第14話 同郷の者

 この世界の人間は存外冷たい


 おそらくは武器を持っているものが多く、自己防衛精神が高いためだろう。奴ともし別の場所であっていたら、同じ境遇という事で共に動いていたかもしれな い。


・・・


 ギルドを出て、周囲を見渡す。武器屋と防具屋を見つけるためだ。だが、それらしい看板は見受けられない。いや、トードーの話を信じるのであればここの通りにあるはずだ。それが見つけられないのは俺に土地勘がないためだろう。


 一度出たギルドに再度入り聞くのは気まずい。それにまたあそこの連中に何を言われるか分かったもんじゃない。


 歩きながら周囲を見渡し、武器屋と防具屋を探す。だが、それらしい看板は見当たらない。


「どうかしましたか?」


 俺がキョロキョロと辺りを見渡していると一人の青年が俺に話しかけてくる。黒髪黒目のその青年は周囲を歩く人物とは異なり、俺と同じような日本人の顔をしているように見える。


「・・・・・・なんだ?」


 俺は警戒をする。俺の周囲には多くの、主に屈強な者たちが歩いていたが、この青年の様に声を掛けようとする者などいないのはもちろん、気にも留めていないためだ。


「いや、君が困っていそうだったからね」

「・・・・・・もしかして、どこかで会ったことがあるか?」


 俺はこいつの顔を知っているような感覚に陥る。いや、確実にどこかで見たことがあるはずだ。


「・・・・・・いや、それは無いと思うが」


 青年はしばらく俺の顔を凝視したのちに、それを否定する。だが、青年のその日本人のような顔を見ているうちにそれが誰なのかを思い出す。


「・・・・・・あんた、この世界の人間じゃないだろ?」

「・・・・・・!」


 俺はこいつについてはっきりとまではいかないが思い出した。こいつは日本人。日本にいた時に連日ニュースで流れていた行方不明になった少年だ。我ながら自分の記憶力に感心する。確か名前は・・・・・・


「・・・・・・後藤 英雄ごとう ひでお・・・・・・だったか?」

「・・・・・・どこでそれを?」


 目の前の青年は少し驚いたような顔を向ける。だが、俺の言っていた事は正解のようで、否定することは無い。


 だが、こちらにも疑問がある。俺がテレビで見たは14歳だったはずだ。それも失踪から1か月程度しか経っていない。だが、目の前の青年は面影は残っているものの、その風貌からはとても自分よりも年下には見えない。自分と同年代か、それ以上に見えてしまう。


「ま、いいでしょう。いろいろ気になりますし、そこで話をしましょう」


 何も答えない俺に青年――後藤 英雄ごとう ひでおはすぐ近くにある店を指す。どうやらここの地理には詳しいようだ。


 俺は後藤に付いて行く。俺と同じように召喚されたのであれば色々と気になることもあり、聞きたいことがあるからだ。


・・・


 店に入った俺と後藤は奥まった席へと案内される。店は外の光をうまく取り入れられていないのか薄暗く、木製の床の端や机の下など細かなところの汚れが目につく。店の中には俺たちの他に2組の男たちが酒の入った樽ジョッキをグビグビど飲んでいる。


「・・・・・・汚いですね」


 後藤はぼそりと呟く。こいつの行きつけの店、とかではないようだ。


 後藤は一旦店員に何かを頼む。店員はすぐさま樽ジョッキに入った泡立つビールのようなものと、干し肉と硬いパンを盛った木皿を持ってきた。飲み物はエールというらしい。干し肉は口に入れると少し塩辛く、恐らくエールとよく合う味だろう。まぁ、酒はあまり好きではないので分からないが。


