第21話 湿地に住まうもの
魔王を知っている者の生き残りは少ない。
アレイジばぁちゃんから聞いた話だ。大半は戦死してしまい、残った者も多くは寿命ですでに死んでいるからだそうだ。だからある意味このドラゴニュートと出会えたのは運がいいのかもしれない。
・・・
ドラゴニュートーー日本名でいうところの龍人。龍の変身した姿や人間とドラゴンから生まれた子供、時には呪いによって姿を変えたなどいろいろな説があるが、彼はどういう存在なんだろうか。
「ん? どした?」
ギガの治療の時に使った薬効の僅かにある草でドラゴニュートの傷口を塞いでいると俺の視線に気づいたのかどこか田舎の訛りのある声をかけてきた。
「いや、ドラゴニュートって、龍・・・・・・つまりドラゴンにも変身できるもんなのか?」
童話や小説などに出で来る龍人は龍の形態や人の形態になったりすることがある。もしかしたらそういった魔法的なことができるのかも。
「そんなことできねーべよ」
俺が少し心を躍らせようとしていると、ドラゴニュートからそれをバッサリと否定される。
「変身って、そんな魔王様じゃねーんだからぁ」
「そ、そうか」
「そういえば名乗ってなかったなぁ。おらズメウっていうべさ。治療してくれてありがとなぁ」
ドラゴニュート改めズメウは簡易的な治療を終えた俺に向かって頭を下げる。こういった龍種の生物はプライドが高かったりするものだと思っていたが、ズメウはそうではないようだ。
「いや、回復魔法も使ってない状況で礼を言われても困るよ」
「いんや、あんたはいい人だ。このオーガ・・・・・・ギガ、だったか? あんたのおかげでこいつとの戦闘にならなかっただよ」
ズメウはギガを観察する。ギガはズメウが襲ってこないと安心している為かズメウの隣に転がるタスカーに涎を垂らしている。
「ギガ、食うなよ。俺たちが取ったわけじゃないんだから」
俺は念のためギガに忠告を入れ、ズメウとの話に戻る。
「俺は
俺の言葉、特に人間という部分にズメウはピクリと無い眉を顰める。
「人間・・・・・・かぁ」
そりゃそうだろな。こいつらにとって人間は敵だろう。それは仲間たちの集落や人間の国で嫌になるくらい身に染みた常識だ。しかし、どうしたものか。
俺がどうにかして警戒を解こうと考えていると、ズメウが真剣な顔をして俺へと問いかけてくる。
「あんたぁ、なにもんだぁ? なんでオーガと仲良くする?」
ズメウ右手でそっと槍を掴む。そしてその視線は俺の腰に付けているガックの頭蓋骨へと移っていた。回答を間違えればおそらくただでは済まないだろう。
「・・・・・・アレイジばぁちゃんを知っているか?」
アレイジ、それは
「アレイジ・・・・・・?」
「ああ、北の森でゴブリン達の集落の族長をやっていた老婆のゴブリンだ」
俺の言葉にズメウの表情は何かを思い出したようでだんだんと崩れていく。その顔はどこか柔和な笑みの様にも見える。
「あのくそガキが族長かぁ。そおかぁ」
くそガキ・・・・・・か、という事はズメウの歳はいくつになるのだろうか・・・・・・100は超えているとして・・・・・・、てかくそガキって。
俺がアレイジばぁちゃんの過去についての考えを巡らしているとズメウが表情を変えずに言葉を返す。
「あいつは元気かぁ?」
ズメウの言葉に俺の心は沈んでしまう。すでに死んでしまった事を言うのは心苦しい。それに俺もあまり話したくはない話題だ。だが、ここまで言って言わないわけにはいかない。
「アレイジばぁちゃんは・・・・・・みんなは殺されたよ」
ズメウは予想通りというかなんというか、やはり俺の言葉ににこやかな表情から驚愕の表情に変化させた。ズメウは口をパクパクと動かすものの、そこからは言葉を発せないでいる。
「・・・・・・殺された・・・・・・かぁ」
ズメウのようやく吐き出された言葉は、ため息交じりのどこか諦めたような、憎しみが込められているような、慈しむような・・・・・・そんな様々な感情が込められた複雑なものだった。
