第26話 集会

 少女の体調は大丈夫なんだろうか。


 川岸に投げられていたところを見るに、風邪は確実だ。それに何があったかは知らないが、精神的にも危ない状態だろう。


・・・


――朝


 日の出前、いつもの様に目が覚める。辺りはまだ仄暗く、肌に触れる空気もひんやりと冷たい。松明はすっかり燃え尽きており、松明の下には燃えた灰などが積もっている。


 少女は眠っており、頬を薄い紅色に染め少し息苦しそうに呼吸を繰り返している。少女の目の前には食べたのであろう果実の皮や芯などがまとまって置かれていた。


「さて、行くか」


 俺は少女の体調を少しでも治すべく、体にいい食料や薬草を探すために森へと向かった。


・・・


「・・・・・・ひっ!」


 日の出から約一時間後、小屋に帰ると俺の帰宅を確認した少女が小さな悲鳴を上げる。


 悲鳴も仕方がないか。


 ついでにギガと軽く狩りをしたため、俺の服には獣の返り血がべっとりと付いている。悲鳴を上げるのも仕方がない。


「・・・・・・調子はどうだ?」

「は、はい・・・・・・大丈夫・・・・・・です」


 少女は少し表情を暗くしながら答える。何があったかは知らないが、聞こうか迷ってしまう。


「腹減ってるか? 食えるならこれを食え」


 大丈夫という割に頬を紅色に染める少女に獲ってきた果物を指し出す。


「・・・・・・服を洗ってくる。その後、話をしよう」


 果実を置き、小屋を出る。小屋の外、湿地の水位はすっかり下がっており、服を水で洗うため湿地の中央にある湖に向かう。


 小屋に戻ってくると、少女がジッと果実を見つめている。果実は皮が剝かれ中からオレンジ色のみかんのような果肉が顔を出している。


「どうした? 食わないのか?」


 俺が少女に問いかけると少女は慌てたように果実を口に放りこむ。


「ケホッコホッ」

「お、おい、ゆっくり食えって」

「は、はい。食べます、食べますから」


 少女は口から出た果実を再び食べようとする。まるで何かを恐れているように、怯えながら食べている。


「・・・・・・」


 少女は必死に食べる。何がそんなに急ぐ必要があるのか、いったい今までどのような扱いを受けてきたのか、気になることは多々ある。


「ほら、水だ」


 未だ無理をして果実を食べているように見える少女の目の前に汲んできた水を置く。少女は果実を飲み込むと、木の器に入っている水に視線を移し、そして俺へと視線を移す。


「飲んでいいぞ。急がなくていい」


 俺が言うと、少女は恐る恐る水の入った器へと手を伸ばす。そして器に触れ、俺の顔を確認した後、器に入った水を飲み始めた。


 俺は一旦腰を下ろし、少女の正面に座る。少女はピクリと少し反応するも、さっきほどの動揺は見られない。


「で、何か聞きたいことはあるか?」


 水を飲み終え、少女が少し落ち着いたところで質問を投げかける。少女は再び怯えたような目をこちらに向ける。


「あ、あなたは・・・・・・誰ですか?」

「俺は暁。菅野 暁。元奴隷の人間だ」


 俺はできるだけ落ち着いた、怒気のない声で答えを返す。俺の回答を聞き少し安心したのか、少女の目に少し柔らかさが戻る。


「他には?」

「ここはどこですか?」

「ここはリザードマン達の住んでいるイーブルグ湿地という場所だ。人間の国じゃない」

「そう・・・・・・ですか」


 少女は予想通りほっとした表情をする。やはり彼女は奴隷か何かとして扱われたのだろう。少女の持つ魔法の利かない特性からして病気や風邪が治らなくなって捨てられた、といった所だろう。


