第13話 ブレイブという男
世界はいつだって無情だ。
神などいない。仮にいたとしてもそいつは何もしない木偶の坊か、見て楽しむだけのクソ野郎だ。
・・・
女に連れられカウンターの奥の簡素な部屋につく。業務員専用の部屋とでもいうべきだろうか。部屋の中央には木製の机と背もたれのない四脚の椅子、角には丸い机の上に金属製の水差しと同じく金属製のコップが5個、水差しは相当冷えているようで表面にいくつもの水滴が付着している。
女は椅子の一つにドカリと座り、こちらに視線で座るように合図をする。
「で、どこで聞いたんですか?」
女はこちらに厳しい視線を向ける。そこには既に先ほどのような硬い笑顔は無く、至極真面目なものになっていた。
「……なんの事ですか?」
「何って、なんでブレイブ様がゴブリン討伐に行ったことを知っているのですか、と聞いているんです」
どうやら勘違いでなければ鎧の男の名はブレイブと言うらしい。というか、あの辺りに他のゴブリンを見た事が無いから恐らくあっているだろう。
それにしてもブレイブとは大層な名だな。確か意味は勇敢とか勇ましいだったはず。この女が様付けで呼んでいるところを見るに随分と評価されているようだ。
女の視線が更に厳しいものになったものの、さて、なんと答えるべきか。
「……あの白銀の鎧の男はブレイブと言うのですか。実はその討伐の際にお見かけしまして、それが誰なのかを知りたかっただけですよ」
恐らく討伐というニュアンスからしてここの依頼か何かの一つだろう。流石に討伐に行ったなどという嘘は見抜かれるだろうし、取り敢えず曖昧に話しておく。
「あー、見られちゃてたかぁ」
女はガックリと肩を落とす。正直話が見えてこない。というかこの女の名前すら聞いてないことに気が付いた。
俺が話を切り出すタイミングを測っていると、女は俺に申し訳なさそうに話しかけてくる。
「あのぉ、この事は内密にしていただけないでしょうか?」
「内密に、ですか。いいですよ」
俺の言葉に女はホッと息を吐き出した。
「だけど、その代わりと言ってはなんですが、その件について詳しく教えてはくれませんか?」
「え?」
女は予想外の返答だったのか素っ頓狂な上ずった声を上げる。
「いえ、内密にと言われてもどこから話してはいけないのか分かりませんよね? それに俺の話のどこからボロが出るかもわかりませんし」
俺は話すメリットとデメリットを上げる。正直言って話すメリットなど無いだろうが、予想とは裏腹に女は顔を上げて唸る。恐らく言うべきか言わないべきか計り兼ねているのだろう。そして、女は決断したのか上げた顔をこちらに向けた。
「ま、見られちゃったんだしいっか」
女はそんな軽口を切る。
「その前に名前を聞いてもいいですか? お互い名乗らずに話をするのは不便でしょうし」
「それもそうですね。私の名前はクレア、ここのギルド、龍の巣で働いている者です」
女――クレアは明瞭快活に自己紹介をする。俺も同じように自己紹介をしようとするが、トードーの言葉を思い出しその内容に迷う。
トードーは俺の事をエルフと呼んだ。奴に俺の事がそうい見えているという事は目の前の女もそう思ってる可能性がある。そのため、
「どうしました?」
クレアは不思議そうに俺をみる。たかが自己紹介で間を開けすぎたようだ。
「俺の名前はロプト。エルフの旅人です」
「そう・・・・・・よろしく。で、ブレイブ様の件よね?」
俺は奴隷時代の13番という番号から名前を作る。クレアは旅人という部分に違和感を感じたようだ。おそらく服が軽装すぎるせいだろう。だが、それについて深堀はせずに話の続きを始めた。
クレアの話をまとめると、ブレイブと言うのは4年前から女王直属の護衛をしている男で、普段は女王の側に仕えている。誰もその男については平民なのか貴族なのかさえ分からない男で、気づいた時には護衛をするようになっていたらしい。だが、時折「腕試し」という理由でお忍びでこのギルドのクエストを受けるそうだ。前回のゴブリン討伐もその一環で行われたが、お忍びという事もありあまり口外して欲しく無いそうだ。
以上の情報を聞いた後、俺はある疑問を口にする。
「なんでゴブリンの討伐依頼が出されたんですか?」
