第5話 三月上旬:告白Ⅱ

 深愛に告白すると決めた日から、優は告白の言葉を考え、当日の行動予定を立てて、お洒落な服を購入した。

 木曜日には深愛に連絡を取り、今週の日曜日にディズニーランドに遊びに行く約束もした。


 ディズニーランドに行く前日の夜。優は二十二時にベッドに入った。

 優はスマホに保存している深愛の写真を見る。最近撮った、私服姿の深愛が微笑んでいる写真だ。

「深愛姉…… 好きだよ」

 写真に向かって告白した。

 スマホのアラームを確認して、優は目を閉じた。いつもならまだ起きている時間だが、明日、絶対遅刻しない為、もう寝ることにした。


 翌朝、目覚ましのアラームが鳴る五分前に目覚めた優はベッドから飛び起きて、朝食を食べ、準備する。


 昨日買った真新しいチノパンを穿き、インナーのシャツを着る。その上に、ワンポイントのデザインが入ったパーカーを着る。

 部屋の姿見の前で服装を入念にチェックする。全体的に地味な感じではあるが、個性やお洒落感をだすよりも、清潔感のある服装が女子受けが良いという、ネットの情報を元に選んだコーディネートだ。

 

 肩掛けのバックに折り畳みの傘など、持って行く物を入れる。バッグを肩にかけ、優はもう一度姿見の前で見た目をチェックする。

「よし、これで大丈夫」

準備は万端だ。告白の言葉もしっかり暗記してある。

「よし、行くぞ」

 深愛とつき合えるという期待と、振られるという不安の両方を伴い、優は家を出た。


 待ち合わせ場所である近くの駅の前に優は約束の時間の五分前に着いた。既に深愛がいた。


「おはよう、深愛姉。待たせちゃったかな」

「おはよう。私も今来たところだよ」

 深愛はシックな感じのワンピースに薄手の桃色のコートを着ていた。肩からポシェットをかけている。学校に行くときは結んでいるロングの髪を今は降ろしている。その姿が大人っぽく見える。


「今日、晴れて良かったね。午後もずっと晴れるって朝の天気予報で言ってたよ」

 深愛が話しながら、駅のホームの方へ歩き出す。

「そうだね、雨だとショーも中止になるし、アトラクション待つのも大変だからね」

 優も本当に晴れて良かったと思っている。雨でも告白するつもりだったが、晴れている方が断然良いに決まっている。

「日頃の行いが良いからだね」

「僕の?」

「私のだよ」

 二人は冗談を言いながら電車に乗った。


 ディズニーランドの最寄り駅に降りた優達は、駅からランドまでの道を歩く。周囲には、カップルや家族連れが沢山いる。


「ディズニーランドに来るの久しぶりだな」

 深愛が道の先に見えるディズニーランドを眺める。

「深愛姉と来たのは、僕が中学二年の時だからだいたい二年ぶりだね」

「私の中学卒業記念だったね」

「あの時、深愛姉、かたくなにお化け屋敷入らなかったよね」

「だって、怖いじゃない」

「ランドのお化け屋敷は怖くないよ。お化けたちもユーモアある感じだし。小さい子もお化けに手を振って喜んでるよ」

「怖いものは怖いの」

 深愛は頬を膨らませてむくれる。しかし、すぐに妙案が思いついた策略家のような表情になる。

「優君だって、絶叫系マシンに乗るの嫌がってたじゃない。小さい子が両手上げてるのに、安全バーにしがみついてたし」

「あ、あれは……」


 優は絶叫系マシンが苦手なのだ。一方、深愛は絶叫系マシンが好きだ。

「僕は正しい乗り方をしていただけだよ。安全バーは掴むためにあるんだからね。手を上げる方が違法なんだよ」

 優も頬を膨らませてむくれる。


「じゃあ、今日も正しい乗り方でいいから、乗ろうね」

「えっ?!」

 思わぬ罠に嵌り優は絶句する。一方、優を見事罠にはめた深愛はいたずらっ子のように微笑む。

「それなら、お化け屋敷も行こうよ」

「うーん。考えておいてあげる」

 深愛はニッコリ微笑んだ。

「ちゃんと、考えおいてよ」

 深愛の笑顔の前ではそう言うのが精一杯だ。


 笑顔で優の反論を封じるのは深愛の常套手段であり、その手は読めている。しかし、反論できるかと言えばできない。

 可愛いからいいか、と、許せてしまう。ネットで見かける、可愛いは正義、とはよく言ったものだ。


 優と深愛はアトラクションを中心にランドを回った。途中、パレードを見て、疲れたらお茶をして、楽しんだ。


 約束通り、絶叫系マシンに乗り、お化け屋敷にも一回だけだったが入った。お化け屋敷では、深愛はずっと優の腕にしがみついていた。


 夜になり、最後のパレードが始まった。優と深愛はパレードから少し離れていて見にくいが、その分人が少ない場所にいた。座る場所は無いので立ち見だ。


 パレードの先頭が通り過ぎ、その後ろが続いて行く。

(あとちょっとしたら、告白するぞ)

 優はパレードの途中で告白するつもりだった。

 パレードが過ぎる度に緊張が高まる。もう限界まで緊張してると思うのだが、さらに緊張の度合いが増す。こんなに緊張したのは生まれて初めてだ。

 パレードの列の真ん中が通り過ぎた。


(告白しないと)

