第31話 執念
強い感情というのは時に人の力を限界以上に引き出す。
負の感情は悪い影響しか自分に与えないという奴もいるかもしれないが、それが強いものであれば与える影響は悪いものだけではない。
・・・
「ギガ、行くぞ!」
「んあ!」
ズメウに甲冑を任せ、前方へと走る。前方にはすでに何人かの人間たちがこちらに姿を現しており、それぞれの武器を手に走ってきている。前方には両手剣を持ったギル、左右には仲間であるリザードマン達やフロッグマンたちが敵に向かって走ってきている。
「お前ら! 気ぃ引き締めろよ!!」
「「「「「うおおおお!」」」」
先陣を切り、自分の少し前を走るギルの言葉に後ろの仲間たちが雄たけびで呼応する。
「来たぞ!」
湿地と草原の狭間、敵の最前線を走る一際小さい女の人間、アンジュがその体と同じ大きさの斧をやすやすと担ぎながらこちらに向かってくる。
「食らえ!」
ギルが踏込み、アンジュに先制の剣戟を放つ。だが、その剣戟は軽く身を翻し、躱される。
「まだだ!」
躱された勢いを利用し、そのまま後手でアンジュに切りかかった。
「無駄だっつーの!」
だが、その剣戟もアンジュが軽く振った斧によって弾かれる。
「クッソ」
ギルはアンジュの攻撃によって大きく体制を崩す。なんとか足で持ちこたえるものの、大きく左に後退する。
「フゥーッ、フゥーッ・・・・・・」
「大丈夫か!?」
後退したギルの左腕は肘から下が無くなり、切断面からは血が滴り落ちている。ギルの表情は苦痛に歪んでいるものの、切断面の血もさほど多くは無いようで、戦闘不能には陥っていないようだ。
「何してんだ! 前見ろ!!」
ギルの言葉にハッとし、前方に顔を向ける。前方にはこちらに向かって突進してくるアンジュの姿。ギルの腕を叩き切ったその斧を軽々と持ち上げながら、こちらに振り挙げてくる。
「ふんっ!」
「ギガぁ!!」
響き渡る金属音。アンジュが俺に向かって叩きつけようとした斧は俺のの頭上に突きだされたギガの腕によって止まる。
「・・・・・・やるじゃねぇか」
「強イ・・・・・・」
ギガに続き剣による追撃をするが、アンジュは斧を下げつつ身を屈め、それを避ける。
「ッチ」
反撃を警戒し身構えるが、俺の考えとは裏腹にアンジュは舌打ちをしつつ素早く下がる。
「オーガに魔法を!」
「
アンジュが下がると同時に奥から放たれた言葉を皮切りにギガに向かって炎弾や氷塊が放たれる。だが、後方から響き渡る歪な不協和音によって消滅する。それと同時にズメウに掛けてもらった時に感じた筋力の上昇も感じなくなった。
「相殺魔法だ!
「今だ! 攻めろ!!」
「ギガ、あいつをやるぞ!」
相反する2つの声、俺はギルの声に従いアンジュに弓を構える。ギガも俺の指示に従い同じくアンジュに殴りかかる。
「クッソ」
アンジュは俺が放った矢を斧で弾き飛ばし、その勢いに任せて身体と共に斧を回転させ、ギガの拳を受け止めた。
「てめぇは俺が相手だ!」
手を休めずに追撃の矢を放つ。だがそれは別の敵の盾によって防がれる。
「やめろ!」
アンジュは盾で俺の矢を防いだ敵に警告するが、敵はそれを聞かずにこちらに向かってくる。
「死ね!」
「・・・・・・クッ」
上段の斬撃を反射的に剣で防ぐ。だが、その攻撃は重く身体にのしかかってくる。
強い。
闘技場で戦った奴らよりも遥かに強い。俺の実力を優に超えている敵の攻撃を防ぐので精一杯で反撃に転じれない。
「おらぁ!」
腹部に鈍痛が走る。死角から盾で腹部を殴られた。腹痛により剣を防ぐ力が緩む。
マズイ
そう思った一瞬後、剣に込めていた力が緩む。とっさに後ろに下がるが、躱し切れず腹部の鎖帷子掠る。だが、ぬかるむ地面に足を取られる。
「隙ありぃ!」
脚を取られ、尻が地面に着いた俺に向かって更なる追撃を行う。剣戟を防ごうと剣を前に出す。
クソッ!
