第28話 幻影を追う者

 生まれてこの方、自国の国王に仕えてきた。


 話を聞くにギルドの者たちは無秩序でその日暮らしが主たと聞く。そんな彼らに規律を重んじていた私は適応することができるだろうか。


・・・

――明朝。


 グラント王国の南に位置するアブセント王国の城内にある訓練場のグラウンドでは静寂を突き破るように金属のぶつかる音が鳴り響いている。


「アンジュ殿、チェックだ」


 太陽の光を吸収し、夜な夜な輝く光の宝珠ライトパールで照らされるグラウンドの中心で、私は地面に伏したアンジュの首元に鈍の訓練用の剣を突きつける。目の前のアンジュは悔しそうに歯を噛み締めながら向けられた剣を睨み付ける。


「・・・・・・ッチ、やっぱつええな、ルブレール」

「だが、ブレイブ君はもっと強かったぞ」


 私は悔しさを噛み殺しながら答える。だが、恐らく表情を隠しきれてないだろう。


 自分からブレイブの名前を出したものの、未だにショックは拭えない為、どうしてもこうなってしまう。


「・・・・・・それもそうだな。それに奴はブレイブよりも強いんだろ?」

「恐らくは、な」

「そんな奴に・・・・・・勝てるのか?」


 当然の疑問がアンジュの口から出る。今、自分たちが倒そうとしている相手、アキラは恐らくブレイブと同等の力かそれ以上、良くても奇襲を成功できるほどの力の持ち主だ。ブレイブというこの国で最も強いと言われている人間を屠った男と戦うとなるとかなりの覚悟が必要になるだろう。


「勝機があるとすれば魔法だ。推測が正しければ奴は魔法が不得意なはず。そこを突けば何とかいけるやもしれん」

「それもそうか。私は魔法はからっきしだが、あんたがいれば何とかなるかもな」


 アンジュは快活な笑みを見せる。決して本心からは笑っていないと分かるものだが、それでも少しは元気づけられる。


「それで、クエスト情報は本当なのか?」

「ここまで来てまだ言うか? 北の湿地にオーガは確かにいるって話だが、奴がいるかは分からないって」

「ううむ・・・・・・」


 アンジュはうんざりだと言わんばかりに溜息をつく。


 今回、私がこの国に来たのは、北の湿地に住むフロッグマン達の討伐に行くというのが外面的な目的だ。だがその実はその目的とは異なる。この国に来た本来の目的はフロッグマンの住む湿地にブレイブの仇、アキラがいるかもしれないからだ。


 この情報はアンジュから聞き、ギルド・龍の巣でも確認を取ったものだが、3日前にアブセント王国の北、グラント王国の南に位置するイーブルグ湿地にフロッグマンの群れとリザードマンの群れが発見されたそうだ。今のところ被害は出ていないもののその数から危険性は高く、対象の数も多い為、グラント王国にも討伐依頼が来た。


 そして、その討伐対象の中にオーガが1匹含まれている。


 オーガは通常群れずに暮らす。他種族と共存しているという情報はかの魔王が統治していた国以外には聞いたことが無い。そして、ブレイブが死んだ晩、アキラが脱走の際に連れ去られたオーガの可能性を孕んでいると判断したため、私とアンジュはここ、アブセント王国に来ている。


「正直、線は薄いぞ?」


 アンジュは立ち上がり、身体についた土ぼこりを払う。


「そもそもオーガに連れ去られたんだろ? それだったら奴がそのオーガを殺しているか、オーガに食われてるかって考えるのが普通だ。流石に考えすぎじゃないか?」


 私はアンジュの攻撃を何度も受けた剣を地面に突き刺し、柄から手を離す。手の平はピリピリと痺れが残っており、手合せの後でもアンジュの攻撃の重さがしっかりと伺える。


「確かに考えすぎだというのは最もだ。奴がオーガといると考えるのはおかしいと言われても否定はせん。だが、あの日からグラントから徒歩で移動するとしたらよほど急がない限りあの湿地に着く頃だろう」


