第37話 悪夢の後の3つの出来事

「これで良いデスデスか?」


 アキラの頭上に浮かぶ、全長が人の頭の半分ほどの大きさの小さな妖精のような面影をした何かが、その身に纏う白い光を強くしながら訪ねる。


「ああ、これで良いぜ」


 同じくアキラの頭上に浮かぶ、全長が人の頭の半分ほどの小さな悪魔のような面影をした何かが周囲を見渡した後、その身に纏う黒い光を強くしながら答える。


「で、どうするデスデス? 次は誰にするデスデス?」

「うーん……どれにするか……」


 再び陽妖精が問いかけると、悪魔は右手を顎に当て、うんうんと唸りながら考え事に没頭する。


「ま、これはあなたの仕事デスデス。私の仕事はあなたのが終わってからデスデスしね」


 そう言うと、妖精は先ほどの狂気状態から一転、すやすやと眠るアキラの胸の上にゆっくりと降り立つ。対して悪魔は未だにうんうんと唸りながら何かを考えている。


「そういえば、なんでこれが駄目なのデスデスか?」


 妖精は自分の寝転がっているアキラの胸元を足先でつつきながら質問を繰り出す。


「いやぁ、ダメってわけじゃねぇんだぜ? 別にこれでもいいんだが……弱すぎるんだよなぁ」

「弱すぎるデスデスか?」


 妖精の再度の問いに対して、悪魔は死体となり物言わぬ体となったブレイブに人差し指を向ける指を向ける。


「元々、あれにしようと思ってここに来たんだぜ? それなのに死んじまってるし……あーあ、一から探すのも面倒だなぁ……」


 悪魔はその身にあった小さなため息を一つ吐き出した。だが、ため息一つを吐き出したところでこの状況が変わるわけでもなく、眼下のアキラへと目を落とす。


「これかぁ……」

「デスデスが、もう100年経過しましたし、そろそろ新たに立てないとあなただけでなく私の存在意義までもが危ぶまれるデスデス」


 妖精は悪魔を睨み付ける。だが、悪魔は諦めが悪いようで未だに周囲を見渡している。


「それに―――」


 妖精は前かがみになりアキラの胸元に指先をあてると、その指先を仄かに光らせる。


「これ、結構いい素体デスデスよ? 奴隷でもないし、相当恨みを持っているみたいデスデスし」

「それも……そうだなぁ……」


 悪魔は禿げ上がった頭をボリボリと掻く。そして溜息を再び吐き出すと、バツの悪そうな顔をしながら妖精の前へと降り立つ。


「まぁ……いいか。これに印をつけるぜ」

「うーん……確かに弱すぎては危ういデスデスね」


 悪魔はそう言うと、アキラの首元まで歩いて行く。そこで立ち止まると首元に手のひらを置き、何かを行い始める。妖精はその様子を確認した後、どこかへ飛び去った。


・・・


――明朝


 太陽が昇り始め辺りをうっすらと明るくし始めた頃、デッシュは一つの悲鳴によって意識を覚醒させる。


「ア゛……ア゛……ア゛ァ……」


 悲鳴の元となったは、鳴き疲れたのか、はたまた安心したのか、悲鳴は鳴き止んだ。


「僕としたことが……まだまだですね」


 不覚にも意識を失ってしまったことを自身に対して叱咤しつつ、即座に体制を立て直し、周囲に警戒を走らせる。どうやら晩の光球はすでにどこかに消えてしまったらしく、見渡してもその光を発見することができなかった。だが、自身に何かあったわけでも無いらしく、持ち物はそのままの状態で自身の傷なども確認できない。


(特に異常は無いようですね)


 安全を確認したデッシュは先ほどの声の方向を注視する。数々の死体の向こう側、ブレイブと白髪の少女の死体の側には悲鳴の元となったであろうが横たわっていた。


 それは意識が無いのか生きている証拠に胸元は上下しているものの白目を剥いており、意識が無いのは明白だ。その体は地面を転げまわったのか泥で汚れており、口元は何かの生き物の凝固した血が赤黒く付着している。


(なんだ……あれは……?)


 見たことのない生き物に警戒心を強める。だが、いくらか待ってみたもののそれに動きは見られない。


(アキラはどこに……?)


 元居た場所にそれらしい死体は無い。辺りを見渡してもそれらしい姿は見当たらない。


(……あれに食べられた?)