悪手だと分かりつつも衝撃に備え思わず目を瞑ってしまう。だが、衝撃は来ない。
「何してんだ、人間」
目を開け見上げるとそこには片腕を失いつつも、敵の背中から刺した剣を抜いているギルの姿があった。
「撤退イィィ!!」
「ッチ、アレをやる。撤退するぞ」
後方から聞こえるレイニィとギルの言葉を受け前方に目をやる。前方では矢を受けつつもアンジュと対峙するギガや、敵に押されつつもどうにかして凌いでいる仲間達の姿があった。仲間は押されつつも敵を引き連れ徐々に一か所に集まりつつある。
「ギガ! 一旦退くぞ!!」
「んあ!」
「クッソ、おいコラ、待ちやがれ!!」
レイニィの言葉を皮切りに戦闘を行っていたリザードマン達の約半数が戦闘を中断し、こちらに走ってくる。そして、残った仲間(魔法が得意なリザードマン、
ヤンの部隊と近接戦闘が行えるロイク、レイクの部隊計14人)は魔法によって敵を食い止める。俺自身もギガに指示を出し、アンジュの言葉を背中に受けながら撤退を始める。
「あいつらは?」
「・・・・・・足止めだ」
仲間たちを担ぎながら同じく撤退しているギガを確認しながらさらに後方にいる撤退しない仲間達について問う。ギルは歯を噛み締めながら答えた。
「・・・・・・そうか」
ある一定の距離を取り、再び足止めしている場所に目を向ける。足止めはある程度はできているものの、それを逃れた何人か野的がこちらに向かってきている。そして――
「
直後、湿地全体に響き渡るほどの幾重にも重なり不協和音となった叫び声が頭の中を駆け巡る。思わず耳を塞ぎながら前方に目をやると、足止めをしていた場所では、仲間や敵を問わず次々と糸が切れたように倒れていく。
「あれをやったのか」
振り向くと、そこには片目の眼球から血を流したズメウの姿があった。
「ええ、何とか」
死人を見つめる者達、唖然とする者たちにより、叫び声が鳴りやんだ戦場は一時の静寂に包まれる。だが、
「ギル、アキラ、やるぞ」
「ああ」
「はい」
再び戦闘音が戻ってきた戦場に向かう。敵は未だに残っているが、多くの者が戦意喪失しているのか膝を落とし呆然とする者や泣き叫ぶ者が少数に動揺している者半数。これならば数の差で殺れる。
「テメーら! なにぼさっとしてんだ!!」
戦場にアンジュの怒号が走る。アンジュは己の腕力に物を言わせながら大きな斧を振り回し、仲間を蹴散らしながら周囲に喝を入れている。また、そんな中でも彼女の少し離れた場所には斧によって胴体を裂かれ、あるいは骨を砕かれ吹き飛ばされた4人の仲間たちの死体が散らばる。
「てめぇらぁ! よくも仲間をぉぉ!!」
「ギガァ、いけぇ!!」
「ガァァァ!!」
新たな敵の攻撃を受けながら出した指示と共にギガ、ズメウが走り出す。ズメウがアンジュの攻撃の隙をつくり、ギガが拳を放つ。アンジュはそれを往なすが、ギガはともかくズメウの攻撃が素早く激しい為、アンジュは防戦一方だ。
「うぐっ・・・・・・」
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・あと何匹だ?」
剣戟を受け、ガラ空きになった体にギルが止めを刺す。ギルの左腕からはすでに血が出てはいないものの、ギルの様子は明らかに疲れが見える。
「後・・・・・・7人・・・・・・か」
眼前に目を移す。眼前には徐々に押されつつあるアンジュと1対多で敵を圧倒している仲間たちの姿、そして、アンジュに叱責されたにもかかわらず泣き叫ぶ者達数名。
「お前、腕大丈夫か?」
「ああ・・・・・・そのうち生えてくる。加勢に行くz」
「・・・・・・ギル?」
返事をしないギルに視線を向ける。視線の先にはギルはおらず、代わりに甲冑を纏った男がギルの背中から生える剣の柄を引き抜いている。
「ア゛ギラ゛ァァァ!!」
刹那、前方に一本の光が視界に映る。
「・・・・・・は?」
右手に違和感を感じ、視線を向ける。
「あぁ・・・・・・ああぁ・・・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!
