第44話 脱出の時

「今日は確認ですか?」

「ああ、その通りだ。商品のチェックは大切だろう? 今日もしっかり生きているか、金になるかを見に来たんだ」


 あれからおよそ1月、切られた四肢のそれぞれの数が2ケタを超えようとした本日明朝、待ちに待った奴がやってくる。ギョロリとした目玉に大きな口、首の枷はまるで何者かの持ち物であるかのように輝いている。


 扉を通ってきたのは、ブラウンと、ここに来てから何度目かの対面になるグラブ・トードーだ。


「しかし……枷が付けられないのはどうにかならないのか?」


 トードーは俺手の届かない距離で止まると、手足を指さす。俺の手足は生えてきたばかりの為、そこに枷は付いておらず、俺を縛るのは首に繋がれた枷のみ。


「ええ、難しいですね。しかし暴れないので大丈夫かと」


 ブラウンの言う通り、俺はこの日まで腕を切られる時には無抵抗に枷を嵌めさせていた。その為、今回もブラウンは俺に無警戒に近づき、俺の腕へと手を伸ばす。


「ほら、この通り゛!?」


 俺は無警戒なブラウンの首元を左手で掴み、渾身の力で首を絞める。


「ぐっ……でめ゛っ!」


 親指で喉元を抑え呼吸を封じている為、ブラウンの声は喉から絞り出したもののようだ。ブラウンは必死に俺の手を外そうとするが、それに対抗するように可能な限りの力を込め、その首を締め上げる。


「う゛……くっそ」

「っつ!」


 ブラウンは俺の手が取れないと判断したのか、腰に下げた鉈を取り出すと、俺の腕や肩へと振り下ろす。だが、俺自身の鱗は固く、その刃は通らず、また首を絞めているからか、その力はいつもより弱々しい。


「がっ……あがっ……」


 ブラウンの抵抗する力は次第に弱まり、思ったよりも早くその手を力無く垂れ下げる。念には念を入れて手の力を更に込め、その様子を伺う。だが、ブラウンはそれ以上反応すわけでも無く、再び手足に力を入れることは無い。手を離すと、ブラウンはその体を自力で支えることなく地面に倒れ伏した。


(……案外簡単にできたな)


 手の僅かな痺れを感じながら口に付いているベルトを取り外し、口の中に詰められている麻袋を吐きだす。


(トードーはどこだ?)


 周囲を見渡すと、トードーは怯えているのか、震える足で部屋の扉を開けようとしている。


「止まれ!!」

「ひっ!?」


 俺の言葉を聞いたトードーはドアノブを回そうとした手を止める。確証はなかったが、やはり首輪の効力は今でも健在らしい。


「え? ……なん「黙れ」」


 トードーは再び俺の言葉によって言葉を噤む。


「そこの男が持っている鍵を探してこれを外せ」


 トードーに指示を出しながらブラウンの放り投げた鉈を手に持つ。トードーは震える足でブラウンのポケットに入った鍵束を見つけると、震える手で手当たり次第に首の枷に合わせていく。そして、俺の首に付いていた枷を外した。


(さて、ここからだ)


 俺は立ち上がり、トードーを見る。トードーは手足は震えているものの、腰を抜かしているわけでは無いようで俺に恐怖の眼差しをぶつける。


「お前はとりあえず喋るな。いいな?」


 俺はトードーに忠告すると、トードーは激しく首を縦に振る。この様子なら俺の言う事は聞くだろう。俺は眼下のブラウンを見下ろす。ブラウンは青白い顔をしながら白眼で虚空を見つめている。


「ひっ!?」


 ブラウンの首から噴き出した血を見たトードーは恐怖の声を僅かに上げる。俺は切断されたブラウンの首と血がべっとりと付着した鉈を交互に見る。


(意外と簡単に切断できたな)


「トードー」

「ひぅっ!?」

「お前、今日は馬車で来たか?」


 トードーは首を恐る恐る縦に振る。良かった。これで手間が省ける。


「なら、そこへ案内しろ。あと鍵をよこせ」


 俺は鍵を受け取ると、周囲を見渡す。壁際には昨日から繋がれたままの生き物が3体。1体は言葉の話せない獣で残りは知性のあるだろう生き物。だが、どいつもこいつも俺が事を起こしているにも関わらず、その体を微動だにせずただただ虚空を見つめている。


(……こいつらは駄目だな)


