第12話 人間の国
思えばギガとの生活も長い
はじめはただの馬鹿かと思ったが、鼻はいいし意思疎通も取れる。正直、ペットのような感覚が拭えないが、それでもいい奴だった。
・・・
――2日後
日が昇り始める頃、広い平原に一台の荷馬車が走ってくる。トードーの荷馬車だ。首輪の効力はしっかりと効いているようだ。
荷馬車は俺の前へと止まり、トードーが下りてくる。トードーはギガに少し驚いてはいるが、2日前ほどではないようだ。
「ご苦労。で、ちゃんと持ってきたか?」
「ええ、もちろん」
トードーは額から脂汗を垂らしながら答える。その汗は疲れから来たものでないのは明白だが。
「で、どこに?」
「後ろに積んであります」
「そうか。ギガ、不審な動きがあれば殺せ」
「んあ」
トードーの小さな悲鳴を背中で聞きながら積荷へと向かう。
積荷には白い布の幕がかかっており、それをどかすと手前には蓋の付いた木箱、奥にはかつて奴隷だったときに採掘していた鉱石類の入った木箱が積まれていた。
手前の木箱を開けるとそこには俺がトードーに命令したとおり、靴と服が3着ほど入っている。俺はその中の服をその場で着る。服は羊毛製で上は青を基調としたもので首元から肩口にかけて金の刺繍がある。下はシンプルな白いズボン、靴は茶色の革製のものだ。
着替え終わり、トードーの元へと向かう。トードーはギガに怯えているのか馬の影に隠れながらギガの様子を伺っていたが、俺に気づき俺の元へと寄ってくる。
「い、いかがでしょうか? なるべく良いものにしようと思ったのですが、如何せん時間が無く・・・・・・」
「いや、これでいい。王国へと移動するか。行くぞ、トードー」
「・・・・・・え?」
呆けているトードーをよそに荷馬車へと乗り込む。トードーは俺が乗り込むのを確認するとハッとし、同じく荷馬車へと乗り込んだ。
「ギガ、これでお別れだ。殺されるなよ」
「じゃあナ」
「ま、もし上手くいったら7日後には会いに行くよ・・・・・・行け」
トードーは馬を走らせる。後ろを振り返るとギガはすでに森の中に消えていくところだった。淡白な奴だ
「あ、あのぁ・・・・・・いつこれを外してもらえるのですか?
馬を走らせる中、トードーが俺に笑みを向けながら話しかけてくる。だが、それは無理矢理つくられたもののようで口の端が僅かに震えていた。首輪のおかげでのご機嫌取りすら必死なのだろうか。
「これが上手くいけば俺は王国には居れなくなる。そうなったら外してやるよ」
トードーは少し安心したのか肺の空気を吐き出す。因みに首輪の鍵はトードーが持っているものの、首輪の性質上契約者、つまり俺の許可なく首輪を外そうとすればそれが正規のものであったとしても首輪をしている者に電撃が走る仕組みだ。まったくもって良くできた首輪だ。作った奴の顔を見てみたいものだ。
「さて、お前の知っている王国の情報・・・・・・いや、この世界の情報を教えてもらおう」
「え?」
トードーは不思議そうな顔をする。おそらく俺をエルフと思い込んでいるのが原因だろう。
「そうだな・・・・・・まずはお前が使役する奴隷たちの召喚についてだ」
俺はこれまで感じていた疑問をトードーへとぶつける。トードーは首輪の電撃を恐れてか、おっかなびっくり話し始める。
まずこの世界についてだが、アレイジの言っていた通りこの世界にはかつて魔王がいた。だが、約100年前にグラント王国で勇者を召喚し、魔王を打ち取ったそうだ。だが、勇者はその戦いで戦死したが魔王軍はその後解体され、平和が訪れた。
そして、奴隷について。昔、奴隷は他国や村、借金を背負った者たちがなるっていたものだったが、それを勇者が廃止した。だが、それでは国力の低下が伺えたため、勇者の死後奴隷制を再び始めようとしたが、元奴隷の者たちによる集団自殺などより多くの国力低下に繋がりかねない状況に陥った。そこで行われたのが異世界からの召喚による奴隷の使役だ。