認知することによって右腕の切断面から痛みを感じ始める。とてつもない痛み。切断された腕からはダクダクと血が流れており、その血によって地面が赤く染まっていく。
「ア゛ギラ゛ァァァァァ――あ゛・・・・・・あ゛ぁ」
甲冑の追撃の剣が振り下ろされる直前、甲冑の咆哮が途絶える。甲冑の首元からは剣が生え、甲冑の動きが剣を振り上げた状態で止まった。
「俺を・・・・・・忘れんじゃ・・・・・・ねぇよ・・・・・・」
甲冑はギルと共に倒れる。そして、その光景を最後に俺の意識も同時に途絶えた。
・・・
「・・・・・・ん・・・・・・キラさん!」
名前を呼ばれ、目を開ける。
「アキラさん!」
眼前には煌々と燃える松明に照らされる白い肌、白い髪の少女、アビーが映る。
「・・・・・・ここは?」
「アキラさん!!」
「おごっ!?」
ダイビングしてきたアビーを無抵抗の腹で受け止める。アビーは目元を濡らしながらこちらに満面の笑みを向ける。
「アビー・・・・・・俺、生きてるんだな」
「当たり前です! 私が治るまで死んでもらっては困ります!!」
「・・・・・・そうだな・・・・・・っつ!」
アビーを撫でようと右腕を持ち上げる。だが、右腕を切り落とされたのは現実だったようで切られた腕から痛みが走る。
「大丈夫・・・・・・ですか?」
「あ、ああ・・・・・・大丈夫だ」
痛みが走る中、無理に笑顔をアビーに向ける。だが、俺の感情を読み取ったのか、アビーは不安そうな表情になった。
「おかしいわね。ちゃんと治したはずだけど」
声の方向に目を向けると、そこには表情の優れないものの、優しく微笑むフルトの姿があった。切断面には包帯などが巻かれていないが、切断面の傷口は完全に塞がっているようで血の一滴も垂れてくる様子はない。
「治してくれたのか?」
「ええ、私とアビーちゃんがね」
「え? ・・・・・・お前、魔法使えるのか?」
「はい!
アビーは指を俺の頭に付けると、魔法を掛ける。すると、先ほどまで感じていた右腕の痛みが多少和らぐ。
「先越されちまったな」
「お役に立てましたか?」
「ああ、ありがとう」
今度は左手でアビーの頭を撫でる。アビーは表情を崩し、再び笑いかけた。撫でながら周囲を見渡すと、ここがアビーと俺の寝泊りしていた小屋という事が分かった。
「ところで、仲間はどうした? ギガは? ギルは? ズメウは?」
「あのオーガとズメウさんは無事よ・・・・・・族長は・・・・・・死んだわ」
「・・・・・・そうか」
恐らく甲冑の一撃が効いたのだろう。そんな死にかけの身体で俺を助けてくれたという事か。
「・・・・・・」
「・・・・・・外で葬儀をやっているわ。みんな集まってるから動けるなら来なさい」
そういってフルトは出て行った。
「・・・・・・クッソ」
他にも死んだに違いない。少なくともギルの他に
「・・・・・・アビー、俺行くわ」
「・・・・・・わ、私も行きます」
アビーを連れ、外に出る。外はすでに日が落ちており、戦闘の際の怒号や鳴き声はすっかり消え失せていた。
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