第25話 怯える少女
過去の経験は時に意識に無くとも行動に影響する。
奴隷の時のトラウマか、俺自身今でも鞭を見ると相手がどんなに弱かろうが委縮してしまう。それに火を見るだけでもかつての仲間たちの死体が脳裏に浮かびあがってくる。どんな時でも、だ。
・・・
「・・・・・・なんだ? 今どういう状況だ?」
周囲の状況を見渡す。入口付近ではギガに向かって槍を構えるズメウと他のリザードマン、頭を抱えるギル、俺に向かって杖を向けるフロッグマン、そして、俺の背に持たれて気絶している少女。
一体何があったんだ? 俺が気絶している間に何があったんだ?
混乱する俺に対して、ズメウが慎重に言葉をかける。
「ア・・・・・・アキラぁ、とりあえず、オーガを止めてくれねぇか?」
ズメウは口端を歪ませ、笑おうと努力するが、明らかに目が笑っていない。対するギガは特に何も考えていないのか首を傾げている。
「ギガ、どうした?」
「・・・・・・肉、無くなっタ。足りなイ」
まぁ、そうだろうとは思っていた。入る前にギガには入らないよう言っておいた。こいつが俺の言う事を無視する時は大抵飯に関する事だけだ。
「ズメウ、ギガに肉をやってくれないか? 足りないってさ」
「あ、ああ」
恐らく人間であれば顔中汗だらけになってたであろう表情でズメウは肉を取るために出て行った。
「で、何があった?」
背中に倒れる少女を横にしつつ目の前のフロッグマン、レイニィに問いかける。ギルに話を聞こうとも思ったが、当の本人は何があったのかは知らないが、話せる状態ではなさそうだ。
「お、お主、なんともないのか?」
「ん? ああ、この通り問題は無い」
「なんと・・・・・・そんなことが・・・・・・」
俺が答えると、レイニィはますます狼狽する。
なんだ? 問題があった方が良かったのか?
「うぅ・・・・・・」
「で、何があったんだ? そろそろ教えてくれ」
顔色が少し悪くなった少女を横にし、再度問いかける。だが、レイニィは何かに驚いているようで未だにごもごもと口元で何かを呟いている。
「はぁ、もういいよ」
溜息を吐く。いったいなんだってんだ。
未だに呻く少女の容体を診ていると、ズメウが戻ってきた。その頃には皆落ち着きをとり戻しており、ギルを除き何かを話しあっている。
「アキラ、肉を渡したぞ」
「ありがとう。ところで俺への疑いは晴れたのか?」
聞いても埒が開かない他の奴らを無視してズメウに問いかけると、ズメウは俺の顔色を伺いながら慎重に答える。
「疑いは晴れたから大丈夫だぁ、だけんど・・・・・・アキラ、お前本当に大丈夫かぁ?」
会った時の口調でズメウは俺に問いかける。なんだ? さっきから俺の体調を聞かれてばかりだ。
俺は再度自分の身体を確認する。外傷なし。頭痛なども無し。気分も悪くない。何も問題が無い。
「ああ、大丈夫だ」
「そぉかぁ・・・・・・良かったよぉ」
ズメウはほっと胸をなでおろす。そんなにまずい状況だったのか?
