第22話 拾い物
今後はどうしようか
定住するか、気ままな旅に出るか。どちらにせよこの族長のギルに対して印象を良くしなければここには住めないだろう。まぁ、無理してここに居る必要もないが。
・・・
湿地帯を進むにつれ水深が深くなっていく。増水の影響もあり、すでに水は太ももの辺りまで来ていた。
「・・・・・・でかいな」
俺はズメウとギルの入っていった周囲の小屋と比べひときわ大きな建物を見上げる。建物は増水した水面ギリギリの少し高い場所に建っており、その手前には備え付けられた階段が水に沈んでいる。建物の大きさはギガでも十分に入れる大きさがあり、その造りもしっかりとしたものだ。
「おい、入ってもいいか?」
「おお、入れ入れ」
扉の代わりに掛けられている簾に向かって声を掛けると、その奥からズメウの声が響く。
広さからして集会などを行うための建物だろう。中に入ると部屋の中央ではズメウとギルが胡坐をかきながら床に座ってそれぞれ別々のリザードマンに回復魔法を受けている。ズメウは体の各箇所に受けた傷や打撲を癒しており、ギルは右腕に回復魔法を受けていた。
「・・・・・・ッチ」
ギルは俺とギガに気が付くと右腕を振り払い、強制的に回復魔法をやめさせた。
「何の用だ?」
「ズメウの狩ったタスカーを運んできただけだよ」
こちらを睨むギルを無視してギガに指示し、担いだタスカーを下ろさせる。
「おおすまん、忘れていたよ」
下ろされたタスカーをズメウは嬉しそうに見る。だが、周りのリザードマン達は呆れた溜息を吐き出した。
「ズメウさん、何してるんですか。保存食もあるから大丈夫って言ったのに」
「傷だらけで死んだらどうするんですか!?」
「なんで勝手に行くんですか!?」
そして、ズメウは非難の言葉を浴びせられる。だが、その内容はどれもズメウを心配するもの。彼がどれだけこの集落のリザードマン達に信頼されているのかが言動でよく伝わってくる。
「ズメウさん、あなたはもう少し行動を考えるべきだ。あなたが死んだらどれだけの仲間が悲しむか考えるべきです」
「がっはっはっは! な? ええ奴らやろ?」
周囲の言葉が止む頃、ギルが真剣な眼差しをズメウに向ける。だが、そんなギルをよそにズメウは俺に向かって笑う。
「ああ、そうだな。あんたはよほど尊敬されているようだ」
「いんや、こいつらがええ奴らだからだよ」
謙遜するズメウはどこか嬉しそうに笑う。おそらく彼もまたリザードマン達を信頼しているのだろう。
「じゃ、俺たちは行くよ。あまり歓迎されていないようだしな」
俺はギルに視線を向ける。ギルは俺の視線に気づくと厳しい視線を送り返してきた。
「おいギル、人間を警戒するのは大いに結構だが俺の恩人だ。だからあまり邪険にしないでくれないか?」
「いや・・・・・・しかし・・・・・・」
ギルは口籠る。いかにズメウの言葉でも族長として警戒すべきというわけだろう。
「俺は別になんとなくここに来てみただけだ。ここに留まる理由もないし出て行けというなら出ていく」
「まぁまぁ、待て待て。一晩くらいここに居ろ。色々と話したいこともある。な? いいだろギル?」
外に出ようと立ちあがるが、ズメウに止められる。
「ううむ・・・・・・だが、こいつが何かすれば、いくらズメウさんの頼みでも容赦はせんぞ」
ギルは少し悩んだ後、決断する。よほど嫌なのかその顔は不機嫌そのものだ。
「ああ、そうしてくれ。いつ殺してくれても構わない」
元々あの時、ブレイブに消されていたであろう命だ。それに警戒された方が潔白も証明しやすい。
「どちらにせよこれじゃギガの食糧が足りない。狩りをしてくる。ギガ、行くぞ」
「んあ」
「お、なら俺もいこう」
立ち上がり、ギガを連れ狩りに行こうとするとズメウに呼び止められる。
「傷は大丈夫なのか?」
「ああ、すっかり元通りだ」
ズメウは肩をぐるぐると回しながら答える。恐らく初めから大した怪我ではなかったのだろう。腕からは怪我がまるでなかったかのように筋肉が盛り上がった。
「ズメウさん、行くなら俺が行きますよ。だからズメウさんは休んでください」
「今まで雨が降ってたんだ。気温の低い今、お前たちが行っても足手まといだろ。それにアキラが何かしても俺なら止められる」
