第15話 激しい歓声の中で
所詮、人間は人間の事しか考えていない
環境問題にしろ、絶滅危惧種にしろ、所詮人間の生活環境や食べ物の確保、知識欲の為に造られた言葉だ。この世界でもそれは同じのようだ。だが、俺が人間である限り、俺が何を叫ぼうともそれはエゴや偽善でしかないだろう。
・・・
――2日後
眼前には石造りの円形をした美しいアーチ型が並ぶ4階建の建物が視界いっぱいに広がっている。一度参加表明のために来たことはあるものの、その建物――
これから俺はこの闘技場で
「「「「「うおぉぉぉ!」」」」」
すでに日は頭上に昇っており、
今回の試合はデスマッチ方式と一対一方式を取っており、まずは4ブロックに人を分け、そこでブロックごとに一斉に戦う。1ブロックに付き
「ではロプト様、奥の入口へお進みください。奥には専用の武器が置かれておりますのでそれらの中から3つまでお使いください。魔法の使用は禁止ですのであしからず。また、階上には現在行われている前座が見れるので呼ばれるまではそれでも見ながらお過ごしください」
奥に進み、軽い検査を済ます。やはりというべきか、今回のために作られた防具は特に詳しく調べられることなく、身に着けている皮袋の中身などを調べられたのみだ。
受付奥の待合室には槍や剣などの刃の無い
残念ながらその中には
「・・・・・・ッチ」
周囲を見渡し、周りに聞こえない様に小さく舌打ちをする。ここに
「こんな所にエルフとは、死にに来たのか?」
武器を選んでいると荒くれのような男が話をかけてくる。
どうやらエルフという種族は面倒事に巻き込まれやすい種族らしい。
「おいガキ、一つ忠告しておくが魔法は禁止だぞ? エルフのガキが来ていいような場所じゃ無えんだ。帰んな」
俺が無視していると荒くれは挑発してくる。面倒臭い。切ってしまおうか? いや、今騒ぎを起こせば
「あんた、そんなに自分に自信が無いのかい?」
「あ゛?」
俺がどうしようか悩んでいると荒くれの後ろから女が一人荒くれに声をかける。振り返ると、短髪に粗く切られた短い白髪が特徴的な褐色の女が太く長い金属製の棍棒を担ぎながら立っていた。
女はそこまで身長は高くないもののがっしりとした体をしており、俺ではとても振り回せないような棍棒を軽々と担いでいる。おそらく130㎝程だろうその身長と顔からその女には少女という言葉がよく似合う。だが、その声は見た目に反し低く、重厚な生きた歴史を感じさせるもので、その体には無数の傷跡が残っている。
また、その体を包む防具も軽装で、控えめな胸の辺りには身体に巻きつくように着ている皮でできた防具、下半身も太いベルト以外は体を守れるような装備は見受けられない。また、顔には褐色の肌に良く目立つ白と赤の塗料が眉間と頬に塗られている。
「そうやって挑発するってことは勝ち残る自身がない小心者かと思ってねぇ」
女は荒くれの言葉に一切の怯みを見せることなく逆に荒くれに対してニヤリと笑いながら挑発を返す。
「おい、ここはガキの女が来るところじゃねーぞ?」
「・・・・・・今なんつった」
荒くれの言葉に反応してか、女の眉間には薄らと青い筋が浮かび上がった。それと同時に俺の背筋がビクリと震える。
「ガキh」
俺の眼前から荒くれが消えた。いや、瞬間的に女によって吹き飛ばされた。まるでそれを証明するかのように荒くれの言葉が途切れたと同時に壁に何かがぶち当たった音が部屋の中に鳴り響いた。
「・・・・・・誰がガキだ」
女がぼそりと呟く。どうやらガキという単語に相当な怒りを覚えているようだ。周囲の視線は俺を含め女に集中するが、女が周囲を一瞥するとその視線も霧散する。
「・・・・・・はぁ」
女は溜息を一つつき、改めて俺に向き直った。すでに女の額から青い筋が消えている。
「・・・・・・ありがとう」
恐る恐る呟くように声を吐く。俺はいつの間にか目の前に立つこの女に恐怖していたらしい。それを証明するかのように声の端々が震えている。
「あんた、ここでそういう事はやめな」
女は表情を真剣なものにして視線を俺の付けている胸当てへと向ける。その威圧感は今まで味わったことのないほど大きなものだ。
「そういう事って?」
俺はようやく収まった声でとぼけてみせる。実際、この女が荒くれを吹き飛ばしていなければ俺が仕込んだナイフで殺していたかもしれない。いや、殺しはしなかっただろうが手を出していたのは確実だ。
「ま、分かってるようだからいいさ」
女はまたため息を吐き、頭皮をボリボリと掻きながら俺の傍から離れ椅子に座る。
(・・・・・・気付かれたか?)
