幕間

閑話3 観戦

 ロプトを追跡し始めて9日目、自分の雇用主であるグラント王国の女王、エリーゼの”ロプト抹殺の命”の元、デッシュ・アルバートは現在イーブルグ湿地南方で行われている魔物と人間の戦闘を観察している。


「うっわー、殺られちゃってますねー」


 デッシュ草陰に身を顰め、千里眼クリアサイトでイーブルグ湿地での戦闘を観戦しながら他人事のように口を開く。


「ま、あんな発動の厳しい即死魔法使う方も使う方だけど」


 デッシュが見るに戦闘は序盤ギルド・龍の巣の者達が優勢だった。個々の戦闘力はリザードマンやフロッグマンよりも高く、またルブレールとアンジュの能力は彼らをはるかに凌駕しているものだ。だが、ルブレールの死、アンジュと同等のわんりょを持つオーガ、そして、発動条件とその範囲の狭さから警戒すらされない魔法 死の調バンシーボイスの使用によって弓使いや魔法使いなどの遠距離部隊の死亡とそれによる戦意喪失といういくつかのイレギュラーによって、勝利できるはずであった戦闘は徐々に人間たちの敗北に向かっている。


「まっさかルブレールさんが負けるとは。ありゃリザードマンじゃないな。うん、僕じゃ勝てないや」


 デッシュはアンジュの戦闘を観察する。アンジュはオーガとルブレールを殺した魔物の2体を相手に何とかしのごうとするものの、数と実力の差によって防戦一方の彼女が徐々に追いつめられている。また、それは他にも言えることだ。ここに来ているギル不度に所属している者たちは一対一や仲間のサポートを受けつつ戦う事で多対一グループの戦闘を可能にする実力を持つ。だが、援護が無くなり、多数の魔物と対峙しなくてはいけなくなった現状、彼らの劣勢が覆る事は無いだろう。


「さってと、報告しなきゃですかね」


 デッシュは目の前の惨劇に対し特に何か反応するでもなく、むしろ嬉々とした表情を浮かべながら視線を逸らすことなく腰に付けているウエストポーチから耳を覆う位の白い円盤のようなものを取り出すと、円盤の中央に突起を耳に差し込む。


「あー、あっ・・・・・・あー、あー。もしもし、聞こえますか?」


 デッシュは円盤に魔力を込めつつ誰もいない空間に話しかける。


「もしもーし・・・・・・反応悪いな。もしもーし、きこえますかぁ?」

『・・・・・・デッシュですか?』


 しばらく何も反応が無かった円盤から突如女性の声が聞こえる。


「ええ、そうです女王陛下。というか、この端末は陛下のものにしか繋げませんよ?」

『そうでしたね。それで、誰にも見つかっていませんね?』

「ええ、最初にオーガに感づかれたかもと思いましたけど、私の杞憂でした」


 デッシュは電話の相手であるエリーゼに対しても気が舞えることなく答える。だが、それに対してエリーゼは何か注意するでもなくただ淡々と対応をする彼女の声はデッシュとは対照的にどこか冷淡なものに感じる。


『それで、奴の様子は?』

「片腕取れちゃってますねぇ。ルブレールさんの最後の一撃でスパッと。まぁ、あの様子なら生きていそうではありますが」

『? どういうことです?』

「あー、そっか。戦況を言ってませんでしたね。殺られましたよ、ギルドの人ら」

『!?』


 相変わらず軽く、責任感のない声でデッシュは報告する。だが、エリーゼはデッシュの報告内容が予想していたものと違ったためか、冷淡であった声に少し揺らぎが生じる。



『み・・・・・・皆、死んだのですか?』

「ええ。アンジュさんもルブレールさんも、。向こうの被害も相当っぽいですが」

『・・・・・・』


 エリーゼは言葉を噤む。自国の民、それも王国に仕え、剣真的に働いてきた騎士団の団長が魔物によって殺されて喜ぶ者は少ないだろう。エリーゼの言葉が聞こえなくなった円盤からは歯を噛み締める音のみが漏れ出す。


「どうします? まだロプト君生きてますよ?」

『・・・・・・デッシュ、貴殿では殺れないのですか?』

「できるわけないでしょ。言いましたよねぇ、オーガ一匹僕には狩れないって。すみませんね、力不足で」

『・・・・・・下種が』

「そんな僕を雇ったあなたが言いますか」


 デッシュの言葉は相変わらずどこか楽しげだ。対してエリーゼはデッシュをさげすむような内容だが、その言葉は自分にも言い聞かせているようにも聞こえる。


「で、どうします? ここで殺さないとどこかに行っちゃうかもですよ?」

『・・・・・・』

「それに魔物の中にの近親種ですかね。人型の龍種にやけに動きの良いオーガ。こりゃぁ相当強いですよ。並の奴らじゃ倒せないでしょ」

『・・・・・・』

「これ以上ギルドの人らを送り込んでも犠牲が増えるだけですよ? 使いましょうよ。新作でしょ? 1回実験しなきゃ本番で使えませんよ? それにもしあれが龍種の何かなら討伐の指標にもなりますよ」

『・・・・・・そうですね。ただし転送するのは深夜。が誰かに見られると不味いです』

「はーい。承知しましたー♪」

『・・・・・・くれぐれもバレない様にお願いします』


 デッシュは円盤に供給していた魔力を止め、円盤を耳から外す。


「やれやれ、最初からそうすればいいのに・・・・・・おおっ」


 観戦を続けるデッシュの瞳が大きく見開かれる。デッシュの視線の先では、ルブレールを殺した魔物の矛による攻撃をアンジュが防いだ瞬間、オーガの一撃がアンジュの背面に入る。オーガの一撃はドワーフである彼女でも重い物らしく、踏ん張りきれずに吹き飛ばされた。


「うーん・・・・・・ありゃ駄目だな。終わっちゃったか」


 アンジュは首をもたげ、オーガに視線を向けるものの、骨折でもしたのか一向に起き上がろうとしない。他の戦闘に目をやるとほとんどの人間が死ぬか戦闘不能になっていた。


「さって、面白いのも見れましたし、準備に取り掛かるとしますか。それと――」


 デッシュは湿地とは別の方向に視線を向ける。


「・・・・・・殺せ・・・・・・ますかねぇ。説得できればいいのですが」


 死なない様に気を付けないとですね。


 吐いた言葉とは対象に、彼の顔はおもちゃを与えられた子供の様に嬉々としたものに変化していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る