第2章 憎しみを糧に

第11話 人間からの卒業

 他の奴から見ればこれは復讐に当たるだろう


 だが、俺にとってはただの踏み台、前準備のための必要犠牲だ。俺の殺すべき相手はあの男のみ。奴にはその踏み台となってもらう。


・・・


(・・・・・・殺す)


 皆が死んでから約1日が経った。日はすでに傾きかけている。


 ゴブリン達を食べたせいか、俺はあまり腹が減らない。だが、ギガはそうでもないようで俺の横で自分で取ってきた獲物を生のままバクバクと食べている。


 夜が明けたせいか、俺の興奮は少しばかり落ち着いている。だが、俺の中にある殺意と憎しみは記憶に焼きついたあの男に対して放たれ続けている。


(奴はどこにいる?)


 奴を殺すには情報が必要だ。だが、俺には奴に関するものどころか、人間の暮らしに関する情報がトードーとその奴隷達以外皆無だ。


 そして、それに追撃するように今の格好だ。俺の格好はグーグ達と初めて狩ったタスカーの毛皮を用いた無骨な服。情報の聞き出せるであろう初めの町に行くにしてもこの格好では怪しまれるに違いない。


(・・・・・・ん? まてよ?)


 そうか、奴がいた。奴ならばあれも持っている。それならばなんとかなるかもしれない。


(それに、試しておかないといけないしな)


 俺はあの町へ行く為の作戦を立て、それをギガに伝える。ギガは十何度目かの説明でようやく理解した。


 ターゲットが通るのは森と平原の境目、夕刻だ。俺とギガはターゲットが来る場所へ移動し始めた。


・・・


 日は落ちはじめ、辺りは薄暗い。雲が月を隠し、夜の光を遮っているためだ。だが、1年もの間ゴブリンと生活を共に薄暗い森で狩りをしたため、目は即座になれる。


 現在、俺とギガは森と平原の境目の草陰に身を潜めている。ギガはその巨体の為完全には隠れていないものの、俺の姿は平原からではその明るさの差からすぐさま見つかることは無い。


 武器は弓と8本の矢、グーグからもらった剣、剥ぎ取り用のナイフ。そしてギガ。真正面からでは勝てるかはわからない。だが、奇襲ならば・・・・・・。


「・・・・・・来た。ギガ、殺れるか?」

「いけル」


 前方には今回のターゲットが荷馬車を走らせてこちらに来ている。俺は草陰の後ろであらかじめ教えていた指示をギガに出す。


「んあ」


 ギガは俺の指示を理解し、その巨体を荷馬車の前に現した。荷馬車を引く2頭の馬は森から急に出てきたギガの姿に前足を空中で振り回しいななきながら急停止した。


「うおっと、どうし・・・・・・た・・・・・・!」


 荷馬車を操る男は荷馬車についているカンテラから浮かび上がるギガの姿に恐怖の表情を見せる。それも仕方のない事だろう。ギガは4mもの巨体を誇り、その肌は薄い緑という死体に近い色をしている。そんな巨体がこの薄暗い中、急に姿を現したのだ。驚くなという方が酷だろう。


「・・・・・・お、おい! 魔物だ! 魔物が出たぞ!!」


 荷馬車を操る男、グラブ・トードーは悲鳴を上げながら荷馬車から降りる。そして、荷馬車の後ろから3人の大男、かつて俺が奴隷として働いていた時の監視達が出てきた。トードーはというと、よほど驚いたのか、荷馬車から降りたすぐ後にその場にへたり込んでしまった。


