第24話 疑惑

 疑いというのは常にかかっているものだ。


 本当に自分の本心を知れるのは自分しかいない。どんなに正直に自分の事を話したとしても、結局のところ、相手にはそれが本当の事かそうでないか分からないためだ。だから、疑う、という行為は仕方のない事だ。


・・・


 俺の耳は確かに以前のゴブリン達仲間達から受け継いだ先の尖った形に戻っていた。


「あれ? 戻ってる」

「人間って意味のわからない行動をするのね」


 フルトは興味なさげ俺の耳を見ている。正直、そんなまじまじ見られても俺自身、この耳の形を自由に変えられるわけでは無い。


「ねぇ、そろそろ乾いたんじゃない?」


 俺が耳を触っているとフルトが怠そうに欠伸をしながら問いかける。少女を見るとフルトの言ったとおり、体表の水分はおろか、服の湿り気もすっかり乾いていた。


「そうだな、ありがとう。もう十分だ」

「はぁ、疲れた」


 俺がそういうとフルトは魔法を発動するために挙げていた手を下ろす。そして息を吐き出した後、肩を回す。


「そんなに疲れたか?」

「当たり前よ。リザードマンは元来炎魔法が苦手なのよ。それなのにこんな長時間使わせて・・・・・・疲れるのは当たり前よ」


 魔法についての知識はアレイジばあちゃんからある程度は聞いている。その中に魔法の得意不得意の話もあったが、リザードマンは炎魔法が苦手なのか。因みにゴブリンは土魔法と回復魔法が得意で、人間は得意不得意は無い。悪く言えば突出した魔法が無いという意味だが。


「リザードマンの特異な魔法はなんなんだ?」

「強化魔法よ。後は水魔法も得意よ」


 強化魔法とは自信や仲間に身体能力の上昇を主に行う魔法だ。アレイジばぁちゃん曰く、掛ける術者によっては体表を鉄の様に固くすることも可能だとか。


 水魔法はその名の通り水を操る魔法だ。とはいってもこれはどの魔法にも言えることだが、必ずしも近くに水がある必要はなく、自身の中にある魔力を消費することで自分の操れる水を作り出すこともできる。


 とはいえ、得意不得意はあっても俺の様に体内中の魔力が少なすぎてもとより魔法をまともに使えないのもいるが。


「今度強化魔法を見せてくれないか?」


 すっかり乾いてしまった少女の額に乗せた俺の服を取り、再び濡らすため立ち上がりながら言う。フルトは俺の頼みに溜息をつきながら答える。


「いやよめんどくさい。なんで人間なんかにやらなきゃいけないのよ。それに強化魔法ならギルさんが一番得意よ。頼むなら彼にすれば?」


 ま、そうだろうな。


 俺は予想していた返答を聞きつつ、外に出てギガを横目に服を濡らして絞っていると、ズメウの入った建物の方から二足歩行の赤いカエルがこちらへ向かって歩いてきた。


 カエル、とは言ったものの、その体長はゆうに3mを超える。ギガには劣るものの、俺を見下ろすには十分すぎる大きさだ。それに加え寸胴体系――というよりも頭から足先まで同じ太さだが――も相まってか、その巨大な口は俺を丸呑みにするに十分な大きさを持っている。身体全体はヌラヌラと粘液のようなものに包まれており、手に持つ木製の杖には手から分泌されているのか、粘液のようなものが杖を掴む手の付近に付着している。


