私とあなたの幸せは同じじゃないけど、それでもいいでしょ。

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第1話 二月:優の日常Ⅰ

 二月下旬。

 段々と春に向かって季節は変わっていたが、東京にはまだ冬の名残の寒さが残っていた。

 都心の住宅街にある何の変哲もない一軒家。その玄関の扉が開き、ブレザーの制服にコートを羽織った少年が出てきた。

 少年の名は幾花 優(いくはな ゆう)。高校一年生だ。


「行ってきます」

 家の前の道を駅に向かって歩く。

「ふぅ、まだ寒いな」

 優は学校指定のバッグを肩にかけ、コートのポケットから手袋を取り出し両手にはめる。


 駅に向かう道の最初の曲がり角であるT字路が近づいてくる。

(今日は、会えるかな)

優の心臓の鼓動が早くなる。緊張する。同時に期待も膨らむ。

 T字路に来た。


「おはよう、優君」

 綺麗な声が優の鼓膜を震わせた。

「おはよう、深愛(みお)姉」

 優は右を向く。ロングの黒髪を三つ編みのおさげにして、優とは違う高校のブレザーにスクールコートを着た少女が歩いてくる。少女の名は千歳 深愛(ちとせ みお)。高校二年生だ。

 深愛は優しく微笑み、優に手を振っている。優も手を振りかえす。

(よかった、会えた)

 優は嬉しくて微笑む。


「今日も寒いね」

 深愛が優の隣に来る。優も深愛も男女の平均的な身長で、優の肩辺りに深愛の頭がくる。

「うん。もうすぐ三月なのにね。早く暖かくなって欲しいな」

 優と深愛は並んで歩き出す。」

「この寒さもあと少しだよ。ほら見て梅の花が咲いてる」

 深愛が、民家の庭から道路の方へ出ている木の枝を指差す。満開ではないが、白い花が咲き出している。


 梅の花を見つめる深愛の横顔を優は見つめる。

 深愛は可愛い容姿をしている。くっきりとした愛らしい瞳。透けるように白い肌。綺麗な鼻筋。ぱくりと食べたくなる小さな耳。そのどれもが、優は好きだった。


「三月にやるライブの日程決まった?」

 歩きながら優と深愛はお喋りする。

「あ、決まったよ。三月二十二日十八時からだよ」


 優は高校の部活でジャズ部に入っている。学校の文化祭などでライブを開催するとともに、高校の近くのライブハウスで定期的にライブを開催している。深愛はよく聞きに来てくれる。


「三月二十二日か……」

 深愛はスマホを取り出してスケジュールを確認する。

「ん、大丈夫空いてる。聞きに行くね」

「うん、来て来て。今回はみんなでかなり練習したから、僕も自信あるんだ」

「へえー すごいじゃない。楽しみにしてるね」

 深愛がクスリと小さく笑う。

「どうしたの?」

「優君の高校生になって最初のライブのとき思い出しちゃった。あの時はまったく自信無いから聞きに来ないでって言って、なかなかライブの日にち教えてくれなかったでしょ。あの子がこんなに成長するなんてお姉さん嬉しいな」

「そ、それは昔のことだよ。あの時は、先輩たちが上手で僕は下手だったから本当に自信無くて、だから深愛姉に見せたくなかったんだよ。それなのに深愛姉が僕のスマホ奪って無理やり日にち確認するから結局、僕の下手な演奏見られちゃったし」

「スマホを奪うなんて人聞きの悪い。スマホを渡さないと絶交だって言っただけでしょ」

「それって、脅してるよね」

「脅してなんて無いわよ。条件を付けただけよ」

 悪びれる様子も無く、すました顔で深愛が言う。

それが脅してるってことじゃん、と優は思った。


「確かに優君の演奏は先輩達よりも下手だったけど、先輩達について行こうとして一生懸命頑張っている優君は恰好良かったよ。お姉さん、感動で胸が熱くなっちゃたもん」

 深愛が両手を胸に当てる。

コートの上からでもわかる深愛の胸の膨らみに優はドキリとする。しかし、すぐに深愛のことを性的な対象として見たことに対する自己嫌悪にかられる。


 優が乗る電車の駅に着いた。ずっと深愛と話していられたら、と優は思う。しかし、電車に乗らないわけにはいかない。

「それじゃあ深愛姉、また」

「うん、またね。部活も勉強も頑張るんだぞ」


 優は深愛と別れ駅の階段を上る。深愛は優に手を振り、駅の前を通り過ぎて行った。深愛はこの先にある別の駅から電車に乗るのだ。

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