「他に何か聞きたいことはあるか?」

「・・・・・・私は・・・・・・どうなるのですか?」


 少女は先ほどの安心した顔から不安げな顔へと表情を変化させる。


「何もしない。お前の自由にしろ。もし、人間と共に住みたいなら人間の国に連れてってやる」

「い、いえ、いいです。行きたくありません」


 少女はふるふると首を横に小刻みに振る。よほどの何かがあったのだろうか。


 さすがに警戒心は完全には解けないか。


「ま、居たいのならいればいい。お前は自由だ。俺がお前をどうこうするつもりは無い。元気になるまでは面倒を見てやる」

「あ、ありがとうございます」

「じゃ、俺から質問していいか?」

「は、はい」

「まず、名前は?」

「ア、アビー・・・・・・アビー・キンバリーです」


 アビーはおっかなびっくり答える。いまだに解けきっていない警戒心から出るものだろう。質問の回答を間違わないように丁寧に、相手の様子をうかがいながら答えているのがわかる。


「アビーか。じゃあアビーはどこから来たんだ?」

「どこから……?」

「……質問を変えよう。アビーはこの世界の人間か?」

「い、いいえ。多分……違います」

「じゃぁ、どこから来たんだ? 日本は知っているか?」

「イギリスです・・・・・・日本には行ったことありませんが、知っています」


 イギリス。同じ名前の国のある別の世界で無ければヨーロッパの中のあのイギリスだろう。詳しくは分からないがおそらく名前もそのあたりの土地柄のものな気がする。


 奴隷として働いていた時も他国人らしい人間は見られた。恐らく、召喚される人物の地域等はランダムなんだろう。


「それで、ここへは召喚されてきたってことか?」

「召・・・・・・喚・・・・・・?」

「・・・・・・アビーはここへ来たくて来たわけじゃないよな?」

「は、はぃ」

「じゃぁ、この世界に来てからあった事を教えてくれ」


 リザードマンの集落にいる以上、アビーが人間たちの手先と思われる危険性がある。いや、恐らくその可能性を示唆しているのは間違いない。それを確認する必要はあるだろう。


 ま、流石にあんな立った蜥蜴や蛙人間を見たら気絶するかもしれないしな。


「・・・・・・」


 アビーは俺の質問に口籠る。アビーの表情は硬く、暗い物へと変化している。


「どうした? 何があったんだ?」

「喋らなきゃ・・・・・・駄目ですか?」


 アビーは服の端を握りしめ、青くなった顔をこちらへと向ける。その表情はまるで思い出したくないものを無理やり思い出しているような表情だ。



「・・・・・・いや、言いたくなかったら言わなくていい。必ず聞かなければならない話では無いしな」


 俺の言葉にアビーはほっと胸をなでおろす。それほど言いたくない内容だったのか、安心はしているものの服を握りしめている手は小刻みに震えている。


「ともかく、無理して食べるな」

「・・・・・・」


 話せるのはこれくらいか。


「あ、あの」


 立ち上がり外に出ようとすると、アビーが俺に声を掛ける。



「どうした?」

「私は・・・・・・どうなるんですか?」


 アビーはふらふらと立ち上がりこちらへ寄るとると、青く不安げな顔をしながら尋ねてくる。


「どうなるって?」

「帰れるん・・・・・・ですか? パパやママの元に帰られるんですか?」

「俺は何もしない。お前がここ以外のとこに行きたいなら好きにすればいい。ただ、俺にも元の世界へ帰る方法は分からない」

「そう・・・・・・ですか」


 アビーはそういうとふらっと俺の方へと体を倒した。


「・・・・・・おっと」


 俺がアビーを受け止める。アビーの身体はその躯体に似合わず軽いものだ。そして・・・・・・


「おええぇぇ・・・・・・」


 アビーはその口から昨日から食べていた果実であろうものを全て吐き出した。俺の服は彼女の吐瀉物により黄色く変色し、そこからは酸っぱい臭いを放ち始めた。


「お、おい、大丈夫か?」

「・・・・・・! ご、ごめんなさい」

「無理するなっていったろ」


 弱々しく言葉を放つアビーに一つため息をつく。恐らく昨晩の果実も食べ過ぎていたのだろう。明らかに健常者のそれでは無い彼女の体調からして嘔吐は仕方ないにしても、無理はしないでほしい。