 優は隣にいる深愛の腕を掴んだ。驚いた深愛が優を見上げる。

「深愛姉、ちょっと来て」

 優は深愛の返事を待たず、深愛の腕を引っ張りその場から移動する。

「どうしたの? 優君」

 怪訝そうにしながらも、深愛は優についてくる。

 優は目的の場所まで深愛を連れてくる。深愛の手を離し、向き合う。


「ここは……」

 深愛が周りを見る。ここが深愛の思い入れがあると言っていた場所だ。

 アトラクションの建物と建物に挟まれた細い通り道だ。元々人通りが多いところでは無い。今はパレードの方に注目が集まっていて、全く人気が無い。


「こんなところに来て、どうしたの、優君」

 深愛が優を見る。

 優は考えてきた告白の言葉を言おうとする。しかし、極度な緊張のせいか、口が開かない。喉はカラカラだ

 話さなきゃ、話さなきゃと、どんどん焦ってくる。

「深愛姉……」

 そう言うだけで、優の顔は汗ばんでいた。

「ん?」

 深愛が小さな顔を少し傾ける。

「す、好きなんだ! つき合って下さい!」

 優は半ば叫ぶかのように一気に言った。本当はもっとスマートな告白の言葉を考えていたのに、いざととなると、いくつかの単語を繋げるだけで精一杯だった。

 深愛は大きな瞳をさらに大きく見開いて驚く。

「優君……」

 深愛が口元に手を当てて、俯く。深愛の瞳から涙があふれる。

「あ……」

 優は深愛が涙を流すのを見て愕然とする。


「ご、ごめん。泣くほど嫌だなんて思わなくて…… その、ごめん……」

「ち、違う……」

 深愛はポシェットからハンカチを取り出すと、急いで涙をふく。


「違うよ、嬉しくて……」

 深愛はハンカチで目元を押さえる。

「ごめんね、驚かせちゃって…… 嬉しくて…… 涙が止まらなくて……」

(うれし泣きだったのか)


 さっきまで絶望していた優は一転、嬉しくなる。

 涙をふいた深愛が優を見上げる。まだ瞳は潤んでいるが、だいぶ落ち着いたようだ

「私でいいの。本当にいいの?」

「深愛姉がいいんだよ。僕とつき合って欲しいんだ」

 うん、と深愛が頷いた。優の顔に歓喜の笑顔が広がる。やったー、と優は心の中で叫んだ。


「ありがとう、優君」

 ドーンと大きな音がした。パレードの最後の花火が打ち上げられたのだ。花火の光に反射して、深愛の潤んだ瞳がキラキラ輝く。


 優と深愛は帰路についた。告白に成功した優は天にも昇る気持ちだった。来るときはつないでいなかった手も、恋人になった今はつないでいる。深愛から、手をつなごう、と言ってきたのだ。


「あの場所、覚えていてくれたんだね」

 ランドから出て駅に向かう途中、深愛は嬉しそうに優を見上げる。

「うん」

 優は頷く。昔、深愛から聞いた思い入れのある場所だということを優はしっかり覚えていた。

「優君、私、今すごく幸せかも」

 言葉通り、深愛はとても嬉しそうにしている。

「僕も、幸せだよ」

「ずっと、一緒に幸せになろうね」

 深愛が優の腕を抱きしめるようにして、優に体を密着させる。

 深愛の胸が腕に当たり、思わず優はピクリと反応した。

「どうかした?」

 不思議そうに深愛が見つめる。

「ううん。何でも無いよ」

 優は平静を装い、とぼける。その実、意識は胸が当たっている腕に集中されていた。


 地元の駅から家に向かって歩き、家の近くのT字路で別れた。

「また明日ね、優君」

「うん。また明日。お休み、深愛姉」

「おやすみ」

 優と深愛は二人とも笑顔で、さっきまで繋いでいた手を振り合う。


 優が家に帰ると、深愛からラインのメッセージが届いた。

「優君、今日はありがとう。本当に嬉しかったです。優君に相応しい彼女になれるように頑張るから、これからも末永くよろしくね。」

 その後に、三毛猫の絵の下にLOVEと書かれたスタンプが送られていた。


 優もラインを送る。

「僕もとても嬉しかった。深愛姉とつき合えるなんて夢のようだよ。深愛姉のこと愛してる」

 優は、ちわわが大好きー、とコメントしているスタンプをお送る。


 送ってから随分と大胆なことを書いたな、と自分で気恥ずかしくなる。

 すぐに深愛からLOVEと書かれた三毛猫のスタンプが返ってくる。


 そんな、甘いやり取りを繰り返していたら、いつの間にか二十四時を過ぎていた。明日は学校もあるので、そろそろ切り上げないといけない。

 優は、お風呂に入りまーす、とラインで送って、お風呂に入った。


 お風呂から帰ってきて明日の準備をして、優はベッドに入る。アラームをかける為、スマホを取る。

 優はぎょっとする。

 深愛から沢山ラインのメッセージが送られていた。「もう、お風呂出た?」とか「まだ入ってるのかな?」とか「もう寝ちゃった……?」とか、内容は大したものではないし、お風呂に入っていたのだから仕方ないが、多くのメッセージを無視してしまった。


 優はすぐにメッセージを送る。

「返事が遅れてごめん。お風呂から出て、これから寝るところ。おやすみ」

「おやすみ。夢で逢えたらいいね」

 深愛からすぐに返事がきた。三毛猫が欠伸をしているスタンプもついている。


 レスポンスの速さから、深愛は優からの返事を待っていたのだろう。他意は無かったが、結果として深愛を待たせてしまい、悪いことしたなと優は思った。

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