項垂れ、すでに俺たちへの敵意を感じられないるズメウに俺はこれまでの経緯を話す。ゴブリン達に助けられ、そのゴブリン達が人間に殺され、そいつはすでに死んだことを。
俺の話を聞き、ズメウは何か納得したようで俺に向き直った。
「そぉかぁ、あんた、アキラっていったかぁ? 召喚されたのかぁ・・・・・・なるほど」
「なにか知っているのか?」
ズメウの意味深な言葉に俺は思わず問いただしてしまう。
「いんや、魔王様もそうだったかんなぁ」
魔王・・・・・・おそらく100年前に魔の者を統治していた王の事だろう。
「魔王って人間だったのか?」
「ああ、そうだぁ」
衝撃の事実だった。まさか人間と敵対している者たちの王が人間だったとは。
「なんでアレイジばぁちゃんは教えてくれなかったんだろう」
「そりゃ、若すぎるからなぁ。知ってるのは軍の奴らとかだしなぁ・・・・・・」
100年前ではアレイジも17歳。さすがに軍には参加していなかったのだろう。知らないのも無理はないか。
「さ、昔話もなんだし行くかぁ。痛みも引いてきたしなぁ」
ズメウはニヤリと鋭い牙を見せると立ち上がる。その表情から俺に対する敵意は消えていた。どうやら敵ではないと信じてもらえたようだ。
・・・
「で、アレイジばぁちゃんとはどういう関係だったんだ?」
雨が降りしきる中、歩きながらズメウに質問を投げかける。ズメウは傷口を雨に濡らしながら槍を担いで俺の隣を歩いている。因みにギガにはタスカーを運んでもらっている。
「どういうって・・・・・・おらが衛兵をしてた時によぉイタズラされたべさ。あのガキがで掘った穴によお落ちたわ」
ズメウはにこやかに話す。だが、その表情には少し陰りが見えているようにも見える。やはり知り合いだったアレイジの死に少し応えているのだろうか。あまりこの話題を続けるべきではないのかもしれない。
「そういえばなんでこんな大きな獲物を一人で狩っていたんだ?」
俺はギガの担ぐタスカーを指しながら尋ねる。俺の経験からすれば狩りというのは何人かのグループで役割分担をして行うものだ。一人での狩りも不可能ではないものの、思わぬ事態の際に仲間がいなければそのまま死に直結する可能性もある。
「いんやぁ、この雨のせいだよ」
ズメウは未だに血の滲む腕を上空にあげる。空は未だにどんよりと曇っており、空からは大量の雨粒が体表の熱を奪っている。
「こんの雨で沼の魚が流されてなぁ。それに太陽が出無いせいで皆の体温も下がっちまってなぁ。おらしかちゃんと動けるのがいなかったんだよ」
「仲間ってリザードマンだよな?」
「ああ、そうだぁ」
変温動物である蜥蜴は気温の変化で動きが鈍ると聞くが、人型の蜥蜴であろうリザードマンも同じ性質があるのだろうか。
「お、着いただよ」
歩いているといつの間にやら周囲の木々は減っていき、開けた湿地帯へと辿り着く。湿地帯は雨の影響でかなり増水しており、今の状態では池と表現するのが正しいだろう。水が膝まで浸かっている。
「かえったぜー!」
ズメウが訛りのない声で呼びかけると、湿地帯の手前に点在しているいくつかの木でできた小屋から蜥蜴が顔を覗かせた。
「おーい、どうしたー?」
ズメウは呼びかけるがリザードマン達はそこから動こうとはしない。
「なぁズメウ、あんたあいつらと言葉通じるのか?」
リザードマンに呼びかけるズメウに俺は問う。
「ん? リザードマンの声で話しているだけだぁ」
ズメウは喉を鳴らしながら自慢げに答える。日本人が英語を話すようなものなのだろうか? 俺には訛りのとれた言葉にしか聞こえないが。
「おーい、こいつらは大丈夫だぞ! 俺が保証する!!」
一人称まで変わるのか。
ズメウの言葉にリザードマン達は安堵したのか続々と小屋から出てきた。
リザードマン達の風貌はまさしく蜥蜴が直立したような風貌をしており、ズメウのような角や耳の鰭、牙が無く、よく見れば鱗の形もズメウが尖った硬質なものに対してリザードマン達は鱗が重なり合わず粒状に点在している鱗で覆われている。
