第42話 刈り取られ続ける身体
もしこれが拷問だったらどんなによかったか。
仮にそうであるなら情報を吐いて終わる。いたぶられたとしてもその先には確実に死という逃げ道があるからだ。
・・・
あれから3日かが経過した。
3日、とは言ったものの昼も夜も分からないこの部屋ではもっと時間が経っているのか、はたまた最も短い時間だったのか分からないが、体感では3日の時間が経った。
この3日間、俺の目の前では様々な生き物が悲鳴を上げながら体の部位を狩られていた。だが、そんなことを俺が気にできる余裕は無く、人間たちがこの部屋に出入りする度に身体をビクつかせていた。
そんな俺の心配とは裏腹にここに来る人間たちの大半は他の生き物を引き連れ体の一部を刈り取っているばかり。そして俺の担当になったのか、浅黒い肌の男は毎日俺の元へと来ると口の中の麻袋を取り除き、乱暴に飯を食わせ、そして元の口に麻袋で詰めた状態に戻すのみで痛めつける様子はなかった。
そして3日が経過し、俺の鱗と指は生えきった。そう、生えたのだ。指からは歪な肉の盛り上がりが徐々に増え、指の形へと変化していき、そして無くなったはずの指は微かに色の薄い依然と同様なものへと生え変わった。
そして、今日もいつもの様に浅黒い肌の男がやってくる。
「ッチ、きったねーなぁ」
浅黒い肌の男は俺の口元を塞ぐために絞められたベルトを外すと、ぼやきながら俺の口の中から唾に塗れた麻袋を取り出す。浅黒い肌の男は口元から丸まった麻袋に伸びた涎の糸を見て不快そうな顔を作りながらそれを地面に置くと、いつもの様に持ってきた麻袋から適度な大きさにした生肉や果実などを俺の口にねじ込んでくる。
「んぐっ!?」
喋る暇もなく突っ込まれた食べ物を必死に咀嚼する。初めに比べ食べやすくなった生肉からは腐っているのか少し酸味がかった味を感じながら飲み込んでいく。
一通り食事を終えると、最後に水を流し込まれた後、浅黒い肌の男はすぐさま唾に塗れた丸めた麻袋で口をふさぎ、ベルトによってその排出を防がれる。
「……そろそろ刈り取るか」
「!?」
俺の身体はその言葉に身体を硬直させる。再びあの痛みが来るのかと思うとなんとしてでも逃げ出したく、だが逃げ出せないこの状況にただただ体震わせることしかできない。
・・・
「ん゛ん゛ん゛ん゛!」
再び体の前面の鱗を乱暴に剥ぎ取られ、血だらけの肌が露出する。抵抗のできない俺はただ痛みに耐えるための呻き声を発するのみ。そして、腕の鱗を取っていると部屋に見覚えのある二人の男が入ってくる。
一人はここに連れてこられた時、デッシュと話していた男。そして、もう一人は今や懐かしい顔。名前を分かりやすく表すような緑色の服に首元の襟から見え隠れする銀色の枷。俺をこの世界に呼び出した張本人であるグラブ・トードーだ。
「では、私はこれで。ブラウン、後は頼んだ」
「了解。えーっと、トードーさん……でしたっけ?」
トードーは案内していた男を見送ると、ブラウンと呼ばれた浅黒い肌の男の側に歩み寄る。恐らく周囲の血みどろの光景を気にしているのだろう。浅黒い肌の男は周囲に目配せしながらトードーにぎこちない笑みを送る。
「いやいや、気にしなくてもいいよ。そういう仕事場というのは分かっている」
「理解があって助かります。ところで首のそれは?」
「こ、これは……」
ブラウンは自分の首を指さしながらトードーの首元を凝視する。トードーは少し焦りながら言葉を紡ぐ。
「し、仕事の一つでな。私にもいろいろあるのだ」
「……そうですか」
トードーの言葉にブラウンは不信感を抱きながらも納得の言葉を返す。
「で、これが素材の元となる魔物か?」
トードーは話を逸らすように俺に人差し指を向ける。
「ええ、すでに大半は取り終えましたが」
「そのようだな」
トードーは俺をまじまじと観察する。そして、腕の鱗を爪でコツコツと叩いたり、皮膚を引っ張ったりとなにかを確認する。そして、一通り確認し終わった後に再びブラウンに向き直る。
「この腕を刈り取ることはできるか?」
「!?」
その言葉に俺の身体は反射的に硬直する。そして、その一瞬のち、俺の感情は恐怖で満たされる。
「そうですねぇ……」
(やめてくれ……これ以上やめてくれ……)
トードーの言葉にブラウンは何か考え込むように手を顎に当てる。俺はその光景をただただt祈り、残る言葉を待つ。ブラウンが考え込んでいると、トードーは後押しするように言葉を放つ。
「どうも鱗のままでは加工が面倒でな。これで腕が生えるのなら私がこれから出る鱗をすべて買い取ることを約束しよう」
「そう……ですね……。それなら……」
だが祈りが届くことは無く、その最悪の決断はなされる。その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏は絶望の二文字で満たされた。そして――
「では早速。本当に生えるか確かめていないので今回は腕一本でいいですか」
「ああ、構わない」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
(やめてくれ止めてくれ止めてくれ止めてくれ!!!)
