第16話 猛者

 どこにでも自分よりも優秀な奴はいる


 この大会に出ているも奴らは皆強い。ここで戦えているのは一重に毎日の狩猟生活で培った肉体と感覚のおかげだろう。


・・・


「間もなく大会を開始します。皆さん私についてきてください」


 国民たちの歓声を聞きながら階下へ降り、しばらく経つと受付に人と同じような服を着た男が案内のためにやってきた。その頃には階上の歓声はすっかり止んでいるため、前座は終わったのだろう。


 俺を含め、待合室にいる奴らは男に付いて行く。待合室から階下へ下がり、天井が低いが横が闘技場の戦闘場所と同じぐらいの広さの空間へと出る。


 空間の中央には一人の杖を持った若い男が立っており、空間の端には円形の厚めの板が等間隔に設置されており、その上には同じく円形の穴が開いているため、まるで台座にスポットライトが当たっているように光が降り注いでいる。


 男は右手に杖、黒いローブを羽織り、頭に尖がり帽子を被っている。以前奴隷の時に見た老婆――キットラーと同じような魔法使い風貌をしているが、その時見た服よりも粗悪なもののようでローブや杖などにほつれや変色などが見られる。


「皆さん、好きな場所にお乗りください」


 案内役は端に置かれた円形の板を指しながら指示を出す。俺たちは指示通り各自板の上に乗る。頭上から光がが降り注いでいるため、眩しい。スポットライトでも当てられているみたいだ。


「以前参加された方はお判りでしょうが、闘技場を盛り上げるため初めに狙う相手は自分の対面にいる誰かにしてください。いきなり隣の相手を狙うのは禁止でお願いします」


 案内役は簡単に説明を追加する。大会を盛り上げるための注意みたいなものだろう。


『レディース・アーンド・ジェントルマァーン!! 今年もまた己の腕に自信がある戦士たちがここに集まったぁ! 今年もブレイブが3連覇するのか、はたまた新たな優勝者が生まれるのか!? 今日明日は予選だが、そこで生き残るのは強者のみ! 一体誰が勝ち残るのか!』


 頭上で陽気な拡声器で大きくしたような男の声がここまで響いてくる。おそらく司会なのだろう。司会は明るい声で観客を盛り上げている。


『予選第一回の出場者はこいつらだ! カモンッ!!』

浮遊フロート


 司会の声と同時に中央にいる男が何かを唱える。すると、男の杖から4人の参加者が乗った円形の板に向けて青い光が放たれる。そして、円形の板は土ぼこりを巻き上げながらフワリと順々に上昇し始めた。


『予選第一回の注目株を紹介しよう! まずはこいつ、家を壊すならこいつに任せろ! 岩でもなんでも壊す怪力野郎、ロバードだぁ!』


 俺の隣にいる身長2mほどの男が司会の言葉が終わると共に天井の上に上がっていった。注目株という事はそれなりの名のある奴なのだろう。


『お次はこいつ! 後ろに居ても気付けない! 驚異の隠密ハンター、デッシュだ!』


 今度は右奥の細身の男が天井の上へと上がっていったのが見える。遠すぎてシルエットしか見えなかったが。


『そして今度はこいつだ! 今年こそブレイブを倒し優勝をもぎ取れるか? 王国騎士団団長、ルブレール!』


 今度は左側の馬鹿でかい剣を背負った男が天井の上へと上がっていく。


『次で最後! ギルド龍の巣で最強の名をほしいままにしているこいつ! 紅一点、ドワーフ一族のアンジュだ!』


 視界の言葉が終わると同時に俺の対面にいた小さい女が天井の上へと上がった。あの身長からして先ほど参加者の一人を吹き飛ばした女だろう。ギルド最強がどのくらいすごいのかは分からないが相当な実力なのだろう。


『そしてその他の参加者の登場だ!』

浮遊フロート


 司会者の言葉と同時に中央の男の杖から他の参加者全員ののる円形の板に青い光が放たれた。そして、俺を含め他の参加者全員が天井の上、闘技場の対戦フィールドへと上がった。


 闘技場の周囲には3m程の壁とその上にいくつも並んだ観客席とそこに座る観客。おそらく国王であろう王冠を被った初老の男の座る右の一段豪華な席の周辺は貴族階級専用の席のようで服装のしっかりしている者たちが座っている。そしてそこから横へ行くにつれ服装はみすぼらしいものに変わっている。おそらく階級制で座る席が決められているのだろう。観客席の最上段にはもっともみすぼらしい服を着た者たちが立ち見をしている様子がうかがえる。


『予選第一回で戦うのは総勢41人の戦士たち! この41人のうち37人が倒れるまで試合は続く、そして残った4人が三日後のトーナメントへと駒を進める! いったい誰が勝ち上がるのか!』


