第11話
何もせずただそれこそカバン持ちをする日々も三ヶ月が過ぎた。
街にはまだまだ雪が残っているけど時折吹く風は冬の乾いたにおいとは違う春のにおいがしていた。
カバン持ちで給料もらえてるんだからいいかも、とも思いつつ(それでも報告書やら雑用もやってたからそれなりに仕事量は多かったわけだけど)それでもやっぱり何も出来無いもどかしさは常に感じていた。
それでもなぜか辞めなかったのはみずほさんの言うとおり現状から逃げる勇気すらなかった、そういうことなのだと思う。
そんなもやもやとした日々を送っていたある日、あの出来事が起こったのだ。
その日も大学の授業が終わり、バイト先に向かおうとしていた。
いつも通り美久と待ち合わせをして(何度別々に行ってもいいんじゃ、と言っても聞き入れないわ、あげくの果てには僕が授業受けてる教室に入り込むはで大変だったから別々に行くのは諦めてしまった)地図を見ながらバイト先に向かう。
どうやらここ三ヶ月で美久は完全に地図を見るのを僕任せにしたらしく完全に着いてくるだけになった。
一時期自分でも見ようとしてたはずなんだけどなぁ、あの盛大に迷ったのがトラウマなんだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると美久がこんなことを言い始めた。
「そういえばみずほさんが三人で花見するぞ。もちろん席取りの役は数人な、って言ってた。」
「花見ねえ…」
いつもはこんなことは思わないけどなぜか今日に限ってはその提案は悪くないと思った。
この三人で、というのはなんだかアレな感じもするがなんだかんだ盛り上がるとは思う。
主に僕がみずほさんにいじめられてだけど。
そう考えるとちょっと行きたくなくなってきたけど大丈夫。
「いいかもな、花見。ぱーっと騒いでな。あ、お前は酒飲んだら中学生と間違われるかもしれないから気を付けろよ」
どんっ!無言で足の甲を思いっきり踏みつけられた。
「冗談はさておき思いっきり騒ぐか。だとするとブルーシートとか用意しなきゃいけないな。みずほさん持ってるわけねえよなぁ」
「みずほさんの家はよくわかんないものいっぱいあるからもしかしたらあるかも」
機嫌を直してくれたのか美久がそんな情報をくれる。
悪くないよな、そういうのも。
心なしかいつもより楽しそうな美久とやれあれを持って行くだのそれは邪道だの誰か弁当とか作るのかとかそんなことを話しているうちに今回の仕事場に着いた。
いつも通りみずほさんは先に到着していていつも通りに僕をからかう。
「また仲良く来たなお二人さん。ずいぶん楽しそうに話してたけど私はお邪魔虫だったかい?」
「あんたが一緒にとか言うからこうなってるんでしょうが…今は花見の話してたんですよ。やりたいんですよね、花見」
みずほさんはわざとらしく今思い出したかのように
「おーおーそんなことも言ってたな!そうかそうか二人共そんなに楽しみか!」
「うん、楽しみ。みずほとお酒久しぶり」
「そっかそっか。で、数人はどうなんだ?ん?」
いつものからかう時のにやにやした顔で僕の方を見てくる。
どうせいつも通りのそんなに楽しみではないですけどねまあやるならやりますよみたいな回答を期待してるんだろうなぁ、と思ったらなぜか無性に腹が立ってきていつも言わないようなことでも言ってやろうか、という気分になってきた。
どうせ美久に楽しみだな、とか言っちゃったんだしどうにでもなれ、という気持ちで僕はこう言ってやった。
「ええ楽しみですよ。二人と何かイベントやってしかもお酒飲むなんて初めてですしね。ええすごい楽しみです」
その言葉を聞いた瞬間、みずほさんは一瞬びっくりした顔をしたがすぐにからかう時のニヤケ顔になって
「そうかそうか楽しみかー。数人もそういうこと言うようになったか!」
そう言って満足そうに笑っている。
なんとなく悔しくなり
「えーえー楽しみですよ!なんか悪いですか!」
こんな風に悪態をついてしまう始末だ。
「いや別に悪くはないんだけどな。ま、いい。じゃあ仕事始めようか」
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