ブラウンは言葉が終わるや否やすぐさま作業の準備に取り掛かる。俺は出すことのできないくぐもった声で叫ぶが、それを聞き入れられるはずもなく、ブラウンが肩の鱗を剥ぎ始めた。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
鉈が鱗のない左肩へと振り下ろされる。振り下ろされる度に左肩からは激痛が走り、肉が断たれ後は骨と骨との間がそこを抉るのかゴリゴリという感触と共に外れるのを感じた。
「ふぅ……やっぱ腕一本となると大変だな」
俺は涙やよだれでぐちゃぐちゃになっているであろう顔をブラウンの手に持っている自身の腕に向け、ぼやけた視界の中見つめる。腕はだらんと力無く垂れ下がり、そこにかつて自身のものとして動いていたような面影は無い。
「ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……」
「しかしうるさいなぁ」
「ええ、こういう場所なので」
「あ、いや、すまない。気を悪くしたな」
腕の付け根からは激痛が走る。
痛い。とにかく痛い。
痛みはやられているうちに慣れるという話を聞いたことがあるが、そんなことは無い。いや、二度目の切断だから気絶をしなかったのか? そうであるならば気絶した方がましだ!!
「では、私はこれで失礼するよ。また2週間後に来るとするよ」
「ええ、お待ちしております」
俺は必死に左肩に力を入れ、その和らぐ気配を見せない痛みを少しでも抑える。視界の端ではトードーがこの部屋を出ていき、ブラウンは俺の左肩の様子を観察している。
「……やはりあまり血は出ないらしいな」
ブレイブはそう一言残すと、トードー同様部屋を出て行った。
(どうして……なんで俺が……こんな……)
そして、腕を無くした俺は、その日一日中眠ることもできず、泣き腫らしながらただただ痛みに耐えながら過ごした。
・・・
――2週間後
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
腕の痛みが引き、腕が生えきったこの日、俺は手のひらからのの激痛と共に叩きお起こされる。涙目になりながら痛みの場所へと視線を送ると、俺の手の平の中央辺りに金属製の杭が撃ち込まれているのが視界に映る。
「む? 枷をつけんのか?」
「再生のスピードがかなり早くて……。今後も生え変わってすぐではどうしてもこうなるでしょうね」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
ブラウンはそういいながら俺の腕に刺さっている杭にハンマーを打ち付ける。そして、それと同時に俺の手の平から強烈な痛みが伝わる。
「ま、ちゃんと眠らせてますから大丈夫ですよ」
ブラウンは杭を打ち込み終わったのか、その手に持つハンマーを地面に置く。トードーは「ほぉ」と感心しているような声を上げ、その様子を見つめている。
「で、何用で?」
「いや、ちゃんと生えているのかと思ってな。まぁその言い方だと今日生えきったようだが」
「ええ、その通りです」
トードーは「そうか」と少し残念そうに声を上げる。そして、生え変わった俺の腕を再びまじまじと見始めた。
「……この鱗の方の硬度はどうなんだ? こことここで色が違うようだが」
トードーは俺の腕の鱗と体に残っている鱗を指す。
「確かに色が少し薄くなっているようですね。ですが硬度に関しては特に問題ないようですよ?」
ブラウンの言葉にトードーは納得できていないような顔で頷く。
「そうか、ならいいが。で、今日は全てくれるのだよな?」
「ええ。そう聞いています」
「では早速頼む」
(全て……?)
ブラウンはトードーの言葉を受け、鉈を取り出す。そして、その鉈を生えきった腕の付け根である肩に再び添える。そして鱗を取り除いた後、再び肩に激痛が走る。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
痛みは変わらず脳裏を焼く。激痛に慣れることなく、その痛みは依然感じたものと同様、耐え難く、凄まじいものだ。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
だが、以前よりも短い時間でその文字通り身を切り裂かれるような痛みは止んだ。
「それでは皮を傷つけてしまう。少し貸してくれないか?」
「え?ええ、いいですけど」
トードーはブラウンから鉈を受け取ると、俺の肩の切り口に鉈を当てる。そして――
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
先ほど以上の痛みが脳裏に伝わる。もし他人事なら切るものが変わるとここまで痛みの度合いが変わるのかと考えただろう。それほどまでに強烈な痛みだった。
「ん? こうか? いや、違うな……」
トードーはその手を血で汚しながら試行錯誤をするように刃を動かしていく。その度に俺自身には猛烈な痛みが続くのだが、そんなことを気にする者がいる筈無く、それはトードーが諦めるまで続いた。
「うーむ、やはり何か対策しないとな……。刃を変えるべきか?」
腕が切り落とされ、唾と涙でぐちゃぐちゃの顔を晒しながら再び失った腕を見つめる。
また生えてくる。
そう自分に言い聞かせながら、心を少しでも落ち着かせようとする。 だが、今回は前回とは違い、ブラウンは俺の元にしゃがみ込むと脚の鱗を剥ぎ始めた。
「こちらの2本もいきますね?」
「ああ、頼むよ」
(まさか……全てって……!?)
その言葉の後、俺の鱗を剥いだ脚へと鉈が振り下ろされる。止められないその行為は鉈が振り下ろされる度き俺に痛みと絶望を与え続ける。そして、鉈が振り下ろされ無くなった頃、俺の下半身に生えていた二本の脚は膝から上を残して切断された。
「……ぁぁ」
(どうして……どうしてこんな事ができるんだ……)
もはや叫び声すら出すことができない。叫ぶ元気すらない。
「ではまた2週間後、こちらで用意したものを使って切り取ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
痛みと気だるさと熱っぽさを感じている俺の脳裏にはやけにはっきりと俺の四肢を刈り取った二人の声が響いた。
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