第29話 開戦

 またこの前の二の舞にならないだろうか。


 人間たちとの戦闘を考えると一抹の不安が頭をよぎる。人間の強さがどのくらい強いのか、ズメウや他のリザードマン達はその人間たちよりも強いのか。不安で仕方がない。だが、どちらにせよ誰かが死ぬことに変わりは無く、覚悟ができなければ足手まといになるだろう。


・・・


 フロッグマンの里に来てから6日目の朝。体調が良くならないアビーのために、非戦闘員のフロッグマンやリザードマンの手を借りて自生している薬効のあるものを入手し与えるが、未だに回復の兆しは見られないでいる。


「アビーちゃん、調子はどう?」


 いつもの様に日の出前に起き、朝食の魚の燻製と頼んでおいた果実に薬草を受け取り帰るとフルトがアビーに石の板を向けながらアビーの隣に座っていた。


「大丈夫です」


 アビーは頬を紅色に染めながらにっこりと笑う。言葉が通じるわけでは無いが、その表情から察したのか、フルトは柔和な笑みをアビーに向けた。


 俺たちに会いに来るのはズメウにレイニィ、フルトのみ。他は警戒している為か、自ら会いに来るものはいないのもあり、アビーと最も打ち解けているのは同性であるフルトだ。


「今日も早いな」

「ええ。もっといい薬草が手に入ればいいのだけれど」


 フルトはアビーの額を撫でる。アビーは撫でられたのが気持ちよかったのか表情をさらに崩した。


 アビーの体調は先述した通りあまり良くは無い。だが、持ってきた薬草のおかげか病状が回復はしないものの、悪化もしないでいる。


「魔法が効けばいいのだけれど」

「・・・・・・そうだな」


 アビーには魔法が効かない。どこまで効かないのかは検証してはいないものの、フルトが回復魔法を一通り試したが体が弱っているにも関わらず、まるで魔法を拒絶するかのように微塵も効かなかった。


「ほらアビー、飯だ」

「ありがとうございます」


 アビーの側に木の器に入っている細かく切った果実にすり潰した薬草を混ぜたものと水を置く。器の中の果実は元々鮮やかなオレンジ色だったが、薬草を入れたため、あまり美味そうでない緑色に変化している。


「・・・・・・はい」


 アビーはそれに難色を示すものの、自ら手に取りそれを食べ始める。一度俺も食ってみたが、果実で味を打ち消そうと頑張っては見たもののどんなに工夫してもその独特の苦みは取れず、二度と口にしたくない味であった。それを文句の一つも言わずに平らげるアビーの姿を見るに、彼女は見た目よりもはるかに芯の強い子供だろう。


「・・・・・・うぅ・・・・・・まずい」


 アビーが水で薬草を流し込む。眉間にしわが寄っているその表情からも分かるように、やはり相当酷い味なのだろう。


「ほら、口直しだ」

「ありがとうございます」


 アビーに薬草の入っていない果実と燻製の魚を差し出す。アビーは果実だけを受け取ると、それを口に流し込み始めた。


「アビーの体調はどうだ?」

「変わらずね。悪化はしていないけれど回復もしていない。安静にしているから多少は動けるだろうけど長距離の移動は何かしらの対策が必要かしら」


 燻製魚を齧りながらフルトに質問を投げかけるが、その回答は明るいものでは無い。


 近日中に人間たちがここに攻めてくるわけだが、それを撃退した後の事を考えるとここからの移住は必須だろう。その際、共に移動することを考えると今のアビーには負担がかかりすぎる。


「ずっと背負うわけにもいかねぇしなぁ。どう連れて行こうか・・・・・・」


 ギガとここまで来るのでも移動と食糧確保を同時にやってのけるのはきつかった。それがこの大勢の移動となると必然的に食糧確保がより困難となる。その上仮に背負って移動できたとしても、雨や日光に何日もさらされる場合もあり、今のアビーでは荷馬車でもないと移動は困難を極めるだろう。


「私は置いて行ってください。皆さんの邪魔にはなりたくありません」


 果実を食べ終えたアビーは真剣な眼差しをこちらへ向ける。


 フルトと会わせてからこの6日間、体調は良くならないものの、精神面では良くなっているようで、以前は何かに怯えながら暮らしていたが、今ははっきりと意見を言うようになった。