 現に俺がカギをちらつかせても反応をしない。酷かもしれないが、こいつらは諦めるほかないだろう。


(ここからどう脱出するか、だが)


 このまま外に出たとして、通路で出会う人間に勝てるかどうか分からない。それに、大人数で襲われでもすれば俺は確実に命を落とすだろう。


(まずは仲間集めだな)


 必要なのは数。強くとも弱くともなんでもいい。最悪囮にさえなってくれれば大丈夫だ。とすれば、まず向かう場所はあそこだ。


・・・


「トードー様、それは……?」

「つ、ついさきほど買いとったのだよ」


 薄暗い通路で、俺の前を歩くトードーにここの従業員であろう男がトードーに話しかけてくる。トードーは引きつった愛想笑いを浮かべながら俺を繋ぐ鎖を持ち上げる。男はトードーの反応に怪訝な様子で俺とトードーの顔を見比べる。


「……それでは危険なのでは? 檻を用意しましょうか?」


 男の言う通り、トードーの後ろにいる俺を拘束しているのは、口をふさぐ革ベルトと首と手首の枷のみで、行動の制限自体は大したものでは無い。


「い、いや、構わんよ。ちゃんと魔法を行使してある」

「そう……ですか……」


 おt子は相変わらず怪訝そうな顔をするが、どこか納得したのか、「では、また改めて」と言い、その場から去る。


「……気付かぬか」


 トードーは溜息交じりの小さな声を吐きだし、額ににじみ出た汗を拭う。あの部屋を出る前に念入りに脅したが、間違いだっただろうか。トードーの鎖を持つ手は微かに震えており、そこに危うさを感じる。


「あ、そうそう」

「ぃ!? ……な、なんだね?」


 安心しきったトードーに先ほどの男が振り返り、声を掛けてくる。トードーは小さい悲鳴のような物を上げながらも何とか相変わらず引きつっている笑みを作る。


「バラックさんが話があるそうで、馬車の近くで待っているそうです」

「あ、ああ。わかった。わざわざすまんな」

「いえいえ」


 今度は男がこの場から離れるまでしっかりと目で追い、そして、トードーは再び残念そうな溜息を吐き出した。


 通路を進み、片側に扉が並んだ場所に到着する。部屋の扉の側には守衛であろう3人の男たちが少し気怠そうに扉の前に立っている。どの守衛も慎重、体格共に大きく、その腰には首でも落とせそうな剣が鞘にしまわれている。


「おや、どうされましたか?」


 守衛の一人が扉の前で立ち止まるトードーに話しかける。


「少し中を見せてくれないか?」

「中ですか……。なぜ?」


 守衛は怪訝な表情をトードーに向ける。トードーは一つ咳払いをすると、笑みを張り付けて話し出す。


「こ、今後の取引の為にも見せてほしいのだよ。そ、それにここではゴブリンやハーピィがいるそうじゃないか。私も興味がある。見るだけでいいんだ。駄目か?」

「まぁ、そういう事でしたら。念のため、私も付いて行きます」

「あ、ああ。構わない」


 守衛は渋々ながらも頷き、扉の錠を開ける。トードーが俺を引き連れ入ろうとすると、守衛に引き止められる。


「それを連れて行くんですか?」

「あ、ああ。何か問題があるか?」

「そうですね……。いや、大丈夫です」


 多少怪しまれながらも、トードーは何とか俺を引き連れ、守衛の後に続いて行く。2枚の厚い扉を抜け中に入ると、そこには以前と同じように檻が並んでおり、その中には人間とは違う異形の者たちが閉じ込められている。


「で、どいつを見ます?」


 守衛が背を向いている間に俺はトードーの腰のベルトに刺した鉈をゆっくりと引き抜く。そしてトードーをどかしながら、背を向いている守衛に近づき、首へと鉈を振り下ろす。


「がっ、あぁぁぁ!! ってめ」


 だが身長差のせいで刃が浅かったのか、それとも何もしない期間が長すぎたためか、守衛の首元を抉るように鉈が入っているにも関わらずこちらを振り向き、痛みに顔を歪ませながらも俺に拳を振るう。


「カハッ!」


 傷を負っているとは思えない拳の力により、俺が肺の空気を吐き出しながら後ろによろめく。幸運にも鉈を引き抜けはしたが、守衛の戦意を削ぐこと叶わなかったような。


(ッチ、どうしたものか)