 赤いカエルは俺の前まで来ると、俺とギガを交互に見ながら観察を始める。そして、何か理解したようで鼻をフンと鳴らす。


「人間が我らといるとは滑稽な。今回もこやつが原因に違いない。ズメウ殿は何を考えているのやら」


 カエルは俺に鋭い視線を向けながら甲高い声でぶつぶつと何かを呟いている。だが、俺に聞こえないと思っているのか、その声はこちらまでしっかりと伝わる。


「なんだよ。俺が何の原因になってんだ?」

「ん? 誰かいるのか!」


 俺の声にカエルは周囲をキョロキョロと見回す。俺の方を全く見ようとしないところから俺が喋ったことに気づいていないのだろう。


「おい、カエル、聞いてんのか?」

「同志よ、どこに隠れているのだ!?」

「ここだよ糞ガエル!! 脳みそ入ってんのか?」

「ん? なんだ人間、何か言いたげな顔をしているが・・・・・・」

「俺が喋ってんだよ糞ガエル」

「!?」


 ようやく俺が喋っていることに気付いたカエルはこちらをまじまじと見つめてくる。


 カエルに見つめられるって、なんか嫌だな。目が人間のとは違って気持ち悪いし、なんかぬめぬめしてるし。しかし、随分仰々しい口調だな。


「人間、我の言葉が分かるのか?」

「ああ、分かるよ」

「なんと!?」


 カエルはその大きな口をぱっくりと開ける。口を開ける際、一瞬飲まれるんじゃないかと身構えてしまう。


「そうか、人間、お前は我らと話せるのか」

「ああ、そうだが」


 依然、開いた口を塞ごうとせずにこちらを見るカエルを見つめ、食われないように警戒していると、後ろからズメウとギルがこちらへ向かってくる。


「アキラぁ、大丈夫けぇ?」


 ズメウは言うが、その声色に心配しているそぶりは見えない。その証拠に顔が笑っている。


「こいつはなんなんだ? 食われそうで怖いんだけど」

「なっ!? 貴様! レイニィさんになんて口の利き方だ!」


 ズメウに話しかけると横から少し怒った声でギルが俺に言う。


「レイニィ? このカエルの名前か?」

「カエル? なんだそれは? この方は南に住むフロッグマンの長、レイニィ・ラダーさんだ。口の利き方に気をつけろ」


 フロッグマン、カエル男か。実際がここまでカエルだと大きさ以前に威圧感しかないし、その上表面を覆う粘液が少し気持ち悪い。


「で、このフロッグマンは何しに来たんだ? わざわざ一族の長がここに来るなんてなんかあったのか?」

「・・・・・・人間、ちょっと来い。あとそこのオーガもだ」


 ギルは俺を睨み付けながら顔を暗くさせる。どうやら、本当に何かあったらしい。


「分かった。すぐ行くから先に行っててくれ」


 すぐに行こうとしない俺にレイニィとギルは訝しげな視線を送る。逃げようとしているとでも思っているのだろうか。


「逃げないから。少しは信用してくれよ。あ、ならズメウ、俺を見張ってくれないか?」

「ん? いいぜ。ギルもそれならいいんだろ?」

「え、ええ」

「レイニィもいいけ?」

「ああ、我も問題は無い」


 ズメウの言葉の後に2人は帰っていく。やはり、ズメウはよほど信頼されているようだ。その彼の信用を勝ち取っている今、ここで何かされる心配はないだろう。


「ハラ・・・・・・減っタ・・・・・・」

「ごめんごめん、すぐに飯をやるよ」


・・・


 誰も世話をしないだろうから少女を背負い、建物に向かう。道すがらフロッグマンについて聞くと、彼らはこの湿地の南端に住む種族で昔からお互いに協力関係にいたそうだ。フロッグマンはこの湿地の南にある人間の国から来る人間たちを彼らの得意な幻惑魔法で存在を悟られない様にしてきたそうだ。因みに協力関係にあるため、お互いにお互いの言語形態を把握しており、会話は可能だそうだ。


「で、なんだその人間は?」


 少女を背負った俺を見てギルは苛立ちの声と共に俺を睨み付ける。建物の中にはギル、俺、ズメウ、レイニィと他にレイニィより少し小さいフロッグマンとリザードマンが二人づつ円状に座っている。ギガは建物の外、建物の軒先でアドウルフの生肉を貪っている。