「なんでって、そりゃ魔族ですし。見つけたら討伐するでしょ普通」
クレアは水差しに手を伸ばし、コップに水を入れながら言う。こちらなど見ずにまるでそれが常識であり、理由などいらないとでも言うように。
正直、予想はしていた。魔の者、つまり魔族と称される者達は過去に人間と対立しており争っていた。それは争いが終わった今でも同じ事で見つければ危険と判断されるのは当たり前だ。
今回、
成る程、だから
俺の腸が煮えたぎる。予想はしていたものの、何もしていない生物を殺す目の前の人間に、仲間達を殺すのに何とも思わない人間達に。
俺の怒りが顔に出ていたのか、クレアは注いでいる途中の水差しを机に落とした。
「あっ、す、すみません」
クレアは慌てて水差しを拾い上げる。水差しからでた水はかなりのもので、机にできている隙間や机の端からポタポタと水が流れ落ちている。
「大丈夫ですか?」
俺は自然な笑顔を作る。先ほどの顔などまるでなかったかのように。クレアは目を擦り、もう一度こちらに向き直り、ぎこちない笑みを返してくる。
「ところで、ブレイブ……さ、さんが他に行くような場所って知っていますか?」
クレアが
あと知るべき情報は
「そ、そんなことを知ってどうするのですか?」
クレアはいまだに怯えているのか声を微かに震わせる。
「いえ、ただ彼の強さに見惚れてしまいまして……機会があればぜひ手合わせをと思いましてね」
俺は再びクレアに笑いかける。その態度を見て少し安心したのか、今度は来た時と変わらない声で話し出した。
「確かにブレイブ様は強いですしねぇ、この国随一の戦士といっても過言ではありませんし……。手合わせをしたいのであれば
「
「
正直、そんな残虐な行為を見て楽しんでいた昔の人々には軽い寒気を覚えるが、そんな場所に姫の護衛が行ってもよいのだろうか。だが、その疑問もクレアによってすぐに解けた。
クレアが言うには
ちなみにこの世界の娯楽について聞くと、他には飲酒、歌、文学、芸術、スポーツがあり、その中でも誰でも気軽に行くことのできる
そして、
「ところでその
俺は疑問を口にする。人を傷つけて楽しむような俺ではないが、真剣が使えるのであれば
俺の言葉にクレアは目をギョッと開かせ、顔を引き攣らせた。
「えぇー……そんなの死人が出ちゃいますよぉ。もしかしてその腰に下げている頭蓋骨って……ひえぇ」
クレアは一人でぼそぼそと呟く。おそらく馬鹿にされているのだろうが、気にしないことにする。
「いや、確かにギルドの野蛮な人の中にはそういう癖の人もいるっちゃいますけど……くわばらくわばら」
「いや、なに言ってるのか知りませんがただの純粋な疑問ですよ?」
まぁ、クレアの言動からして使われる武器は真剣ではないだろう。木刀のようなものかなまくらの剣か。そうなると殺すのに手間取るので面倒だ。
「で、その
「確か3日後のはずです。今日明日中には大会の参加手続きを済ませれば出れますよ。ま、運が良ければブレイブ様と初戦で当たるかもしれませんしね。あ、武器以外の装備は自由なので、出るなら装備をしてからの方がいいですよ?」
クレアは俺の服装を見ながら言う。3日後か。この後行くつもりだったがそれまでに装備はできるだろうか。
「いろいろと教えていただきありがとうございました」
「いえいえ、ではくれぐれも内密にお願いしますね?」
「ええ、もちろん」
俺は立ち上がり、礼をする。クレアも同じように立ち上がり、改めて注意を促される。俺はそれを了承すると、部屋の外まで案内をされた。
部屋を出ると来た時にもいた連中の視線が俺に集まる。そして、ここに来た時話しかけてきた男が再度話しかけてきた。
「おいおい、お前なにしたんだ? どこから来たのか知らないが、人外があんま調子のらないほうがいいぞ? なんせここは人間の国だからな」
男は豪快に笑う。それに合わせて周囲の男たちも笑い出した。なんなんだこいつらは、人を馬鹿にしたような態度ばかり取りやがって。
俺は苛立ちつつもギルドを後にする。ギルドの中では未だに笑い声が響いてくる。耳に着く嫌な声だが、これからやるべきことを考えると自然と声も気にならなくなった。
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