「エルフの少年、まずはなぜあなたが私の名前を知っているのか、教えていただけますか?」


 後藤はこちらにニコリと笑顔を送る。俺とは対照的なさわやかな、好青年という言葉がふさわしい笑顔だ。


「まず、俺は菅野 暁かんの あきら。エルフではなく日本人だ」


 俺の言葉を聞き、後藤はハッとする。そして、何かを考えるように俯き、顔を上げた。


「なるほど、あなたも召喚者一人でしたか。黒髪黒目のエルフとは珍しいですしね」


 後藤はどうやら言いたいことを理解したようで、うんうんと頷く。あなたという事はやはりこいつも同じ召喚された者らしい。


「そうだ。俺もここに召喚された一人。この耳は・・・・・・まぁ気付いたらこうなってたんだ」

「そうかそうか、大変だったでしょう」


 後藤はまたうんうんと頷く。耳について詮索されなくて良かった。ゴブリン達仲間たちを食べたなどと言ったら何を言われるか分からない。


「昔は・・・・・・いや、止めましょう。苦しい思い出はあまり語るものではありませんしね」


 後藤は昔の事を言いかけ、それをやめる。この口ぶりだとこいつも俺と同じように奴隷か何かとして召喚されたのだろう。過去が辛いのは俺も同じだ。多くは語るまい。


「ともかく、昔は色々あったけど助けられ、今は助けてくれた方に仕えて過ごしています。君は?」

「俺は・・・・・・」


 言葉に詰まる。今何をしているか、それはブレイブという男を殺すために動いているのだが、そんなことは言えない。とりあえず適当な嘘をつく。


「俺は旅をしようかと思っている。とはいってもまだ資金集めをしている段階だけどな」

「旅・・・・・・ですか、いいですね」


 後藤は遠い目をする。旅にあこがれを抱いているのだろうか、まるで夢を見る子供のような顔をしている。


「ところで聞きたいんだが」

「はい?」

「あんたはここにどれくらいいるんだ? 俺がここに来る前、ニュースでは1か月も経っていなかったはずなんだが」

「私がここに来てもう5年。思えばこちらへ来てから随分と経ちましたねぇ」


 後藤は樽ジョッキを傾け、エールをグビグビと飲む。5年か。ここと日本の流れる時間が違うらしい。しかしどおりで大人びた顔つきなわけだ。


「俺は大体1年だな。いろいろあったが、何とか生きている。ところで他に俺たちみたいに召喚された奴らはいないのか?」


 俺の問いに後藤は口から樽ジョッキを放し、その顔を暗くさせる。


「・・・・・・そうですね、会った事は何度もあります」


 後藤はその顔をさらに真剣なものにする。地雷を踏んでしまったのだろうか。


「私は・・・・・・いや、おそらくあなたもでしょうが奴隷として召喚されました」


 俺はそれに頷く。やはりこいつも元は奴隷だったようだ。


「私はその後すぐに今仕えている人に買われ、何とかすごせています。しかし、現在この国にいる奴隷の大半がどこかから召喚された者たち。ここに住んでいるとその者たちを時折見かけるのですが、やはり彼らの環境は悲惨です」


 後藤はさらにトーンを落とす。元奴隷だからだろうか。その言葉には共感を覚えた。


「私はこの5年間、幾度となくその現状を見てきました。私もそれを何度も止めようとしましたが、すでに奴隷は国自体を動かさないと止められない、深く根付いたものになっています。あなたや私の様に運良く通常の生活をしている人は見たことありませんよ」


 やはりか。経験したからこそ分かる。奴隷は現在トードーにつけている枷によって強力に拘束をされる。そこから抜け出すとなると、俺の様に死にかけ欺くか、後藤の様に誰かに好意で買われるしかない。


「ともかく、あなたのような同じ境遇の人で奴隷ではない人に会ったのは初めてです。何かあったら私に言ってください、力になりますので」

「あ、なら武器屋と防具屋を教えてくれ。今度の闘技場にも出るし、それに旅の前に装備をそろえたいんだ」


 ブレイブを殺すための装備だ。まぁ言うつもりはないが。


「あ、それなら私も用があるのでお供しますよ」


 後藤はまたニコリと爽やかな笑顔を見せる。どこまでも好青年だ。中々好感が持てる。後藤は皿の干し肉をたいらげ、立ち上がる。どうやらもう出るようだ。俺はエールを一気に飲み干し、店を出た。