 司会の言葉を聞きながら腰に下げた剣を引き抜く。手に持った剣の柄には自分でも分かるほどにじっとりと濡れている。日差しや周りからの歓声のせいか緊張している。


『さぁ、戦士たちよ! 準備はいいか!? 剣を引き抜け! 槍を構えろ! 骨の1本や2本は折れることは覚悟しておけ!』


 いつの間にか周囲の歓声は消え、司会の声のみが闘技場内に鳴り響く。周囲からは戦士たちの息遣いと自分の早くなった心臓の鼓動が聞こえてくる。


『準備はできたな!? 出来てなくても始めるぜ! 試合、開始ィィィ!!』

「「「「「うおおぉぉぉ!!!」」」」」

「・・・・・・は?」


 司会の開始の合図と共に銅鑼の低い音が鳴り響く。周囲の戦士たちはそれと同時に雄叫びと共に中央に走り出した。そして、俺はそれに出遅れてしまう。


「クッソ!」


 俺は遅れを取り戻すために走り出す。初めに狙うのは対面にいる者というルールはほとんどのものが守っているようで皆俺の前を走っていくのが見える。これではすぐに中央は混戦になるだろう。


 前方を見据えながら走っていると目の前が薄暗くなる。前前方には黒い影が・・・・・・


「ゴハッ!」


 前方からごつごつとしたものに吹き飛ばされ、その衝撃で地面へと体が倒れた。


「・・・・・・なんなんだよいきなり」


 体の上に乗ったものを確認すると、それは先ほど前方を走っていた参加者の一人だった。


「・・・・・・は?」


 周囲を確認した俺は男をどけるのも忘れて周囲の光景に唖然とした。俺の左右からはまるで漫画の雑魚敵のように次から次へと参加者たちが吹き飛ばされている。


「夢・・・・・・じゃないよな」


 未だにジリジリと痛む背中の痛みを確認しながらそれが現実であることを認識する。夢ではない。うん、夢じゃない。


 その現況を探るべく俺は男たちが吹き飛ばされている前方の様子を確認する・・・・・・が。


「・・・・・・は?」


 意味が分からない。あれはなんなんだ? どうやったらあんな動きができる?


 俺の前方には全長100㎝ほどの巨大な棍棒を片手で振りまわし次々と参加者を吹き飛ばす一人の少女――アンジュがいた。いや、あれを少女というには少し・・・・・・いや、とてつもなく語弊がある。あれを言い表すならだろう。アンジュに勇敢に挑む者は一秒と持たずに次々と吹き飛ばされている。また、逃げ出そうとする者も俺と同じように吹き飛ばされた者に勢いよくぶつかり同じく吹き飛ばされている。


「オラァ!」

「フン!」


 闘技場に響く金属音と共にアンジュの振り回す棍棒がこれまた巨大なハンマーにぶつかり止まった。


「やるじゃない」

「それほどでも」


 アンジュはハンマーを持つ男――ロバードにニヤリと笑いかけ、ロバードはそれに同じようにニヤリと笑い返した。


「でもまだまだね」


 拮抗しているように見えた2つの武器は徐々に拮抗が崩れ始める。


「おいおいおいおい、まじか!? まじかよぉぉぉ!?」


 ロバードの雄叫びと共にその手に持つハンマーが彼の顔面へとじわじわと近づいて行く。二人の身長差はおよそ60㎝。傍から見ればアンジュに勝ち目はなく、仮に力が同じだとしても身長差からロバードが勝つのは明白だ。だが、実際に力が勝っているのはアンジュ。アンジュはロバードのハンマーをその体格差をものともせずに押し返した。


「彼女すごいよね」

「・・・・・・!?」


 不意に後ろから声が聞こえる。驚き、その勢いのまま後ろを振り返ると口元を黒い布で覆った切れ長の目の男が俺の真後ろにしゃがんでいた。


「は!? え?」

「こんにちはエルフのお兄さん。ここらじゃ見ない顔だね。こんな所で何をしてるの? あ、僕はデッシュって言うんだ」


 デッシュは俺の返事を待たずに次々と言葉を繰り出す。デッシュの言葉の内容は今戦っていることを忘れさせるような呑気なものだが、その切れ長な目は周囲の警戒を怠っていない。


「で、そろそろ抜け出したら?」


 俺はデッシュの言葉でハッとし、上に乗っている男をどける。男は完全に気絶しているようで、口からは白い泡を吹いていた。

 

 アンジュとロバードが戦っている為、いつの間にか俺の左右を吹き飛ぶ者たちはいなくなっていた


「ま、始めてみたいだし見逃してあげるよ。また残ってたらやろうか」


 立ち上がるとデッシュは俺に背を向き軽く手を振りながら去っていく。デッシュは完全に背を向いており、隙だらけに見える。


 やるか?


「あ、右から来るから気を付けてね」


 デッシュのいやに通る声が俺の耳に届く。思わず右を向くと剣を握った男が俺へと剣を振り下ろそうとしていた。


「マジ・・・・・・かよ・・・・・・!!」


 何とか相手の剣を手に持った剣で受け止める。相手の力は中々なものだが、受け止められないほどではない。


猪の豪脚タスカーズレッグ!!)


