第23話 白い人間

 俺は殺しをした、いや、今もしている。


 未だに殺すときは、それが獣であれ人間であれ多少の罪悪感を感じている。一つの生命を奪い、その生命によって生かされていることはゴブリン達仲間達との生活を始めた時から今に至ってまで感じている事だ。そんな俺が、同族を食うため以外で殺したことのある俺が人間を助けるのは滑稽だろうか。少なくとも、俺はそんな奴を見れば滑稽なエゴイストと見るだろう。


・・・


 透明感のある透き通った色をした少女は頬を赤らめながらそのつつましい胸を息苦しそうに上下させている。少女は一向に起きる気配を見せようとせず、僅かにつないだ命を必死に掴んでいた。


 確かこの紙と肌の色はアルビノ体質だったか。もしそうならこの少女の眼球も透き通った白色をしているだろう。


「どうすんべ?」


 ズメウは苦悶の表情をさせながら俺と少女に視線を行き来させながら問う。彼にとって人間という種族は所詮敵でしかない。目の前の正体不明の少女を受け入れる理由など無いに等しい。


 俺は少女を見る。少女は今なお息苦しそうに胸を上下させ、何かを求めるように伸ばしていた手はいつの間にか地面へと落ちていた。


 どうするか・・・・・・いや、どうするも何も捨て置くのが賢明だろう。これ以上リザードマンとのいざこざは起こしたくはない。


 頭ではそう考えるものの、それを行動に移せないでいる自分が居る。恐らくただの一般人がここに捨て置かれていたとして俺は確実に助けないだろう。リザードマンの件もあるがそれ以上にメリットが浮かばないし、ブレイブを殺したといわれている手前、それは愚策でしかない。


 だが、目の前の少女の身分はその服装と手首にできている痣からして奴隷だろう。それも使い物にならなくなり捨てられた奴隷だ。ブレイブの事どころか国の内情を一つも知らない可能性の方が高い。そして、少女の境遇を理解してしまった俺はどうにも自分自身と少女を重ねて見てしまっている事を自覚させられる。


「・・・・・・」

「おーい、きいてっかぁ?」


 ズメウは中々返事をしない俺の真横まで近づくと、再度言葉を発する。


「・・・・・・」


 どうしようか。あの時、俺はゴブリン達仲間達に助けられなければ死んでいただろう。この少女も放っておけばすぐにでも獣に食われて死ぬのは明白だ。


「なぁ」

「ん?」

「・・・・・・こいつを助けてもいいか?」


 ん? 今俺はなんていった?


 言葉は思考よりも先に出ていた。自分でも自分自身の発した言葉に思わず驚いてしまう。すでに人間への興味を失っていたと思ってはいたがまさか自分の口から、それも現在人間を敵視しているズメウに向かってこんなことを言ってしまうとは。


 なんだか耳の辺りがもぞもぞと何かがうごめくような感覚に襲われる。恥ずかしさからだろうか。


「ん~・・・・・・助ける・・・・・・かぁ」


 ズメウは苦い顔をしながら頬をポリポリと掻く。見ず知らずの、それも俺たちの様になにかされたわけでも無い人間の少女を受け入れることはあまりしたくは無いのだろう。


「い、いや、無理ならいいんだ。危険と感じたなら即処分してもいい」


 慌てて自分の考えを否定していい意思を伝える。ズメウは俺の反応を見て目を瞑り、さらに考え込んだ。


「ん~・・・・・・ギルがなんていうか・・・・・・いや、でも意思を汲むべきかぁ?」


 ぶつぶつとしばらく何かを呟いた後、ズメウは大きなため息をつきながら顔を上げ、口を開いた。


「よっし! 分かった助けるべ!! ただし、危険と感じたらそれなりの対処をさせてもらうべ?」

「あ、ああ、ありがとう」

「んじゃ、そのチビが死なねぇ内に帰んべ」


 ズメウは言うや否や帰る準備を始める。正直、認められるとは思わなかった。もし逆の立場なら俺なら即座に切り捨てると断言できる。


 それにしても最近まで人間を殺そうと躍起になっていた俺が同じ人間を救おうなんて失笑ものだな。


・・・


 息も絶え絶えな少女には道中で採取した果実を握りつぶし果汁として与え、水もたっぷりと与え、アドウルフはギガに3匹持ってもらい、少女を背中に乗せ帰った。少女の容体は深刻ではあるものの、集落で回復魔法を掛ければ2日程で治るそうだ。アレイジばぁちゃんに救われた時と言い、闘技場後の教会と言い、まったくもって魔法とは便利なものだと実感させられる。