俺の額にはいつの間にか一筋の汗が流れていた。それほどまでに女から出ていた威圧感は凄まじいものだった。
・・・
その後、呼ばれるまでに時間がかなりあるため
「「「「「うおぉぉぉ!」」」」」
階上に近づくにつれ聞こえる歓声が大きくなっていく。よほど白熱しているのだろう。
「やれぇ!」
「そこだぁ!」
「殺せぇ!」
気のせいなのかもしれないが歓声の中には野蛮なものも聞こえる。
(殺しはしないんじゃないのか?)
歓声の内容に疑問を感じつつ、階段を上りきると観戦のできる立見席に到達する。立見席は観客と席を分けるために柵が設けられており、すでに数人のこの後デスマッチに参加するであろう者たちが歓声を上げながら試合を見ている。立見席からは距離は遠いものの、角度がしっかりとつけられているため闘技場の様子が見られた。
「・・・・・・っ!」
暗い部屋から急に明るい日の出ている場所に出たため、少し目が暗む。だがそれもすぐに慣れ、
眼下の
ゴブリンもオーガも俺の知っている奴らではなく、双方ともに共に過ごしていた
3人のゴブリンがボロボロの剣を片手にオーガに向かっていく。オーガはそれに立ち向かうべく左から来たゴブリンに拳を振るい、弾き飛ばした。
「いいぞぉ!」
「お前に賭けたんだ! 死んでも勝てぇ!」
オーガの一撃により歓声はより一層大きなものになる。オーガに一撃により、吹き飛ばされたゴブリンは動かないものとなる。それを目の当たりにした2人のゴブリンは一瞬狼狽えるが手に持ったボロボロの剣を握りしめ、オーガに果敢に攻めていく。オーガは再度、最も先行している中央を走るゴブリンに拳を振るうが、ゴブリンはそれをギリギリで避け、その拳に握りしめた剣を突き刺した。
「ぐぅぅぅ!」
オーガはここまで聞こえる悲鳴を上げる。その悲鳴が響くと同時にそれをかき消さんばかりの歓声が上がった。
「・・・・・・ック!」
全く関係のないゴブリンとオーガが殺しあう姿を見て脳裏には
そうこうしているうちに戦闘は進み、オーガの拳を避けたゴブリンが器用にその腕を駆けて首元に握られた剣を突き刺した。
「がぁぁぁ!」
またしてもここまで悲鳴が届いてくる。
やめてくれ、俺にそれを聞かせないでくれ・・・・・・。
オーガは急所を突かれた為、その巨体が地面へと倒れ伏す。ゴブリンはそれに喜ぶでもなく静かに立ち尽くしている。
『おおーっとぉ! 大番狂わせだぁぁ! なんと当初の予想を覆してゴブリンがオーガを倒したぁぁ!』
どこからか拡声器で大きくしたような声が闘技場内に鳴り響く。それと同時に歓声や悲鳴が周囲の観客から発せられた。
「・・・・・・ッチ」
嫌なものを見た。
俺の舌打ちは周囲の歓声によってかき消された。観客の中にはそれぞれ悲鳴や歓声を上げている者たちがいたが、その中にゴブリンやオーガの死に対する言葉は罵倒以外なかった。
俺は階段を下りる。これ以上この光景を見ていたくはない。
俺の足取りは重く、足に枷を着けているような錯覚に陥っていた。
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