第18話 仇との対話

 彼はなぜ私を殺そうとする?


 彼と会ったのはつい先日だ。それ以外では会っていない。もしかして、奴隷解放の動きに不満があるのか? いや、彼の殺意はそんなものでは無い。ではなぜ・・・・・・?


・・・


「アンジュさん、ここまでする必要は無いですよ」

「あんたを殺そうとした相手だぞ? これくらい当たり前さ」


 アンジュは壁に打ち付けられ倒れている暁を見ながら毒づく。見たところ暁の怪我は教会で治せる程度の傷だ。致命傷となる程では無いだろう。


「ま、勝手に手を出した事は謝るよ」


 アンジュは私に向けて軽く頭を下げる。実際暁の殺気は感じていた。仮にアンジュが手を出さなくても自分で解決できたがこれでは原因が分からない。


「では、暁さんを教会に連れて行きますので」

「ブレイブ君、君はこやつをどうするつもりだね?」


 私が暁の元へ向かおうとすると、ルブレールに声を掛けられる。


「もしやとは思うが、このまま牢にも入れずに見逃す、というわけでは無いな?」


 ルブレールは再度問いかける。あいかわらず洞察力がすごいというか心を見透かされている気分だ。


「・・・・・・ばれちゃってますか」

「国を守る立場の私としてはいくらブレイブ君の頼みでも見過ごせないな」


 剣術稽古の時もそうだが、やはり敵わないな。


 ルブレールとの話をしていると、アンジュが口を尖らせながら話に入ってくる。


「おいおいおいおい、こいつを見逃すって・・・・・・仮にも殺そうとした相手だぞ? あんた頭湧いてんのか!?」

「いえ、いろいろ事情というものがありまして・・・・・・」

「・・・・・・こういうことは口を挟まないほうがいいってことを承知で言うがよ、あんた甘すぎだぜ?」


 アンジュはこちらにも分かるように溜息をつく。まぁ、甘いのは確かだが、ようやく会えた同郷者だ。せっかくなら壁を取り除いて仲良くしたい。


「まぁそういうな。ブレイブ君にもなにか思うところがあるのだろう。それに現状ではこやつ・・・・・・アキラといったか。こやつにはブレイブ君に傷一つ与えられまい」


 アンジュの言葉にルブレールは諭すように話す。正直、傷一つというのは過大評価な気がするが。


 ルブレールは暁の手から弾き飛ばされたナイフを拾い上げる。


「ともかく、私はこやつ教会に連れて行ったあと、衛兵に引き渡すとしよう。なに、心配するな。すぐに処刑、というようにはしない様に伝えておこう」

「ありがとうございます」


 ルブレールは暁を担ぎ上げる。暁は持ち上げられた衝撃から来る痛みに小さな呻き声を上げる。


「ブレイブ君と手合せできないのは残念だがね」

「ええ・・・・・・そうですね」

「では、私は不参加という事で」


 ルブレールは暁を背負って待合室を出て行った。彼がいない試合が与える影響は少なくないはずだし、暁の件もある。恐らくは運営が上手い事調節して不戦勝という形にするだろう。


「で、デッシュさん、彼に何を吹き込んだのですか?」


 私は部屋の隅で息を顰めるデッシュを睨み付ける。デッシュはまるで自分には関係ないかのようにキョトンとした眼差しをこちらに向ける。


「え? 僕は何もしていませんよ?」

「先ほど彼となにか話していたようですが?」

「おや、ばれていましたか」


 デッシュはニヒルな笑みを顔に張り付けたまま答えた。正直、彼は苦手だ。何を考えているのかまるで分らない。


「ですが何もしていないのは本当の事ですよ? それに彼は僕と会う前からあなたに殺意を抱いていましたし」

「どういうことだ?」


 デッシュはニヤリと口角を上げる。その目はまるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。


「理由は僕も知りませんよ。でも彼、あなたの名前を上げたとたんすごい殺気を放っていましたよ? 本人は気付いていないようでしたが。むしろあなは彼に何をしたかが気になりますよ? 僕は」


