第33話 絶対的強者

 世の中は弱肉強食。


 それは当たり前のことで、何かの対策をしてない限りそれは覆らない。


・・・


 呆然とする俺たちの元へ黒い甲冑はゆったりと歩いてくる。甲冑からは僅かな金属音が響くが、俺の脳内は甲冑では無くピクリとも動かないギガの事でいっぱいになっていた。


  ギガはなぜ動かない? さっきの光は? あの甲冑は? なんでギガから煙が出ているんだ?


 眼前の光景に思考は一瞬のうちにまとまっていく。当たり前の、見ればわかるこの現状、理解と同時に身体が動き出した。


「おい!? 待つのだ!!」


 レイニィの制止も聞かずに走りだす。どんな敵だろうとも覚悟の上で。だが――


「おい、止まれ!」


 ズメウの言葉の後に肩を掴まれたかと思うと視界がぐるりと回る。そして気付けば空を見ていた。どうやらズメウに引き倒されたようだ。ズメウに目をやると視線を甲冑から一切動かさず警戒している。


「ズメウ! 行かせろ!!」

「武器も持たずに何するんだよ! あいつはやべぇ。とにかく皆に逃げるように言ってくれ!!」

「逃げるってどこに!?」

「どこでもいい! とにかく、あいつがやる気になる前に、早く!!」


 ズメウは一切こちらに振り向くことなく指示を出す。あのズメウが、だ。狩りの際にも、訓練の際にも、戦いの最中にもみたが、ズメウの力量は俺をはるかに超える。だが、そのズメウがこちらに視線を送る隙すら与えたくないとでも言うように甲冑に視線を釘づけにしている。


「……わ、わかった」


 思えばあのギガが一撃でやられたんだ。あの幾本の矢を受けても平然としているギガが。そんな相手に切り札や秘策すらない俺がどうこうできる道理はない。


「……ズメウ……死ぬなよ」

「ったりめーだ」


 ズメウを信じ、立ち上がり甲冑に背を向ける。何があっても彼が何とかしてくれると信じ、俺は皆のところへ向かった。


・・・


「頼むぞ、アキラ」


 相変わらずゆったりとした足取りでこちらに歩いてくる甲冑を凝視しながらアキラの行動を耳で捉える。アキラが立ち上がり、背を向けたタイミングで甲冑は歩みの速度を少し上げ、こちらに抜身の剣を向ける。


「!? レイニィ!!」


 危険を感じ、レイニィに向かって叫ぶ。それとほぼ同時に抜身の剣先に赤い炎が一瞬で作られたかと思うとそこから一つの巨大な炎弾がアキラに向かって放たれた。


「水壁《アクアウォール》!!」


 レイニィはすかさずアキラの背後に分厚い水壁を出現させる。だが、直後に放たれた炎弾は水壁にぶつかると、周囲に熱湯を振りまきながら水壁の水によってかき消された。あの一瞬で炎魔法とは、さすが魔法を武器にしているだけはある。


「ズメウ殿、あやつ、相当な使い手ですな」

「ああ、気をつけろ。まだ本気じゃない可能性もある」


 矛を握る力を更に強める。目の前にいる敵は強い。それは、先ほどギガに放った雷撃とレイニィの水壁を吹き飛ばした炎弾が、すでに自分の身体に大ダメージを与えるほどの威力を誇っている事を察したためだ。これが魔法を専門にしているものであればいいが、相手の装備は近接戦闘に特化したもの。その可能性は低い。あれほどの魔法にそれと同等、またはそれ以上の戦闘力があるとすれば、自分でも倒せるかどうか怪しいくらいだ。