召喚した者ならば奴隷制の廃止や勇者という希望も知らない。そしてなにより召喚された者は特異な能力が付く。そのおかげで勇者が魔王を倒せたとも言っていたが、この方法で召喚された者は頑丈で使い勝手も良く、人気だそうだ。(奴隷制度自体は反対派が多いため、教会での治療や奴隷の宿の利用は足元を見られ、法外な金額を吹っかけられるらしい)
召喚されたときに5人死んでいた事についても聞いてみると、殺した理由はその者に付いている特異な能力が強力すぎた為だそうだ。強力すぎる能力は時に首輪を自力で破壊できるものもある。そのため、事前に能力を確認して危険なものたちは殺していたそうだ。
「ですが、ギルドでフルプレートの鎧を着けれるものとなると相当名の知れた者のはず。私も情報通というわけではありませんが、それくらいは知っていますし・・・・・・それに白銀の鎧というところも引っ掛かります。ギルドの連中は森や暗闇と同化するような色の装備をするのが常、そんな派手な鎧を着る者はいないかと」
「そうか、ならまずはギルドに行くか」
眼前には町の外壁が見えてくる。外壁はまるでそこから敵を拒むように町をぐるりと囲んでおり、その高さは10m強といったところか。開け放たれた門には衛兵が2人、気怠そうに立っている。
俺たちが門の近くまで来ると、その存在に気づきその気怠げな顔を直そうともせずにこちらへと近づいてくる。
「トードーさんじゃないっすか、こんな早くに珍しい。どうしたんですか?」
「い、いや、私用を思い出してな」
トードーは苦笑いをする。縁起の下手な奴だ。だが、衛兵はニヤリと笑うのみだ。
「はっはーん、また奴隷関係ですか?」
「あ、ああ、そんなところだ」
「じゃ、いつもの貰っていいですか?」
衛兵は手を指し出す。トードーは腰に付けた小さい革袋から4枚の銀貨を衛兵へと渡す。
「いつもありがとうございます。では、どうぞお通りください」
奴隷が禁止だというのにここを通れたのはこの為か。おそらく先ほど渡した銀貨は通行料ではなく口止め料といったところか。
「ところで、隣の男はなんですか? 見たところエルフのようにも見えますが」
「い、いや・・・・・・まぁ色々とな」
「・・・・・・そうですか」
トードーは口を濁す。興味が無いのか衛兵はすぐさま引き下がった。
「ま、くれぐれも俺たちの事は言わないでくださいよ? お互いに持ちつ持たれつという事なので」
「そ、そうだな」
衛兵は元の位置に戻り、また気怠そうにし始める。荷馬車は特に検査をされることなく門を通過した。
俺はトードーにギルドへ向かうように指示を出す。だが、トードー曰く、このままでは怪しまれるそうなので、その準備をするように指示を出し直した。
町は以前通った道を進み、気付けば周囲は豪華な屋敷が並ぶ通りへと景色は変わった。トードーはその中の1つに荷馬車を入れた。屋敷には広い庭が設けられており、その奥に大きな館と別棟が備え付けられている。
「ここは?」
「私の屋敷です。さすがにギルドまで馬車で、というわけにはいきませんので」
おそらく馬車が大きすぎてそこを通るのには窮屈なのだろう。俺は仕方なく馬車を下りる。
「そういえば、お前は結婚しているのか?」
「へ?」
「いや、これほど大きな屋敷に住んでいるから気になっただけだ」
実際屋敷は大きい。日本に建てられる家の2倍以上の大きさはあり、それに加えて広い庭までついている。賃貸のマンションに住んでいたせいもあって少し憧れる。
「いえ、していません。それに屋敷は父から受け継いだだけなので」
おそらくトードーは貴族か何かなのだろう。興味が無いからどうでもいいが。
「で、他にすべきことはあるか?」
「い、いえ。特には」
「なら、そうだな・・・・・・とりあえず金をくれ」
先立つものは必要だ。それにこいつがいつ使えなくなるかも分からない。金は持っておいて損は無いだろう。
「い、いくらほど必要で?」
「そうだな・・・・・・とりあえず武具一式買える分と一月過ごせるほどの資金が欲しい」
「武具一式・・・・・・ですか」
トードーは苦い顔をする。高価なものなのだろうか。トードーは屋敷には行こうとせず、両手をすり合わせる。
「ど、どのような装備を買おうと思っているのですか?」
「そうだな、動きやすいものを買うつもりだ」