・・・


 俺は後藤の案内で防具屋に入る。防具屋にはふくよかだが、ごつい腕の店主が俺たちを出迎える。防具屋では鉄の胸当てと鎖帷子、他に足用の装備など各種、動きやすさを重視したものを注文し、その採寸をした。いつ出来るのかを聞くと、俺のサイズはすでに元々いくつかあるため明日には用意できるという。因みに闘技場に出るには防具にそれなりの制限がかかる為、俺の装備はその制限にかからない程度のものにした。


 次に武器屋へ行く。武器屋にはこれまた腕のごつい筋肉質なおっさんがいた。店の周囲にはダガーやロングソードをはじめ、鋼鉄製の杖や先に棘の付いたメイスなど、多種の武器が飾られている。


「こんにちはアッシュさん」


 後藤は親しげに店主に声をかける。行きつけの店か何かなのだろうか、店主も親しげに後藤に返事を返した。


「そっちのあんちゃんは? 黒髪黒目のエルフとは珍しい」

「彼はアッシュさんのお客ですよ。武器屋を探していたからここへ連れてきたんです。武器屋と言えばここですしね」

「お、嬉しいこと言うじゃねぇか」


 アッシュは嬉しそうに顔を歪める。こんなごついおっさんにもこういう顔ができるのか。


「アッシュさん、頼んでいたものはできましたか?」

「ああ、出来てるよ。ちょっと待ってな」


 アッシュは店の奥の扉へ姿を消し、しばらくして片手に一本の鞘に収まった白銀の剣を持ってきた。剣の柄には細やかな細工がされており、鞘にも同じく宝石を用いた細工と国旗のような文様が施されている。


「とはいってもたいして痛んではなかったがな」

「いえ、こういったものは定期的に見てもらわないと。素人がいくらメンテナンスしてもたかが知れていますしね」

「随分高く買ってくれるじゃねぇか」


 アッシュは豪快に気持ちよさそうに笑う。後藤は鞘から剣を抜き放ち、その出来を見る。どうやら良い出来だったようで、一つ頷くと鞘に剣を治め、腰に付けた。


「暁、私は用事があるので帰りますね」


 後藤はくるりと身を翻し、店を出ていく。アッシュはその背中を見て声をかける。


「闘技場出るんだろ? 頑張れよブレイブ!」


 後藤は手を上げてそれに答える。今、なんていった? 


「・・・・・・ブレ・・・・・・イブ」



 俺がアッシュの放った言葉にうろたえているとブレイブは何かを思い出したようにこちらを振り返る。


「あ、言い忘れていました。私はこちらではブレイブと呼ばれています。もし何かあったら城で私の名前を出してください。力になりますので」


 後藤は爽やかな笑みのまま店を出ていく。俺はその場に立ち尽くす。


 後藤が・・・・・・ブレイブ? 俺は・・・・・・俺は殺すべき相手を目の前にして何もしなかった。いや、むしろ好意的な奴だと思ってしまった。


「お、おいあんちゃん、大丈夫か?」


 アッシュが心配そうな声で俺に話しかける。どうやらまたしても顔に出ていたようだ。


「いや、すまない。なんでもない」

「そ、そうか」


 俺は一旦歪んだ顔を戻し、アッシュに向き直る。アッシュは多少狼狽えはしているものの、落ち着いた俺に息を撫で下ろしている。


(いや、逆に考えればターゲットの素顔を見れたという事だ。これで奴を殺しやすくなった)


「ま、いいか。で、どんなのが欲しいんだ?」

「そうだな・・・・・・」


 俺は必要な武器を注文する。その中にはブレイブを殺すためのものも。


 アッシュの店はブレイブがおすすめするのも分かるくらいに品ぞろえが良く、俺の欲したものは全て購入することができた。アッシュは最後まで何か疑り深い視線を向けていたが、武器はしっかりと揃えてくれた。


 武器の1つの小ぶりのナイフを取り出す。ナイフの刀身は黒く、怪しく光っていた。

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