第1章 コンクラ(ー)ベ 2話

「リア充になりたい」

 母に作ってもらった弁当をつつきながら、俺はそう漏らした。

 向かい側でコンビニ弁当を書き込むように食べていた浅黒い肌の友人、大野秀次(おおのひでつぐ)は容器から顔を上げ、非常に悲しそうな顔をする。

「おい、葵衣。俺たちの誓いを忘れたのか?」

「あ?」

 なにを突然言い出すんだ、この三白眼は。

 彼は空になった弁当の容器を叩きつけるように置き、そして、拳を握って、

「俺たち三人は桃の園で杯を交わして誓い合っただろう? 魔法使いになろうって!」

 そう、大声でのたまった。当然、注目を浴びた。

 ああ、言い忘れていたが、今は高校の教室で、昼休みの時間の中盤だ。

 さて、友人の言葉にどこから突っ込もうか。

 うん、決めた。

「さくり」

 叩きつけた勢いで転がった割り箸を拾い、俺はそれを秀次の額に突き込んだ。

 よし、突っ込み終了。いい仕事をした、俺。

「満足そうに笑うなよ、お前っ」

 あまり痛くはなかったようで、なんか逆に突っ込まれた。

「突っ込み返しとかひどくない? なあ、ひどいよな? 謝れ。全人類に謝れ!」

 襟を掴んで首を揺らしてやると、腕をタップされた。仕方ない、解放してやるか。

「お前さ、なんか今日やけにテンション高くない?」

「いや、お前もな? なんで魔法使いになるのと桃園の誓いがミックスされるんだよ」

「いいじゃん、感動的で。まさに誓いの代表だよな、あれって」

「しかも三人いないし」

「そういえば、張飛が足りないな……」

 真剣に考え始めた秀次。というか、テンションの話題どうなった? もうどうでもいいのか?

 なんてことはなく、

「で、張飛はこれから探すとして――お前テンション高いな!」

「いや、だからお前も高いって……いや、それよりも張飛これから探すの?」

「探すさ。今のテンションならやれる気がするぜ」

「ガンバッテ」

 わざと片言風にして言ってやったら、奴はがっしりと俺の肩を掴み、

「劉備、お前がやらなくてどうする?」

「あー……突っ込むの面倒だからスルーしていい?」

「ああ、いいよ。俺もなんかこのネタ疲れてきた……それよりもだ」

 席に座り直し、足を組む友人。足長い人っていいなぁ、と思いながら見ていると、

「なんかあったのか?」

 すごく心配そうな顔をされた。そんな顔しないでくれ。俺が哀れな人間みたいじゃないか。

「なにか、ね……あったと言えばあったが、なかったと言えばなかった」

「あいまいな言いかたすんなぁ……でもまぁ、未遂にしろなんにしろあったってことか」

「まあ……」

 言葉を濁す。まさか、妹がいきなりナニしようとして来ただなんて言えやしない。

 この友人に、というのもそうだが、なんか騒ぎすぎたせいで注目を集め、一部女子には視線をちらちら向けられながらひそひそ話されてるし。

「まあ、その件は解決したと思うからいいよ」

「そうか? まあ、お前がそういうなら深くつっこまないけどな」

「ああ、そうしてくれ」

 弁当の残りを掻き込み、ふたをして鞄にしまう。

 ペットボトルのお茶を飲んで一息ついていると、どたばたと騒がしい足音がして、

「ここにいらっしゃいましたの、お兄様っ!」

 教室のドアが壊れるんじゃないかという勢いでスライドし、そのそばにいた男子生徒が驚いて小さく跳ねた。

 ドアの向こうにいたのは姿を見ずとも声でわかる我が妹君。

「あ、妹ちゃんだ。はろー」

 秀次がのんきに手を振るのを千華雅は一瞥し、

「御機嫌よう、大野さん。今日もお兄様とご一緒なのね?」

「まあ、友人だしなぁ」

「そう。友人の少ないお兄様に代わって感謝いたしますわ」

 近づいてきた彼女はスカートを小さくつまみ、優雅に一礼する。

「おお、お嬢様っぽい。俺感動だよ。まるでお嬢様学校に来ちまったみたいだ」

「ふふ、お世辞は結構でしてよ」

 にこやかに笑い、緩くウェーブを掛けていた髪を揺らして俺の方へ向く。

 問いかけるような視線を返すと、彼女は手にしていた紙をすっと突きつけ、

「お兄様、勝負をしましょう?」

「近すぎてなんも見えねえ」

「あら、御免遊ばせ」

 顔面すれすれだった紙が少し引かれ、ようやく書かれた文字が目に入る。

「えーっと……来季生徒会長募集のお知らせ」

 書かれていたのはそんなタイトルと、それにまつわる文章。

「で?」

 意図がわからず首を傾げて妹の目を見ると、彼女は非常に得意げな顔で、

「わたくしとお兄様がお互い出馬し、得票数の多かった方が勝ちという勝負をするのですわ。もちろん、逃げは致しませんわよね?」

「え? 嫌に決まってんじゃん。なに言ってんの?」

 誰がそんな面倒なことしたいか。

 てか、なんかこの妹様、昨日の夜と性格違うし。まあ、この千華雅という少女、そういう少女なのだが。というのも、千華雅はころころと性格と口調を変えることで有名な『変人』だ。容姿端麗、成績優秀。しかし、その正体は、気分で性格が入れ替わる恐ろしく面倒くさい少女なのである。

 この少女と付き合うこと年齢とイコール。いい加減、性格の変化そのものには慣れているが、変化した性格そのものにはすぐに慣れることは難しい。

「大丈夫よ」

 千華雅はなぜだかそう言った。意図を図りかね、俺は首を傾げる。そんな俺を嘲るように鼻で笑い、

「もう出馬することは選挙管理委員に申し込み済みよ。これで、安心でしょう?」

「ああ、暗澹たる気持ちだ。見事だよ、我が妹」

 してやられた、と思った。なにせ、出馬表明は昨日の放課後まで。そう突き出されたままの用紙に書かれていたのを目にして俺はすべてを諦めた。

「あ、でもさ」

 友人が明るい声で言う。なに、と視線で問うと、彼は晴れやかな表情で、

「これでリア充になれるんじゃね?」

「ああ、多忙で充実しそうだな。実に見事なリア充ぶりだ」

 机に突っ伏し、これからの忙しい日々を思う。ああ、人は失ってから気づくのだ、失ったものの尊さに。

 さよなら、俺の暇な時間。

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