幕間

閑話4 グラント王国 王城地下にて

 グラント王国王城の一室、この国の女王であるエリーゼは自室の窓辺にある椅子に腰を据えて、デッシュの報告を静かに受けている。だが、その心境は周囲の静寂とは打って変わって穏やかなものでは無い。


「え、ええ。分かりました。詳細は後ほど詳しくお願いします」


 デッシュとの会話後、エリーゼは円盤に供給していた魔力を止める。そして、円盤を机に置こうとした時、自分の手が僅かに震えていることに気付く。


「……クッ」


 エリーゼは震える手に力を込め、その震えを無理やり止める。そして、朝日が差し込む窓辺に目を向ける。太陽はいつもと同じように自身の身体に朗らかな温もりを与えてくれる。


「かあさま、だいじょうぶですか?」


 声の方向に目を向けるとエリーゼの娘、この国の姫であるシャーロットがこちらに不安げな眼差しを向けている。エリーゼはシャーロットの首元の真っ赤なチョーカーに一瞬目をおとし、その後自分の顔に笑みを張り付ける。


「ええ、大丈夫です。心配をおかけしてすみません」


 エリーゼはにこりと笑みを向ける。だが、同様の上に張り付けた笑みはシャーロットに見抜かれたらしく、その表情を更に暗いものにする。


「そんなに心配しないでください。私は大丈夫です。それよりもまだ時間も早いです。部屋に戻りなさい」

「……はい」


 エリーゼが頭を撫でると、シャーロットは渋々部屋を出ていく。


 シャーロットが扉を閉じると同時に溜息を一つ吐き出す。そして、再び震え始めた手に力を込める。


「あの子だけは救う……どれだけ犠牲を出そうと」


 エリーゼは首元のチョーカーをそっと撫で、部屋を後にした。


・・・


――王城地下


 エリーゼは地下にある部屋の、その最奥へと向かう。石レンガで重厚に固められた周囲は僅かな光の宝珠ライトパールで足元が照らされているのみで薄暗く、そこを歩くのはエリーゼのみ。


 エリーゼは地下の最奥にある扉に辿り着くと、周囲を念入りに確認する。そして、誰もいないことを確認するとその扉に鍵を差し込む。鍵を捻り扉を押すと、何の抵抗もなく扉は開かれた。


 再度エリーゼは周囲を確認し誰もいないことを認識すると、扉を通り即座に閉じる。そして、扉の先の下へと進む階段を下りていく。


 薄暗い階段を下りていくと、再び扉が見えてくる。扉には扉を封印するかのように鎖が巻きつけられており、その鎖は一つの錠前によって封じられている。また、扉の表面には六芒星の魔法陣が繊細に描かれている。エリーゼはその扉を封じている錠前に先ほどとは別の鍵を差し込み、扉を開く。扉は音もなく開くと、丁度人一人が通れるほどの広さを開放したところで鎖によってその動きを止めた。エリーゼはそのことに気にも留める様子もなく扉の向こうへと進んで行く。


 短い廊下道を進みその最奥にある扉を開くと、そこは今までの道とは打って変わって明るく照らされた広い部屋へと到達する。部屋の手前と奥の地面にはそれぞれ別の魔法陣が描かれており、奥の魔法陣の中心には人一人が乗るほどの大きさの台。そして、最奥の壁際にはズラリと様々なものが置いてある棚が設置されている。だが、こんな明るい部屋でもその部屋は壁際に置いてあるのせいか、どうにも薄暗く感じてしまう。


 エリーゼは一瞬、部屋に漂う冷気でブルリと身を震わせた後、部屋の手前、地面に描かれている魔法陣の中心に歩を進める。魔法陣の中心には死体が一つ。黒い甲冑に身を包んだ顔の損傷の激しい男、ブレイブの死体が横たわっている。


「……今まで、ご苦労様でした」


 エリーゼは血で汚れることも構うことなく、ブレイブの頬をそっと撫でる。そして、浮遊フロートの呪文をブレイブに唱えると、その死体を奥の台へと乗せる。そして、フッと視線を右へと向ける。


「あなたがこんな呪いを受けていなければ……」


 エリーゼは静かに、しかし憎悪に満ちた声を発する。だが、その声に対し返事を返すものはいない。エリーゼは奥歯を噛み締め、そして、いつの間にか自分の首を絞めていた右手の力を緩める。


「……ハァ」


 いくら悪態を吐いたところで何かが進展するわけでも無い。それを身に染みて実感しているエリーゼは冷気によって白くなった溜息を吐き出すと、壁際に飾られるように鎮座しているを見渡す。エリーゼは自らに喝を入れてブレイブの死体を置いた台へと向かう。


 リザードマン、オーガ、ゴブリン、ペガサス、ケロベロス、グリフォン……。それら様々な死体はその種族を示す大きなネームプレートと共に全て氷漬けにされ、壁際に鎮座している。その死体のどれもが顔や肩、胸などに白い石のような何かがまるで元々そこにあるべき器官であるかのように埋め込まれている。 そしてその手前右側、エリーゼが先ほどまで睨むように見ていた場所には唯一の女性の人間の氷像がある。そして、そのネームプレートにはこう刻まれている。


 第11代目勇者 シズカ・ゴウマ

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