「ズメウさん、なんだいこのエルフとオーガは」
小屋の一つから出てきた周りよりもひときわ大きなリザードマンが俺たちに近寄りながら話しかけてきた。この話ぶりからしておそらくこの集落の長か何かだろう。
「客人だよ。俺の傷を薬草で治療してくれたんだ」
ズメウは自らの身体に張り付けた薬効のある草を剥がし、リザードマンの前へと出した。リザードマンはそれを見てふんと鼻息を鳴らすと俺の顔に鼻先を近づける。
「・・・・・・なんでエルフがこんなとこに居んだよ。ドワーフならまだしもこの辺にはいないはずだぜ?」
「いや、彼は人間だ」
ズメウの言葉にリザードマンは右手で俺の首を掴んだ。
「ぐ!? ・・・・・・ぅぅぅ」
こいつ、なんて力だ。
首を絞められ、その上体が宙に浮く。より一層絞めてくるリザードマンの手を外そうともがいていると不意に力が弱められた。
「ゴホッゴホッ」
「・・・・・・やるか?」
上を見上げるとリザードマンの腕をギガが掴んでいる。さすがにギガの怪力の前では力を緩めざる負えないのだろう。
ギガはリザードマンが手を離したのを確認すると腕を掴んでいる手を離した。だが、その眼光はリザードマンに向かって鋭く光っている。
「ギル、やめろ」
「ゴホッ・・・・・・ギガ、お前もだ」
俺とズメウの注意で二人の視線は外される。だが、お互いに敵意を隠そうともしないでいた。
「はぁ、すまないなアキラ。ここ最近人間どもの動きがあってな。気が気じゃないんだよ」
「ズ、ズメウさん。人間なんかに何頭を下げているんですか!?」
ズメウは申し訳なさそうにこちらへ頭を下げた。ズメウにギルと呼ばれたリザードマンは慌ててズメウに頭を上げるように促すが、ズメウは頭を上げる気配を見せないでいる。
「や、やめてくれ。人間相手に警戒するのは当たり前だ」
立ち上がり、ワンテンポ遅れて頭を上げるように促すとズメウは頭を上げた。
「ま、気性は荒いが中身はいい奴らだ。仲良くしてくれ」
「・・・・・・」
ズメウは口調を田舎臭くしながらにっこりと笑みをこちらに向けた。それとは対照的にギルは未だに警戒を解こうとはしていない。
「別に怪我を負ったわけでもないから大丈夫だ。それよりもズメウ、傷を治療してはどうだ? 魔法使いがいるならだが」
「お、そうだな。じゃ俺は行くからギル、あとよろしくな」
ズメウはギルの肩をポンと叩き、小屋へと向かっていく。小屋の方を見ると小屋から頭を出していただけのリザードマン達がズメウに向かって走っていくのが見える。その多くがズメウを心配する者たちのようで、魔法が使えるリザードマンはズメウの側に行くと歩きながら回復魔法を掛けているのが見える。
「ギル・・・・・・だったよな。俺は暁。こんななりだが人間だ。そんでこっちはギガだ。まぁなんだ・・・・・・仲良くしよう」
俺はぎこちない笑みを向けながらズメウに握手をすべく左手を指し出す。
「俺はギル。ここの仲間たちの長を任されているものだ」
ギルは視線を下に向け、舌打ちをした後、ズメウの後を追うため背を向け歩いて行った。その顔はまるで納得はしていないものの、ズメウの言葉が無ければいつでも戦闘する気概があるものだった。
「・・・・・・はぁー、怖かった」
「アキラ、これどうすル?」
ギルに絞められた首元を撫で、先ほどまでの恐怖による緊張を解いているとギガが肩に担いだタスカーを片手で持つと俺に話してくる。
「・・・・・・食うなよ」
この状況でリザードマンのためにとった獲物まで食ってしまっては殺し合いまではならなくとも追い出されること間違いなしだ。
俺はギガに忠告するとギルの後を追う。出るにせよ居座るにせよタスカーを渡しておきたい。
「止んダ」
ギガの言葉につられ上空を見上げると上空の雲の切れ目からは太陽の光が見え始める。この分だと明日は晴れるだろう。
俺は明日からの生活の事を考えながら改めてギルの後を追った。
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