第27話 フルト

 フルト、不思議な奴だ。


 人間である俺に臆せず話しかけ、警戒心はあるもののしっかりと話は聞く。お人よしとは少し違う、ガックやアレイジばあちゃんとも。だが、優しいリザードマンだ。


・・・


 結論から言うと移動は何事もなく終わった。


 ズメウやギルが言うには移動の際には獣か人間か、判断はできなかったが何者かがいる気配を感じていたらしい。


 そして、問題は・・・・・・


「アキラ、その人間大丈夫?」

「・・・・・・ひっ!」


 フルトが俺へと話しかけると、背中のアビーが小さな悲鳴を上げた。


「アビー、そうビビるなって。取って食ったりしないさ」

「す、すみません」


 アビーは小さな声で謝る。相変わらず少し息苦しそうな様子の彼女からは少し高い彼女の体温と汗がじっとりと俺の背を濡らしていた。


 現在、フロッグマンの集落に移動している俺の姿は人間のそれに戻っている。アビーの能力について移動中に色々と検証してみた結果、どうやらアビーと俺が接触している状態では俺の特殊能力が使えなくなるらしい。現に今、俺の耳は人間のそれに戻っており、猪の豪脚タスカーズレッグ も発動できないでいる。


「すまんフルト、人間以外には慣れていないんだ」

「別にいいわよ。気にしてないから」


 フルトは鮮やかな青色の鱗を日の光に反射させながらため息を吐く。


 ここに住むリザードマンの鱗は緑や茶色もあるが、基本的に青系統の色で、青から黒色の間の色の鱗に覆われていることが多い。特にオスのリザードマンの鱗は黒に近く、メスのリザードマンは青に近い。


 移動の際、リザードマン達の鱗は色々とみてきたが、その中でも彼女の鱗は最も鮮やかな色をしているように思える。


「あと少しか」

「ええ、もう着くと思うわよ」

「にしても、綺麗な色をしてるな」

「へ?」

「鱗だよ。綺麗な青色だなって」


 フルトはキョトンと目を見開く。彼女の瞳孔は日の光を浴びているにもかかわらず、より小さなものになった。


「・・・・・・なんか変なこと言ったか?」

「い、いえ、別に」


 フルトはうわずった声で答える。もしかしたらまずい事を言ったか? リザードマンの文化などは知らないが、鱗を褒めるのは不味いのだろうか?


 俺が謝ろうか迷っていると、フルトが首を左右に振った後、大きなため息をつき、話を再開させる。


「ま、まぁ、いいわ。で、その人間大丈夫なの? 苦しそうだけど」


 背中からはアビーが小刻みに震えているのを感じる。一応、行く前、アビーを起こしてズメウに会わせたのだが、それ以来アビーは震えっぱなしだ。


 無理もないか。


 相手は巨大なトカゲにその倍以上のカエルだ。少女である彼女にビビるなと言うほうが難しい。


「人間には慣れているっぽいけど、リザードマンとかフロッグマンとか、デカくて怖がってんだ。特にギルとか威圧感すごいし、俺でも怖えよ」

「……私に言わせてみれば人間のほうが怖いと思うけど」

「なんか変なこと言ったか?」

「いいえ、別に」


 フルトは顔をそむけながらぶっきらぼうに言い放つ。何か悪いことでも言ったのだろうか。


・・・


「……ありがとうございます」


 まだ日のあるうちにフロッグマン達の集落に到着した俺は、集落にある小屋の一つを借りアビーを寝かせる。フロッグマンたちの集落はリザードマンたちと協力関係にいるためか、部屋の造りが大きい、寝るであろう場所に土が積まれているという2点を除いてリザードマン達の住んでいたところとほぼ変わらない造りになっている。


「お前大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です」


 アビーの顔はそういいながらも赤く、息苦しそうにしている。咳はないものの、一向に熱が下がる気配がない。


「とにかく寝てろ。腹が減ったらこれを食うんだ。絶対無理すんなよ?」

「……はい」


 寝ているアビーの前に果実をいくつかと汲んできた水を置く。アビーは俺の忠告に寂しげに頷いた。


「・・・・・・あの」

「なんだ?」


 ズメウやレイニィのところに行こうと立ち上がると、アビーがこちらへ話しかけてくる。


「どうして私を助けてくれたんですか?」

「どうして・・・・・・」


 助けた理由、か。


 正直、アビーを助けたのは気まぐれに近い。そもそも人を故意に殺したころのある俺にそんな資格は無い。そう俺自身、思っている。今現在も、俺は拾った責任として世話をしているだけで、これといった感情無い。無いはずだ。


