第45話 そして、物語は始まる
檻の並んだ薄暗い部屋に、子供が見れば失神しそうな異形の者たちがズラリと並ぶ。牛顔の人間のような者や蝙蝠のような羽を生やした者。中には以前見た腕から羽を生やした者が二人、怯えた表情で寄り添っている。
総勢30人弱といった所か。この数がこの狭い部屋の狭い檻にいたのかと思うと驚きを感じざる負えない。皆普通より明らかにやせ細っており、武器も2つと少ないが、それでも数がいるだけでも心強い。
「説明は以上だ……とにかくここから出られれば後は馬車で行けるだろう」
皆に一通り脱出の説明をした後、剣を握り、鉈を持ったゴブリンと共に部屋の出口の前に立つ。後ろを確認すると、今にも気絶しそうなトードーが牛顔に担がれながら俺に助けを求めるような視線を送っている。
「ゴブリン、準備はいいか?」
「ああ、任せろ」
俺は扉を開け、短い廊下を静かに歩く。そして、ゴブリンの準備ができたことを改めて確認し、外へと続く扉を開ける。
「ん? なんだ?」
「こいつは……さっきの」
守衛の二人は俺を見た後、一瞬間をおいて戦闘態勢に入る。俺は扉から引き返し、短い廊下に入る。守衛は俺を追い、廊下へと入っていった。
「今だ!」
合図と共に後から入ってきた守衛の首元に廊下の天井に張り付いていたゴブリンが飛び掛かり、一瞬で守衛の喉元を掻っ切った。
「くそがぁ!」
守衛は後ろの異変に僅かに動揺しながらも俺へと剣を振るう。だが、狭い道幅のここでは思うように剣が振るえる筈もなく、俺は簡単にその剣を受け止めた。
「て……めぇぇぇぇ!!!」
「殺れぇ!」
合図と共に、再びゴブリンは守衛に襲い掛かる。俺が剣を受け止めている為、それで防げるはずもなく簡単に首元を掻っ切った。
「はぁ……意外と簡単だったな」
「そうだな」
俺は短く答えると、守衛の武器を取り上げる。そしてそれを部屋の中の者たちに投げ、古傷が多いヤギ顔とリザードマンに指を指す。
「お前らが使え」
二人が剣を取るのを確認し、出口を見据える。少しとはいえ守衛たちの叫び声は外へと響いたはずだ。もしかしたら誰かが感づいてこちらを見に来るかもしれない。とにかく、ここからは時間が勝負だ。
「行くぞ」
・・・
馬車が二台並んで通れそうな広さの道を進んで行く。道中、何度か人間と鉢合わせはしたものの、その全てを数の力で徹底的に殺している。そのおかげか、今のところ誰かに連絡されている気配は無く、その歩みは順調と言える。その上、やはりというべきか、人間たちに相当な恨みがあるらしく、皆積極的に人間に戦いに行っている。
(……あれは)
順調に出口に向かっている中、前方に人間の一団が見える。数は8人、一人を除き皆一様に整った装備をしており、ここの職員であろう人物となにかを話し合っている。
「気をつけろ」
俺が合図を送り、皆戦闘態勢に移る。向こうもこちらに気づいたらしく、こちらへと視線を送る。そして、
「カハッ!?」
俺の隣にいたリザードマンの喉元に1本のナイフが刺さる。そして、リザードマンはそのまま前方へと倒れた。
「突っ切るぞ!!」
「ああ? 殺るに決まってんだろ!!」
身の危険を感じ、後ろに戦闘回避の指示を出す。だが、後ろの奴らは今まで痛めつけられた鬱憤からか、俺の指示を無視し敵へと突っ込んでいく。
「おい! 待――」
「いや、行かせよう」
俺が叫ぼうとすると、後ろからゴブリンが俺に反論の声を上げる。
「なんで!?」
「囮だ。逃げ切れる可能性は高い方がいい」
囮。その言葉に一瞬ためらいを覚える。囮に使うという事は要はあいつらを見殺しにするという事。
だが現状、全員で戦ったとして恐らく相手は狩りのプロ。先ほど戦った守衛や職員とは違う。そんな相手とこのやせ細った武器のない奴らをぶつけたところで勝ち目があるか。いや、あるのかもしれないが援軍を呼ばれる可能性のある現状、素早くここを切り抜けるのが先決。その為なら――
