第3章 生の目的

第20話 新たな旅路

 奴は死んだ


 実際に見たわけでは無い。だが、そうらしい。じゃぁ俺はこれから何をすればいい?


・・・


 薄暗い木々が広がる森と遠くまで見通すことのできる草原の境界で俺は驚愕の情報を手にれる。


「死ん・・・・・・だ?」

「え、ええ、そうです」


 森で一晩過ごし、情報を集めるためトードーの通る鉱山への道で待ち伏せしてトードーに接触をした。そして、そのトードーから聞かされたのはブレイブの訃報だった。


「・・・・・・詳しく教えろ」


 トードーへと鋭い視線を向けるとトードーは少々萎縮しながら情報を吐いていく。


「け、今朝国からの情報でそう書いてありました。犯人の名前はロプト、黒髪黒目のエルフで先日の闘技場の予選を勝ち上がったとか・・・・・・あっ!」


 黒髪黒目って・・・・・・もしかして俺の事か?


 トードーに視線を戻すと、トードーは俺に向かって探る様な視線を送っている。


「・・・・・・俺は殺してないぞ」

「え・・・・・・ええ、そ、そうですよね」


 トードーは「ははは」と乾いた笑い声を上げる。だが、すでに確信しているようでその表情には恐怖が見え隠れしている。


「で、なんでお前はブレイブについて俺に教えなかった?」


 俺が再び鋭い視線を向けると、トードーの顔の恐怖の色は濃くなった。


「だ、だって、あなた様はは誰だって言ってたじゃないですか! そ、それに女王様の側近護衛であるブレイブ様の鎧なんて見たことある人の方が少ないですよ!!」


 トードーは捲し立てるように言い訳をする。ま、俺もそこまで怒っているわけでは無い。別にどうこうするつもりもない。


「と・・・・・・ところで一つお聞きしてもよろしいですか?」

「ん? なんだ?」

「何故手足に枷を・・・・・・?」


 トードーは俺の手足を注視する。手足には黒い枷。怪しいと思われるのも頷ける。


「いや・・・・・・まぁ・・・・・・色々とな」


 思わず言葉を濁す。真実など言えるわけが無い。こいつには首輪をつけている為心配する必要はないとは思うが。


「・・・・・・あの、これは外してはもらえないのでしょうか」


 俺が喋らないでいると、トードーはおずおずと首元の枷を指しながら俺に聞いてきた。俺はそれの首を振る。


「いや、駄目だ」


 俺の情報を漏らされては困る。正直なところ、ブレイブの死んだ今、俺には特にやることは無い。仮に死んでも特に思い起こすことは無いだろう。


「・・・・・・はぁ」


 ある程度俺の情報の制限をしてから解放をする。トードーは未だに何か言いたげではあったが、俺が奴の事を気にするなどあり得ない。


「どうしタ?」


 溜息をつく俺はギガに声を掛けられる。ギガの身体は昨晩の傷で痛々しくも、傷自体は大半が塞がっており、見た目は痛々しいものの動くには支障はないようだ。


「いや、なんでもない」


 ブレイブの死。それは俺の生きる目的であった。俺が今生きている理由はブレイブを殺すこと。仲間たちの仇である奴が死んだ今、俺は何をすればいい?


「生きる意味・・・・・・かぁ」


 ふと空を見上げる。空はまるでブレイブの死を悼むかのようにどんよりとした曇り空だ。雨粒が頬を濡らすのも時間の問題だろう。


「なぁ、お前はなんで生きているんだ?」

「生きル?」

「そ、生きる意味」


 ギガはうーんと唸りながら無い頭で考える。しばらくして、ギガは俺に向かって笑みを向けてこう答えた。


「お前、いいやつ。食って寝る。それが生きル事」

「そうか」


 思わず笑ってしまう。食って寝る。そりゃそうだ。そうしなきゃ生きていけない。だが、思えばギガは飯を食っているときが一番幸せなのかもしれない。こいつは飯を食っているとき、とてもいい顔になる。


 だが、うん、そうかもしれない。人間に限らず食って寝る。そんな自然なことが幸せなのかもしれない。


・・・


 仲間たちの集落だった場所に移動する。風のせいか集落にはすでに灰すら残っておらず、だが仲間たちを埋葬した部分はこんもりとした土、その上には小さな植物の芽が芽生えていた。


 元々ここは仲間達が切り開いた広場だったため、ここが森に飲み込まれるのも時間の問題だろう。


パンッ


 仲間たちの前で手を合わせる。別に仏教などの宗教を信仰しているわけでは無いが、なんとなくこうすればあいつらにも言葉が届くような気がしたためだ。


バンッ!


