第1章 コンクラ(ー)ベ 4話

「で、わたしに用事ってなにかな?」

 朝、俺と秀次はとある人物に会いに来ていた。その人物とは、俺の幼馴染にあたる少女なのだが、

「笑顔が怖いですね、飛香(あすか)さん」

 そう、笑ってるのになぜか怖いのである。容姿は悪くない、というか、普通に可愛い方である。口に出して言ったことはないが。背中半ばまでの黒髪はさらさらと風に揺れ、潤んだ黒の瞳は一種煽情的ですらある。

「あら、それは御影くんにやましいところがあるからじゃないですか?」

「ごめんなさい、飛香さん」

「いきなり謝らないでください。で、用件は?」

 なにやら急かすような用事があるのだろうか?

「あ、急いでるなら今度でいいよ、姫乃」

「用事というか……」

 急にもじもじし始め、俺は何となく理解した。

「秀次、昼休みか放課後でも間に合うだろ?」

「ん? ああ、大丈夫だろ。じゃあ、昼休みかね。空いてる?」

「ええ、昼休みなら。今日は食堂で食べるつもりなので、そこでいいですか?」

「オケオケ」

「では」

 飛香は会釈して、そそくさとお手洗いのある方へと去って行った。それに気付いてない秀次は首を傾げていたが、わざわざ言うほどの事でもない。

「んじゃ、教室戻ろうぜ」

「そうだな」

 連れ立って馬鹿話をしながら教室へと戻ると、妹がいた。俺の席で何かしてる。

「おい、なにをしてる?」

「ん? ああ、にいに。ちょっと用があってね」

 実ににこやかに笑う。

「実は今日、あたし英語で当たるんだけど教科書忘れちゃって。だから貸してっ」

「なんだ、そんなことか。ロッカーに入れっぱなしだから取ってくる」

「ありがとっ」

 嬉しそうに跳ね、俺の後ろをついてくる。

「しかし、いちいち持ち帰ってたのか?」

「そりゃ、学生の本分は勉強だから。そういうにいには持ち帰ってないんだね?」

「宿題とかがなければ持ち帰ることはまれだな」

 ロッカーを探るとすぐに見つかった。ぱらぱらとめくって余計な落書きがないか確認したが、幸いにしてそういうものはなかった。

「ほれ」

「うん。授業終わったらすぐに返しに来るから」

 ばいばい、と言って千華雅はスキップするように去って行った。

「優しいねぇ、にいに」

「うっせえ」

 茶化してくる秀次にでこピンして自席に戻る。

 持ってきていた小説(ライトノベル)を読んで始業までの時間を潰す。

 数ページも進まない内にチャイムが鳴り、ホームルーム。次いで、授業が始まった。

 言っておくと、教科書を持ち帰らないだけで、授業は真面目に受けている。成績も悪くはない。まあ、妹には少し負けるけど。

 案外時間は早く過ぎ去り、昼休みになった。

「御影くん」

 食堂に行こうと準備をしていると、教室の入り口から声を掛けられた。振り向かずとも、声でわかる。飛香が来たのだ。

「なんだよ、わざわざ呼びに来なくても食堂だろ? あっちで合流すればいいじゃん」

「なに言ってるの。席確保をするために呼んだに決まってるじゃない」

「ああ、そう」

 逸らした視線が秀次を捉える。

「もちろんお前も来るんだろ?」

「ったりめぇだ」

 白い歯を見せて笑う。

 連れ立って食堂に行き、

「じゃあ、席はお願いね」

 飛香は昼食を買いに並ぶ。

 俺たちは周囲を見回し、席を見つける。窓辺のそんなに陽の当たらない席があったので確保。

「まだ空いててよかった」

「だな。これで席取れなかったら、どんなお叱りがあることやら……」

 秀次が大仰に肩を抱いて震えてみせる。

「あら、寒いならこぼしてあげるわよ?」

 いつの間に。というか、早すぎだろ。

 飛香はトレーをテーブルに置き、椅子に腰かけた。買ってきたのはきつねうどん。出汁のいい香りがする。

 ここの食堂、値段が安い割に結構おいしいのでタイミングを逃すとすぐに満席になってしまう。

 そう思ってる間にも着々と席が埋まってしまい、すでに空席はない。トレーを抱えてうろうろしている人が出始めている。

「セフセフ」

 肩を竦める秀次。飛香も食堂の混みようを見て苦笑している。いくら飛香が買ってくるのが早かったとはいえ、このタイミングで満席ということは一人で来ていたら、座れなかった可能性が高い。