 私が彼に何かをした? どういうこと? 会ったのはつい3日前ぐらいだし、一緒にご飯を食べただけのはずですが・・・・・・。


 デッシュは相変わらず普段は光のこもっていない目を輝かせながらこちらに視線を送っている。横からの視線を感じ、向くとアンジュも静かにこちらを見ていた。


「い、いや、私は何もしてませんよ! ただ一緒にご飯を食べただけで・・・・・・あったのもつい最近ですし・・・・・・」


 思わず口から出た言葉は次第に弱々しくなっていく。


 彼の何が自分を殺そうとまで思うようになったのか。私は奴隷から助けられてからというものこれまで女王殿下の下で奴隷解放のために動いてきた。確かに今でも裏社会では奴隷としての生活を余儀なくされている人々は多い。そこに恨まれる通りなど無いはずだ。


「ま、ともかく悩んでいるせいで負けました。なんてことにならないようにしな。あたしも本気じゃない奴と相手はしたくないからね」


 アンジュは言い終わると、興味なさそうな素振りをする。デッシュも何も聞くことができないを知り、視線を中空に移した。


 アンジュの言葉を聞き、頭の中の思考を一旦リセットする。今考えたところで答えなどでないだろうし、彼女の言うとおり対戦相手に対して失礼だ。


 私は自分の装備を確認し、瞑想に入る。邪念を払うにはこれが一番いい。


 アンジュやデッシュの試合が終わり、自分の名前が呼ばれる。私は一度深呼吸をして試合へと向かった。


・・・


 瞑想のおかげか試合はいつもの実力が出せ、苦戦というものもなく勝ち上がることができた。


 ルブレールの試合は案の定、暁との対戦に変更され不戦勝という形にされていた。おそらくこのまま勝ち上がれば準決勝で当たるだろう。


 試合が終わり、町の外れにある貧困層の暮らす地域にやってきた。この辺りは罪人を収容する場所がある。罪人はここから町の外へと労働力として、罪の重さにより定められた期間働きに行かせるそうだ。だが、私は知っている。罪人として定期的に檻に入り働きに出ている者たちは召喚された奴隷達だ。


 自分がそうだったからこそ知っている事実。おそらく女王殿下――エリーゼ様に買われず、別の誰かに買われていれば彼らと同じようになっていただろう。


「いい加減、何とかしたいのですが」


 これまでも何度もエリーゼ様に頼み、いくつかの奴隷商人たちを発見し対処してきたが未だに根本的な解決になってはおらず、奴隷らしき人々は召喚され排出され続けている。


 溜息を一つつき、目の前の建物を見上げる。建物は周囲の木造のものとは違い、小さいもののどっしりとした石造りをしており、鋼鉄製の入口が一つあり、窓には太い格子が付けられている。


 重厚な鋼鉄の扉を開ける。室内は小部屋となっており、室内は松明で照らされている。奥には地下へと続く階段があり、入ってすぐ右に受付。そこでは一人の衛兵が居眠りをしている。


「すみません、ここに居る暁という者に会いに来たのですが」


 机の上で居眠りをしている衛兵に肩を叩き起こす。目を覚ました衛兵はぼーっとした焦点の合わない眼差しをこちらへ向けた。


「あ、えー、眠ってませんよ? 寝てないですよ?」


 衛兵は目をゴシゴシと擦りながら答える。完全に寝ぼけているようだ。


「あの・・・・・・大丈夫ですか?」


 すでに日は沈みかけており各所では店じまいを始めているところが多い。また、気温も昼間と比べるとかなり下がっている。衛兵が睡魔に襲われるのも仕方ないし、こんな場所だ。こういう事は必要な事なのだろう。


