第17話 チャンス
俺は弱い
何を望もうともそれには何かしらの力がいる。俺にはそれが無い。だが、それでも
・・・
大会予選の後、担架に乗せられ教会へと運ばれた。どうやら大会のアフターケアはしっかりしているらしく、俺が戦いによって負った骨折などの傷は教会にいる神父の回復魔法によりあっという間に完治した。
「ねぇねぇ」
そして、予選第二回が行われているであろう今、俺の隣には今なおニヒルな笑みを俺に向けるデッシュが座っている。
「ねぇねぇエルフのお兄さん」
事の顛末は数刻前、俺が教会から出ると、教会の前にこいつが待っていた。曰く、こんなところに来るエルフが珍しく話をしたいそうだ。
「ねぇ、聞いてるの?」
俺は手に持っている水を一口飲む。デッシュは装備を外しているため、その幼さの残る顔が口元までしっかりと見えている。しかし、うるさいやつだ。
「聞いてるよ、何の用だ?」
俺たちは
「なんでこの国に来たの?」
デッシュは笑みを崩すことなくその光のこもっていない銀色の目を向けてくる。先ほどの戦闘からも分かるようにこいつは明らかに俺よりも強い存在のはずだが、こいつからは強さというものが全く感じられない。むしろ勝てる気すらしてしまう為、言いようのない恐怖を感じてしまう。
「・・・・・・腕試しだ」
「建前はいいから」
まるで返答があらかじめ分かってたとでも言うかのように俺の言葉は即座に否定された。
「なぜそう思う?」
「だって嘘つきの目をしてるし」
嘘つけ、絶対そんな目はしていないはずだ。
俺がデッシュに目を向けるとデッシュは笑みを崩し、真顔で俺を見つめていた。その目はどこまでも見通すような、そして自らの本心が全く見えてこない淀んだ目をしている。
「それに胸当ての裏にあるナイフ、君何をしようとしてるの?」
デッシュは眼球を全く動かすことなく問いかける。その問いをされた途端、俺の背筋にはうすら寒い何かが通り抜けた。
「・・・・・・何のことだ?」
俺は瞼から落ちる冷や汗を拭おうともせずに返事をする。おそらく奴にはばれているだろうが、それでも認めるわけにはいかない。まだ見つかるわけにはいかない。
「ま、教える気が無いならそれでいいけどね。僕ならいろいろ情報を知ってるし教えてあげようか?」
デッシュはまたニヒルな笑みを顔に張り付け言葉を続ける。すでに背筋の寒気はどこかへ行き、背中はギラギラと輝く太陽によってすぐさま熱される。
「・・・・・・ブレイブさんについて知りたいのかな?」
デッシュはしばらく上を向き、何かを考えた後、ぽつりと呟く。
「・・・・・・」
「あ、もしかして当たっちゃった?」
デッシュは爛々とした眼差しを俺に向ける。さっきからなんなんだこいつは? まるで俺の心中を覗かれている気分だ。
「ブレイブさんかぁ・・・・・・やめといたほうがいいよ? あの人僕でも殺せる気がしないし」
デッシュは何を思っているのか表情を綻ばせる。それまで空虚な顔だったこいつはこの時だけはまるで夢を見る少年の表情になっている。
「ま、頑張りなよ」
デッシュはまたあの笑みを顔に張り付けると俺の元から去っていく。やはり相当な手練れなのだろう、その姿は人ごみに紛れると同時に俺には認識できなくなってしまった。
・・・
3日後、トーナメントに出場する選手として闘技場にやってきた。受付で以前と同じように身体検査と案内をされ
トーナメント参加者はすでに発表されている。その中にブレイブの名前も確認できている。まぁ昨日の
周囲を見渡しているとデッシュがこちらへやってきた。相変わらずニヒルな笑みを浮かべている。
「ブレイブさんならまだですよ」
デッシュは驚くほど静かな足取りで俺の耳元まで近づくと、俺に耳打ちをする。
「見ればわかる」
俺が静かに返すと、デッシュはチラリと俺の胸元へ視線を向け、俺の顔に視線を戻すと俺の手に何かを押し付けてきた。
「これでもどうぞ。もしよければ使ってください」
「なんだこれは?」