森での生活では動きやすさ重視で狩りをしていたため、フルプレートなどよりもそちらの方がいいと判断した。俺の返答に少し安心したのか、トードーはホッと息を吐き出す。
「そうですか、では取ってきますので少々お待ちを」
トードーは屋敷へと駆けていく。数分後、ジャラジャラと皮袋から音を鳴らしながらトードーが帰ってくる。
「これで当分の生活には困らないでしょう・・・・・・ほんとにこれ外してくれますよね?」
「ああ、安心しろ。お前をどうこうする気はない。さて、ギルドに連れて行ってくれ」
俺はトードーを先行させギルドへと向かう。移動するにつれ、周囲の街並みも屋敷の並ぶ通りからガヤガヤと活気のある通りへと変わっていく。通りは石畳で整備されており、中央には馬車が走っている。通りの端、がっしりとした石レンガ造りの家々が立ち並び、そこに果物や食べ物などの露店が連なっている。
トードーはそこからさらに移動する。いつの間にか舗装されていない道に変化し、周囲に歩く人間もがっしりとした体形の男が多く見受けられるようになる。道の端の露店はいつの間にか途切れ、おそらく酒場であろうウェスタンドアの木造の店が目立つようになってきた。
トードーに聞くと、ここら辺はギルドに加盟している人間たちの住む地域で、道の端の店は武器屋や酒場、宿屋など、討伐などに必要な道具をそろえるための店が立ち並んでいるそうだ。
「着きました。ここです」
トードーはその中の一つの建物の前で足を止める。その建物は周囲の木造の者とは異なり、大きく、しっかりとした石レンガで作られている。建物の前には掲示板のようなものがあり、そこにはいくつかの文字と絵の描かれた羊皮紙が張られている。ギルドの依頼リストか何かだろう。
「ご苦労だったな」
「く、首輪を」
「まだ駄目だ」
トードーは肩をがっくりと落とす。 まだ何が起こるか分からない以上、手札は多い方がいいだろう。特に制約を付けるつもりはないが。
「そういえばお前にはいつどこで会えるんだ?」
「そうですねぇ・・・・・・日が沈んでいるうちは基本的に戻っていますので」
「そうか、帰っていいぞ」
俺はがっくりと肩を落とすトードーを見送り、ギルドの扉を開く。扉は金属の擦れる音と共に軽い力で開いた。
中は外観と同じく石レンガで造られたもので、手前には数脚の広い机と背もたれのない椅子が左右に並んでおり、がたいの良い男や杖を持った女など、多種多様な人間が座っている。右側の壁には外にあったものと同じような掲示板が掛けられている。奥には4つのカウンターがあり、そこには受付嬢がそれぞれ座っている。
入ると同時に周囲の視線が俺へと集まる。よそ者に対してあまりいい気のしない連中のようだ。
「おいあんちゃん、何しに来た?」
椅子に座る男が話しかけてくる。顔はへらへらとしたものだが、その眼光は鋭く光っている。おそらく腕前は相当なものだろう。それを証明するかのように机には大きな剣が立てかけられている。
(さて、どうしたものか)
「割といい身なりをしているじゃねぇか。どこかのボンボンか?」
絡まれた最悪だ。どうしようかと考えるが、良いアイディアを思いつけない。というか面倒くさい。
(ここは素直に答えるか)
「白銀の鎧の男について知っているか? 数日前、ゴブリンどもを討伐したはずだが」
「白銀・・・・・・そんな目立つ鎧を着ている奴なんてここに居るわけねぇだろ」
周囲の男たちは笑う。どうやら場違いな事を聞いたらしい。
「ちょ、ちょっといいですか?」
だが、その男たちの笑う中、誰かが俺の腕を掴んだ。見上げると長い金髪を後ろで纏めた女が俺の腕を引っ張っている。その華奢な腕を見るにギルドの職員だろう。俺をどこかに連れて行きたいらしい。
「ちょっと話があるので来てください」
女性は固い笑顔を向ける。何かに焦っているようだ。
(何かまずい事を言ったか?)
女は腕を掴む力を強める。逃げたら面倒なことになりそうだ。俺は仕方なく女の後を付いて行った。
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