 アビーに視線を移す。捨てられるとでも思っているのか、アビーはこちらを不安げに凝視している。アビーの視線に耐えきれず、視線を外してしまう。


「えと・・・・・・わっかんねぇ。なんでだろ」


 思わず言葉を濁してしまう。頭をガシガシと掻きながら、アビーの様子を伺うと、アビーは少し寂しそうな顔をしていた。


「・・・・・・悪い。でも、最低でもお前が治るまではしっかりと診るつもりだ。見殺しなんかにはしないからそこは安心してくれ」

「・・・・・・」

「アキラ、入るわよ?」


 アビーとの関係の悪化をひしひしと感じている中、入口からフルトが入ってくる。


「ひっ!」

「よぉ、どうした?」


 相反する俺たちの反応にフルトは溜息を一つ吐きだす。やはり、いくら相手が人間とはいえここまで怖がられるのはショックなのだろう。


「ズメウさんたちが呼んでるわよ」

「そうか、わざわざありがとな」

「いえ、べつに。私達と共闘してくれるっていうんだから、それなりのサポートくらいはするわよ」


 フルトは優しげに笑う。やはりというか、彼女はリザードマンの中でも特別好感のもてる奴だ。移動中だってこいつとズメウ、レイニィ以外は誰一人として話しかけなかった。


「で、その人間をどうするつもりなの? また連れて行くの?」

「まぁ、そうだな。どうするアビー? 俺は少しズメウ達のところに行くけど、来るか?」 

「・・・・・・」


 俺の問いに、アビーは何も言わない。だが、その表情はひどく迷っているものだ。付いて行くにしても行かないにしても、リザードマン達に会うか、一人になるか、あまりいい選択肢ではないからだろう。


「どうしたものか」


 正直アビーの場合、容体が急変した時に近くに誰かがいないと危険な可能性がある。とはいっても、ギルやフロッグマン達に会わせるのも精神的に悪い。


「私が見てようか?」

「え?」


 フルトの提案に思わず間の抜けた声を上げてしまう。


「確かにあなたが思っている通り、この子を、人間とはいえほっとけないわ」

「・・・・・・いいのか? 相手は人間だぞ?」

「いい加減慣れたわ。それにいつまでも嫌われていたくはないしね」


 フルトは涼しげな顔で答える。やはり、いい奴だ。


「それじゃ、アビーの世話を任せてもいいか? 」

「ええ、いいわよ」

「アビー、フルトに面倒を見てもらってもいいか?」

「・・・・・・」


 アビーは答えない。断りはしていないものの、行ってほしくないのだろう。その証拠にアビーの目の端には涙が溜まり始めている。


「うーん、どうしたもんか・・・・・・あ」


 俺はふとあることを思い出す。


「アビーってイギリス人だよな?」

「は、はい」

「文字の読み書きはできるか?」

「はい、できます」


 アビーは不思議そうにこちらを見る。何を言っているのか理解できないでいるようだ。


 俺はアビーを一旦無視し、フルトに話を振る。


「お前は文字の読み書きはできるか?」

「え、ええ。ズメウさんから教わっています」

「何か書く物はないか?」

「えーっとぉ・・・・・・少し待って」


 フルトは外に出ていき、すぐに顔ぐらいある黒い石の板と白い石を幾つか持ってきた。当たり前だが、紙のような物は無いようだ。


「これでいい?」

「ああ、なにか言葉を書いてくれないか?」

「なにかって、何を?」

「うーん、自己紹介・・・・・・で、いいか」


 俺の言葉にフルトはスラスラと俺の知る英語で自身の名前を書いていく。


「これでいいの?」

「ああ、ありがとう」


 フルトから石の板を受け取ると、念のためそれをアビーに見せる。


「これ、読めるか?」

「は、はい。読めます」

「なら、アビーはフルトと筆談していてくれ。いつまでも怖がっていちゃ失礼だしな」

「えぇ・・・・・・」

「大丈夫、フルトはこんなだけどいい奴だから」

「こんなって何よ!」


 フルトに威嚇されつつ、アビーの頭を撫でる。アビーは不安そうだが、コクリと頷き仕方なくそれを了承した。


「しっかし、暑いな」

「そりゃ、そんなの出してれば暑いわよ」


 入口に立つ俺の身体をフルトは一瞥する。俺の体の周囲には昨日とは違い、うっすらと黒い煙が舞っている。視界を遮ってはいないものの、煙は黒いため、太陽の光をよく吸収し、熱をこもらせているためか非常に暑い。