手元に目を落とすとそこには透明な液体の入った小瓶が一つあった。小瓶の中の液体は無色透明な水よりもわずかに粘つく質感のものでそれ以外これといった特徴は見いだせない。
「アシッドスライムの体液を濃縮したものです。ガラス製品以外は何でも溶かしてしまうので気を付けて使ってください」
アシッドは言い終わるや否やスッと身を引き、また音を立てずに俺の元から去っていく。
あいつはいったいなんなんだ? いきなり話しかけてきたり何かを渡してきたり、何がしたいのか分からない。
小瓶の中身を確認していると、また一人参加者が入ってきた。黒め黒髪のその男は真っ直ぐと別の男を見据えながらその男の元に歩み寄る。
俺が自らの内に秘めた怒りが再沸している中、
「ルブレールさん、今日はよろしくお願いします」
「ブレイブか、こちらこそよろしく頼む」
真剣な、しかしどこか慣れ親しんだものを見るような顔をしながら
ルブレールは顎に蓄えた鬣のような茶色の髭を弄りながらその青い瞳を
「その剣を使うのですか?」
俺はそっと胸当ての裏側を確認する。裏側からは薄く、少し頼りないナイフの柄の感触が確かに伝わってくる。
「ああ、私も今回は君と真剣勝負をしようかと考えていてね」
ルブレールは背中の大剣に目をやる。大剣は以前見たものと同じもので、常人ではとても扱えないようなサイズをしている。あれで叩かれたらひとたまりもないだろう。
俺は現在の状況を確認する。現在ここに居るのは7名。観客席への階段の傍には会話をしているルブレールとブレイブ、その側の席には二人の会話を聞いているアンジュ、右奥の壁の端にはこちらに向かって嫌な笑みを送っているデッシュ、手前の武器が雑多に置かれている壁の傍とその前の机には名前の知らない男が一人づつ、そして入口の傍には俺だ。
やるならここか?
再度周囲に目を光らせるが、デッシュ以外に俺の動きを注視しようとする者はおらず、皆それぞれ何かをしている。デッシュの存在は気になるがあの様子だとこちらの害となるようなことはしないだろう。
「そうですか、ではお手合わせをお願いします」
俺はそっと観客席への階段に向かって歩を進める。皆、俺の様子には気にも留めていないようでこちらを見る者はいない。
「ま、魔法まで使われたら私に勝ち目はないがね」
歩を一つ進めるたび、心臓の心音が少しづつ上がるのを感じる。
「そんなことはありません。むしろ私なんかじゃ手も足も出なくなってしまいます」
そっと
「君の
「そんなことありませんよ」
俺は
俺はできる限り自然に胸当ての裏側に手を入れ、その手を一気に引き抜き、そのままの勢いで
ドガッ
そして、俺は肋骨が次々に砕けていく感触と、その一瞬後の壁に叩きつけられる感覚を味わいながら意識を失った。
・・・
周囲が石で囲まれ、前方に鉄格子がある空間で目を覚ました。
「・・・・・・またか」
手足には鋼鉄の枷が付けられており、少し動くたびに石の地面と鎖が擦れるジャラジャラとした音がこの空間に鳴り響く。
「牢屋・・・・・・で、いいよな?」
鉄格子の外には通路とその左右に同じような鉄格子がある部屋が続いている。
「そうか・・・・・・失敗したのか」
ここに来る直前の事を思い出し、自分の体調も確認するが、特にどこも痛みなどは無く、健康そのものだった。あの時確実に肋骨を砕かれたはずだがそれも治っている。どうやら回復魔法を行使されたらしい。
そして俺に付けられた装備も取られた様子は無く、あの時のナイフは無いが、防具やデッシュから渡された小瓶などは手元にある。おそらく留置所のような場所なのだろう。なぜ俺が身ぐるみを剥がされていないかは分からないが。
このままじゃ罰を受けるか?
どうにかしてここから出れないか考えていると、金属と皮の靴の足音が牢屋内に鳴り響いく。
「ここです。分かってはいると思いますが相手はあなたを殺そうとした者なのでお気をつけて」
「ええ、分かってます。ありがとう」
牢屋に来たのは俺が
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