 日はすでに沈みかけており、薄暗い建物の中は壁に立て掛けられた煌々と燃える松明によって照らされている。


 いい加減、こいつのこの睨みには慣れたが、もう少し信用を勝ち取らないと少女の治療の弊害になりかねないな。


 どう説明しようかと言いよどむ俺が言うよりも前にズメウが弁解をする。


「これは拾っただけだ。見たところ元奴隷だし、今回の件には関係ないから大丈夫だ。それよりアキラだろ?」


 ズメウ以外の視線が俺に集まる。視線を受け身体が少し萎縮してしまう。


「なんで俺が呼ばれたんだ?」

「それは我が説明しよう」


 視線を気にしつつ問うと、レイニィがこちらへの睨みをより強くして話し出す。


「この湿地より南に人間の国があることは知っているな?」

「ああ、さっきズメウから聞いたよ」

「さっき・・・・・・まぁよい。我らはそこより来る人間に対して身を隠してきた。だが、とうとう我らの存在が見つかったようだ。人間どもは近日中に我らの住処に攻め入るだろう。これが今この湿地での我らとリザードマン、ズメウ殿の現状だ」


 俺の後ろに横にしておいた少女の様子を見る。少女は先ほどよりも落ち着いたのか、呼吸は荒いものから、深く落ち着いたものに変化している。


「それで、住処がばれたのは俺が原因、って言いたいわけか」

「呑み込みが早くて助かる」


 ギルが声を上げると同時に周囲のリザードマンは銛を、フロッグマンは杖を一斉にこちらに向ける。後ろを振り返るといつの間にか現れたリザードマン3人もこちらに銛を向けていた。


「おいおい、アキラは大丈夫だって。俺が言ってるだろ?」

「ズメウさん、そうは言われてもタイミングが良すぎます。戦力の偵察に来た人間と思うのが自然というものです」

「ズメウ殿、悪いがこの人間を調べさせてもらう」


 溜息を一つつく。面倒臭い。別に個人としてはここに長くいる必要という者は無いのだが、巻き込まれるのは勘弁してほしい。てか、当たり前だけど俺への断りは無いんだな。


「俺は何をすればいい?」


 喉元に銛を構えられた状態で話す。恐怖で声が震えてしまうが、仕方がない。怖いものは怖い。


「我に任せろ」


 ずいとレイニィが前に出ると俺の鼻先に杖を向ける。杖からは苔臭い香りがほのかに漂ってくる。臭い。


精神統制マインドコントロール


 杖の先から仄かな柔らかな白い光が脳内を優しく包み込む。


「なん・・・・・・だ・・・・・・これ・・・・・・」


 頭がボーっとする。なんだろう。何も考えられない。俺、何してたっけ?


・・・


 アキラは眠たげな眼をこちらに向ける。どうやらレイニィ魔法が上手く効いたようだ。


 精神統制マインドコントロール。これは対象の精神に作用する魔法で、主に侵入者の自白などをさせるために用いられる。精神に深く干渉するため、刺激を与えると発狂や自害などをし出すという欠点もあるが、慎重に行えばその可能性はかぎりなくゼロであるため、それなりに使える魔法だ。