「・・・・・・」
ズメウに正論を突かれたのか、ギルは口籠る。やはり見た目が蜥蜴だけあって彼らは気温の変化で動きが鈍くなるらしい。
「ギル、留守の間頼んだぞ。あと、右腕も治しておけ」
・・・
ズメウの実力は凄まじかった。
狩りの際に「おらは狩りは苦手だべ」と再びなまった口調に戻りつつも答えたズメウだったが、彼の力は凄まじく、見つけた獲物を一瞬で、しかも槍一突きで仕留めるその手際はほれぼれするものだ。
今までならば罠を仕掛け、慎重に接近し逃がさない様に仕留めていた俺たちであったが、ズメウは俺が獲物を見つけ知らせると、獲物が逃げるよりも早くその命を狩っていく。恐らく魔王に仕えていた時もこの凄まじい能力を発揮していたのだろう。だが、
「お~らは ど~らごん つ~よいさ~
うみ~で~も やま~で~も だいか~つやくぅ~
・・・・・・んん? なんだべ?」
俺がズメウの肩を叩くとズメウは緩みきった声を止め、こちらへ振り向く。
「歌やめろよ」
「え? なんでだ? あいてっ!」
さっきからズメウの歌のせいで獲物の多くが逃げてしまっている。その上、周囲への注意力が足りないのか地面のぬかるみに足を取られ、盛大にこけた。
「いやぁ、あぶねぇっぺよぉ」
この数時間で彼の言った言葉を身に染みて理解してしまった。彼は狩りが下手というわけでは無い。いや、狩りが上手いのか下手なのかは正直分からないが、恐ろしいほど間抜けなのだ。そのせいで先ほどから狩れているのは逃げ遅れた小動物たちだけだ。ズメウがタスカーをすでに狩っている為、食糧的にはギガの分を抜けば足りるほどは集まったものの、ギガを入れるとタスカーの一匹を余分に狩っておきたい。
ズメウは呑気に笑いながら立ち上がる。その体には既にいくつかの傷ができていた。この傷も狩りの際に相手にやられたものでは無い。彼がこのように呑気に歩いている際に自分の槍に引っ掛かりできた傷だ。聞けば初めに会ったときにできていた傷もこのように自らつくったものらしい。
「ズメウ、静かにしてくれないか? 獲物が逃げちまう」
「ん? ああ、わかったっぺ」
だが、それでもズメウは呑気に歩き出す。注意して静かになって歌いだす。さっきからこの繰り返しだ。真の敵は仲間にあるなどという言葉を耳にしたことがあるが、どうやら本当らしく、厄介極まりない。俺はズメウに気取られない様に静かに溜息をもらした。
「しっかしなかなか獲れねえべなぁ」
「・・・・・・そうだな。ギガ、近くに獲物はいないか? できれば大物がいいが」
「分からなイ」
「・・・・・・だよなぁ」
それに加えついさきほどまで降っていた雨の影響でギガの鼻が利かなくなっている。いや、正確に言えばここに来るまでの3日間もギガの鼻は利かない状態だった。だが、それでも狩りを行えていたのは息を顰め、対象に気取られないよう注意深くしていたからだ。ズメウがいる現状、狩りは難しいだろう。
「はぁ・・・・・・そろそろ引き上げるか?」
「・・・・・・ちょっと待てぇ」
俺が狩りを終えようと声を上げるのと同時にズメウが何かに気づき、森の奥を凝視する。俺もつられて奥の方を見ると、そこには何か黒い2つの生物がどこかに向かって走っているのが見えた。
「・・・・・・あれは?」
「アドウルフだな」
ズメウは俺の問いに素早く答える。アドウルフ、聞いたことのない獣だ。
「アドウルフ?」
「ああ、そうだぁ。別名が死肉食らいって言うだけあって集団で獲物を横取りして生活している獣の一種だぁ」
要はハイエナみたいな獣というわけか。
「あれは強いのか?」
「いんや、タスカーに比べっと弱いべ。闇に紛れる能力があるけんど日の出ている今なら問題ないべ。あとは・・・・・・数が多い事くらいかぁ?」
ズメウはぎこちない笑みを浮かべながらポリポリと額を掻く。狩りの人数的な問題を気にしているのだろうか。だが、数が多いという事はギガの食料も補てんできるという事だ。
「なぁ、あいつらを狩らないか? どちらにせよこれじゃ飯も足りないし」
「まぁ・・・・・・ええけんども」
ズメウは口籠る。その顔はあまり狩りたくないという感情がひと目でわかるものだ。何が問題なんだ? もしかすると集団だと厄介な相手という事なのか?
