第1章 コンクラ(ー)ベ 3話
「では、くれぐれも違反をしないでくださいね」
選挙管理委員会の女生徒から告げられた言葉に会長候補者たちが同意することで、生徒会長選挙の説明会は幕を閉じた。
が、それは新たな幕開けを告げたに過ぎない。
「しっかし、こんなルールだったとはね」
秀次が帰り道の廊下で振って見せたのは、いわゆる選挙法の冊子。細かいルールはいろいろとあるが、代表的なものを挙げていくと、
・候補者一人に付き、正式なサポーターを二名まで付けることが出来る。
・選挙活動は始業前、昼休み、放課後のみとし、それ以外の時間帯や校外での活動を禁止する。
・候補者は投票日前日に行われる公開演説において、最終演説を行う必要がある。サポーターも応援演説を行うことが出来るが、強制ではない。
・候補者は当選後、各生徒会役員を速やかに指名し、一週間後に信任投票を行えるようにすること。
「問題は最終演説だよなぁ」
確かに、彼の言う通りだ。俺もそこは気がかりなのだが、
「だが、妙案がある」
そう、秀次は気楽に笑って見せた。
俺を挟んで秀次の反対側には千華雅が冊子を黙々と読みながら歩いている。
「千華雅はどんなこと話す予定なんだ?」
軽い気持ちで問いかけると、
「ん、ボクは楽しいことをしていけたら、と思うよ」
と、すぐに答えが返ってきた。
「楽しいこと、ねぇ。まあ、大切だよな」
「うん」
例によって、妹の性格はまた変化しており、今は落ち着いたボクっ娘らしい。まあ、どんな性格であれ、根本の部分は何ら変化しないのだが。
「んじゃ、俺はでばがめって疲れたから、帰るとするよ。お前らもすぐに帰るだろ?」
「ああ、帰るよ。これから疲れる毎日だっていうのに、わざわざ居残る必要性が見当たらない」
「まあ、な。じゃ、途中までは一緒に」
「そうだな」
視線を千華雅に向けると、彼女も承諾の頷きを見せた。
「うっし……作戦は俺に任せて、お前はどーんと構えてな」
なんだか楽しそうだな、秀次。他人事だと思ってるのか、なんなのか。
いや、でも関わる気満々だよな。
教室に鞄を取りに戻り、クラスの違う千華雅だけいったん別れる。
その後、再び合流して帰宅の途に就いた。
家に帰りついた俺と千華雅はそれぞれの部屋に入る。
ベッドに寝転がって、天井を仰ぎ見る。
「あーあ……」
本当に生徒会長選挙が始まってしまった。それも、自分の意志でなく、妹の策略によって。
でも、と思うこともある。
これまで張り合いのない生活を送ってきた。しかし、これを機になにかが変わるかもしれない。
淡い展望だし、正直他人任せの気がしないでもない……が?
あれ? 俺いつの間にズボン脱いだっけ?
「っておい!」
見るまでもなく妹だとわかったので、ベッドサイドに置いてあったハリセンを思い切り振り下ろす。
「このくらい――」
千華雅は跪いた体勢から腕を跳ね上げ、紙一重のところでハリセンを弾く。
その隙を突いて俺は投げ捨てられたズボンを拾いつつ、距離を取る。
ズボンを穿く余裕はない。
千華雅が手をわきわきさせながら近寄ってきているからだ。
「よせ、千華雅。俺に関わっても百害あって一利なしだぞ?」
「なに言ってるの? ボクには得しかないよ」
目をキラキラさせながら言うな!
「クソ……」
このままじゃ埒が明かない。
「おい、千華雅」
「なに、お兄ちゃん?」
「生徒会長選挙で勝負してやんないぞ?」
「それは……困る。ちゃんと勝負してくれないと」
「だったら――わかるな?」
「う……卑怯だよ、お兄ちゃん」
悔しそうな表情だが、俺は揺らがない。
「わ・か・る・な?」
「わ、わかったよ」
渋々といった様子で手をひっこめ、臨戦態勢を解く。
「しかし、なんで今更勝負なんか? 年齢違わないから、どっちが上とかで気にしてんのか?」
「そういうんじゃないよ。ボクは妹で、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから。そこに疑問を差し挟む余地はないよ?」
「じゃあ――」
「勝負が終わったらわかるよ、うん」
朗らかな笑みで妹はそう言う。多分、これ以上聞いても答えてはくれないだろう。
「わかったよ。理由は終わったらわかるんだろ? だったら、それまでは俺とお前は戦う敵同士だ」
「うん、だからズボン脱がした。あとちょっとでパンツもいけると思ったけど……」
「勝負はすでに始まってた!?」
なんということだ。まさか、今のが攻撃だったなんて……
「って、騙されるか! お前のこれはいつものことだろう! 勝負関係ないしッ!!」
「うわぁ、お兄ちゃんテンション高いねぇ」
「誰のせいだ、誰の!」
階下から母が「うるさいわよ」とのことだったので、深呼吸して落ち着く。
「ともあれ、勝負というからには全力で行かせてもらう」
「もちろんッ」
当たり前だよ、という風に頷き、それから真剣な顔になって、
「これの原作やりたいんだけど……」
と、とある美少女ゲームのタイトル画面を見せてきた。
「…………」
タイトルは知ってる。そして、原作も……持ってる。
だが言っておこう。俺のためにならないけど言っておこう。
「原作は十八禁だ!」
「知ってるよ。それにお兄ちゃんがちゃんと持ってるのも知ってる」
「…………」
俺は窓際に歩み寄り、カーテンを細く開く。アンニュイなため息をつき、
「汚れつちまつた悲しみに、今日も小雪の降りかかる。汚れつちまつた悲しみに、今日も風さへ吹きすぎる――」
「うん、中原中也っていいよね。で、貸して?」
「断るッ」
「うるさいわよー」、と再びの母の声。いけない、騒ぎすぎた。というか、うるさいと認識してるということはさっきの十八禁云々も聞こえているはずなのだが……
「汚れつちま――」
「いや、もういいから。うーん……そんなに貸したくないの?」
「ああ。子供に悪影響だからな」
「そういうお兄ちゃんは中学生の時に買ったはずだよね?」
「ついカッとしてやってしまいました。今では反省してます」
「ムラムラの間違い?」
「若気の至り」
「でも、普通に法律違反」
「お前が言うな!」
そうさ、俺はヲタだ。しかし、そういうお前はもっと深みにはまろうとしてやがる。兄としてそれは阻止しなければならない。
「ふぅ……お兄ちゃんがそこまで言うならあきらめるよ」
「そうか、わかってくれてうれしいよ」
「うん。今夜は、だけど。じゃあお兄ちゃん、お休み」
「……ああ、お休み」
余計な一言さえなければ、俺はきっと安眠できたんだろうな。だが、聞いてしまった以上は、
「オペレーション『天岩戸』!」
普通のDVDケースに入れてあったゲーム類を全てクローゼットの奥にしまい込み、厳重に隠ぺい工作を施す。
「これでよし」
煩悩から解放された俺は清々しい気分でベッドにもぐりこんだのだった。
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