 視線を外せない相手の為見ることはできないが、恐らくレイニィは自分以上に緊迫しているだろう。


「来る!!」


 甲冑はこちらとアキラの後ろ姿の順に視線を移すと、視線をこちらに定め凄まじい速さで接近を始めた。その速度は自分にも勝る勢いだ。


「レイニィ!」

「もうやっておる!」


 そう叫んだレイニィは甲冑に向かって5発の水弾を放つ。だが、それも甲冑は軽々と跳躍することで回避される。そして跳躍の最中、再び炎弾が放たれる。


「クッソ、土壁グランドウォール!」


 ズメウは素早く地面に矛を刺し、前方に湿った土壁を出現させる。だが、その壁も直後に炎弾が衝突し、ボロボロと崩れた。


 ッチ、土の質が悪い。


 ボロボロと崩れ落ちる土壁を貫くようにズメウは矛を突きだす。


「ぅおおっっらあぁ!!」


 金属音と共に何かに衝突する手ごたえを感じ、そのまま矛を更に突きだす。ボロボロと崩れ落ちた土壁の先には矛による攻撃を剣で防ぐ甲冑の姿が現れる。


「俺ごとやれ!」

「承知したっ!! 水牢アクアプリズン!」


 レイニィが魔法を唱えると、甲冑を中心に地面から水がものすごい速度で集まってくる。そして、3秒と経たないうちに自分と甲冑の体は水の玉に包まれた。


雷撃ライトニング!」


 甲冑共々全身が水でできた球に包まれた直後、レイニィが水球に向かって躊躇なく雷撃を放つ。


「ごぱぁ!?」


 雷撃は水球全体に伝わり、甲冑はもちろん自分の体表までも雷撃で焼かれる。


「ごはあっ!?」


 雷撃の直後、腹部への衝撃と共に水球からはじき出される。水中の為、そこまでのダメージではなかったものの、それでもかなりの衝撃を食らってしまった。


「がはっ、ごほっ」

「ズメウど――」


 素早く矛を取り上げ視線を水球に戻す。だが、その水球はすでに消滅していた。


 嫌な予感。


 視線をレイニィへと移す。素早く動かした視線の先には喉元を一突きされたレイニィの姿があった。


「おめぇ、よくもぉ!!」


 怒りに身体を震わせながら甲冑に接近をする。甲冑はこちらの動きに反応しレイニィに突き刺した剣を引き抜くと、こちらに向かって剣を振り下ろす。だが、その剣戟を見切り左に避ける。


「なめんなぁ!!」


 そのままの勢いで矛を甲冑の首元に突きだす。だが、甲冑は後ろへ体を反り、攻撃の回避をした。だが、その回避は完全にはできず矛が兜をかすめ、その衝撃で甲冑の兜が脱げた。


「ッチ、外したか」


 不安定な状態で放たれた剣戟を寸でのところで回避し、その容貌を確認する。中から出てきたのは黒髪黒目の顔が焼け爛れた人間の男。恐らく顔は先ほどの雷撃によるものだろうが、その目はどこか虚ろで、その顔は無表情。戦闘意欲などは全く感じられない。


「!! ブレイブ!?」


 ……嫌な予感がする。


 後ろから捕縛した人間の声が聞こえる。先ほどの甲冑とは兜が無くなったか以外に変化はない。だが――


「あがっ!?」


 一瞬で間合いを詰められ、腹部を剣で裂かれた。接近した甲冑に攻撃を試みるが、それも容易に躱される。裂かれた腹部からは血がだくだくと流れ落ちる。


「て、てめぇ……!!」


 矛を振りかざし、虚勢を張る。だが、立っているのも正直やっとなこの状況、勝機はもはや無いと言ってもいいだろう。


 少しでも……時間を……


 痛みを堪え、意識が持って行かれそうになる中、必死に体を動かそうと一歩前へ出る。だが、その足が地面に着く直前、視界がゆっくりと回りだす。


 空、地面、空、地面、空――


 ぐるぐると回る視界の中からレイニィの死体や甲冑、捕縛した人間たちの他に首のない自分の身体を視認する。そして、自覚した。


――首を切り落とされたのだと。


 自らの死を実感し、ただ、祈る。


 皆がこいつから逃げられることを。


・・・


 目の前でリザードマンの首が空中へと飛ぶ。


 自分が手も足も出なかったあのリザードマンの首が、いとも簡単に。


「おい! ブレイブだよな!? なんで生きてんだ!?」


 強敵の撃破に思わず歓喜の声がアンジュの口から出る。アンジュの目の前の黒い甲冑を身に付けた男は死んだと思われていたブレイブ、その本人だった。その国民の英雄ともいえる彼はこちらに目を向けると、ゆっくりとこちらに歩み寄る。


「おい、起きろって! 助かるぞ!!」

「……うぅ……アンジュか……ここは?」


 隣の男を揺り起こす。男は眼を覚まし、目を細めながら周囲を確認する。そして、意識が完全に覚醒した男は視線をブレイブに固定した。


「こ、こいつは?」


 男は訝しげにブレイブを見つめる。恐らくこの状況、敵と認識してしまうのは仕方がない。ブレイブはアンジュの目の前に着くと、こちらを一瞥する。


「おい、ブレイブ!! 助けて――」


 一瞥したブレイブは手に持った剣で眠っている仲間の首元を一突き。噴出した仲間の返り血が顔を濡らし、その頬を赤に染める。


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」

「お……おい、何やってんだよ……?」


 訳が分からないとでも言うように、いや、実際そうなのだろうがアンジュと男は狼狽し、表情を曇らせる。あの強く、堅実で、誠実で、真っ直ぐな彼の像とは似ても似つかないような行動。敵であるリザードマンやフロッグマンならまだしもアンジュ達のような人間やドワーフに手を上げるような人間ではない。まして、殺しなどするはずもないこの男にそのアンジュの曇った表情は敵意むき出しのものへと変化していく。


「てめぇ……何のつもりだ……がっ」


 首元へ一突き。アンジュから放たれるはずの言葉はまるでなかったものとでも言うようにたやすくかき消される。


「あがっ……がっ……」


 アンジュは何かを言おうと呻くが、喉がやられている為言葉が出ない。隣の男もすでに声すら上げられずに恐怖に苛まれている。


「でめ゛……どうい゛――」


 とても素早いブレイブの一閃によりアンジュの言葉が途切れると同時に空中にアンジュの頭が放りだされる。その頭は地面にドサリと着地すると、物言わぬ肉塊へと変化する。


「ひ、ひいぃぃ……い゛い゛」


 ブレイブは地面に落ちたアンジュの頭を一瞥もすることなく残りの人間たちを一瞬のうちに始末する。その表情には怒りや悲しみ、喜びといった者は無く、終始虚ろな目とその変化のない表情を変えずに作業を終わらせると、ブレイブはアキラが走り去った方向へと歩みを進み始めた。

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