第19話 消滅と脱走
結局、個人で行えることの限度などたかが知れている。
誰かがいなければ何かを成すには大変な努力や経験が必要になる。だが、俺の復讐という目的だけは個人で終えなければならない。誰かに頼るなど、お門違いな話だ。
・・・
「ま、俺にはどうでもいい話か」
俺は視線を外す。俺にとって国の事情など、奴隷の事などどうでもいい。質問の理由はただの気紛れだ。
俺が視線を外すと、
うるさいな
しばらくすると、何かが倒れる音が聞こえる。音の方向に向くと、
「・・・・・・おい」
声をかけるが反応はしない。今なら殺れるか?
俺が前方の檻や時間などの障害を吟味しようとすると、
「・・・・・・」
「おい、どうした」
「・・・・・・」
その光景に少し異常さを感じ、声をかけるが
「なんだ?」
白い光を見つめていると、光はだんだんと収まり、そこには鞘に入った剣が手中に収められている。
「・・・・・・」
剣を額の前に持っていくと、何も言葉を発さない
「・・・・・・なんなんだ?」
俺の口からは思わず驚愕の声が漏れる。
「あれ? 誰もいませんね?」
「おかしいなぁ、確かにブレイブさんが来てたはずなんだけど・・・・・・知りません?」
デッシュは一人、軽快に歩きながらその光のこもってない目をこちらに向けた。
「なんでここに居る」
「え? いや、面白い事が起こりそうな気がしましてね」
デッシュはその顔を歪ませる。向けられるのはもちろん、見るだけでも嫌な顔だ。
「奴なら消えたぞ」
「消えた?」
「ああ、突然気を失ったと思ったら剣を取り出して消えた」
デッシュは俺の言葉に首をかしげる。正直、俺だって今のこの状況を分かっていないん。説明を求められても困る。
「ま、いいや。で、あれ使いました?」
「何のことだ?」
デッシュは肩を竦め、呆れている素振りを見せる。心なしか、顔に張り付けている笑みは先ほどよりも面白くなさそうだ。
「はぁー・・・・・・アシッドスライムの体液ですよ。渡したでしょ?」
体液・・・・・・ああ、渡されたな。すっかり忘れていた。
腰のベルトに挟んであった小瓶を取り出す。どうやらブッ飛ばされた部分が主に胸部だったため、奇跡的に壊れていなかったようだ。
「それそれ。どうして使わないんですか?」
「・・・・・・忘れていた。それになんか怪しいし」
デッシュに小瓶を振って見せながら言うと、デッシュはわざとらしく肩を落とす。
「怪しいって・・・・・・人の好意を酷いなぁ」
「そういえばなんでお前は俺にそんなに関わろうとするんだ?」
ふと、疑問を投げかける。こいつは
「なんでって、面白そうだから?」
デッシュは特に考えた様子もなく答える。
「僕、人を見る目はあると自負しているんですよ。あなたはなにか面白い事を起こしてくれそうなのでこうして手助けをしているんですよ。実際、ブレイブさんを殺そうとしていましたしね」
デッシュはこちらを見つめながらまるで夢でも語るかのように話した。
「・・・・・・意味が分からないな」
「分かってもらおうなんて思ってませんよ。ま、邪魔はしないから別にいいでしょ?」
なんなんだこいつは。意味が分からない。ただ面白そうだからという理由のみで人殺しに手助けをする? 明らかに異常者だ。
「で、なんでここから出ようとしないんですか?」
俺が非難の視線を向けているとデッシュは不思議そうにこちらを見る。
「出ようとって、お前はこの格子が見えないのか?」
俺は目の前の格子を指す。黒く照らされる格子は手で何とか握れる太さがあり、とても素手で破壊できるようには見えない。
「僕の渡したその体液を使えば簡単に溶かせますよ?」
「・・・・・・これでか?」
俺は手に持つ小瓶を見る。小瓶の中の液体はおそらく20mlほど。とてもこの鉄格子を溶かせるようには見えない。
「絶対足りないだろ」
「ま、騙されたと思ってやってくださいよ。あ、手とかに付いたら速攻で溶けちゃうんで気を付けてくださいね」
俺は疑いながらも小瓶の蓋を開ける。小瓶からはなにかコケのような臭いが漂う。小瓶の蓋はガラス製で引き抜くとその先に細いガラス棒が付いていた。とりあえず、手や足に付いている枷に繋がれている鎖にガラス棒に付けた少し粘つく液体を一滴垂らしてみる。すると、鎖は音もなく、煙すら上げることなく液状に変化した。
「ね? すごいでしょ?」
鎖を引くと、鎖はいとも簡単に液体を垂らした部分から離れる。液体を浴びた部分はまるで熱で溶かした後のように歪んでいる。
もう一度液体を着けてから、今度はガラス棒をナイフのように見立てて鎖に押し当てる。すると、鎖がバターのように溶け、切れた。実際には触れた部分から次々と溶かしていっているんだろうが。
「そういえばここには監視は無いのか? いるなら出るときに危険だ」
「ああ、それなら安心してください。僕が眠らせておいたので」
どおりで
手足の枷に繋がっている鎖をすべて断ち、牢屋の檻も同じように断と、バターのように溶けて外れた。
「では、僕はこれで」
溶かして外した檻を音が出ない様に置いていると、デッシュが一言言葉を残して去っていった。
「さて、どうするか」
おそらくブレイブを殺そうとした俺はすぐに指名手配になるだろう。それに、今のままでは
俺は一旦、町から出ることにし、念のため音を立てない様に歩いて行く。通路の左右にある檻には幸いにも誰もいなかったため特に問題なく通ることができた。