 歯を食いしばりながら脚を銀色の毛並みの猪のものに変化させる。長いズボンを履いている為、その変化は外部から確認することはできないが。


「うぉらぁぁ!」


 受けた剣を強化された脚力を用いて押し返す。俺の押し返した力が強かったのか、男は後ろへよろけた。


「オラッ!」


 脚に力を入れ、よろける男との間合いを一気に詰め、その頭に渾身の一撃を叩きこんだ。


「ガハッ」

「・・・・・・ふぅ」


 俺の一撃に男は白い目を向きながら倒れた。俺は周囲を確認するが、すでにデッシュの姿は闘技場のどこを見ても確認できないでいた。


・・・


 俺の視界はすでに狭まり、目の前の男のみを捕えている。聴覚も同じく研ぎ澄まされ、周囲の歓声や司会の声は聞こえず、聞こえるのは自身と目の前の男と息遣いのみ。


「オラァ!」


 目の前の男の脇腹になまくらの剣を叩きこむ。


「ぐっ!」


 男は顔を顰めるものの、その顔には未だ闘志が残っている。


「ッラァ!」

「がはっ!」


 男から振り下ろされた剣が俺の左肩に食い込んだ。 方からはミシミシと嫌な音が鳴る。


「ッダラァァ!」


 俺は肩の痛みに耐えながら男に向かって再び剣を脇腹に叩き込む。


「ぐ・・・・・・ぐぅぅ・・・・・・」


 男はしばらく立ち尽くし、その後、白目を剥いて倒れた。俺が奴に剣戟数はおよそ20。ものすごくタフな奴だったが、何とか倒せた。


「ぐ・・・・・・クッソ」


 俺は剣を杖にして何とか立ち上がる。だが、身体からは痛みという形で悲鳴を上げる。


「まだ・・・・・・続くのか?」


 試合が始まっておよそ30分といった所だろうか。俺はその間4人の男と連戦し、何とか勝ち残った。だが、そのダメージは大きく、骨折まではいかないまでも体のいくつかの骨にひびが入っており、いたるところに痣を作っていた。


「大丈夫?」


 不意に俺の後ろから声が聞こえる。痛みに耐えつつ振り返るとデッシュが不思議そうな顔をして俺の後ろに立っていた。


「クッソ・・・・・・次はお前かよ」

「いや、もう終わりだよ?」


 剣を構えようとする俺にデッシュは涼しい顔で闘技場の中央を指さす。デッシュが指を指す方向を見るとロバードがアンジュの前で倒れる光景が視界に入る。その側では姿勢を正した真面目そうな男がその戦いを見守っていた。


「あの二人すごいよねぇ。ずっと戦ってたんだよ? 接戦しすぎでしょ。彼らが戦わなきゃもっと早く終わってたのになぁ」


 デッシュは軽快に、呆れたように話し始めるが、俺はそれを無視し、周囲の状況を確認する。周囲にはロバードを見守る二人と俺、デッシュ以外に立っているものは確認できない。


「あんた・・・・・・耐えすぎ・・・・・・」


 アンジュは手に持った棍棒を地面に突き立て、息を切らしながら倒れるロバードを見る。ロバードはサムズアップし返事を返した後、その手を地面に落とした。


『決まったぁぁぁ! アンジュ選手の連撃に耐えていたロバード選手がついに倒れたぁぁ!』


 だんだんと聴覚がクリアになっていく。その効果が出たのか周囲の歓声や司会の声が耳に入る。


『おおっと!? 最後の一人、ロバードが倒れたところで試合終了だぁぁ! トーナメントにコマを進めるのはここに立っているこの4人だぁぁぁ!』

「「「「「うおおぉぉぉ!」」」」」


 司会の声に観客は歓声で反応する。どうやらなんとか勝ち残れたようだ。俺は大きく息を吐き、地面に身体を投げ出す。


 歓声に包まれる中、俺は周囲を確認する。周囲にはニヒルな笑みを浮かべるデッシュと国王に向かって一礼する男、額の汗を気持ちよさそうに拭うアンジュ。アンジュは疲れを見せているものの、俺のように満身創痍な者は一人もいない。この光景を見るだけでも俺との戦闘能力の差が表れていると言える。


『予選第一回で勝ち残ったのは、相手に姿を気づかせることなく倒したデッシュ選手! 持ち前の剣戟で次々と相手を屠ったルブレール選手! ロバード選手との戦いに打ち勝ったアンジュ選手! そして、今大会初出場の大穴、ボロボロになりながらも勝ち残ったロプト選手だぁぁ!』


 周囲の歓声を聞きながら目を閉じる。体中痛みがあり、痛みに包まれているような感覚だが、戦いが終わり、疲れ切った体は心地よいものだった。

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