「仕方ないだろ。こういう体質なんだから」

「不憫な体ね」

「うっせぇ。じゃ、アビーをよろしく頼む」


 俺はフルトとアビーを置いて小屋を出る。外はすでに日が傾いているが、その熱気は未だに俺の身体に熱を与えるに十分な光量が発されている。


 周囲ではリザードマンとフロッグマンがそれぞれ忙しなく動いており、移動した際の生活の準備などを行っている。


 ズメウ達のいる建物につく。建物はリザードマン達の集会を行った建物と同じ造りだ。だが、やはりフロッグマンの体格に合わせている為か、部屋の造りが2倍ほど広い。


「入るぞ」


 建物の前に座っているギガを横目に建物に入ると中にはレイニィをはじめとしたフロッグマン5人、ギルを含めたリザードマン4人、そしてズメウが円形に座っている。


「おおアキラ、ここに座れ」


 ズメウに促され横に座る。皆の円の中心には黒い石の板が置かれており、そこには白い石膏のような何かで周囲の簡易的な地図が描かれていた。紙などが無いここではこういった自然のものが紙やペンの代わりに使われれるようだ。


「さて、アキラも来たわけだし、作戦会議と行こうか。他は顔見知りだが、アキラもいることだし自己紹介を頼む」

「バグーダ・ジァイスだ」

「フェン・エネック」

「グレンベル・バークです」

「ヤン・イヴォンよ」

「・・・・・・ギルビー・ジャシャ」

「ロイク・パージェスっす」

「レイク・パージェスっす」

「ギーク・コーパスでーす」

「ディルク・レフィですわ」

「グレイビィ・ラダーです」

「レイニィ・ラダーだ」

「そんで俺、ズメウだ」


 ズメウの言葉を切り口にリザードマン、フロッグマンの順に次々に名前を口にしていく。特徴は右から大きいの、緑色、顔に傷、メス、ギル、真っ青、同じく真っ青、小さいの、ピンクのメス、レイニィと同じ赤、レイニィ、そしてズメウ。


 バグーダは大きいのとはいっても2mを超えるくらいでフロッグマンと比べれば小さく、ギークは小さいとはいっても2.5mはあるだろう。同じ苗字? の奴らもいるが家族や兄弟という事でいいのだろうか。


 正直、こんな一気に言われても覚えらんねぇよ。


「ズメウにはなんかちゃんとした名前は無いのか?」

「・・・・・・長いぞ?」


 ギルでさえギルビーという本名があるのにズメウが無いのを不思議に思いズメウに問うと、ズメウはニヤリとこちらに顔に向ける。


「気になるから教えてくれよ」

「いいだろう」


 ズメウは仰々しく咳払いすると顔を上に挙げ、人差し指を天井へピンと立てる。


「ドラーケ・サルコテアアラム・アルジンツァン・アウラール・イレイアナ・ズブルーチャ・ギ・ルーマン・ズメウ。これが俺の名前だ」


 長い。


 この上なく長い。


 これ、ピカソの本名ぐらいあるんじゃないか?


「で、俺の名前言えるか?」


 ズメウは言い終わるとニヤニヤと口元を歪めながら問いかける。なんなんだこいつ。


「え、えっと・・・・・・ど、ドラーケ・サルコテアム・・・・・・無理だ」

「な、俺の場合言っても意味ないから言わないだけだ。それにズメウで通じるからな」

「ズメウ殿、自己紹介も終わったことだしさっそく作戦を話し合おうじゃないか」


 話も一段落し、レイニィが話を進める。


「それで、こいつらはなんなんだ?」

「彼らはリザードマンと我々フロッグマンの部隊長と族長達。部隊長はそれぞれ4、5人の部隊を引き連れている。基本的にリザードマンは近接戦闘、我々は魔法が主となる攻撃方法だが、ヤン殿の部隊は魔法攻撃がメイン、ロイクとレイクの部隊は近接戦闘が行える者たちだ」