理由を聞こうと口を開こうとする俺よりも早く、ズメウはその答えを口にする。
「・・・・・・あいつらまじぃぞ?」
味の問題だったらしい。
・・・
かくして俺たちは細心の注意(主にズメウの注意力に対するものだが)をしながら森を駆けるアドウルフを追う。ズメウの話ではアドウルフは何匹かで集団で行動する。その為、集まったところを一気に狩るために悟られない様に追っている。因みに、アドウルフを食べる本人であるギガに味の事を聞いたところ、全く問題ないと答えた。
2匹のアドウルフは森の中の川沿いで足を止めた。川沿いには他にも3匹のアドウルフが集まって何かを食べているのが伺える。今まで草陰に隠れて全体像は見えなかったが、その姿は体長1m程の赤い眼光を持つ黒い狼だ。だが狼とは違い、その体毛からは僅かな黒い煙のようなものが出ている。
「よしズメウ、あんたには俺と一緒に先陣を切ってもらうつもりだが、くれぐれもドジを踏んでくれるなよ。ギガ、お前は逃げそうなやつをこっちにおびき出してくれ。あと、深追いは厳禁だ。二匹狩れれば十分だしな」
「わかったよぉ」
「んあ」
俺が小声で指示を出すと、二人から同じく小声で返答を返される。ズメウに注意を払うとさすがに狩る直前の為かその瞳に油断は無い。
俺は武器である銛を握りしめながら、眼前に目を向ける。アドウルフ達はこちらを気にする様子もなく何かを貪っている。
因みにこの銛はリザードマン達から借りたもので、ここまで来る道中の得物はギガのその腕力とギガに刺さっていた矢を用いて狩っていた。ものすごくやりづらかったのは言うまでもないが。
「行くぞ!」
掛け声と同時にズメウと俺は草陰からアドウルフに向かって飛び出す。アドウルフ達もその音で俺たちの存在に気づき、こちらを振り向く。
アドウルフ達は俺たちを一瞬見ると、即座に攻撃に転じてくる。五匹のうち両脇の二匹が左右から俺たちに噛みつこうと牙をむき出しにして襲い掛かってくる。だが、
「ふんっ!」
俺より足が速く、先行したズメウは片腕からの槍の一振りで左のアドウルフを二匹とも川の水面に叩きつける。そして、もう片方の右手が右側から襲ってきたアドウルフの首元を掴んだ。
「おらぁ!」
俺も負けじとズメウに襲い掛かる右側のアドウルフに銛を突き立てる。アドウルフの牙がズメウに届く前に銛で地面に叩きつけ、腹這いに刺さった銛をさらに深くに差し込む。
「「「キュウゥゥーン」」」
「グオォォ!」
二匹のアドウルフが捕まったのを見て川沿いに居る3匹のアドウルフ達が逃げようとするが、そのうちズメウによって叩きつけられた二匹は、ギガの巨碗によってその体の骨を砕かれ、動かなくなった。
「ッチ、逃げられたか」
俺は眼下にいるアドウルフを仕留めながら逃げていくアドウルフの後ろ姿を見送る。正直、5匹すべてを狩るつもりだった為、少し悔しい。
「ま、これだけいれば大丈夫だっぺ」
ズメウもまた、その右腕でアドウルフの首をゴキリと捻る。ズメウに捕まれ暴れていたアドウルフはその音と共におとなしくなった。
「さって、食料も十分だし帰るか」
「そうだっぺな」
「食べていいカ?」
俺とズメウがアドウルフを担いでいると、ギガがいつもの調子で話しかけてくる。
「ギガ、食べるのは帰ってからな。いつも言ってるだ・・・・・・ろ・・・・・・」
俺はギガの方向に振り返り、そこで言葉を止める。止めた理由はギガの足元にあるものを見たためだ。
ギガの足元には3つの麻袋がある。そのうち2つは先ほどアドウルフによって食い破られたであろう跡とそこから出ている人間の臓器や骨などが飛び散っていた。食い散らかされて判別は付きづらいが、その死体は恐らく女性・・・・・・それも少女という言葉の似あう女性のものだろう。
人工物であり、中身入りの麻袋をわざわざここまで捨てるようなやつはいない。そのため、どうやったかは知らないが川に流されてここまで来たのだろう。
「あんらぁ・・・・・・人間だっぺさぁ」
ズメウは見るも無残な人間の残骸を見てぽつりとつぶやく。その言動からは人間を見下すような感情は含まれておらず、ただ見たままの感想を言っただけに聞こえた。だが、俺を人間と知っているズメウは呟いた直後に申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「いや、俺も人間を殺したことのある身だ。獣と同じ扱いができる・・・・・・とは言い切れないが気を使ってもらうまででもないよ」
俺はズメウに落ち着いた声で言葉をかける。俺の言葉にズメウもホッとしたのか顔を上げた。
「しかし、なんでこんなところに人間が・・・・・・ん?」
食い散らかされた人間の死体の後ろにあるまだ食い破られていない麻袋がもぞもぞと動く。まるで自分たちが来たことに気づき、小さな力で自らの存在を誇示するように。
俺は麻袋に近づき、その口に堅く結ばれている紐を解く。中からはボロを纏った白髪で色素の薄い皮膚をした10歳くらいの少女が出てきた。
少女の顔は真っ赤に染まり、息苦しそうに呼吸を繰り返している。そして、その小さな腕は何かを求めるように空中へと伸ばされている。
俺は少女の服装に見覚えがあった。そして、その記憶は即座に思い出される。それは、俺が奴隷の時に着ていた服装だった。
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