「・・・・・・オーガか」

「行けるか?」

「3人なら大丈夫だろう」


 監視達はギガの姿を確認すると、腰の剣を引き抜いた。かつて3人の奴隷を俺の前で屠った剣だ。俺は背中から少し短い弓を下ろし、静かに構える。場所は監視の一人の首元だ。


「行くz」


 俺の放った矢は正確に監視の一人の首元に命中し、倒れる。ジーシほどではないものの、動かない的ならば俺でも当てることは用意だ。


 思わず思い出してしまう今無き仲間に胸の奥が熱くなってしまう。


「くっ、森にいるぞ! 気をつけろ!!」


 監視の一人が俺の潜んでいる草陰を注視する、だが、ギガがそれを許さない。ギガはその巨碗を監視の頭上へと振るう。


「くそっ!」


 監視はその巨体に見合わない軽やかな足取りでギガの巨碗を避ける。だが、それを俺は許さない。俺は再び引き絞った矢を放つ。


「グッ」


 監視の右足に俺の放った矢が刺さった。だが、その肉体は見た目だけではないとでも証明するかのように監視は矢の痛みを一瞬気にするが、ギガの追撃を避けながら視線を俺のいる草陰へと向ける。


「オーガはいい! まずは草陰の奴だ!」


(ここらが潮時か)


 俺は腰の剣を鞘から抜き放つ。おそらく奴らは俺の場所の検討が付いているのだろう。現に俺の目と怪我の負っていない監視と目があった。


「ギガ! 手負いの方を殺れ!」

「そこか!」


 怪我のしていない監視は俺を発見したようで俺の元へと走ってきた。


「・・・・・・猪の豪脚タスカーズレッグ!」

「オラァ!」


 俺は俺の足を変化させ、地面を蹴る。その脚力によってすぐさま速度が最大まで上がる。俺は監視の剣のさらに内側、監視の胴へと急接近し、その速度を殺すことなく監視の腹へと剣を突き刺した。


「ぐっ・・・・・・っだぁ!!」


 密着状態になったことにより空に振るわれた剣を痛みによって手放した監視だが、まるで痛みなど無いかのようにすぐさま両腕で俺の首に掴みかかる。


「ぐ・・・・・・うぐっ・・・・・・」


(息が・・・・・・できない!)


 俺は思わず剣の柄を離してしまう。いや、あえて離した。監視は俺の行動が呼吸困難によるものと勘違いしたのか、勝利の笑みを浮かべる。


「残念だったな、エルフのガキ」


 俺は腕を腰に回し、ナイフの感触を確かめる。1年間使い続けたナイフをしっかりと握る。そして、素早く監視の首元へと突き刺した。


「て・・・・・・めぇ・・・・・・」


 監視は俺の首を絞める力を緩め、倒れた。俺自身も監視から手が離されたことにより地面へと倒れる。


「ゲホッゴホッ・・・・・・」


 俺は一度空気を肺に入れ、咳を落ち着かせ、監視の腹と首に刺さった剣とナイフを引き抜く。それぞれを引き抜いた傷口からは栓が抜けたようにだくだくと血液が流れ始める。


(ギガは・・・・・・大丈夫か?)


 ギガの様子を見る。ギガの方もしっかりと仕事をしてくれたようで、その身にいくつかの浅い傷を作りながらも最後の監視を倒していた。監視は気絶しているらしく、白目を剥いている。作戦通りだ。


「ギガ、大丈夫か?」

「だいじょうブ」


 ギガは間抜けな顔をさらに間抜けなものにする。傷を心配する必要はなさそうだ。


「大丈夫そうだな」

「くっていいカ?」


 ギガは眼下にいる監視達に目をやる。その眼光はもはや敵を見る者ではなく、食糧を見る目に変化していた。


「ああ、そこの二人は食って良いぞ」

「んあ!」


 ギガに首に矢を受けている監視と先ほど俺と対峙した監視に指を指す。


「迷いを断ち切るために犠牲になってもらおうか」


 俺はこの襲撃の目的の1つを果たすべく、未だに血の滴る剣をギガが気絶させた監視の首元へと当てる。

 

 今まで殺していたのは獣。それも生きるための殺生だった。だが、今回の相手は人間。あの鎧の男も人間だ。いざ殺すときに躊躇してしまう可能性がある。


(さっきは死に物狂いだったから出来ただけかもしれない。確認する必要がある。人間を殺せるかどうかを)