「武器は何がある?」

「希望があれば作ろう。お主は知らないかもしれないが、我々は土魔法も得意だからな」

「? どういうことだ?」


 レイニィの言葉が分からず、ズメウに小声で話しかける。


「土魔法で鉄を錬成するんだ。イメージ的には小さな鉄を集めて固める感じか? 鉄の火で作るより練度は落ちるがそれなりのものができるぞ」


 魔法で武器までできるとは。使えるものなら使ってみたいものだ。


「してアキラ、他に質問は?」

「とりあえずはこれでいい。話を進めてくれ」


 ひとまずは聞きたいことを聞き終えた俺はレイニィ達の作戦に耳を傾ける。


 作戦はざっくりと言えば奇襲だ。集落の外周の小屋に潜み、来たところを狩るというもの。集落に被害を出したくないという意見も出たが、現在集落の周囲にどれだけの人間が潜んでいるかも分からない現状、そこに潜伏することは難しく、また敵がいつ来るか分からないため補給などがしやすいこの場所で迎え撃つことになった。


 また、どうやらこの中で最も強いのはズメウ、次点でギガという事が話で分かった。


 俺は最後に弓と矢、手ごろな剣とギガ用の何か装備を依頼した。


 作戦会議が終わるころには日はすでにとっぷりと暮れており、周囲は静寂に包まれていた。


「あら、お帰りなさい」


 小屋に戻ると、フルトがアビーを膝の上に乗せながら俺を迎え入れる。アビーはすっかりフルトに慣れたのか、フルトに撫でられながら安心した顔で眠っている。


「まだ寝ていなかったのか?」

「ええ、話が弾んじゃって」


 フルトの側には石の板が置かれており、そこには何度も消しては書いたのか、石の板の正面はうっすらと白くい粉が付いている。よく見ればアビーとフルトの手には石の板についているものと同じ白い粉がしっかりと付着していた。


「・・・・・・随分と仲良くなったんだな」

「ええ、おかげさまでね・・・・・・人間とリザードマンが仲良くするのはそんなに面白い?」


 思わず緩みそうになる頬をできるだけ抑えたつもりだったが、表情に出ていたようだ。


「いや、なんだか懐かしくてな」

「懐かしい?」

「ズメウに聞いてないのか。俺は昔、ゴブリンと共に暮らしていたんだ」


 話をしながらフルトの膝上で眠るアビーに昔の自分を重ねる。あの日々は忘れられるわけもなく、どうしようもないくらいに楽しい日々だった。


「で、なんでこんなところに来たの?」

「人間に仲間たちを殺されてな」

「・・・・・・そう、変な事を聞いて悪かったわね」

「いや・・・・・・別にいいさ。話すこと自体はもうそこまで苦ではないからな」


 虚勢だ。この話をして苦しくないわけが無い。フルトもそれが分かっているのかその表情は明るいものでは無い。


「・・・・・・ありがとな」

「へ?」

「アビーと仲良くなってくれて。こいつの過去は知らないけど辛いものであることは確かだ。そんなこいつにも仲間・・・・・・言うのかな。そういうのができればこいつも少しは楽になると思う。今後を考えるとお前たちに慣れることも必要だしな」


 俺は再アビーを見る。アビーは先ほどとは変わらず安心した顔で眠っている。


「・・・・・・あなたって優しいのね」

「そんなことは無いさ」


 無意味に人を殺した俺が優しいはずがない。


 だがそんな俺の心とは裏腹にフルトの眼差しは優しげで、慈愛に満ちたものだった。


「そろそろ寝よう。明日もやることはある」

「そうね」


 敵がいつ来るか分からない現状、警戒はしなければならない。


 フルトはアビーをそっと下ろすと、そのまま横になる。どうやらここで寝るようだ。


 俺は二人に背を向け目を閉じる。


 次の敵は人間だ。それも一人や二人では無い。俺に殺せるのか? 実力は足りるのか?


 不安に駆られながら眠りにつくが、移動の際の疲れの為か思ったよりもすぐに眠りにつくことができた。

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