「ズメウ殿、これで人間が奴らとの繋がりがあると証明されれば殺すしかなくなりますが、よいですな?」

「ああ、構わない」


 レイニィの言葉に素直に回答する。アキラがどんなにいい奴であろうと仲間に危害を加える相手を生かしておくわけにはいかない。


「で、アキラといったな。お前はどこから来た?」

「・・・・・・北の・・・・・・森」


 アキラは焦点の定まらない目で答える。声もぼそぼそと小さいもの。しっかりと魔法が効いている証拠だ。


「ふむ、ならばお前の生まれは?」

「・・・・・・日本」


 日本? 聞いたことのない地名だ。いったいどこなのだろうか。


「お前は誰かに武器の稽古をつけてもらったか?」

「・・・・・・グーグ」


 グーグ、聞いたことのない名前だ。だが、名前の感じからしてアキラを助けたゴブリンの仲間の一人だろう。


「そいつの種族は?」

「・・・・・・ゴブリン」


 やはりアレイジの集落のゴブリンだったか。


「お前は人間の国について何を知っている?」

「・・・・・・名前は・・・・・・グラント王国・・・・・・奴隷を・・・・・・召喚している・・・・・・」


 アキラはポツリポツリと言葉を吐いていく。


「・・・・・・仲間を殺した・・・・・・ブレイブが・・・・・・いる・・・・・・」


 アキラは次々と取り留めのない言葉を吐いていくが、その言葉の端々に次第に怒気が混ざっていく。


「・・・・・・殺した・・・・・・奴は殺した・・・・・・でも死んだ・・・・・・」


 それだけ言うと、アキラは口を閉ざす。怒気を含んでいた言葉も終わりの方はどこか空しい口調に変化していた。


「・・・・・・あいつが殺したんだ」

「ズメウ殿、確かにこやつは敵ではないようですな」

「ああ、だから言っただろ。アキラは大丈夫だって」


 アキラの口から事の核心に触れたことでレイニィは安堵の声を上げる。だが、ギルはそれでも納得がいかないようでこちらへ体を乗り出す。


「ズメウさん、本当にこいつが侵入者でないという確信になるわけでは無いでしょう」

「ん? どういうことだ?」

「人間の中にはこういった魔法に耐性のあるものもいます。それにそれは訓練によって強くすることもできます。この人間はそういった者ではないのでしょうか」


 確かにその可能性はある。魔法も万能ではない。どんなに強力な魔法であろうとも、掛ける対象の精神や魔力が強力であればかからない可能性がある。だが、


「そうは思えんがな」


 アキラの見た目は確実に魔法のかかっている者のそれであり、自分自身かかった奴を何人も見てきた。かからない奴はもっと話し方や表情に癖が出てしまうのが常だ。


「いや、念のため確認させていただきます」


 ギルはそういうと、未だに何かをぼそぼそと呟くアキラを無視し、壁に立て掛けられている銛をアキラの喉元へと向ける。


「おい、止せ!」

「止すのだ!」

「人間、貴様が嘘を言っているのは分かっているのだぞ」


 ギルは俺とレイニィの制止も聞かずに挑発する。銛によって僅かに傷ついたアキラの喉元からは一筋の血が流れ、


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」


 アキラが発狂した。


・・・


「おい! 止めろ!」

「ギル、なんてことをしてくれたんだ。このままじゃアキラが死ぬかもしれないぞ!」


 発狂するアキラを前にギルは狼狽してしまう。レイニィはさすがというべきか、即座に鎮静の魔法を掛け始めた。それに続き、他のフロッグマンたちも次々に魔法を掛け始める。


「ギル! お前何やってんだ!!」

「す、すみません」


 思わず出てしまった怒鳴り声にギルは萎縮しながら答える。だが、どこまでも仲間思いのギルの行動としては予測できたことだ。これには自分自信責任があるだろう。


「なんダ?」


 未だにアキラの声が鳴り響く建物の中、建物の入り口からアキラが連れてきてオーガが何かを言いながらこちらに顔を覗かせた。やばい、あのオーガを止められるアキラがいない現状、あれとやりあえば俺よりも戦闘能力の低いやつらがそこらじゅうにいる現状、全滅まではいかないまでもかなりの死人が出てしまうのは明白だ。


「くっそ、お前ら、そこを動くな! あいつは俺が止め――」

「キャァァァァーーー!」


 俺の言葉が終わるや否や、アキラの声の他にもう一つ、アキラの後ろから甲高い悲鳴が上がる。そして悲鳴の後、バタリという音と共にアキラの声も同時に静まった。


「・・・・・・なんだ? 今どういう状況だ?」


 アキラはぽかんとした表情と共に周囲を見渡す。どういうわけか魔法が解けたようだ。

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