第3話 二月:優の日常Ⅲ
授業とその後の部活を終え、優は学校から家に帰ってきた。
優は二階にある自分の部屋で制服から家で着ているジャージに着替える。鞄から教科書やノートを取り出し、今日出た宿題に取りかかる。
一時間程で宿題は終わった。
(夕飯、食べようかな)
優は一階のリビングに行く。
優の父親は単身赴任中でこの家にはいない。母親は中小企業の経理をやっている。週に三日は残業で帰りが二十三時過ぎになる。今日もそんな帰りが遅い日だ。
優は冷蔵庫を開ける。昨日の残り物がラップされて入っている。それを電子レンジで温める。温めた食事を食卓に並べる。母親の帰りが遅い日、優は一人で夕食を食べる。
「いただきます」
優が食卓に着いた時、食卓の端に置いていたスマホが鳴った。
深愛からのラインだった。
「もう、夕ご飯食べちゃった?」
「いまから食べるとこだよ」
優はラインでメッセージを送り返す。
「ちょっとだけ待って! 今から行くから一緒に食べよう♪」
(え?)
深愛からのメッセージを読んだ優は椅子から立ち上がる。急いで洗面所に行き、鏡を見ながら髪型を整える。
ピンポーンとインターホンがなる。
玄関の扉を開けると私服姿の深愛がいた。深愛は私服姿も可愛い。優の心臓は天井知らずに高鳴っていく。
「こんばんは」
「あ、あがって」
「お邪魔しまーす」
深愛が靴を脱いで優の家に上がる。
母親が残業の日、たまにではあるが、深愛が訪ねてくる。そして、一緒に夕飯を食べる。
リビングに入った深愛は肩にかけていたトートバッグからタッパーを取り出して蓋を開ける。
「ミートボールを作ったんだ。たくさん食べてね」
「深愛姉得意のミートボールだね」
優はミートボールを一つ、箸でつまんで口に運ぶ。アツアツ、というわけでは無かったがまだ十分温かかった。かかっている餡がこれまた美味しい。
「うーん! 美味しい!!」
テレビのレポーターがやるような大げさな仕草で優は満足ぶりを表現する。
「そうやって喜んでくれると作った甲斐があるってものよね」
深愛はトートバッグから白米とサラダの入ったお弁当箱を取り出す。それは深愛の夕食だ。
優と深愛はテーブルに向かい合って座る。
「いただきます」
「いただきまーす」
優と深愛の声がリビングに響いた。やっぱり、一人の時よりも二人の方が寂しくない。
優は食べながら深愛を見つめる。
(深愛姉に彼氏ができたら、こうやって一緒にご飯を食べるなんて、できなくなるんだろうな)
昼間クラスの友達に言われた反動か、やけに今日は深愛の彼氏のことばかり考えてしまう。
(いや、今既に彼氏がいるかもしれないんだよな…… でも、そうだとしたらこうやって一緒にご飯食べたりしないよね…… いやいや、深愛姉からしたら僕は弟みたいなもので、男だと思われていないのかな……)
優はご飯を食べるのも忘れ、深愛を見つめていた。
(彼氏がいるかどうか聞きたい…… でも、何て言えばいいんだろう……)
「ん? どうしたの」
深愛が優の視線に気づく。
「ん! な、何でも無いよ」
優は慌てて、両手を顔の前で横に振る。
「んんっ、なんか怪しいな」
深愛が怪しそうに優を見る。そして、何か思い付いたのか胸の前で手を叩く。
「わかった。さてはお姉さんに相談があるんだな」
「えっと……」
「ちょっと待って、当てて見せるから」
深愛は人差し指を口元に当てて考える。
深愛がニヤニヤする。
「さては、女ね。学校で気になる子がいるんでしょ。その子のことで相談したいんでしょ。もう、優君もお年頃なんだから。隅に置けないな」
「何言ってんだよ。そんなんじゃないよ。別に学校で気になる子なんていないし」
「隠さない、隠さない。本当はいるんでしょ。ね、いるんでしょ」
片手を口元に当てて深愛がニヤついている。そのいかにも、な仕草に優は若干イラッとした。
(何言ってるんだよ。気になる女の子なんて深愛姉以外にいるわけないだろ)