 私は剣を握っていた手を振るう。痺れはじんわりと和らぐものの、完全には取れない。


 重い攻撃だ。流石はドワーフといった所か。彼女の腕力ならオーガにも引けを取らないだろう。


「それに今は無理にでも動きたいんだよ。何かしていないと自分が潰れそうになるんだ・・・・・・私は弱い人間だな」


 神妙な顔つきを見せるアンジュに軽く笑ってみせるが、その表情は変わらない。


「・・・・・・そっか。それもそうだな。可能性があるんなら行動しないとだな」


 アンジュは笑うが表情は暗い。私もこんな風に笑っていたのだろうか。


 空を見上げると空は明らみ始めており、周囲からは朝日と共になく鳥、ヘンルースターの鳴き声が響き渡る。


「そろそろ行こうか。この国の兵士の方々が来る時間だ。それに腹も減ったしな」


 地面に刺した剣を引き抜き、それを元あった場所に片づける。城を出る頃には人々が活動を始めたのか、国全体が騒がしい喧噪に包まれてた。


・・・


 太陽が真上に向かおうとする頃、朝食を終えた私たちはアブセント王国にあるギルド・龍の巣の中の一室に来ていた。


 広い部屋の中にはいくつもの長机とその周りを囲むように椅子が置いてあり、そこには今回のフロッグマンとリザードマンの討伐クエストに行く者たち約30人が集まっている。アンジュ曰く、この部屋は個室ではあるもののギルドに所属している者なら自由に使える部屋らしく、今日の様に大人数でこなすクエストの説明の時は貸し切るものの、普段はギルドで報酬などの受け取りの際、待ち時間などができた時に使われるスペースだそうだ。


 30人はそれぞれ4~5人ほどのグループに固まっており、皆と離れたところに座っている初老の牧師服を着た男と私とアンジュ以外には少人数の者たちは他におらず、皆、私やその男に向けて奇怪な視線を送っている。


 グラント王国とアブセント王国は同盟関係にあり、ギルド・龍の巣には両国の国民が登録されている。その為、集まった中には私のようなグラント王国の者も幾人かみられる。


「では今回のクエストについて何か質問がある方はいますか?」


 集まった人々の前にはギルドの職員の女性が今回のクエストの内容を話し終え、目の前の机に座る屈強な男やアンジュ達を見渡す。


 クエストの内容は単純だ。北の湿地にフロッグマンとリザードマン達の住処を見つけた。国の付近にある湿地という事もあり、被害が出る前に討伐してほしいとのこと。


「その中にオーガがいるってのは本当なのか?」


 アンジュは職員に向かって質問を投げかける。職員は手に持っている羊皮紙を確認した後、期待に満ちた顔で言葉を返す。


「ええ、そう報告を受けております。とはいってもオーガは1匹。攻撃さえ当たらなければ対処可能な相手と思いますので、皆さんの腕ならば気を付けていれば問題ないとの判断だそうです」

「そこに男のエルフがいるっていう情報は無いか?」

「エルフ・・・・・・ですか?」


 職員は再び手にしている羊皮紙に目を落とす。


「えー・・・・・・特にそういった情報はありませんね・・・・・・うん、今のところは無いですね」


 今度は羊皮紙に目を落としながら答える。目線は羊皮紙の文字を追っている為か右往左往しており、今ある情報には載っていない事を実感させられる。


「そうか、変な事を聞いてすまないね」

「いえ、それが私たちの仕事ですので。他に何かありますか?」


 職員は質問を促すが大半を説明し終えた後だった為、質問をしようというものはいない。


「無いようなのでこれで今回のクエストについての詳細説明は終わりです。ギルド職員一同、皆さまのご武運を祈っております」


そういうと、職員は踵を返して出て行った。


 職員が出ていくと、周囲は次第に騒がしくなり始める。今回集まったのはクエストの詳細を聞く為もあるが、最も大きな部分はギルドの面々との交流だ。それを証明するかのように周囲ではチームのリーダーらしき者たちが集まろうとしている。


「アンジュ殿、行ってくれないか?」

「ん~、いっつもソロでやってるからこういうの分かんないんだよなぁ」


 ギルドの事について細部まで知らない私はアンジュに頼むと、アンジュは険しい顔をしつつもリーダーらしき者たちの輪に入っていった。


「さて、どうするか」


 一人になった私は周囲を見渡す。周囲の人々のほとんどは同じチームの者となにか話しており、中にはその輪から別のチームのところに行く者も見られるが、そうする者たちの仕草から顔見知りという事が伺える。


「私も交流したいのだが」


 普段から規律を重んじて行動しているせいか、はたまた年齢の差から出るものなのか、どうにもああいうざっくばらんとした輪には入りづらい。


 誰か話せるものはいないか周囲を見渡すと、初老の牧師服を着た男が動こうとせずに座っているのが見えた。見たところ、年齢は向こうの方が少し上の様にも感じるが、他の者たちよりも話しやすそうだ。