 リザードマンとドラゴニュートは肉食だ。足りなくなるであろう果実の備蓄は無いので道中も持てる適度に採取した。


「そういえばアキラ、なんで耳を丸くしただ?」


 帰路の道中、ズメウはこちらに振り向くと不思議そうに俺の耳を見て尋ねる。


「耳を丸く?」

「ああ、今のアキラはどっからどう見ても人間だっぺ・・・・・・ん? 骨格も少し変わってるような・・・・・・?」


 ズメウの言葉につられ耳を触ってみる。耳は確かに丸く、今までのような尖った形状から変化していた。


「あれ? なんでだ?」


 効果に使用期限でもあったのか? どちらにせよゴブリン達仲間達の特徴であるこれが無くなるのは少し寂しい。戻せるのなら戻したいが、それは後で検証するとしよう。


 日が傾きかけた頃、俺たちは森を抜け、湿地帯にある集落へと到着する。到着すると、すぐさまズメウに気づいたリザードマンがこちらへと近づいてきた。恐らく彼のドジによって傷ついた身体を心配してだろうか、近づいたリザードマンの一人はすぐさま回復魔法を掛け始めた。


「大丈夫ですかズメウさん!?」

「ああ、大丈夫だ。それよりもこいつを診てくれ」


 声色からして恐らく女性であろう。鮮やかな青色の鱗のリザードマンに向かってズメウは俺が背負う少女に指を指した。


「げ、人間・・・・・・ですよね?」

「ああ、そうだ。悪いが治療してやってくれないか? ギルには俺から伝えとくから。な? 頼むって」

「・・・・・・わ、分かりましたよ」


 この集落ではよほど人間を毛嫌いしているのだろう。女のリザードマンは隠しつつもにじみ出る嫌そうな顔で答える。


「あ、それとギルさんが呼んでました。南の族長が来たって。集会所にいるそうなので行ってください」

「お、そうか。ありがとう。アキラ、おらは行くけんど勝手に動くんじゃねーべ?」


 ズメウは俺の肩を2度叩くと未だに癒えきってない身体から出る血を気にもせずに以前俺たちが入った建物へと向かっていった。


 ズメウが離れた後、女のリザードマンはこちらへ振り向くと、嫌そうな顔を隠そうともせずにキッと睨みながら先ほどよりも低い声で言葉を放つ。


「じゃ、いくわよ・・・・・・はぁ」

「あ、ああ、よろしく頼む」


 露骨な態度に少し動揺しつつも、俺はリザードマンに先導され小屋へと案内された。


・・・


 一旦アドウルフは他のリザードマンに渡し、ギガを小屋の前に待機させ小屋に入る。小屋の中は個人のものなのかゴブリン達仲間達の時と同様に殺風景だ。小屋自体は水上に建てられている為か、隙間などを粘土のようなもので埋めるなどの対策は取ってあるものの、その室内は簡易的な藁のベッドに何かを入れるための木箱、壁には木の皮で編まれた仕掛けやナイフ、何本かの銛が立てかけられている。天井から吊り下げられ干してある魚は保存食だろうか。


「ズメウさんの頼みじゃなかったら人間なんて診ないのに・・・・・・はぁ・・・・・・人間、そこに寝かせて」


 女のリザードマンの指示で少女を床に寝かせると、何かを呟きながら少女に向かって手のひらを向けた。


状態診断コンディションモニタリング


 状態診断コンディションモニタリング。アレイジばぁちゃんにも使われたことのある魔法で、対象物の状態を判断するために使う魔法だ。この魔法は対象が人ならば怪我の具合や特殊能力、石や木などに使えばそれが何でできているかなどを知ることができる。


 女のリザードマンの手は少女の頭の先から足の先に向かってゆっくりと動いて行く。そして、足先まで手が動いたところで女のリザードマンは首を傾げる。


「おかしいわね」

「・・・・・・治せない病気とかか?」


 むず痒い耳元を掻きながら少し不安になりつつ尋ねると、女のリザードマンは顎に手を当てながら答える。


「分からないのよ」

「分からない、ってどういうことだ?」

「私もこんなこと初めてだから何とも言えないのだけど、なんていうか・・・・・・魔法が弾かれているっていうか・・・・・・ともかくこの人間の状態が分からないのよ」


 魔法が効かない、というわけか? 正直、自分は魔法が使えないためこの状態がどういう状態か分からないが、どうやらそれは彼女も同じのようで首を傾げつつ少女を観察している。


「まぁともかく、回復魔法を掛けてくれないか? 自然治癒力を上げるようなものなら問題は無いだろうし」

「まぁ・・・・・・分かったわ」


 女のリザードマンは未だに少女から視線を外そうとせずに観察しながらも手を少女の胸へと当て、何かを唱え出す。


継続治癒コンティニュエイションキュア


 女のリザードマンは再び魔法を発動させる。しかし、少女はなんの反応も見せない。女のリザードマンも再び首を傾げる。


継続治癒コンティニュエイションキュア・・・・・・あら?」


 再び女のリザードマンは魔法を掛けるが、効いていないのか少女は何の反応も見せない。


「おっかしいわねぇ・・・・・・人間、この人間魔法が効かないわよ?」

「え?」


 魔法が効かない? 今まで・・・・・・とはいってもゴブリン達仲間達と王国の教会で見ただけだが、魔法が効かない者はいなかった。それに女のリザードマンの反応からして彼女もこれは初めてなのだろう。


