曖昧me妹

栗栖紗那

第1章 コンクラ(ー)ベ 1話

「妹よ、どいてはくれぬか?」

 俺は鎮座して動かない彼女にそう言った。

「イヤです、兄さん」

 答えはにべもなかった。

 この押し問答はすでに十回目を数えていた。

 いろいろと我慢の限界だった。

「妹よ、このままでは兄の威厳が保てなくなるのだが」

「平気です。兄さんは兄さんですから。その事実に変わりはありません」

「うれしいことを言ってくれるじゃないか。しかし、この状況の打開にはなにも貢献してないからな?」

 始まりは一時間ぐらい前。

 俺はベッドに座ってマンガを読んでいた。まあ、いつもの暇つぶしってやつだ。サイドテーブルに置いた紅茶をすすりながら、読書を楽しんでいると、唐突に妹が部屋に押しかけてきた。

 ちなみに、妹の名前は千華雅(ちかげ)という。苗字は舞島。漢字で書くと妙に雅やかな名前ではあるが、名は体を表さなかった。

 なんというか、性格は非常に残念の一言に尽きる。なにが残念かって? それはまあ、一言では言い表すのが難しい残念さだ。

 まあ、容姿は黙っていれば男子の注目を集めるぐらいには整っていて、大きめの瞳は濡れたよう。長い髪はお風呂上りということもあって下ろしている。服装は白地に赤い大きな水玉模様が入ったパジャマ。

 で、その妹はベッドに座る俺につかつかと歩み寄り、そして、どっかと腰を下ろした。俺の膝の上に。

 そうして始めたのはゲーム。この部屋にテレビはないので、持参した携帯機だが、やってるゲームを見て俺はげんなりした。

 それはもともと十八禁だったギャルゲーを携帯機に移植し、全年齢化した恋愛シミュレーションで、

「千華雅、兄は非常に悲しい」

「なに? 今いいところなんだから話しかけないでください。ああ、美羽ちゃん可愛い……」

 なんかハァハァ言ってる。ダメだ。話しかけない方が身のためのような気がする。なので、はじめこそ俺も膝の上の重さこそ邪魔だったが、それは我慢することして、マンガに集中しようとしたんだ。

 それから三十分経った頃、俺は猛烈に我慢ならない事態に遭遇した。

 それからというものの、俺は数分おきに妹にどいてくれるように頼んでいるのだが、十回目を数える今に至ってもその望みは叶っていない。

「なあ、この際兄の威厳は捨て置こう。それ以上に、お前の身が危険にさらされるぞ?」

「大丈夫。わたしの兄はチキンだから」

「まあ、それは確かだが、今はそんなことすら覆すほどに差し迫っているんだ」

「むらむらしてる?」

「いや……」

 思わず否定はしたが、まあ、ときおりもぞもぞ動くお尻の感触とかそんなことはなくもない。健全な青少年としてはいろいろとイケナイことを想像してしまうが、それ以上に緊迫しているのは、

「そろそろな、尿意が……」

 そう、最も差し迫っていたのは尿意。

 マンガ読みながら利尿作用のある紅茶を飲んでたせいだろう。三十分前に催しはじめ、今では暴発寸前。

 そうなれば、兄の威厳も損なわれるが、それ以前に、膝の上に座った千華雅にも被害が及ぶ。

「大丈夫、もし暴発しても今まで通り物のように扱うから安心して」

「うん、うれしくないから早くどいて」

「…………」

 理由を明かしての催促に、妹はちらりと俺の顔を振り返り、

「なんだ、そんなこと。早く言ってくれればしてあげたのに」

 なにが、と聞く暇もなく、彼女はするりと膝から降りると、俺の前に膝をついた。

 そしてその手はすでにゲーム機を握っておらず、するりと股間に伸びてきて、

「っておい! なにしようとしてる!?」

 慌てた俺はその細腕をしっかりと握り、そのまま押し返す。彼女は腕に力をこめ、ぎりぎりと拮抗しながら首を傾げ、

「なにって……ナニをするつもりだけど?」

「待て待て待て――女の子がそんなこと言っちゃダメだししちゃダメ。ついでに言うと、俺たち兄妹!」

「ついでになるぐらいの瑣事ならいいでしょ、べつに」

「瑣事じゃないから!」

 腕を押しのけるついでに体も押し、立ち上がるスペースを作ると俺は一目散に駆けだした。

 結果から言うとセーフだった。もう少し遅れていたら途中でアウトになり、恥をさらすところだった。

「ふぅ……」

 俺は人心地ついて安堵のため息をつきながらトイレのドアを開けると、

「じぃー……」

 と口で言いながら、妹様がしゃがんでいた。視線は股間にロックオン。

「なにしてるんだ?」

 俺が股間を守りながら問うと、彼女は残念そうに肩をすくめて、

「飲んであげようと思ったのに。なんてもったいないことを……」

「それは罰ゲームか? そうなのか、妹よ?」

「え、その解釈は斬新っ――」

 ホントに驚いた顔をしやがったよ、この妹。

「で、実際はなにをしたかったんだ?」

「だから、ナニを。詳しく言うと、飲ん――」

「それ以上なにも言うな」

 頭が痛い。助けてママン。しかし、助けを求めたところで変態扱いされるのは絶対に俺だし。

 これぞ背水の陣か! なんて脳内でぼけてる場合じゃなかった。早くこの妹から逃げないと。

「じゃあ、俺は寝るから。お休み!」

 しゅたっと手を挙げ、そのまま自室へダッシュ。が、無駄に終わった。

「あ、ゲーム置いてきたから一緒に行く」

 そうだった。膝をついたときにゲームを置いてたんだったか。いや、ここに来るときに一緒に持って来いよ、せめて。

「それも含めて計算づくか!」

「あ、ばれた?」

 ばれた? じゃねえ。しかも、千華雅のやつ、悪びれもしない。

 少しでも加速して距離を取ろうと思ったが、そう長い道のりじゃない。結局、大した差をつけられるはずもなく、ほぼ同時に俺の自室に飛び込む。

 俺はそのままベッドにダイブして布団を頭からかぶる。

 千華雅はゲームを拾ってそのまま出ていくと思ったが、

「えい」

 それはただの俺の願望に過ぎず、彼女はベッドにもぐりこんできた。

「なんなんだ、今日のお前は……」

「わたしは兄さんの奴隷だから。言うことならなんでも聞くよ?」

「さっき聞かなかったよな」

「訂正。えっちなお願いならなんでも聞くよ?」

「訂正せんでいい!」

 大声で怒鳴った俺に対して、階下から母親のうるさいわよ、という声がかけられた。はい、俺が悪うござんした。

 俺はなかばふて寝の気分で眠りに落ちた。

 ついでに言うと、妹は布団から出て行かなかった。

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