「で、なにがあったんだ?」
「・・・・・・ちょっと待ってくれ」
そういうとズメウは他の者たちの話の輪に入る。そしてしばらく何かを話した後、俺に話し出した。
「俺たちはお前が人間たちと協力関係にある可能性を示唆し、お前に
ズメウは笑うが、表情は硬く、言葉の一つ一つを言いにくそうに紡いでいく。
「発狂?」
「ああ、発狂だ。普通、そうなってしまえばその状態から元に戻すのは困難。だが、どういうわけかそれからすぐ、お前の発狂状態は解除された。皆それを不思議がってな」
発狂・・・・・・正直、その状態が一番まずいような気もするが。しかし、魔法の解除か・・・・・・。
「魔法の解除・・・・・・多分、それは俺が原因じゃないぞ」
後ろに目をやると、恐らく魔法を解除したであろう張本人である少女が少しうなされながら寝息を立てている。
「まさか、この人間がかぁ?」
「ああ、恐らく。本人もやろうと思ってやったわけじゃないだろうけどな」
先ほどフルトに治療を頼んだ時の出来事を思い出す。その際、この少女は魔法を打ち消したように見えた。今回も意識が戻った際、少女が俺の背中に触れていた事からも恐らくこの少女には解呪か何かの能力がが備わっているのだろう。
「・・・・・・にわかに信じがたい話だ。・・・・・・試してみてもいいかぁ」
「・・・・・・攻撃はするなよ?」
「
ズメウは手のひらを少女の方に置く。手のひらからは赤い光があふれ出るが、それもすぐに消滅する。
「なるほど、アキラの言っていることは間違いじゃないようだな」
ズメウは手をどけ、顎に手を当てるとしげしげと少女を見る。少女は肌や髪が白い以外には特にこれといった目立った特徴は無い。
「てことは、回復魔法も効かなかったのか?」
「ああ、だから今はこうして寝かせている」
「それは・・・・・・いや、いいか」
ズメウは何かを口に出そうと考えるが、神妙な表情で思いとどまる。
「おい、ハッキリい「ズメウ殿、人間、いいか?」」
レイニィが俺の言葉を遮り、こちらにやってくる。
「どうした?」
「人間、ひとまずお主の疑いは晴れた」
「そうか、それは良かった」
「それに際し一つ頼みがあるのだが、恐らく今日から7日以内に人間たちが我々の住処に攻めてくるのが予想される。その際、お主の力を借りたい」
「なんでだ? 見たところ人数も十分のようだし、問題ないんじゃないか?」
ここに来てから見たリザードマンはおおよそ30程。全員が戦闘員で無くともフロッグマンの戦闘員も含めれば十分な人数になるはずだ。
「いやそれがな、我々はあまり肉弾戦が得意でなくてな。魔法も多くは幻惑魔法など妨害はできるものの相手に直接被害を及ぼすものでない。攻撃用の魔法が使える者がいないわけでは無いが、それも数が少ない。その為、少しでも戦闘が可能な者たちの協力が欲しい。敵の数も分からないからな」
「そんな簡単に俺を信頼していいのか?」
「ああ、大丈夫だ。ズメウ殿からお主のここに来るまでの経緯を聞かせてもらっていたからな。頼む」
レイニィは俺に向かって頭を下げる。横目でズメウをちらりと見ると、ズメウは目で何かを合図する。恐らく承諾してほしいと言いたいのだろう。
「分かった、良いぜ。やってやるよ」
「本当か!」
「ああ」
「では、ぜひ外のオーガと戦闘参加を頼むぞ」
レイニィは黄色の目をギョロリとこちらに向けながら嬉々とした表情でこちらに手を差し伸べてきた。
「よろしく頼むぞ」
「あ、ああ、よろしく」
こいつらは俺では無くギガの協力を得たかったのではなかろうか?
俺の頭の中で確信に近い疑念を抱きながら、レイニィのぬるりとしたテラテラ輝く手を握る。レイニィの手は嫌に柔らかく、そのぬめりはあまり長くは触っていたくは無いようなものだ。
「それとズメウ殿、先ほどからギル殿が落ち込んでおる。慰めてやってはどうだ?」
「お、そうだったな。じゃアキラ、今日はもう帰っても大丈夫だ。隣の小屋でその子を見てやれ」
ズメウは俺たちの元を離れ、ギルの側によった。ギルはズメウに気付くと顔を上げ、瞳から涙を流しながら謝っている様子が伺える。レイニィもこちらの話は終わった為、他のフロッグマンたちの元に戻っていった。
「・・・・・・うわぁ、気持ちわる」
レイニィと触れた際についた粘液をズボンで拭うと少女を担ぎ、隣の建物へと移動した。
・・・
少女を背負い、隣の小屋に移動した俺は少女に果物と水を与えた。辺りはすっかり日が落ちており、小屋の中はここに来る前に借りた松明で照らされている。
ギガは先ほどいた建物の軒先に十分なスペースがあったためか、アドウルフの骨と共にすっかり眠りこけており、明日の朝まで起きる様子はなかったため放っておいた。
「さて、俺も飯にするか」
目の前には切り分けられたアドウルフやタスカーの生肉といくつかの果実。少女を寝かせた後持ってきたものだ。
リザードマンとフロッグマン達には調理の文化が無い為、今回取ってきた肉類は全て生。その上建物が木製ということもあって調理が困難なため、俺自身も生で食べざる負えない。