「魔法が使える他の仲間を呼んでくるわ。人間、あんたはここを動かずに待ってなさい。行っている間、ここにあるものには何一つ触れないでね?」


 女のリザードマンはそういうとそそくさに小屋を出ていく。何もすることが無い俺は小屋を出て服を脱ぎ、増水した水につけ絞る。そして、ギガからいくつかの果物と大きめの葉を受け取り、絞った服で少女の身体を拭いていく。


 少女の身体を拭いていると女のリザードマンが1人のリザードマンを従え帰ってきた。連れてきた緑の鱗に覆われており、手には骨を削って作られた杖を持っている。


「この人間です」


 女のリザードマンが少女を指さすと緑のリザードマンは少女をしげしげと観察し始める。そして、しばらく観察したのちに自らの指の腹を腰に下げたナイフで傷つける。そして杖を床につけ、目を瞑る。


範囲回復ワイドヒール


 緑のリザードマンの少ししわがれた声と共に杖の先端部を中心に温かな光が球状に小屋に広がった。その光に包まれた瞬間、狩りの際にできた傷口から少し熱っぽい温かさを感じる。回復魔法を掛けられる際に感じる熱だ。


 少女の方に視線を向けると少女は相変わらず息苦しそうに呼吸をしているが、俺の様に体表にできた細かい傷が治っていく様子は見られず、それどころか魔法の光がまるで少女を迂回するかのように避けていた。


「ふむ、なるほど」


 少女を観察しながら魔法を発動していた緑のリザードマンは、魔法を止め自分のナイフで傷つけた指をしげしげと観察しながら頷く。そして、今度は少女に杖の先端を向け再び魔法を唱える。


光の矢ライトアロー

「・・・・・・! やめ――」


 俺が動くよりも早く杖の先端からできた光の矢が1本、少女の足に向かって放たれる。だが、俺が庇うよりも早く少女の足付近に着弾した光の矢は、少女の足に当たる直前に消滅した。


「・・・・・・やはりなにか特殊能力か」


 こいつ、攻撃した!?


 緑のリザードマンは何かわかったようにうんうんと頷く。


「おい! なにすんだ!」

「大丈夫だ。当たったとしても床に穴が開くだけ、元より当てる気はない」


 叫ぶ俺に対し、緑のリザードマンは空いた手の平をこちらに向け、俺を制する。正直、納得できないが少女に怪我が無い為、一旦は押し黙る。俺が反抗しないと分かると緑のリザードマンは俺に向かって口を開いた。


「魔法が何一つ効かないところを見るに、恐らくは何かの特殊能力によって魔法を受け付けないのだろう。治すのならこの人間の自力じりょくで治すほかない」


 魔法が効かない。となると薬草か何かを探さなきゃだな。


 緑のリザードマンはそれだけ言い終わると小屋を出て行った。 仕方なく俺は残った女のリザードマンに声を掛ける。


「なぁ、何か魔法でこいつを乾かしてくれないか?」

「さっき魔法は効かないって説明受けたでしょ?」

「いや、多分だけど火から出る熱とかなら大丈夫かもしれないだろ? それにさっきからずぶ濡れで辛そうだ、頼む」


 こんな時に簡単な魔法の一つも満足に使えない自分に嫌になりつつ頭を下げる。そんな俺の態度を見かねてか、女のリザードマンは一つため息をつくと少女に向き直る。


浮遊する火フロートファイア


 女のリザードマンの指先からいくつかの火の玉が生成される。火の玉は少女の周りへと移動すると、空中に固定されたように動かなくなった。


 少女を見ると、熱が来たためか表情を少し和らげる。


「はぁ、ズメウさんの頼みさえなかったらこんな事しないからね」

「ああ、ありがとう」


 女のリザードマンは魔法を維持しつつ溜息を吐き出す。先ほどのリザードマンやギルを見るになんだかんだ言って頼みを聞いてくれる彼女は優しいように思える。


「なぁ、ナイフ借りてもいいか? 果物を切りたいんだ」

「・・・・・・好きにすれば?」


 やはり彼女は良心的だ。


 俺は外に出て、少女を拭った服を洗う。そして良く絞り、拭った服を折りたたんで少女の額に乗せ、果実を切る。取るものをある程度選んだため、果実からはみかんのような果肉が出てきた。大きめの葉を器の様に編み、手で絞った果汁をそこに入れていく。


「・・・・・・手際がいいのね」


 俺が少女に絞った果汁を飲ませているとふと女のリザードマンが呟いた。


「まぁ、以前仲間にやっていたしな。あ、仲間って言ってもゴブリンだけど」


 女のリザードマンは「ふうん」と特に興味を持っていないような感想を口に出す。


「そういえば人間、名前は?」

「俺か? 俺はアキラだ。お前は?」

「・・・・・・フルトよ」


 フルトは再び溜息をつく。あまり名前を教えたくはないのだろうか。


「で、なんで人間・・・・・・、アキラは耳の形を変えるの? 今更エルフに変装しても意味ないと思うけど」

「え?」


 俺はいつの間にかむず痒さがとれた耳に触れる。耳は丸い形から先の尖ったエルフに似た形に戻っていた。

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