(見殺し……か)
「行くぞ!!」
俺は覚悟を決め、走り出す。先ほど戦いに向かわなかった奴らは俺に追従するように走り出す。
「やれぇ!!」
「くそっ、足がっ!!」
「ま、待って!」
後ろで聞こえる悲鳴を耳にしながら走る。幸いにも俺は自身の持つ鱗によって大抵の攻撃を防ぐものの、後ろに追従する奴らはそうでもないようで悲痛な叫びを上げる。
「止まるなぁ!!」
雄叫びを上げながら乱戦の中を進む。目の端で人間や囮が倒れていくのを捕える。
「くそっ!」
だが、足は止めない。止めてはいけない。どんなに犠牲を払ってもここで逃げられなければ意味が無い。たとえ彼らが自らの命を賭してこの道を切り開いたわけでないとしても、それでも彼らを助けるために全員が捕まるのは愚かしい行為だ。そう信じて、自身に信じさせて前へと進む。
「待ってください!!」
乱戦を抜け、走りながら後ろを見ると、腕から羽を生やした者が足を怪我した同種族に肩を貸しながら必死にこちらに向かっている。
「待ってください! お願いします!!」
「置いて行け!!」
後ろから必死に叫ぶ声が聞こえる。だが、俺達にそんな余裕は無い。俺は一言そう叫び、少なくなった仲間の中からトードーを担いだ者が付いてきているのを確認したのち、歩を進める。
後ろからは怒号や悲鳴が遠くなるのを感じながらトードーの指示に従い走る。時間的にも人数的にも、もはや戦闘をしている余裕がない為、とにかく走る。そして、出口へと到着する。
「な、なんだこ――」
出口のトードーのものであろう馬車の前で俺をあの部屋まで運んだ男がいたが、ゴブリンが一瞬の後に息の根を止める。
「皆! 乗り込め!!」
皆にそう呼びかけながら俺自身も馬車へと乗り込む。馬車の荷台部分にはトードーから聞いていた通り、皮が張られており外見からでは何が入っているのかは分からない作りになっている。
「出せ!!」
「はひぃぃ!」
今いる者たちが乗り込んだのを確認し、すぐさまトードーに命令を出す。トードーは馬車に這い上がると、息を切らせながら馬に鞭を振るった。
・・・
「もうすぐ出れるな」
俺は外をそっと覗くゴブリンの言葉に耳を傾けながら動きを止めている馬車の中に目をやる。初めは30人ほどいたが、今ではその数は6人。皆表情は疲れ切っており、腕から羽を生やした者に至っては声を殺して泣いている。とても脱出を祝える雰囲気では無い。
「中を見られねぇか心配だな」
「いや、それは大丈夫だろう」
ゴブリンは少し不安げな声を上げる。だが、恐らくそれは無い。以前も検問の際賄賂を渡して乗り越えていた事から、そういう事態にはならないだろう。そして、まるで俺の言葉を肯定するかの様に馬車は動き始める。
「……外だ」
「……外に出るのはもう少し進んでから、人間たちを確認できないところに行ってからだ」
ゴブリンの声に皆反応を示す。それは俺自身も同様で、外を見たい気持ちに駆られるが、はやる気持ちを抑え皆を制す。
そしてしばらく馬車は進み、俺の指示に従い停止する。
念のため外を覗き、周囲を確認する。馬車は森と草原の境界の部分に停車しており、周囲には生き物の気配を感じない。
「もう、大丈夫だろう」
外に出る。
何か月振りかの外に。
久々に浴びる太陽の熱は身体を優しく温め、反面目に刺さるようなその光は眩しく、それにより軽い眩暈を起こす。
「……逃げられたんだな」
誰かが一言そう呟く。そして、その言葉を聞くと同時に俺の膝に込められた力は抜け落ち、草原に座り込む。
「ははっ……出られたんだな……」
安心感が俺の心を支配する。
これまでとは違い、俺自身が多くの者たちを利用して、見捨てて勝ち取った自由。俺自身に彼らを犠牲にしてまで、いや、殺してまで生きる価値は無い。そんなことは分かっている。だが、それでも――
「……クソ」