「ともかく寝てろ」

「は、はい。ごめんなさい」


 俺はアビーの口元を拭い、身体を横にする。アビーに申し訳なさそうな表情を向けられるが、それを無視する。


「ここに食い物を置いておくから、無理せずに食えよ。あと、ここには人外がいるけど何もしなきゃ向こうも何もしないからあんまり変なリアクションするなよ?」

「? は、はい」


 アビーはこちらに眠たげな眼をしながら返事を返した。


・・・


「ズメウ、居るか?」


 水を汲み吐瀉物の掃除した後、昨晩集った建物へと向かった。建物の外には先ほど狩りを終えたギガが獲物の肉を貪っている。建物の中にはレイニィとその他2人のフロッグマンがおり、他には何かいる様子は無い。


「ズメウ殿か? 彼ならもうすぐ来ると思うが」

「そっか」


 俺はレイニィ達の視線を感じながら座る。フロッグマン達はここで寝泊まりしているらしく、建物の床には少し粘液の付いた茣蓙のようなものが敷かれている。


「あいつは何してんだ?」

「ズメウ殿か? 今周辺の調査をしている」

「調査?」

「戻ったぞ」


 俺がレイニィに問いかけたタイミングでズメウが帰ってくる。後ろにはギルともう二人、昨晩もいたリザードマンがいた。


「おおアキラ、来てたのか」

「ああ、何してたんだ?」

「それも含めて話そうか」


 ズメウはドカリと座る。それに続いて後ろのリザードマン達も座る。


「アキラは人間たちとの戦いの事について聞きたいんだろ?」

「ああ、そうだ」

「俺たちは今まで周辺の人間の痕跡を調査をしていたんだ。そしたら、やはり見張られていたらしくてな。姿までは確認できていなかったが確かに誰かがいる」


 ズメウの言葉に皆、溜息をつく。状況は深刻だ。人間に見つかり、それが攻めてこようとしている。


「やはりこちらもか」


 レイニィが重い口を開ける。


「やはり、一度戦力を集中させるべきか。ギル殿、どう思う?」

「そのようですね。人間たちも南方から来る可能性が高い。私達がそちらに行くことになりますが、皆の住む場所は確保できますか? さすがにここに皆を置いて行くのは危険だ」

「大丈夫、前にも話した通りそれは問題ないぞ。にんげ・・・・・・アキラ殿、お主はどうだ?」


 レイニィはこちらに顔を向ける。さすがに疑いのなくなった俺に人間呼ばわりは良くないと思ったのか、途中で言い換えてきた。


「ギガの寝床と食糧、それに俺とアビー用の部屋があれば大丈夫だ」

「アビー? ああ、あの人間の事か。オーガの食糧なら大丈夫だ。我らもこの大きさだからな。そんなに量は変わらん」


 恐らくこいつらはギガを戦力にしたいのだろう。それを証明するかのようにギガの単語が出た時、皆がピクリと反応していた。


「というか、移動って大丈夫なのか? ズメウ達って結構な人数居た気がするけど」

「ああ、そこは大丈夫だ。彼らの住処はそこまで離れてはいない。それに俺たちを襲うにしてもそれなりの準備がいる筈だ。数も多いしな」

「それで、いつ移動するんだ?」

「今からだ。早い方がいいだろう。朝から始めた準備ももう終わる。昼ごろには出発だ」


 ギルははっきりと言い放つ。俺への態度は悪くても族長ということか。正直、俺にも言って欲しかったが朝は出ていたため、すれ違いになったのだろう。


 その後、移動時の事やアビーの事、食糧について話し合い、解散した。

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