第2話 二月:優の日常Ⅱ

 優が通う都立高は偏差値的には中の上の学校だ。東大や京大への進学者は数年に一人出るかどうかといったところだが、過半数が大学には進学する。


 優はまだ一年生なので卒業後の具体的な進路は考えていないが、漠然と、都内の大学に進学するんだろうなと思っている。その大学が深愛と一緒の大学ならばいいなと空想している。


 午前中の授業が終わり、優は教室で仲のいい友達とお弁当を食べる。

「なんか、今日の優、ご機嫌じゃねえ」

 クラスの友達の一人が話しかけてきた。

「もうすぐライブだけど今回は結構いい感じに仕上がってきてるから、そのせいかも」

「いやいや、ちがうでしょ。どうせ、あの憧れのお姉さまと、朝ご一緒できたんだよ」

 もう一人の友達が横から口を挟んできた。その友達はジャズ部の部員で優とは仲が良い。

 このジャズ部の友達はいい奴なのだが、口が軽いのが玉にきずだ。


「憧れのお姉さまって誰よ?」

 クラスの友達が興味を示す。

「変な言い方しないでよ。近所に住んでる幼馴染の人だけど、憧れとかそう言うんじゃないから」

「一歳上の美人お姉さまなんだよ。しかも優のやつ、その人のこと、深愛姉、て読んでるんだぜ」

「何じゃそりゃあ?! 兄弟じゃないんだろ。それなのにお姉かよ。どんだけ仲いいんだよ」

「もうつき合ってるようなもんだって。ラブラブだぜ」

 ジャズ部の友達が有ること無いこと尾ひれを付けて勝手に話を膨らませる。

「だから、そんなんじゃないって。そりゃあ、仲はいいと思うけど、つき合ってるわけじゃないし、本当にただの幼馴染だよ」

「いいな、いいな、優はいいな。俺もそんな幼馴染が欲しいな。でも、俺は妹はだな。お兄いたん、て呼んでくれる妹はいないかな」

 クラスの友達が真顔で危ないことを口走る。

「変態…… いや、犯罪者!」

 優とジャズ部の友達は白い目でクラスの友達を見る。

「まあ、お前の性癖は放っておくわ。とにかく犯罪はするなよ。それよりこれ見ろよ、これが、そのお姉さまだよ」


 ジャズ部の友達がスマホの画面に写真を表示してクラスの友達に見せる。写真は前回のライブの後に、ジャズ部のメンバーとメンバーの友達とで撮った集合写真だ。その中に私服姿の深愛もいる。

 クラスの友達は写真を拡大して深愛の顔を凝視する。

「えー 何これ! 可愛いじゃん! 美人だし、顔小っちゃいし、芸能人? ていうか、優、こんなお姉さまとイチャイチャ、ワイワイ、キャッキャしてるのかよ」

「だからしてないって。それに日本語が乱れすぎだよ」

「乱れてるのは優の異性との交遊の方じゃないのか。このお姉さまと」

 ジャズ部の友達が冗談で言ったのは分かる。しかし、癇に障った。

「何言ってるんだよ。僕は何も変なことはしてない。それに、変な勘繰りは止めてよ。深愛姉に失礼だ」

「あー 悪い悪い。ごめん。俺が悪かった。だからそんなにマジになるなよ」

 ジャズ部の友達が笑いながら謝る。彼にとっては些細な軽口なのだろう。しかし、優にとっては、深愛が穢された気がして、軽く流せなかった。


「でもさ、いつまでも、この人がフリーだと思わない方が良いぞ。これだけ可愛ければ学校で言い寄る男も多いだろ」

「深愛姉は女子校だから」

「俺ら共学だからあまりやらないけど、女子校と男子校は合コンを結構やるみたいだぞ。それに、大学生になったらもう、オオカミの群れのなかに羊が離されるようなものだぞ」

「何でお前、大学のことなんて知ってんだよ」

 クラスの友達がジャズ部の友達に尋ねる。

「兄ちゃんが言ってた。兄ちゃんテニスサークルだけど、合コンやりまくりなんだって」

 友達達の会話は、的確に優が気にしていることを突いていた。


 幼稚園の頃から一緒に遊んでいた深愛を異性として意識し始めたのは小学生の高学年の頃からだ。それ以来、中学時代も高校生になっても、優はずっと深愛のことを想い焦がれ、恋という病にかかり続けている。実に重病だった。 


 深愛に彼氏ができると思うと胸が締め付けられる。その彼氏とデートして、手を繋いで、キスをして、そして…… と考えると、心臓が鷲づかみされて、ぎゅーと握りつぶされるような感覚を覚える。


 深愛に彼氏がいないことを願っているが、実は既に彼氏がいるかもしれない。冗談めかして本人に聞いてみようと思っているのだが、答えを聞くのが怖くて聞けずにいる。

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