「じゃあ、先に食べようか」

「そうね」

「んじゃ、さっそくいただきます」

 秀次は今日はコンビニのおにぎりとパンだった。俺は相変わらず母の作ったお弁当。

 白米とおかずを交互に食べていると、秀次が、

「そのカラアゲ一個くれよ」

 ひな鳥のように口を開けて待つ。

「可愛くないひなね」

 飛香も同じような感想を抱いたのか、少し冷めた目で秀次を見やっている。

「ほれ」

 小さめの一個を選んで口に押し込むと、実に幸せそうな顔をする。

「ああ、ウマいなぁ……」

「まあ、母さん料理上手いからな」

「ホントですよね。わたしも結構お世話になることあるけど、いっつも豪華で美味しい」

「いじめいくない」

「誰もいじめてないだろ?」

 まったく、秀次も結構暴走するからひやひやすることがある。

 真っ先に食べ終わったのは案の定秀次。その次は飛香だった。まあ、食べる量を考えれば妥当な順番か。

「俺食ったままでいいから、話始めない?」

「そだな」

 提案に同意し、体を飛香の方に向ける。

「んじゃ、いいか?」

「ええ、いいですよ」

「まず、ことのあらましからなんだがな――」

 飛香に俺が妹から勝負を挑まれたことを説明し、

「つまり、会長選を勝ち抜く必勝法を教えていただきたいのですよ」

「はあ……」

 やっぱり、というかなんというか、あまり乗り気ではない。

 飛香は一度俺の方を見て、

「そもそも、勝つ気あるんですか?」

 痛いところをついてきた。しかし、飛香の言い分ももっともだろうな。

「それはまあ、ほどほどに」

 言葉が尻すぼみになる。呆れなのか何のか、判別は出来ないがため息をつかれ、

「まあ、いいですよ。わたしも存外時間がありそうですし、暇つぶしにはちょうど良さそうです」

 一応は了承してもらえたようだ。

「で、必勝法を聞きたいんですか?」

「ああ、ぜひご教授頼む」

「……あるわけないじゃないですか」

 沈黙の時間の割に答えはにべもなかった。

「まあ、当たり前っちゃ当たり前か。じゃあ、聞き方を変えよう。御影を勝たせるにはどうすればいい?」

 再度問い直す。意外と真面目だな、秀次。そんな風になかば他人事のように思っていたのだが、

「御影くんのブロマイドでも売ればいいんじゃないですか?」

 口に含んでいた白米を噴き出しそうになった。

「ごほっ、ごほっ」

「汚いですよ」

「いや、その前にだな、俺のブロマイドってなんだ?」

「だから、生写真をですね――」

「やっぱりいい」

 詳解しようとした彼女を止める。

「どうしてそういう話になった?」

「え? だって御影くんの武器って言ったらやっぱり顔じゃないですか」

「…………」

 なんか、顔以外褒める場所がないって言われた気がするのは気のせいだろうか。

「まあ、冗談はほどほどにしときましょうか」

「……冗談、ね」

「なんですか? あ、顔がいいのは認めてますからね? そこのところはご心配なく」

 親指立てて言われてもな……。

「まあ、御影が中性的で綺麗な顔してるのは認めるが、別の案でもあるのか? なんなら、ホントに顔で売ってもいいんじゃないかと思うんだが」

「なにを言ってるんですか。ミスターコンテストでもあるまいし、顔だけで勝利できる勝負ではないですよ、選挙は」

 自分で言いだしといて否定。だが、彼女も決して馬鹿じゃない。というか、なんか腹黒い笑みを浮かべてるし。

「まずは動きましょう。それが一番です」

「具体的に」

「たとえば、朝校門で挨拶を行う。これをするのとしないのじゃ、顔の覚えられ方が雲泥の差になりますよ。今朝だってすでにいましたし」

「ああ……そういえばいたかも」

 一瞥すらしなかったが。あれ? ということは朝の挨拶って意味ないんじゃ……

「馬鹿なこと考えてるのは見え見えなので言っときますけど」

「ふへ?」

「挨拶しないと、出馬してることすら気づかれませんよ?」

「……それはー」

 一瞬、別にいいかなと思ってしまって、慌てて頭からその考えを振り払う。ダメだダメだ。そんな考え方じゃいつまでたっても変わらない。

「こほんっ――で、早速今日の放課後から挨拶することにして。問題は公約ですよね」

「え? 今日から? マジか……」

「バカは置いといて……公約かぁ。どうすっかね?」

「わたしに聞かないでくださいよ。方法ぐらいは考えてあげますけど、根幹的な部分は自分で考えないと、すぐに見抜かれますよ」

「だよな。おい、御影。なんかこうしたいとかないのか?」

「えぇ……急に言われてもな。思いつかないって」

「でしょうね。ですので、それは明日の昼までに考えて来てください」

「わかった」

 承諾。無理やり巻き込まれた勝負だが、不戦敗で終わるのは頂けない。少し真面目に考えるとしよう。

「でも、現状じゃあんまり話すことない? もしかして」

「正直。方針が決まれば巻き込むべき人や団体も決まりますけど」

「なるほど……じゃあ、公約は決まり次第メールするわ」

「わかりました。その方がわたしも速く動けそうなので」

「ホント、姫乃がいてくれて助かったぜ。俺たちじゃコネにも限りがあるからな。その分、姫乃は顔が広い」

 秀次がにやにや笑っていると、飛香は氷の視線を向け、

「わたしをサポーターにしたことで票が入ると思わない方がいいですよ」

「んなこた言ってねぇよ。ただ、お前個人の能力が俺たちにまったく備わってないもんばっかだからな」

「ええ、全くです。少しは自身でなんとかしてください。もし出馬したのが大野くんでしたら、わたし無視してましたよ?」

「……親友。俺は悲しい」

「いつものことだろ。でも、なんだかんだで頼めば手伝ってはくれるよな、飛香さんって」

「あんまり軽い女みたいに言わないでください」

 そっぽを向かれた。でもまあ、本気で怒ってるわけじゃないようで、少し安心。

 さて、最優先でやるべきことは決まった。あとは考えに考えて決めれば基本方針は固まる。

 選挙に少し前向きになった俺、御影だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る