「しかし、流石に生はなぁ」
生食は食中毒の可能性もある。だが、それ以上になんとなく抵抗があるためあまり食べたくはないが。
「仕方がないか」
気休めに唯一の火元である松明の火で肉を炙り、口に入れる。口の中からは程よい肉汁と旨味が口の中に広がっていく。うん、美味い。いける。
「次は・・・・・・これいくか」
俺は先ほどとは別の他のに比べ、明らかに量の多い生肉を取る。生肉の表面は他に比べて少し黒く、あまり美味そうな見た目ではない。これは先ほどギガが貪っていたアドウルフの肉だ。
再び肉を炙り、口に放りこむ。
「うげ・・・・・・まっず」
肉からは肉汁というものがあふれ出るようなことは全くなく、肉の味はするものの、絶妙な苦味が舌を刺激する。他の肉に比べると確かに不味い。
「・・・・・・食えなくは・・・・・・ないか・・・・・・?」
目の前の晩餐を見る。嫌がらせなのか肉の大半はアドウルフのもので絞められており、それを除けては狩りをした俺の腹が満たされないのは確実だ。
「食うしかないか」
獲ってきたのは確かに俺だし、ギガがいなければ必要のない物だ。俺が食うのは仕方のない事だ。
アドウルフの肉を大量の水で流し込む。うん、何とか食べられる。
「ん・・・・・・うぅぅ・・・・・・」
アドウルフの肉を食べ終わり、口直しに甘みの強い果実を齧っていると、俺の目の前、少女の口元から小さな呻き声が聞こえる。
しかし、起きないな。
今のところ彼女が起きたのは確認できていない。昨日の今日どころか、今日連れてきたばかりだ。仕方がないだろう。
「・・・・・・あな・・・・・・は・・・・・・れ?」
少女を無視して食事をしていると、前方から声が聞こえる。顔を上げると、顔をこちらに向けた少女が虚ろな目でこちらに問いかけている。
「目を覚ましたのか? 俺が分かるか?」
俺が問いかけると、少女は虚ろだった目を徐々にはっきりと見開いて行く。そして――
「ひっ! 酷い事しないでください」
少女は懇願しながら重たいであろう身体を引きずりながら後ずさる。それと同時に少女の額に乗せていた濡らした服が地面へと落ちる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・」
「お、おい、大丈夫か?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・」
言葉をかけるが、少女は小さくか細い声で謝るばかり。こちらに一向に耳を貸そうとしない。よほどのことがあったのだろうか。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・」
「おい、聞けって」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・」
「・・・・・・はぁ」
ため息を吐き、立ち上がる。そして、ひたすら謝る少女の頬を片手で少女の柔らかい頬を指で抑え込む。
「ひゅいぃ!」
両頬を抑えられ、唇が蛸の様に変形した少女は少しおかしな悲鳴を上げる。だが、その悲鳴とは裏腹に少女の目は涙で潤んでおり、明らかにこちらに恐怖の色を示している。
「落ち着いて聞くんだぞ?」
「は、はい」
手を離し、できる限り優しげな、真剣な声で少女を真っ直ぐ見ながら言葉を紡ぐ。
「俺はお前をどうこうする気はない。何もする気はない。だから今は寝ろ」
少女は俺の言葉を理解すると、うんうんと顔を振る。少女は落ち着いたものの、未だにその瞳からは俺を恐れているようだが、今はそれでも仕方ない。
少女から離れ、濡れた服を回収し、食事を再開する。少女はこちらの様子を観察しているようだが、それも無視だ。
「・・・・・・ほら、もう寝ろ」
「・・・・・・」
グゥゥゥ~
黙々と食事を進めていると、目の前から腹が鳴る音が聞こえる。顔を上げると、少女が青い顔をしている様子が伺える。
「ご、ごめんなさい!」
「・・・・・・ほら、これ食ったら寝ろ」
俺は水分の多く含まれるいくつかの果実を少女に差し出す。少女はしばらく俺と果実を交互に見た後、おずおずと果実を一つ取った。
「足りなかったらこれも食え。まだ余分にあるから」
俺は立ち上がり、少女の側に果実をさらに余分に置く。その際、少女が俺に恐怖しているのか震えるのが見えるが、すべて無視した。
「じゃ、俺は寝る。お前も食ったら寝ろよ」
俺が寝れば食うだろ。
俺は未だに果実を口にしようとしない少女を背に横になる。警戒心や恐怖心のある今、無理矢理命令して食わしても精神衛生上よくないだろう。
狩りの為か、魔法を掛けられたためか、睡魔はすぐに襲ってくる。それに抗おうとせずに、松明の燃える音を聞き、身体のむず痒さを感じながら目を瞑る。
そして、俺はなぜか奴隷時代、森に捨てられた7番の事を思い出しながら眠りについた。
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