目の端から涙が流れ落ちる。罪悪感からか、それとも安ど感からか。同情をする権利など俺には無いのに。
「なぁ」
しばらく座っていると、ゴブリンが話しかけてくる。
「なんだ?」
「お前はこれからどうするんだ?」
「これから……」
どうするか、それはすでに決めている。俺のこれから行おうとすることに協力してくれるかを聞く為に皆を集める。
「皆、聞いてくれ。まず初めに言っておきたいことがある。俺は人間だ」
俺の言葉に皆疑問を抱いたらしく、疑問符を浮かべる。ゴブリンに至っては「またか」と言いながら呆れ顔をした。
「まぁいい。信じる信じないはお前ら次第だ。とりあえず自己紹介をしようか。俺の名前は暁。
俺の言葉の後に、皆自己紹介をしていく。
何度か助けられたゴブリンの男、ガル。
人間と鳥を掛け合わせたような風貌のハーピィの女、バーバー。
トードーを担いでいた牛顔のミノタウロスの男、グレイ。
羊と背の高い人間を足して2で割った様なサテュロスの男、タナムス。
背中から蝙蝠の羽のような翼を生やしたヴァンパイアの女、ミラーカ。
皆が自己紹介を終える。そして、俺の行おうとしていることを伝えると、ガルは強く頷き、バーバーはジッと瞳を見つめ、グレイは静かに目を閉じ、タナムスは悲しげな表情をし、ミラーカは覚悟の表情を浮かべる。
皆、内に秘める思いは違えど、俺の意見に賛同したらしくその場を去ろうというものはいない。
「皆、ありがとう。じゃ、行くか」
俺達は馬車に乗り、俺の記憶を頼りにトードーに命令をしながら祠の場所へと向かう。そう、何故か記憶に刻み込まれている行った事のない祠の場所へ。
ほどなくして祠の場所へと辿り着く。そこはここに来た時、始めに連れてこられた場所である坑道が掘られている山。そこでトードーにはいくつかの情報の制限をした後、解放する。そして、記憶を頼りに山の側面を歩き、そこに到達する。
「ここが祠か」
祠の入り口は枯れた木の根で覆われており、それを手で除けると、奥へと続く穴になっている。
穴の中を進むと、30人程が入れるほどの大ききさの広場になっており、地面いっぱいに魔法陣が描かれている。そして、魔法陣の中央には石を削りだした台座があり、台座の中央のくぼみの側に不自然に置かれた黒い宝石のはめ込まれた金色の指輪があった。
「ここはなんですか?」
「多分、王城へ転移できる場所だ」
俺はいつの間にか刻まれた記憶を掘り起こす。この先にあるのは王城。随分前にアレイジから聞いた魔物たちの楽園の跡地。記憶が正しければそれがあるはずだ。
「王城……ですか?」
「ああ、昔、魔物たちが住んでいた楽園跡地。どうやらそれがあるらしい」
「らしい?」
「そうだ。そこをこれからの拠点にする」
そう。らしい。その表現が正しい。俺自身、この記憶が偽物という事は分かっており、いつ、誰に植え付けられたのかもわからない。だが、何故か俺はその記憶に妙な確信のようなものがあった。
「皆、協力に同意してくれてありがとう」
俺は礼を一言言うと、指輪を手に取る。そして、それを台座のくぼみに嵌める。くぼみの形と指輪の宝石の形はぴたりと合い、それが嵌めこまれた瞬間、地面の魔法陣が輝きだす。 そして、視界は眩い光に包まる。
「人間を滅ぼすぞ」
俺はここに居る異形の者たち5人に、そして、俺自身に言い聞かせるように言葉を吐き出した。
・・・
人間を滅ぼしたところで争いや虐殺は無くならないだろう。
現に俺自身の住んでいた世界でさえ、同族の人間同士が殺し合っていたんだ。だから多分、人間という種を絶滅させたところでまた別の種族が争うだろう。
でも、それでも俺は望む。
人間たちの滅びを。
魔物たちを蟻を踏みつぶすかのように殺す、残虐な人間たちの滅びを。
たとえ、それが最悪の選択であったとしても。
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