「え・・・・・・あ、ブレイブ様、申し訳ございません。この時間はつい・・・・・・へへへ」


 衛兵は屈託のない笑みをこちらに向ける。随分と気楽な人だ。


「ルブレール様から話は聞いておりますので、こちらへどうぞ」


 衛兵は欠伸を一つした後、先ほどとは打って変わってキリッとした顔をする。仕事自体、手を抜いているわけではなさそうだ。


 衛兵に案内され、階段を下りる。階下には真っ直ぐな通路とその左右に罪人を入れる檻が30ほどあった。そのいくつかを通りすぎ、道半ばで止まる。


「ここです。分かってはいると思いますが相手はあなたを殺そうとした者なのでお気をつけて」

「ええ、分かってます。ありがとう」


 衛兵は案内を終えると、欠伸をしながらすぐさま来た道を引き返す。あんなのにここを任せて大丈夫なのかと少し心配になるな。


「さて、こんにちは・・・・・・いえ、こんばんは暁さん」


 私が挨拶をすると彼は鋭い眼差しをこちらに向ける。眼差しにははっきりと分かる昼の時と同じ殺意が籠っている。


「何の用だ」


 彼は目を細めながら短く答えた。


「あなたが何故私を殺そうとしたのかを聞きに来ました」


 私はできるだけ静かに、ハッキリと答える。彼はその問いに対して返事をしようとしない。押し黙る、というよりは言いたくないように見える。


「・・・・・・私としては今後あなたと仲良くしていきたいと考えています。ですからまずはあなたのその原因を知りたいのですよ。同じ元奴隷として、この奴隷制度の廃止に助力もしてほしいですしね」

「お前は自分が何を言っているのか理解しているのか?」


 予想していた返事が返ってくる。殺そうとした相手にこんなことを言われてもおかしいと思われるのは仕方ない。


「暁さん、あなたと出会ってまだ3日ほどです。私にはあなたが何故それほどの憎悪に駆られているのかが分かりませんので教えてほしいんですよ」

「隠しても今更か・・・・・・教えてやるよ、理由を」


 彼は静かに口を開いた。彼の動きに合わせて地面と枷についている鎖の擦れる音が周囲に響く。


「まずその前に聞きたいことがある。9日前、クラントの密林での出来事を覚えているか?」

「え、ええ、はい」

「お前はそこでなぜゴブリン達を殺した?」


 ゴブリンの討伐クエストについては伏せておくように言っていたはずだが、どうして知っているんだ?


「それはクエスト依頼だったからですよ。魔族は危険ですから」


 私の返答に彼は私を真っ直ぐと見つめて表情を全く変えない。


「そうか、やはりそうだろうな」


 いったい何が言いたいんだ?


 私が質問の意図を考えていると、彼は何かを納得したように呟き、語りだした。


「以前言ったように俺は元奴隷だ。だが1年前、俺はそこから脱出した。そして、そこで出会ったのがお前の殺したゴブリン達だ。脱出の際、怪我や病を負っていた俺だったが、彼らはそんな俺を殺さず、むしろ仲間の一員として迎え入れてくれた」


 彼は視線を淀ませる。昔を思い出しての事だろうか。


「そこで俺は生きる術を学んだ。ゴブリン達と共に狩りをし、肉を食べ生活をしていた。そうして1年、ゴブリン達と・・・・・・仲間たちと人間に見つからない様に静かに暮らしていた。彼らは人間を恐れていたからな。だが、9日前、白銀の鎧を着た男が集落にやってきた」


 白銀の鎧、私の着ていた鎧だ。私はそこでようやく理解した。彼がなぜ私を殺そうとしたのかを。


「白銀の鎧を着たお前は俺の仲間たちを殺した。だから俺はお前を殺したい。それだけだ」


 単純な話だった。彼は私に復讐をしたいだけなのだ。彼の仲間を殺した私を。


「復讐なんて所詮は俺のエゴだ。仲間たちがそれを望んでいるなんて思っていないかもしれない、もし助けられたのがゴブリンではなく人間なら俺は仲間たちを容易に殺していただろう。だが、それでも俺はお前を殺したいんだ、仲間を殺したお前を」


