エピローグ 死者は語らず語らせる
「黙祷」
教壇に立つ現担任の教師の言葉の後、周囲は静寂に包まれる。
みな誰もが目をつぶり、両手を合わせ、祈りをささげるポーズをしている。
している、と表現した理由は俺自身、ポーズをしているだけで祈りの対象である
事の発端は
結論から言えば日頃のストレスからか、酒のせいかは分からないが、母親が鬱憤を晴らすように
それだけなら良かった。
だが、やはり蛙の子は蛙というように、
だが、噂というものは怖いもので、それを取りあげたメディアが
そして現在、元担任の
「皆、目を開けて」
教師の言葉に皆、目を開ける。そして、教師はいかに命が尊いものか、
そして語り終えると、教師は壇上から消える。
そして、俺の最悪な時間が再びやってくる。
「ねぇ、まだ来てるよ?」
「人殺しのくせにね」
クラスメイトはまるで俺が
「俺たちに迷惑かけておいて良くこれたな」
「おい、来たってことは迷惑料持ってきたよな?」
「……」
俺の周囲にクラスメイトが集まる。以前とは違い、その口から発される言葉は俺を馬鹿にするような言葉だ。実際、いじめについて聞いてきた取材陣はしつこく、いじめという事実があろうとなかろうと、奴らのせいで精神的に疲労し、体調を崩した関係のない生徒も何人かいる。
「おい! 出せっつってんだろ!!」
取り巻きの一人が俺の身体を強い力で押し倒す。俺は椅子から落ち、地面に倒れてしまう。
「クッソ」
「あ゛あ゛? なんか言ったか?」
「い、いや、なんでもないよ」
別の奴が俺に挑発をしてくる。俺は相手の機嫌を悪くしない様に声を出す。だが、その声は俺自身にも分かるくらいに震えており、視界が少しぼやける。
「ッチ、なら口答えすんなよ! お、あったあった。皆、放課後カラオケ行こうぜ」
「……クッソ」
取り巻きは俺の財布を奪うと、離れていく。俺は服に付いた汚れを払うと、袖で目を擦り、袖にできたシミを見ながら聞こえない様に小さく呟く。
みじめだ。本当にみじめだ。
数というのはそれだけで脅威だ。俺自身、あいつらと1対1であれば負けることは無い。だがそれが2人、3人となると押さえつけられ、殴られ、ボロボロになってしまう。実際、そうだった。
俺だってこんな学校に行きたくない。
担任や授業時間は奴らは俺に攻撃しない。一番ましなのが学校の為、こうして嫌々ながらも来ている。
(糞、あの
そう、全ては
そう、全てはあの
あいつさえ死ななければ、俺は今まで通り楽しく生きられたんだ。
だが、その原因である
・・・
「じゃ、また明日な。人殺しさん」
一日が終わる。先ほど財布を奪った奴が俺に空の財布を投げつける。後は帰れば朝までは平和だ。
だが、これはいつまで続くんだ?
ふとそう思い、俺の脚は学校の出口である階下では無く、屋上へと向かって行く。
一段、二段、三段……。気付けばいつの間にか屋上の扉の前に立っていた。屋上には鍵がかかっているが、屋上の掃除道具入れに隠してある昔くすねた鍵を使い、扉を開ける。
「……寒いな」
屋上は普段人が立ち入ることが無い為柵は無く、地上よりも気温が低い。そして、考えているよりも風は強い。
身体を震わせながら進む。寒さを感じながら屋上の端から校庭を見下ろす。校庭には誰かと楽しそうに帰る学生や部活に勤しむ学生の姿が伺える。
「……いいなぁ」
それに比べて俺はなんだ。何故俺はこんな事をされなければならないのか。悪い事をしていないとは言わないが、こんな風になるまで追いつめられるようなことをした覚えはない。
「……」
じっと下を見つめる。学校は4階建ての為、相当な高さがあり、後ろから吹く風によってその恐怖心は更に増大する。
(前にここで
昔を思い出しながらじっと目をやる。
今後もあんな風にみじめに生きるのか、あんな風に情けなく生きるのか、あんな風に苦しみながら生きるのか。
そうだ。俺がどんなに抵抗しようとあいつらは止めないだろう。家にも引きこもれない。外ではストレスが更に加速する。
四面楚歌だ。
(でも、ここから落ちたら)
明日の事で悩まされることもない。みじめになることもない。自由になれる。
考えは体の動きに反映され、足が一歩進む。後ろからはまるで俺を後押しするかのように強い風が吹いてくる。
(飛ぼう……)
そう、飛ぶのだ。
そして、俺が足を踏み出そうとした瞬間――
「待って!!!」
強風の中でもハッキリと聞こえる声が響いた後、俺の身体は誰かに抱き着かれる形で動きを止める。
「なんだ!? なんだよ!!」
俺は振りほどこうと必死にもがくが、それ以上の力が出ているのか、腰に回っているその細い腕が取れる気配が無い。