 口元に付着している血液はアキラが捕食されたのではないかという推測をデッシュにさせた。その証拠とでもいうかのようにその周囲のリザードマンやフロッグマンの死体のいくつかにはまるで何者かに肉が引きちぎられたかのような跡が確認できる。


(これは面白そうな拾い物ができました)


 デッシュは慎重に、念のため気づかれない様に歩みを進め、腰に付けているウエストポーチから青色の液体の入った小瓶を取り出すと、白目を剥いて気絶しているそれの口の中に液体を流しいれた。


 小瓶の中身は強力な痺れ薬。これを含んだ者は最低でも1日は体の自由が利かなくなる。


 「ふぅ、これで少しは安心でしょう。さて、次は……」


 少し安心したのかデッシュはぽつりとぼやく。そして、眼下に倒れるブレイブの死体を見下ろす。


「うわぁ……ぐっちゃぐちゃですねぇ」


 ブレイブの顔はアキラに何度も刺された為、皮膚はズタズタに裂け、顔の肉さえも禿げた部分が多々見られる。肉がはげた部分からは白い骨が顔を出しており、眼球は内部の液体が漏れてしまったため萎んだ風船のようなっている。


「ま、いいでしょう。さて、転送するとしますか……あら?」


 ブレイブの死体から視線を外し、その脇に転がっているブレイブの持っていた剣を持ち上げる。


(……魔法が解除されている)


 剣身にべっとりと凝固した血が付着した剣をじっと眺めた後、デッシュは面倒臭そうに溜息を吐き出す。


「仕方がない、自分のを使うとしましょう。さて、報告しますか」


 腰に付けているウエストポーチから耳を覆う位の白い円盤のようなものを取り出すと、円盤の中央に突き出ている突起を耳に差し込む。


「あー、あっ・・・・・・あー、あー。もしもし、聞こえますか?」


 デッシュは円盤に魔力を込めつつ誰もいない空間に話しかける。


『デッシュですか?』

「はい。報告が遅くなってすみません」


 円盤からはいつもの冷淡なエリーゼの声が聞こえてくる。それに対してデッシュの声は軽い調子だ。


『いえ、報告をしていただければ結構です。ただ、時間がかかるのであれば教えてほしいですね』

「すみませんねぇ」


 エリーゼの嫌味にデッシュは同じように軽い調子で返す。そんなデッシュの調子に溜息を一つ吐き出す。


『それで、アレの調子はどうでしたか?』

「失敗しましたよ?」

『!?』


 円盤の向こうから息を飲むような音が聞こえる。だが、デッシュは気にする様子も見せずに報告を続ける。


「途中で意識が覚醒したのか、錯乱したのか。僕には何が起こったのかは分かりませんが、突然自殺してしまいました」

『自殺……ですか……』

「そんな悲しい声を上げないでくださいよ。あれらはいくらでも出せるんですから」

『そう……ですね』

「おや、情でも移りましたか?」

『いえ、そんなことは……無いです』


 デッシュの言葉にエリーゼは言葉を詰まらせるが、それでもエリーゼは断言する。だが、その声は先ほどの冷淡な声とは打って変わってどこか震えており、動揺が見て取れる。


「ま、ともかく以前から作ってるあれを使いましょうよ。今回、新作は自殺するまで無傷で全ての魔物を殺せましたよ? 龍種であろう魔物もしっかりね」

『……』

「女王様?」

『え、ええ、分かりました。報告ありがとうございます』


 エリーゼはハッとした声で返事を返す。だが、その声も心ここに非ずといった様子でデッシュにはどうにも危うく聞こえてくる。


「大丈夫ですか?」

『はい、大丈夫です。では、剣を使ってブレイブを転移させてください』

「それが、それもできません。何故か魔法が解除されてます」

『何故?』

「さぁ? ともかく僕ので送りますので、そこのところはよろしくお願いしますね」

『え、ええ。分かりました。詳細は後ほど詳しくお願いします』


 結局、エリーゼはブレイブの死を聞いてから終始動揺した声のまま、会話が終了した。


(さて、ブレイブは送るとして、これはどうしましょうか……?)


・・・


――夕刻


 湿地に数人の人間たちがやってくる。人間たちの中には手に捻じ曲がった杖を携えた者もおり、多くの者のその見た目は魔法を行使するもののそれに近い。


 人間たちがそれぞれ周囲の死体、リザードマンやフロッグマンの死体などを確認していると、周囲から同じような格好をした人間たちが集まってくる。そして、その中のリーダーらしき白髭を蓄えた老人に周辺状況を報告していく。


「そうか、ギルドの者たちの死体以外はすべて魔物のもの……か。皆、ご苦労。念の為、私も確認するとしよう」


 白髭の老人はゆったりとした足取りで移動していく。周辺を調べていた者たちもそれに続いて老人に付いて行く。


「クルトン……お主はどこへ行ったのだ?」

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