 隣で大きな破裂音がする。閉じていた目を開け、音の場所である隣を確認するとギガが俺を真似して手を合わしている。


「んあ?」


 俺の視線に気づいたのか、ギガが閉じていない目をこちらに向ける。その目はとても俺のしている行為を理解しているようには思えないが、なんとなく胸の内が温まった。


・・・


 雨の中、ひとまず昼食のための狩りを終える。相変わらずギガの鼻はよく、俺とギガには少し多いくらいの得物が取れた。


「さて、どうするか」


 獲物を食べるギガを横目に集落を確認する。集落は少しではあるが、徐々に森へと飲み込まれつつある。これだけならばギガと二人でここで暮らすには問題は無い。だが、狩りのついでに北の様子を見に行ったが、国の木の伐採スピードは思った以上に早いらしく、長期的に見るとここに住んでいても見つかるのは時間の問題だ。


「・・・・・・旅でもするか」


 どうせ人間の国では犯罪者だ。それに森さえあれば生きていけるくらいの自信はある。それにアレイジばあちゃん曰く、南にはリザードマンの住む湿地があったと言っていた。とりあえずはそこに向かうとしよう。


 俺はギガを引き連れ再び狩りのために森へと入った。出発は明日だが、湿地までどれくらい時間がかかるのかも分からない。念のために余分に食糧があった方がいいだろう。


・・・


「・・・・・・さっぶ」


 翌日、額を打つ雨粒で目を覚ます。外は雨が降っており、地面に雨粒を打ち付ける音が周囲の音をかき消している。


「・・・・・・グゴッ」


 ギガは木にもたれかかりながら寝息を立てている。この雨でも目を覚ます様子は無い。


「しかし・・・・・・雨かぁ」


 俺の声は周囲の雨音でかき消される。土砂降りだ。雨は周囲の音が聞こえにくくなる為、森での狩りや移動の際は晴れの場合よりも雨の方が危険を察知し辛く、危険だ。


 今日移動しようと思ったが・・・・・・どうするか。


「……が?」


 朝が早いにも関わらず、珍しくギガが目を覚ます。


「どうした?」

「・・・・・・気のせいカ?」


 ギガはしばらく辺りを見回して、呟く。ギガの鼻はこんな雨の中でもしっかりと機能する。近くに獣でもいるのだろうか?


「ま、いいか」


 この森の周辺にはギガにかなうほどの獣はいない。油断しなければ大丈夫だろう。


「ギガ、行くぞ」

「んあ!」


 俺は出発することに決めた。この森もどこまで広がっているかは分からない。湿地まで何日もかかる可能性がある。出るのは早い方がいいだろう。


・・・


「・・・・・・止まないな」


 3日後、雨の中、俺とギガは森のぬかるんだ道を進んでいた。この3日間雨は止む気配を見せず、降り続いている。


「しっかし、遠いな」


 さすがに3日間歩き続けているわけでもなく、狩りをしながらの移動の為、ただ歩くのみに比べれば距離は思いのほか進んでいないのは分かる。だが、この森の終わりは一向に見えず、無限に続くかのように森は続いていた。


「・・・・・・ハラ減った」


 ギガは項垂れながらとぼとぼと歩く。一応、狩りは成功しており食糧自体はしっかりとあるが、如何せんこの3日間のほとんど――時間にして1日約8時間ほど歩き続けている為か、ギガの腹の減り具合が加速している。


 それに加えてこの雨だ。雨はある程度木々の葉で遮られてはいるとはいっても体表に当たる雨はじりじりと体力を削っているのは確かだ。まぁ、水分事情はこのおかげで何とかなってはいるが。


「しかし・・・・・・遠いな」


 雨が目に入る。うっとおしい。目を瞬かせながら黙々と歩いて行く。少し疲れた気がする。そろそろ休むか。


「ギガ、今日は終わるか」

「・・・・・・あれ、なんダ?」

「ん?」


 ギガは森の奥の何かを指さすのその方向を見る。雨と木の陰りのせいではっきりとは視認することができないが人型の影が見える。


「・・・・・・人間か?」


 いや、それは無いか。ここは王国からかなり離れている。それにわざわざこんな森に入るやつもいないだろう。と、いうことは、


「・・・・・・リザードマン」


 ここが湿地に近い場所ならばその可能性は高い。


 問題はあの影が何だったとしてもそれが友好的かどうかだ。もし奴が好戦的だった場合、奴が弱ければいいが、王国で会ったブレイブやアンジュの様な強さを持つものだった場合、ギガはともかく俺では太刀打ちできない。しかし、


「動かないな」


 影は俺があれこれ考えている間も動く気配は無い。もしかしたらこちらの動きを注視しているのか?