「すまない、隣に座っても?」

「・・・・・・あ、ああ」


 私が声を掛けると男はしわがれた声で反応する。その動作には落ち着きはあるものの、その視線は虚空に向けられている。


「私はルブレール・グラディウス。グラント王国の者だ。よろしく」

「ああ、よろしく・・・・・・ルブレール・・・・・・お主は騎士団長のルブレールか?」

「ああ、よく知っているな」


 椅子に座り、自己紹介をする。男は相変わらず焦点の合わないような視線をこちらに送りながら返事を返す。


「そうか、ルブレールか。本人を見るのは初めてだな。私はクルトンだ」


 男はニコリとこちらに微笑みかけてくる。だが、その笑みはどこか引きつったもので、痛々しいものだ。見ていられない。


「・・・・・・何かあったのか?」


 その表情は見ていられないものだ。だが、どこか現在の自分と重なって見えるように感じてしまう。そして何かを感じたせいか、自分でも気づかないうちにフッと言葉が吐き出された。


「まぁ、いろいろとあってな」


 だが、そんな私の言葉にも全く動じることもなくクルトンはまるで息を吐き出すかのように答えた。


「そうか、不躾な事を聞いてすまなかった。ところでクルトン殿はこういったクエストにいった事はあるのか?」

「まぁ・・・・・・そうだな。あるにはある」


 クルトンは曖昧に答える。いったいどういう事なのだろか。気になるが、触れないほうがいいだろう。


「ルブレール、お主は何故このクエストを?」

「・・・・・・人を探していてな」

「そうか」


 クルトンは気を使ってくれたのか、深く聞こうともせずに話を終わらせた。


「クルトン殿は?」

「私か・・・・・・私は探し物をしていてな」


 クルトンはそれ以上何かを言おうとせずに口を閉ざした。聞くなという事か。


「そうか、見つかるといいな」

「ああ、そうだな」

「ところで――」

「お、おいあんた! あんたあいつの仲間なんだろ!? 助けてくれ!!」


 クルトンに話しかけたところで若い男が私の肩を叩く。


「どうしたん・・・・・・はぁ」


 若い男の方に振り向くと、その向こうには一人の男の手を握りしめるアンジュの姿があった。


「いだだだだあぁぁ! わかった! 悪かった! 許してくれ!!」


 にっこりと笑うアンジュの額には薄らと青い血管の筋が浮き出ており、対する男は全身からダラダラと汗を流しながら握られた手を必死に解こうとしている。


「あ゛あ゛!? 人を馬鹿にしておいておいて何言ってんだ!?」


 アンジュは笑顔から一転、まるで鬼のような顔に表情を変化させる。恐らくは身長か何かを馬鹿にされたのだろう。


「アンジュ殿、放してあげてはどうだ? 彼も反省している事だ。それにこれから共に戦う仲間に対して失礼だぞ?」

「・・・・・・はぁ、分かったよ」


 私の言葉を聞き入れてくれたアンジュは若い男の手を離した。男の手は何度も剣を握ったであろうごつごつした硬いものだったが、真っ赤に充血しておりアンジュに力負けしているのが明白だ。


「皆、すまなかった」

「・・・・・・ッチ、悪かったよ」


 軽く頭を下げる。横ではアンジュが不貞腐れているが、やりすぎたと思っているのか一応は謝罪の言葉を述べた。


「いいよいいよ。見たところうちのリーダーも悪かったみたいだし。あたしはこいつのチームのベルって言うんだ。これからよろしくね」


 ベルと名乗った赤い髪を肩口で切った女が、アンジュを睨み付ける手を握りつぶされかけた男の肩を押しのけながら顔の前に手を出し、軽い謝罪をしてきた。


「いいよ。私も悪かったし。私はアンジュ。よろしくね」

「私はルブレールだ。これからよろしく頼む」

「え? アンジュって、あのアンジュか?」

「あの怪力アンジュだろ? そりゃ力勝負じゃ勝てないわけだ」

「ドワーフって意外とちっさ・・・・・・ひっ!」


 アンジュに続き自己紹介を簡単に済ます。するとアンジュの名前に反応した者たちが次々とアンジュに関する情報や二つ名を離し始めた。


 中には馬鹿にはしていないものの、アンジュの身長に関していう者もいたが、アンジュが一睨みすると押し黙った。


「・・・・・・はぁ」


 性格に難あり・・・・・・だな。


 今後、この性格のアンジュと共にこの者たちと行動することを考え、ため息を吐きだした。

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