 彼は語り終わったようでまた押し黙った。


 私は彼の仲間を殺した。私が原因を作った。彼は命の恩人を殺された事に恨みを持っているだけなんだ。だが・・・・・・


「魔族とは、危険な存在ではないのか?」


 私が女王から聞いた話では昔、魔族は人間たちを惨殺した者たちで、凶暴な者たちと教わった。非道な、言葉を持たない者たちと。彼の言う事が正しいのであれば、何故私達人間は魔族を忌み嫌い、殺すんだ?


「危険・・・・・・ねぇ。俺には無差別に魔族を殺すお前の方がよっぽど凶暴に見えたがな」


 いつの間にか呟いていた言葉に彼は冷え切った声で答える。


「ま、別に分かり合おうとも分かってもらおうとも思っていない。俺はお前を殺せれば後は死のうがなんだろうがどうなってもいい」


 彼の意思は固い。それこそ私が死ぬか、彼が死ぬまでは彼は決して諦めないだろう。


 周囲は静けさに包まれる。彼はこちらから顔を背け、なにか考え事をしているようだ。私を殺す算段でも立てているのだろうか。


「こんなことで許されるとは思わないが、謝らせてくれ。すまなかった」

「すまなかった・・・・・・ねぇ。別にお前が俺に殺されてくれればそれで終わりなんだがな」


 彼の言葉の後に、再び静けさが生じる。


 仲間を殺した相手だ。そう簡単に許される事ではない。いや、彼にとってもうすでに許す許さないというものでは無いだろう。彼は私を殺すことを決して諦めはしないだろう。


 私は様々な事を頭に巡らせる。魔族の事、奴隷の事、彼の事。私が考えていると、不意に彼は口を開いた。


「・・・・・・そういえばお前、女王に仕えているくせに奴隷解放なんて言って大丈夫なのか?」


 不意な質問に思わずキョトンとしてしまう。


「どういう意味ですか?」

「お前、女王に買われたんだよな? それもお前だけ」

「ええ、そうです」

「なんで奴隷市場で奴隷を買うような人間が奴隷解放の手助けなんてするだ?」


 彼は殺意こそ隠さないものの、純粋な疑問を私にぶつけてきた。


 彼は何を言っているんだ? 


「それは私が奴隷で、女王様は私を解放するために買ったのでしょう」


 そう、私は彼女に、エリーゼ様に救われた。だからこうして生きているし、エリーゼ様は実際に奴隷解放に共感してくださっている。


「いや、だからおかしいだろ。なんでわざわざ一国の女王様が奴隷なんて買うんだ? 国の中の事なんだから組織ごと潰せるだろ。組織の場所が分からなくても市場を知っているならそこに兵を仕向けるくらいの事は出来る筈だ」

「いや、それはきっと何か理由が」

「しかも、奴隷を廃止しようとしてるやつが奴隷を買っちゃ反感を買うはずだぜ? それが一国の王女様となれば尚更な」


 いったい彼は何を言っているんだ? エリーゼ様を疑っているのか? 


 彼はまるで私を見透かすかのような視線を送り続けている。が、反応のない私に興味をなくしたように視線を外した。


「ま、俺にはどうでもいい話か」


 彼は押し黙る。だが、彼の放った言葉は私の脳内で激しく反響し始めた。


 奴隷を買った女王。全ての奴隷を買うでもなく自分のみを買った。なぜ? お金が無かったから? いや、エリーゼ様なら奴隷などいくらでも買える金はある。ではなぜ? それに未だに奴隷商の根を掴めてはいない。毎回トカゲのしっぽ切りのように逃げられている。裏で誰か意図を引いている? いや、何を言っているんだ。エリーゼ様がそんなはずは・・・・・・そんなはずは・・・・・・。


 自分の頭の中でプツンと何か音が鳴った。そして、私の意識はそこで途切れた。

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