「ギガ、何かわかることはあるか?」

「血の・・・・・・臭イ」

「血?」


 怪我をっているのか? それとも食事中? いや、アレイジばあちゃんの言動から恐らくは野生の獣たちとは違う理性のある奴らだ。恐らく仲間達ゴブリン達の様に狩りをするものや集落を守るものがいる筈だ。そんな奴が今獲物を食べるとは考えづらい。


「近づいてみるか」


 雨なので足音の大半は聞こえないだろうが、念のため忍び足で近づいて行く。


 近づいて行くうちに、シルエットしか見えなかった対象がはっきりと見えてくる。


 対象はやはりというかリザードマンだろう。だろうというのは俺が想像していたリザードマンとは少し違っていたためだ。大まかな部分は黒い鱗に覆われている二足歩行のトカゲというオーソドックスなリザードマンの形をしていたが、口元には鋭い牙を覗き見ることができ、目元から頭の後ろまで鱗でおおわれている尖った角のような機関が付いている。また、人間でいう耳がある場所には魚の鰭のような何かが耳の代わりについている。


 リザードマンは体の所々から血を流し、地面に槍の様な武器を突き立てうずくまっている。そして、木に隠れていて遠方からは確認できていなかったがその側には俺やギガの狩った事のない4m程の大きなタスカーが地面に転がっていた。


「おい、大丈夫か?」


 俺はリザードマンに声をかける。リザードマンは俺の声が聞こえたのかこちらを振り向いた。


「なんだぁ!?」

「うおっ!」


 リザードマンはこちらに振り向く。おい、こいつほんとにリザードマンか?


「なんだぁおめぇ!?」


 俺が口から吹いている火に驚いているとリザードマンは火を噴くのを止め、田舎者のような口調で俺に怒鳴る。いや、怒鳴っているように聞こえただけか。


「お前、大丈夫か?」

「ん? ああ、なんてこたねぇよ」


 リザードマンは血だらけの腕で力こぶを作って見せる。力こぶからは一筋の血が垂れた。


「おい、無理すんなって」

「お、気遣いありがとよう!」


 リザードマンは「ガハハ」と高笑いする。こいつは警戒心というのが無いのか?


「どうダ? 危険カ?」

「うおっ!」


 ギガの登場により、リザードマンは飛び上がると槍を構える。


「お、おい! ギガやめろ!」


 リザードマンを見て戦闘態勢に入るギガを慌てて止める。リザードマンもギガが俺の指示でおとなしくなるのを見て槍を下ろした。


「あんた、いったいなにもんだい? 見たところ人間のようだが」


 リザードマンはギガを警戒したまま俺に尋ねる。言動は田舎臭いが、その視線はしっかりとギガを捕えている。


「ただの人間だぞ?」

「人間かぁ、でもなんで言葉が通じるんだぁ?」


 リザードマンはポリポリと鱗に覆われた手で顔を掻きながら俺に尋ねる。その視線はギガに向けたままだが。


「さぁ、なんかここに来た時からこうだ。てか、なんで俺を警戒しないんだ?」

「あんたおらより弱いからぁ」

「弱・・・・・・」


 弱いって、軽く凹むぞ。


「で、なんだいこのオーガはぁ?」

「・・・・・・え?」

「だからぁ、このオーガはなんだい?」


 ギガの事か。ギガは俺を不思議そうに見ながらやり取りを見ている。まぁ、ギガには俺の言葉しか理解できないから仕方のない事だ。


「こいつは俺の仲間だ。別に危害を加えさせるつもりはないから安心してくれ。それと一応ギガって名前もある」

「そおかぁ、ギガっちゅうんか」


 リザードマンは目を細める。そして、何かを決意したように頷く。


「うん、あんさん方はいい人だ。これ以上疑うのは失礼だなぁ。怪我の心配もしてくれたしなぁ」

「それはよかった。ところでお前はリザードマン、でいいよな?」


 俺が質問をすると、リザードマンは不思議そうな顔をこちらに向ける。


「ん? おらはドラゴニュートだっぺさ」


 リザードマン改めドラゴニュートはこちらににっこりと笑顔を見せた。

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