついていく。本人は非常に嫌そうな顔をしているけど。女子達は私の姿は視界に入っていない様で、素通りされた。まあ、それはそれでいいけど。
春也と目が合った私だけど、思いっきり視線を逸らした。
だって、好きな人ですよ!? まともに目を見れますか!? 私には無理!
私が目を逸らした隙に春也は、女子達から離れて靴を履き替えていく。同じクラスなのに。今、すぐ近くにいるのに。声かける言葉が出てこない……結局、私って……。
春也が通学用の靴に履いた時、「俺は……気にしていないからな」というつぶやきが耳に入った。
私の空耳、ですか? 気の所為?
梨子と一緒に扉の前まで移動していた花梨に「マナ〜」と名前を叫ばれたので、私が下駄箱を後にしようとした直後。
春也に右手首を捕まれ、一言耳元で呟かれる。
「気にするなよ。周りの反応なんて。俺は……気にしていないからな」
その言葉で私は、先ほどの言葉は空耳じゃなかったと確信した。不思議と笑みがこぼれていた。
「はっ、春也の割には……良いこと言うじゃない」
私のつぶやきに春也は「大きなお世話だ!」と言いながら、外へと歩いて行った。
私は春也の背中に「春也……ありがとう」と心の中で口にする。
「麻奈、部活に遅れますよ。早く行きましょう」
梨子に言われた私は「待って!」と叫び、二人の元に駆け寄った。
そう。これが私の日常。春也と口喧嘩しながらも、最後はなんだかんだ仲直りしている。
変わりたいと思いながらも、変わらない日々。その日々が、あっけなく崩れ落ちるなんて……この時までは思ってもいなかった。
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