「なんて事しようとしてたの!?」
今度は耳元で、必死な声が聞こえる。俺はなんだか怒りを覚え、その腕に爪を突き立て抵抗する。
「何って……飛ぶんだよ!!」
「何馬鹿な事言ってん、のっ!!」
「あだっ!?」
言葉の後に後頭部に衝撃が走る。俺は眩暈を感じ、目をぱちくりとさせながら動きを止める。
「いってーなぁ!!!」
俺は未だに腹が痛くなるほどに抱きしめている人物の正体を知るべく振り向くと、そこには怒りの形相をした、そしてどこか悲痛な表情を浮かべた女の顔があった。服装からして学生だろう。女は目の端に涙をためながら懇願する。
「あんた、何死のうとしてんの!!」
女の、妙にはっきりと耳に刺さる声が耳にはいる。俺はうるさそうな顔を作り、校庭を刺しながら反論をする。
「死ぬ!? なんで俺……が……」
だが、その言葉は次第に力を失っていく。俺の指を指した方向、10mは軽く超える高さの下にある校庭の光景は俺に恐怖を与えるに十分なものだった。
「俺が……俺……何を……」
言葉を絞り出す。額からは汗が拭きだし、自分の行おうとしていた事の恐ろしさに恐怖する。足はガクガクと震え、脳みそが委縮し、危険信号を発する。
「ふぅ、ようやく状況を理解したみたいだね」
そんな俺の様子を見てか、女は腕の力を弱める。足に力の入らない俺はその場にへたり込み、随分とぼやけた女の顔を見る。
「お゛れ゛ぇ……えっぐ、なんでぇぇ……」
「ゆっくりでいいのよ」
嗚咽を上げながら言葉を紡ぐ俺に女は優しく話しかける。情けない声を上げながら俺は泣いた。
いくらかの時間が経ち、俺が泣き終えると、女は俺に手を差し伸べる。
「ほら、ちゃんと話聞いてあげるから、立ちなよ」
俺は先ほどまでの自身の痴態に少し恥ずかしく感じながらその手に自身の手を乗せる。
「よっと」
女は俺を引っ張り立たせると、笑顔を向けた。
「うん、もう大丈夫そうだね」
「はい……すみません」
「うん、じゃ、行こっか……あれれ?」
俺は恥ずかしくなり顔を伏せながらそれに答える。そんな俺の様子を見て安心したのか、女は踵を返そうとした足をもつれされる。俺は未だに力を入れきれない脚で踏ん張りながらそれを受け止める。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんねぇ。安心したらなんだかね」
女は「ははは」と少し震えた声で笑ってみせる。目の前で人が死ぬかもしれない状況、そんな中止めようとした彼女も恐怖を感じていたのだろうか。そう思うと申し訳ない。
「いえ、なんだかすみません」
俺が謝ると、女は再び震えた声で笑いながら自身の足で立とうとする。その時――
「きゃっ!?」
「あっ!?」
一陣の風が女の目の前に吹く。足の力が戻っていない女がよろめき、俺へと体を預ける。だが、俺自身突然の事であり、足に力が入っていない為、その身は女と共に屋上の外、中空へと投げ出される。
(あっ……死んだ)
途端にゆっくりと動き始めた視界の中、俺は女に視線を向ける。女の四肢は投げ出され、顔は見えないもののその落ちていくという事実に対する驚きが何故か伝わってくる。
(せめて、彼女だけでも)
俺はゆっくりとした動きに対してこれまたゆっくりと女を抱きとめようと腕を動かす。
「あ」
だが、俺が女に触れるか触れないかといった所で、俺の意識はブラックアウトした。
・・・
『昨日午後5時ごろ、都内高校の校庭で、この高校に通う男女2人が倒れているのが見つかり、病院で死亡が確認されまし た。警察は現場の状況と周囲の目撃証言からら飛び降り自殺であると断定し――』
電気をつけていない薄暗い部屋の中にテレビのきつい光が椅子の上に立つ男の顔を映す。
「もう……いいよな」
男は天井から吊り下げられた先が輪になっている縄に手をかける。そして、ゆっくりとそれをのびっぱなしの髭や髪の毛の生えている顔に通す。
「逝くか」
そして首に縄を通すと、足で椅子を蹴る。
「がっ……かはっ」
男は予想以上の苦しみに喉を引っ掻き、縄を取ろうとするが、それもすぐに無くなり、次第に力のなくなる腕を最後にはだらりとぶら下げる。
『――死亡した学生は
部屋の中にテレビの音に交じりながらギシギシと縄がきしむ音が響く。だが、それもすぐに止み、部屋は無機質な声で試料を読み上げるニュースキャスタ―の音で満たされた。
薄暗い部屋の中、テレビのきつい光が青白い顔の男と、その下にあるびりびりに破かれた教員免許状を映し出す。そして、そこには
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