第6話 三月上旬:つき合い始めⅠ

 深愛に告白し、めでたくつき合うことになった翌日。優はいつものように家を出て学校に向かう。家から少し歩いた所にあるT字路に深愛がいた。優を見つけた深愛が嬉しそうに手を振る。優も思いっきり手を振る。


「おはよう、深愛姉」

「おはよう」

「もしかして待っててくれたの?」

「そうだよ。一緒に駅まで行きたかったから」


 深愛が優に手を出す。手を繋ごうと言うことだ。しかし、優は一瞬戸惑う。

(登校するときにも手をつなぐの……)

 昨夜は告白が成功した嬉しさで興奮していたから手をつないでいても全然恥ずかしく無かった。しかし、一夜明けて冷静さを取り戻すと、いくら恋人同士でも、朝っぱらから手を繋いで登校するのは恥ずかしい。


 近所のおばさんや、地元の中高の友達に見られたらどうしよう、と優は思う。

 深愛が細い眉を少し、しかめる。戸惑っている優を訝しんでいるのだろう。深愛に変に思われるのはまずいので、優は深愛と手をつなぐ。


「行こうか」

 優は少し歩調を速める。知り合いに見られる前に駅に着こうという作戦だ。しかし、その作戦に反対するかのように、深愛の歩調はゆっくりだった。深愛を強引に引っ張るわけにもいかないので、優は深愛の歩調に合わせる。


「学校なんか行かないで、こうして優君とずっと一緒にいたいな」

 深愛が優の方に体を寄せる。

「そうだね」

 そう言いながらも、優は恥ずかしい、と思っていた。駅に向かう学生や会社員がチラチラとこっちを見てくる視線もひしひしと感じる。


 優が乗る電車の駅の近くに来たとき、前方から歩いてくる女子高生に気づいた。中学の時同じクラスだった女子だ。思わず優は深愛とつないでいた手を離した。


 しまった、と優は思ったが、後の祭りだった。

 突然のことに驚いた深愛が優を見る。

「どうしたの?」

 深愛の声がいつもより低い。ご機嫌斜めの兆候だ。

「あの、知り合いがいたから、つい……」

 優は馬鹿正直に言い訳する。


「私と手をつないでいるところを、知り合いに見られたくないってこと……」

 深愛の声は相変わらず低く、そして表情は怖い。

「見られたくないってわけじゃないけど、その、恥ずかしくて」

「優君は私といると恥ずかしいんだ。分かった。もういいよ」

 深愛は優を置いて歩き出した。


「あっ、ちょっと待って深愛姉」

 優は深愛の肩を掴んで、こっちを向かせる。

「ごめん。謝るよ。だから機嫌なおして……」

 深愛の今にも泣き出しそうな顔を見て、優は言葉に詰まる。


 深愛が制服のポケットからハンカチを取り出し、目元を押さえる。十秒ほどそうしていただろうか。顔を上げた深愛は、さっきまでの表情から一点、微笑んでいた。

「そうだよね、まだつき合ったばかりだもんね、恥ずかしいよね。ごめんね、気が付かなくて。私、優君とつき合えて嬉しくて自分のことばっかり考えちゃった。明日から気を付けるね」

 どうやら気持ちの整理がついたらしく、深愛はいつもの優しい口調に戻っていた。

「いや、そんなことないよ。僕も自分のことしか考えていなかったかもしれない」

「じゃあ、おあいこ。優君、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」

 優は腕時計を見る。確かに、もう行かないとやばい。

「本当だ。じゃあ、深愛姉、また」

 優は深愛に手を振り駅の階段を駆け上がる。

「いってらっしゃ」

 深愛が手を振り、優を見送る。


 電車を降り、駅から学校に歩いていたとき、深愛からラインのメッセージがあった。

「さっきはわがまま言ってごめんね」

 そのメッセージに続いて、三毛猫が謝っているスタンプも送られてきた。

 優もすぐにメッセージを返した。


(さっきは険悪な雰囲気になったけど、こうやってすぐ仲直りできるんだから問題ないよな)

 優はすっきりした気分で登校した。


 昼休み。

 優はクラスの友達とお弁当を食べながら雑談していた。

 おしゃべりで盛り上がっているとき、制服のポケットに入れていたスマホが震えた。優はスマホを見る。深愛からラインのメッセージだった。


「私は今からお昼休みだけど、優君は?」

 優は友達の話を聞きながら返事する。

「こっちは少し前からお昼休みだよ。クラスの友達とお弁当食べてる」

「優君達の方が早いんだ。学校によってお昼休みの時間も違うんだね」


 用というよりは雑談じみた深愛からの返事を読み、優は眉をしかめる。クラスの友達とお昼を食べているのだから、用が無いのであればこの場で深愛とラインをする気にはなれない。しかし、深愛はラインでお喋りをしたいのか、こちらが返事をしていないのにまたメッセージが送られてきた。


「今日、数学で抜き打ちテストがあって最悪だったよ(涙)」

 三毛猫が、しくしく、と泣いているスタンプが送られてきた。

「それは災難だったね。でも深愛姉なら抜き打ちでもできたんじゃない」

 気は乗らなかったが、無視もできないので優は返事をする。

「ある程度はできたけど、最後の問題が解けなかったんだよぅ。うぅ、もっと勉強しておくんだった……」

 すぐに深愛から返事が返ってきた。

「優君の学校は抜き打ちテストなんてやらない? それとも、やっぱりあるのかな?」

 もう一つメッセージが連続して送られて来た。


(こんなラインばっかりやって、深愛姉、暇なのかな?)

 優は首をかしげながら、返事をする。


「うちの学校は抜き打ちのテストなんてやらないよ。深愛姉の学校は頭いいいから、そういうところは厳しいんじゃない」


「おい、優。なにさっきからスマホばっかりいじってんだよ」

 一緒にお昼を食べている友達に文句を言われた。

「ごめん、ごめん。ちょっとね」

 優はスマホから顔を上げる。しかし、スマホが震えた。深愛から返事が届いたのだ。優は思わず、小さく舌打ちした。


「ねえ、ねえ、話しは変わるんだけど今週の土日はどこか遊びに行く?」

 深愛からのメッセージを確認した優は、すこしイラッと来た。

(そんなの、今日の夜にでも話せばいいじゃん。こっちは友達といるのに)


 優がスマホばかりいじっているので、一緒にお昼を食べているクラスの友達が不満そうにこっちを見ている。

「今友達とお昼食べてるところなんだ。また、後で連絡するね」

 優は急いで文章を入力して深愛に送った。そして、優はスマホを制服のポケットにしまい、クラスの友達とのおしゃべりを再開した。


 深愛からメッセージが返って来たのか、ポケットの中のスマホがブルブルと震えた。しかし、優は受信を無視して、友達との会話を続けた。

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