幕間

閑話2 殺意の輪廻

「・・・・・・朝か」


 窓の外を見る。外はまだ薄暗く、だが、徐々に昇ってくる太陽の燈色の光により明るくなり始めている。


 日の出と共に起き、日の入りと共に寝る。いつもの習慣。寝る時間は場合によって変わるが、起きる時間はギルドに入る前も、入ってからも変わらない習慣だ。


「ん・・・・・・ふぁ・・・・・・」


 睡眠で少し固まった四肢を伸びをして軽くほぐす。自分の小さな体に付いている人間の数倍の密度の筋肉からは少しばかり、心地よい痛みが返ってくる。


 ベッドから降り、身支度を済ませる。身支度とはいっても服は起きたままで出られるもので、今日は武器を用意する必要もない為、金の入った皮袋を腰に付けるだけだが。


「おはよう」

「アンちゃんおはよう。はい、いつもの」

「ありがとう」


 階下に降りると宿屋の主の男が朝食を出してくれる。いつもの様に朝食の代金を支払い、自分の背を伸ばし朝食を受け取った。


 この身体は人間の国では不便極まりない。そもそもこの国に暮らす人間という種族はドワーフである私よりも身長が50㎝は高く、それ用に設計された物ばかりだ。


 それに私の身長と同じ人間は子供ばかりだ。そのせいでこの国に来てからどれほど馬鹿にされたことやら。


「・・・・・・はぁ」


 それに昨日のとかいうやつもそうだ。予選の時から危ないやつだとは感じていたが、ブレイブに手を出すとは命知らずというか、間抜けというか・・・・・・。あんな奴を庇ったブレイブもおかしいか。


 朝食の野菜のスープに固いパンを浸して食べていると外が騒がしくなってくる。何か起きたのだろうか?


 外をボーっと見ていると宿の主の妻が息を切らしながら店に入ると、主であり夫である男に息も整えずに言葉を連ねる。


「あんた! ブレイブ様が・・・・・・亡くなったって!!」


 その言葉に私――アンジュ・レッティの脳内は激しく混乱し始めた。


「そんな、まさかそんなわけが無いだろう。なぁアンちゃん」

「外に行ってみな! 掲示板にも張り出されているし、外は大騒ぎだよ!」


――掲示板


 恐らくは国が国民に対して情報を知らせるために交付しているあれの事を言っているのだろう。そうであるならその情報の確実性は高く、信じられないがあのという情報は彼が女王の直属の護衛という事もあり、確実なものだろう。


「ほら! アンちゃんも行ってみな!」


 宿屋の妻に急かされ、急いで朝食を食べ終え外に出る。


 外は宿の中でも聞こえていたように騒がしく、特に今回の闘技場コロシアムに出た奴らはブレイブの死についての憶測や、自らの彼に対する闘志を好き勝手に騒いでいるのが伺える。


 中には自分だったら勝てるなどと大きく出る奴もいたが、何度かクエストに同行した私にはそれが生半可な鍛え方ではできないことを知っている。


 人々の流れに乗りながら町の中央にある城の前の掲示板までたどり着いた。


 掲示板の前には人だかりができている。私は人だかりを力付くで除けながら進んで行き、掲示板の前まで辿り着くと、その内容を確認する。


 掲示板には以下の内容が書かれていた。


=====================================


訃報


 昨日夜、エリーゼ女王殿下の直属護衛であるブレイブ様が何者かにより殺された。


 殺人犯はエルフのような特徴を持ち、髪と目は黒く、先日の闘技場予選第一回にて勝ち上がったロプトという者。


 情報求む


=====================================


 ロプト・・・・・・。


 予選第一回でエルフとなるとアキラ、あいつしかいない。だが、ロプトという名前だったのか? アキラ・ロプト・・・・・・ロプト・アキラ・・・・・・?


 変な名前だがそれが奴の名前なんだろう。しかし、あのブレイブがあんな奴に殺された? 冗談だろ?


「おお、アンジュ殿」


 一旦掲示板から離れ、掲示板の書かれていることを頭の中で審議しているとルブレールが話しかけてきた。


「ルブレールか、これは真実なのか?」


 私はブレイブに近しい人間であるルブレールに掲示板を指しながら疑問をぶつける。


「残念ながら、そうらしい」

?」


 ひどく曖昧な返答だ。王国騎士団団長と言えば貴族、王族に並ぶくらい国王や女王に近い存在だ。そんな彼が女王の護衛であるブレイブの死について詳しく知らないとはどういうことだ?