「・・・・・zzz」
階段を上がるとここを警備しているであろう衛兵が居眠りをしていた。
「・・・・・・!!」
前方の出口であろう重い金属扉を押すと扉と地面の擦れる音が室内に鳴り響く。少し驚きながら後ろを確認するが、衛兵は先ほどと変わらず寝息を静かに立てながら眠っている。少しの音では起きないらしい。
再び、慎重に扉を開け、外に出る。外舗装のされていない歩くだけで土埃の舞う通りだった。
日はすっかりと落ちており、月明かりが辺りを照らしている。真っ暗な通りに人の気配は無い。どうやら随分と気を失っていたようだ。さて、どうするか。
太陽が昇ってきた方角を東とすると、俺がトードーと来た方角は南東。上空を見上げ、星の位置を確認し、南東へと歩く。
・・・
手足に枷が付いている為、周囲を警戒しながらしばらく歩いて行く。
いくつかの細い道を抜けると、広い通りに出た。通りでは屈強な男や武装した者たちが土埃を舞いあがらせながらこちらを見向きもせずにどこかへ向かって走っている。
「お、また会いましたね」
通りの人々が走る方向が南東だったため、追従するように歩いていると、俺の後ろからデッシュが声をかけてきた。
「これはなんの騒ぎだ?」
「なんでも城壁の外に魔物が出たそうですよ。珍しいですね」
「・・・・・・魔物?」
魔物、か。どんな奴かは知らないが、どちらにしろここにはいられない。この混乱に乗じて逃げるとしよう。
俺はデッシュと共に騒ぎの方向へと向かう。門前にはそれほど騒ぎが大きくないのか武器を携えている者たちが10人ばかり集まっている。
門は開け放たれており、門には大きな拳で力強く殴られたような跡が付いており、その先には巨大な人型の生物が一匹、薄い緑色の肌を月明かりに晒し、血を流しながら門の付近にいる人間たちと戦っている。
「あれは、オーガですか」
「・・・・・・ギガ・・・・・・なんで?」
懐かしいまぬけな顔に思わず声を出してしまう。懐かしいとは言ってもつい6日前だが。
ギガは今なお体表から血を流しながら戦っている。体表にはいくつもの傷が付いており、何本も矢が刺さっている。
相手は相当な手練れなようで、ギガの放つ拳は寸でのところで避けられている。逆に人間たちの振るう武器はギガが巨体という事もあり、着実に傷を負わしている。
「あ、行くんですかぁ?」
気付けば体はギガに向かって動きだしていた。後ろからはデッシュの声が聞こえた気もするが、足を止めるつもりはない。
「おい、あんちゃん危ねぇぞ!」
人間たちはギガから一定の距離を取っていたため、簡単にギガの前へと踊りでることができた。
「んあ!」
「うわっ!」
ギガは俺に気付くと喜びの声を上げ、俺を担ぎ上げる。その間も矢を放たれているが、それもまるで意に介している様子は無い。
「迎えに・・・・・・きたゾ」
「おい! 誰かが捕まったぞ!!」
「逃がすな! 殺せぇ!」
俺を担ぎ上げたギガはそのまま城門から外へと走り出した。後ろでは未だにギガへの攻撃が続いている中、ギガは森へと向かう。俺の前方、ギガの後方の国の城壁はすぐに遠方へと離れて行った。
・・・
「おい!」
森に入り、見知った光景に変化する。森に入ったためか、後方にはギガを追うものがいなくなっていた。
「おい聞けって!!」
ギガは俺の声のおかげか足取りを徐々に遅め、ギガは俺を下ろすと、そのまま地面に腰を地面へと落とした。
「大丈夫カ?」
ギガの体表には汗と血が流れている。が、その顔は笑顔だ。
「なんで来たんだよ?」
俺はなるべく怒りをあらわにしたような顔を作る。が、それでもギガの笑顔は崩れなかった。
「7日目だから、迎えに来タ」
「7日目?」
俺はギガの言葉に疑問を呈す。7日目ってどういうことだ? なんかいったっけ?
いくらか考え、俺はギガと別れた時の言葉を思い出した。俺はギガに対して7日後に会いに行くと確かに言った。あの時はギガがすぐにどこかに行ったため、そんなことは覚えていないだろうと考えていたがそうではなかったようだ。
「ギガ、俺は7日後と言ったんだ。7日目じゃなくて7日後。それにうまくいったら会いに行くって言ったろ。なんで来てるんだよ」
喋っているうちに自然と頬の端が緩むのを感じる。それを見てなのか、ギガは鋭い牙を見せながら笑い出した。
「おい、聞いてんのか? てか、怪我痛くないのか?」
「大丈夫ダ。寝れば治ル」
寝れば治るって、お前のそんな能力はこれまで見たことないぞ。
俺は未だに笑うギガを余所にギガに応急処置を施す。、浅い切り傷は薬効が僅かにある草で塞ぎ、矢の刺さった部分は火を起こし、浅く刺さったものを抜いた矢の矢尻を熱し、押し当てることで熱消毒と止血した。
応急処置の際、ギガが暴れ出そうとするが、痛みのためか、疲れの為か、何とか言い聞かせることで処置することができた。
「・・・・・・はぁ」
どっと疲れが溜まった。止血時は皮膚を焼く為、暴れるのは仕方がないが。
それにしてもこいつにも人の情というか、そういう者があったとは。てっきり食べ物だけにしか関心が無いのかとばかり思っていた。
「・・・・・・ぐがっ」
ギガのいつも聞いていた寝息が夜の森に響く。その音は森の暗闇へと消えて行った。
・・・
翌日、俺は未だ終わってない
それは――ブレイブの訃報だった。
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