「アビーちゃんなんて言ったの?」

「足引っ張るから置いてけってさ」

「・・・・・・はぁ」


 アビーは溜息を吐き出す。そんな中でもアビーの眼差しは衰えず、しっかりとこちらへと向けられている。その眼差と一文字に結ばれた口しからも彼女の決意は固い事が伺える。


「無理やりにでも連れてくって伝えて」

「フルトはお前を連れてくってさ」

「でも・・・・・・私がいたら邪魔になります」

「そんなこと言ったらここに住むガキどもはどうなる。そいつらも荷物になるぞ」

「で、でも・・・・・・」

「それに俺も治るまでは診るっていったしな。自立できるまでは世話をするからな。それとも何か? 命の恩人のいう事を聞けないのか?」

「・・・・・・」


 アビーは押し黙る。正直、あまり恩とかを押し売りたくはないが、この際は仕方がないだろう。


「それに、置いてくとフルトが何言いだすか分からないしな」

「当たり前よ。 誰か一人を置いて行かなきゃいけないならあなた一択よ」

「おおぅ・・・・・・ま、ともかくこいつもお前を連れてくって言ってるし、残れると思うなよ」


 フルトの回答に少し凹みつつ、言葉を続ける。アビーは一文字に結んだ口を緩めると、少し残念そうな、しかし安心した表情に変化させた。


「アキラぁ、アビーの調子はどうだぁ?」


 再び朝食を食べ進めていると入口からズメウがやってくる。


「あ、ズメウさん。おはようございます」

「お、フルトもいたのか。おはよう」


 ズメウは立ち上がり頭を下げるフルトとアビーに軽く手を振る。アビーはまだズメウに慣れていないらしく、少し緊張した面持ちで頭を下げた。


「で、何の話をしていたんだ?」

「移住の話だよ。アビーの体調が良くならないと厳しいかなって」

「そうか、今のままじゃきついもんなぁ」

「・・・・・・すみません」


 ズメウは顔を掻きながらアビーに視線を向ける。アビーは言っている言葉を察したらしく、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いやいや、アビーのせいじゃないっぺよぉ」


 そんなアビーの反応を見て、ズメウは慌てて言葉を訂正する。何を言おうがズメウの言葉をアビーは理解できないが。


「ま、今悩んでも仕方がない。とりあえずは目の前にある難敵を何とかしよう。ズメウ、剣の稽古を頼む」

「うーん・・・・・・あれ使うかなぁ」

「ズメウ?」


 ズメウはボソボソとなにかを呟き、そして何かを決断する。


「フルト、これを受け取ってくれ」


 そういうと、ズメウは首にかけた細いチェーンを皮鎧と胸元の間から引っ張り出す。皮鎧の間に挟まれたチェーンの先には黒い宝石のはめ込まれた金色の指輪が掛けられていた。


「なんだそれは?」

「これか? 簡単に言えば転移魔法の付与されている魔法具マジックアイテムだ。ま、使うには祠に行かなきゃいけないし、一回こっきりしか使えないけどな」

「転移? どこに飛ばされるんだ?」

「それは行けばわかる」


 転移魔法か。おそらくテレポーテーションみたいなものだろう。規模にもよるがそれを使えばアビーの負担も軽くなり、この大人数でも楽に移動できるだろう。


 ズメウは指輪をチェーンごとフルトに渡す。フルトは仰々しく受け取った。


「ありがとうございます。しかし、なんで私なんですか? こういうのはギルさんとかレイニィさんとかもっと受け取るべき人がいると思うんですけど」

「いや、ギルは少し不安だからな。あいつ族長になってからずっと気を張ってるから危ういんだよ。レイニィ達とはうまくやってるけどアキラとは仲良くなさそうだし。それにフルト、お前ならアキラとアビーとも仲がいいし、非戦闘員だから今回の戦闘で死ぬ可能性も低いから安心して任せれるんだよ。それに人間と戦おうっていうこの現状で人間と仲良くできるお前は結構大物だぜ?」