 疑問をルブレールに投げかけると、あまり公にしたくない話なのか身をかがめて顔を私の耳元へと寄せる。


「場所を移動しよう」


 ルブレールはそう一言耳元で囁いた。周囲を確認するとルブレールに気付いた幾人かの人間が聞き耳を立てているのが分かる。あまり聞かれたくない話らしい。


 私はルブレールと共にその場を離れた。


・・・


 場所を移し、客のいないカウンターバーにやってきた。店内は薄暗くも見通すには程よい光度を保っており、店内のアンティーク調の木製テーブルやカウンターを照らしている。まだ酒を飲むには早い時間のはずだが、ルブレールの行きつけの店なのか特に疑問を持たれずに奥の席へと通してくれた。


 席に着き、店主に水を頼む。酒を飲む気分ではないためだ。だが、ブレイブの死、という事もあってかルブレールは度数の高い酒を注文した。


「で、ブレイブはどうなっているんだ? 葬儀はいつだ?」


 注文したものが届き、一段落したところで改めて質問をする。ルブレールは私の言葉に渋い顔を示す。


「なんでも死体が一部を残して消滅したという話だ。アキラ・・・・・・ロプトはエルフだったろう? 直接見たわけでは無いが腐敗魔法でやられたらしい」


 ルブレールの言うようにエルフの得意とする魔法は風魔法と植物魔法、その中でも腐敗魔法は生命体を腐敗させる魔法がある。腐敗魔法はその名の通り対象を腐敗させる魔法で時間や魔力にもよるが今回の様に体の大半を消滅させることもできるだろう。おそらく今回はブレイブに何らかの睡眠魔法を魔法を掛けて動きを封じたのだろう。だが、


「奴は牢に入っていたんじゃないのか?」


 そう、昨日奴はルブレールの手によって牢屋に入ったはずだ。


「どうやら昨晩のうちに脱走したらしい」


 脱走・・・・・・か。


 確かにブレイブ程の男を眠らせさらに腐敗魔法を掛けた男だ。牢屋の檻ぐらい風魔法で切断は容易だろう。それほどの実力は感じなかったが。


「しかしなんでわざわざ腐らせて殺したんだ? それよりも風魔法か何かでやる方が早いはずなのに」


 そう、そこが疑問だ。奴はブレイブに対してわざわざ時間のかかる魔法を行使して殺した。そんな時間のかかる方法をすれば城の警備などに見つかる可能性も高まる。


 だが、その疑問もルブレールによって答えられる。


「いや、それについては推測だが、理由は分かっている。奴はどうやら風魔法が使えないようだ」

「・・・・・・どういうことだ?」

「奴は牢屋を脱走する時に魔法を使わずに鉄を溶かす液体を使って檻を破ったようだ。そこで魔法を使わなかったところを見るにおそらく奴は他の魔法を使えないと考えていいだろう」


 風魔法の使えないエルフ、そんな奴もいるのか。


「しかし、なんで奴はブレイブを殺したんだ?」


 そう、今回のブレイブの殺害では実力差や城への潜入など疑問が残る部分が多い、その中でも特に分からないのが動機だ。奴は何故ブレイブを殺したんだ?


「それが一番分からない。私の知る限りではブレイブ君はとても優しい男だったよ。女王様だけでなく我々騎士団や国民一人一人にも愛されている彼が・・・・・・なぜ」


 ルブレールは目の端を僅かに潤わせながらグラスに入った酒を一気に煽る。ルブレールの事は闘技場コロシアムでたまに会う程度で多くは知らないが、やはりよほどショックなのだろう。ルブレールは俯いたまま空になったグラスを机に置くと言葉を続けた。


「・・・・・・闘技場コロシアムで見たところブレイブ君は奴に対して友愛の心を持っていた。私にはそんな相手を殺す奴はもはや人間とは思えない」


 テーブルにはルブレールから出た涙によって小さな水たまりができる。


「・・・・・・そうだな」


 店内にしばしの静寂が流れる。しばらくするとルブレールは顔を上げた。


「・・・・・・すまんな、どうも最近涙もろくてな」


 ルブレールは目元を赤くしながら薄い笑みを浮かべる。あまり見たくない笑みだ。


「いや、いいよ。仕方がないさ」


 正直、これ以上ルブレールの姿を見ていたくない。自分と同じくらい強く、勇ましい男の表情はそれほどまでに痛々しいものだ。


「・・・・・・もし、奴を殺すとなった時はあたしも呼びな。手伝うよ」

「・・・・・・ああ、ありがとう」


 私も奴に対して恨みの念が無いわけでは無い。今まで目標にしていた男を殺されたんだ。次にであったならこの手で殺してやる。


 ルブレールの飲んだ酒を2つ注文する。酒はすぐに運ばれ、ルブレールと共に飲み交わしながら、ブレイブの仇である奴――ロプトを殺すことを決意した。

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