心で思っていることをそのまま口に出せたらいいのに、と優は思う。しかし、とても口にできない。そんな勇気は無い。
「そういう、深愛姉はどうなんだよ」
「どうって、私の行ってる高校、女子校だよ。知ってるでしょ。優君のとこみたいな共学じゃないの」
「女子校の方が、男子校と合コンしてるらしいじゃん。イケメンとの出会いも沢山あるんじゃないの」
偶然ながら、彼氏の存在を聞き出せそうな話の流れに持っていけたと、優は心の中で自分に拍手していた。
「イケメンとの出会いかぁ。うふふ、さーて、どうなのかなぁ。優君の想像に任せるとしようかな」
深愛がごまかす。
「往生際が悪いよ深愛姉。ここは潔く白状したらどう」
「白状もなにも、私はやましいことは何もないわよ。それに、しつこい優君は嫌いだな」
深愛はすました顔でミートボールを食べる。
(うぅ…… これ以上は問い詰められない……)
深愛に嫌いと言われると強く出られない優だった。
「分かったよ。この話はここまで」
深愛に彼氏がいるか、聞き出せなかったことに優はがっかりする。
夕食を食べ終えた優と深愛は一緒に食器類を洗った。
「それじゃあ、帰るね」
深愛は持ってきたタッパーをトートバッグに入れてリビングを出る。
「家まで送るよ」
二人は廊下を玄関に向かって歩く。
「まだそんなに遅くないから大丈夫。塾がある日はもっと遅い時間に帰ってるし」
玄関で深愛が靴を履く。
「本当に送って行かなくて大丈夫? すぐそこだし、やっぱり送って行くよ」
優の家から深愛の家はゆっくり歩いても十分ほどで着く。
「すぐそこだから、大丈夫なんだってば。優君は心配性だな。でも、心配してくれてありがとう」
深愛が嬉しそうに微笑む。
「あ、そうだ。電話しながら帰るといいんじゃないかな。その方が安全そうな気がする。か、彼氏と話したらいいんじゃないかな」
自分で言っておいて、深愛に彼氏がいたらどうしよう、と優は不安になる。
「またその話? しつこいぞ、優君」
めっ、と深愛が軽く優を睨む。
「あ、ごめん。つい……」
「いないよ」
「え?」
「彼氏なんて、いないよ」
少し顔を赤らめて、深愛が呟いた。
「じゃあね」
扉を開けて深愛は出ていった。
「あ……」
優は靴を引っかけ、閉まった扉を開ける。
深愛の姿は見えなかった。玄関からは見えない所まで行ってしまったのだろう。
(彼氏、いないんだ)
じわりと安堵感が胸に広がる。
自分の部屋へ移動した優はベッドにうつぶせになりスマホを操作して保存されている写真を見る。家族との写真、学校との写真、そして深愛との写真がある。
深愛との写真を見る。中学の文化祭のときの写真。部活のライブのときの写真。二人で遊びに行ったときの写真。沢山ある。
写真を送っていた優の手が、深愛と海に行ったときの写真のところで止まる。
優が中学三年で、深愛が高校一年生の時、優の受験勉強の息抜きにと、日帰りで夏休みに海に行ったときの写真だ。
(深愛姉、スタイル良いんだよな)
深愛の胸元や太腿を優は見る。ワンピースの体のラインがはっきり出ない型の水着だが、それでも大きな胸がしっかり分かるし、すらりと伸びた綺麗な形の太腿が眩しい。
深愛は細身なのだが、全体的に程よい肉つきで色っぽい。深愛の水着姿を見ていると性的な欲望がこみ上げてくる。
優は両手で頭をペシペシと叩く。
(深愛姉の水着姿見て、何考えてるんだ僕は)
罪悪感めいた気持ちで胸がいっぱいになる。優は急いで写真を送り、他の写真を見る。
私服姿の深愛が微笑んでいる写真で止める。最近、取った写真だ。
深愛は優しくて、可愛くて、一緒にいると楽しくて、これかもずっと、一緒にいたい存在だ。
(僕は深愛姉が好きだ)
その感情に嘘や間違いは無い。
「深愛姉と一緒にいたいなら、告白しないと。そして、僕が深愛姉を幸せにするんだ」
優は怖い程真剣な表情で呟いた。
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