「そう・・・・・・ですか?」


 ズメウはフルトを見ながらニヤリと口角を上げる。だが、フルトはそんなつもりはなかったのか、首を傾げつつも指輪を首から下げた。


「俺も死ぬかもしれないしな」

「縁起でもない事言わないでください!」


 ズメウは笑いながら言うが、正直笑えない。これから行われるのは殺し合いだ。それがどんな結果を示そうが、誰かが死ぬことには変わりない。そして、ブレイブのような大きな力を持つ者が来た時、また以前の二の前になる可能性も否めない。


「そんな暗い顔すんなって。俺が強いのはフルトもアキラも知ってるだろ?」

「そう・・・・・・だな」


 軽く笑う。引きつった笑いだったかもしれない。そんな俺を見て、ズメウは俺の背中を強く叩いた。


「さって、稽古すっかぁ」

「そうだな。フルト、アビーを頼む」

「ええ、任されたわ」

「が、頑張ってください」


 軽く手を振り小屋をでると、小屋の外から一匹のリザードマンとフロッグマンがこちらに近づいてきた。


「どうした?」

「人間が来ました」

「すぐに行く」


・・・


 ズメウと俺は小屋に来たリザードマンと共に集落の外回りにある小屋の一つに入る。ギガを連れて行こうとしたが、まだ攻められていない現状、そういったあからさまな動きは相手に怪しまれる可能性があるため、集会を行った建物の前に待たせた。小屋の中には集会で会ったリザードマンとフロッグマンがいる。


「ギーク、状況はどうなっている?」

「現在、敵は草陰に隠れています。様子見といった所でしょうか」


 小屋の中にいるフロッグマン、ギークにズメウは問いかける。レイニィはズメウの方に振り返らずに小屋の壁を睨み付けながら言葉を続ける。


「数は・・・・・・30程か? ・・・・・・そうか、分かった。どうやら敵は前方の草陰に隠れている者どものみですね」


 ギークは仄かに青く光る眼を細めながら人間でいう耳の部分に手を当てる。これはレイニィ達の魔法、千里眼クリアサイト念話テレパスだ。二つとも言葉の通り、遠くの景色を見る魔法と遠くの者と会話する魔法だ。


「ズメウさん、どうします? こちらから攻めますか?」

「いや、相手の出方を伺おう」


 ズメウの言葉でその場の空気がさらに引き締まる。額からはいつの間にかにじみ出た汗が床に染みを作る。手をの柄に這わせ、その存在を確かめる。


「・・・・・・動いた。敵は草陰に紛れながら移動中。もうすぐこちらに来る」

「俺たちも準備するか。アキラ、ギガを連れてきてくれ。ギークはこのまま監視をしつつ、この現状を皆に伝えてくれ」

「分かりました。・・・・・・レイニィさん、敵が来ました。数は――」


 ギークは小屋の壁を見ながら再び一人で話し始める。俺はズメウと共にギガの元に向かった。


・・・


 ギガを連れ、戦闘の前線になるであろう場所の手前、南の敵の隠れている草陰の直線状にある小屋に着く。この一帯は湿地から背の高い草が生える草原に環境が切り替わる場所だ。魔法を使っていない俺ではこちらから見ても敵である人間たちの姿は確認できない。


 周囲には既にほかのリザードマンとフロッグマン達が居り、お互いに強化魔法や道具の確認などをしている。


「気ぃ、引き締めないとな」

「そうだナ」


 俺もズメウに強化魔法を掛けてもらいつつ、前方の草陰を睨み付ける。武器の切れ味は良行。背中に背負った矢の本数も潤沢だ。ギガも鉄製のガントレットを嵌めており、更に強化魔法により上げられた筋力によってその腕の一振りは凄まじいものになっている。


 息を吸い、吐く。今にも逃げ出したい心情を抑え込みながら目の前を見据える。手のひらはじっとりと汗でぬれ、身体全身が緊張しているのが分かる。


「・・・・・・! 何か来たぞ」


 誰かが言った言葉の方向に視線を移動させる。


「アキラァァァァァァ!!」


 前方から全身に甲冑を纏った人間がその甲冑の重さを感じさせない凄まじいスピードで俺との間合いを詰る。


「邪魔だぁ!!」


2人のリザードマンが甲冑に対して切りかかろうとするが、甲冑はそれをいともたやすく右手に持つ剣と左手に持つ盾でで受けきると、即座にリザードマンを切り捨てる。


 そして、甲冑は俺の眼前に来ると、その右手に持つ剣で俺に向かって切りかかった。

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