 心の中で舌打ちをしながら守衛を睨み付ける。守衛は腰に刺してある剣を引き抜くと、俺と対峙する。体格差的に俺の方が分が悪いのは当然として、カムフラージュ用に首の枷と手の枷は少し長い鎖でつながれている為、鉈が振りにくく、更に勝率を下げている。


(クソっ、左だと扱いにくい。せめて鎖が無ければ……)


「てめぇ、よくもやってくれたなぁ!」


 守衛は首元から血を流しながら俺に剣を振るう。何とか剣戟を避けるものの、身体が動かしにくく、踏み込めない。


(なら、一か八かだ)


 覚悟を決め、守衛に向かって踏み込む。だが、守衛の剣戟を避けきれず、横腹に刃を受けながら守衛の胸元を切り裂く。


 固い鱗のおかげで刃は通らないものの、単純に鉄で殴られている為、その衝撃はほぼもろに受けてしまい、鉈を手放してしまう。そして一瞬の怯みの間に守衛は俺の首を左手で掴みとった。


「が……かはっ!」

「捕まえたぞ糞野郎!!」


 守衛は刃物が意味をなさないと理解したのか、地面に剣を投げると俺の首を両手で絞め上げていく。


「ぐ……う゛ぅぅ」


 カムフラージュ用に詰めている麻が息苦しさを加速させる。必死に首を絞めている手を掴む。だが、掴んだ場所が青くなるほどの力を入れているにも関わらず、守衛は苦悶の表情の一つもせずに、むしろ俺を殺せることに愉悦を感じているらしく口角を上げる。


(ヤバい……死ぬっ!?)


 手でどうにかするのを諦め、地面に落ちている鉈へと手を伸ばす。だが、鎖でつながれて可動域が狭く、あと少しが届かない。もう駄目か、そう思ったその時、


「いでぇぇぇぇ!!」

「ゲホッ、ゴホッ」


 守衛が俺の首から手を離した。守衛は檻から飛び出た自分の剣によって足首を半ばほどまで切断されており、足首を押えながらその剣の出所を睨んでいる。


「殺せぇぇ!!」


 檻の中から叫ばれた声に呼応するように鉈を取りながら身を起こし、屈んだため低い位置に移動した首へと鉈を思いっきり振るう。


「あぐっ……で、でめ゛ぇぇ……」


 今度は上手くいったようで守衛は口から血の泡を吹きながら地面に倒れる。そして、俺が息を切らしながらその様子を見ていると、檻の中から再び声が聞こえる。


「やっぱり俺が見込んだだけある。やるじゃねぇか」

「よぉ、げほっ……生きてたのか」

「ああ、お前もな」


 口に取り付けたベルトなどを取りながら檻を見ると、そこには相変わらず傷でボロボロだが、必要な筋肉をしっかりつけているゴブリンの姿があった。


 正直、死んでいたと思っていたゴブリンだったが、しぶとく生きていたらしい。ここでの知り合いと呼べるのはこいつぐらいの為か、少し喜びを感じる。


「ほら、これで出れるか?」


 俺はトードーに俺自身の枷を外させ、その鍵束を檻の中に投げ入れる。予想通り、ここの檻や枷の鍵の形は統一されており、俺の枷と同じ鍵でゴブリンについている枷は開けられることができた。そして、ゴブリンは守衛の持っていた剣を担ぎながら檻から出ると、俺の前で地面に剣を突き立て片膝を折る。


「助けてくれてありがとう。感謝する」

「い、いや、そういう事はここから出られてからにしてくれ」


 俺はゴブリンの突然の態度に驚きながらも咄嗟に今やるべきことを口にする。ゴブリンは「そうだな」と小さな声で呟くと、立ち上がる。


「ともかく今は人数が必要だ。ここの奴らを解放するぞ」

「ああ、分かった」


 ゴブリンは自分のやるべきことが分かっているらしく、すぐさま守衛の死体を漁る。俺は改めて檻を見渡し、大きく息を吸う。


「ここから脱出したい奴は言え! 出してやる!」


 俺が叫ぶと一瞬の空白の後、部屋は叫び声で満たされる。俺は守衛から鍵束を奪ったゴブリンと協力して檻から異形の者たちを出していく。


 成功するかもわからない脱走だ。ここに居る奴らのどれぐらいが出るまでに死ぬだろうか? いや、だが囮として使えれば……。


 俺は自分の考えに嫌気を覚えながらも覚悟を改めて決める。何人死のうが、囮に使おうが、俺はここから脱出する。


 今はそれだけを考え、檻の鍵を開けていった。

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