 毎日欠かさず手入れをしている剣はその鋭さをしっかりと残しているため、監視の首元からはすぐさま少量の血液が流れ落ちた。


(殺るか)


 俺は剣を振り上げる。眼下には生きている人間。俺は一瞬躊躇するが、剣を振り下ろした。いや、振り下ろせた。


 眼下には首元と胴体の切り離された死体が横たわっている。首元から血液をだくだくと流している。一瞬の躊躇の為か完全には切断できなかったようで、骨を完全には断ち切る事ができず、中途半端に首を切断したものの、絶命は免れる事ができない傷を作っていた。


 殺せた。殺せてしまった。確かにこいつらは俺の目の前で3人の人間を殺した奴らだ。心の奥底で恨みや憎しみといった感情があったのならばそれを用いて殺せるだろう。


 だが、実際にはその3人が殺されたとき、俺が持っていた感情は恐怖のみ。正直言って、こいつらが死のうが死ぬまいが俺にはどうでもいいことだ。それでも、俺は僅かに躊躇してしまったが、無抵抗の人間に剣を振り下ろし殺してしまった。


「……ッチ」


 俺は眼下の死体から跳ねた血を拭う。人を殺した自分に対して一瞬恐怖するが、それに勝る怒りと憎しみによってそれはかき消されてしまう。


(俺は殺さなきゃ、殺せなきゃならないんだ)


「ぁ・・・・・・あぁぁ!」


 後ろを振り返ると、トードーが情けない声を上げながら俺とギガを見ていた。トードーは腰が抜けているのか起き上がる様子はない。俺はトードーに歩み寄り、先ほど監視を切断した剣をトードーへと向ける。


「ヒィッ!」


 剣に着いた血がトードーの頬へと落ちる。血は重力に逆らうことなく、トードーの頬を伝い、服に赤いシミを一つ作った。


「久しぶりだな、トードー」



 俺の言葉にトードーはビクリと体を震わせるのみ。返答は無い。というより、できないでいるようだ。


「俺の事を覚えているか?」

「私にエルフの知り合いはいません!」


 トードーは激しく首を振り、俺の問いを否定した。しかし、とはどういうことだ?


「・・・・・・なぜ俺をエルフという?」

「な、なぜって、あ、あなたの耳がこ、高貴なエルフ様のも、ものと同様の為です!」


 俺はもう片方の空いている手で自らの耳を確認する。俺の耳は以前の者よりも少し大きくなり、その全長も長く、先が尖ったものになっていた。


ゴブリン達ガック達を食べたせいか)


「すみませんでした! い、いのちだけはぁぁ!」


 トードーは身をひるがえし、頭を地面に付ける。俺は思わずトードーを見下してしまう。俺はこんな奴の言いなりになっていたのか。


「お前は銀色の枷を持っているだろう?」

「え?」

「奴隷に付ける枷の在り処を教えろ」

「こ、これですか?」


 トードーは懐から銀色の枷を取り出す。以前俺の首に付けられていたものだ。


「使い方は?」

「か、枷に血液を染み込ませて相手に付ければ言いなりになります」


 背中に背負った矢を取り出し指に傷をつける。指からはぷっくりと血がにじみ出た。その血を枷に付けると、枷はぼんやりと一瞬赤く光った。


「これでいいんだな?」

「え、ええ大丈夫です」

「そうか、首を見せろ」

「へ?」


 トードーは間抜けな声を上げながらこちらを見た。俺は手に持った枷を乱暴にトードーの首へと付ける。


「うぐっ」

「さて、これでお前は俺の言いなりだ。これでお前は話せない筈だが」

「・・・・・・ぐぅ」


 枷の効力は効いたようで、トードーは呻き声のような返事をした。


「よし、それじゃお前にはこれから仕事をしてもらう。期限は明後日の朝、この場所まで指定したものを持ってこい」


 俺はトードーに俺の事とギガの事を口外しない程度の会話の自由を与え、町へと向かわせた。これで下準備は完了だ。


「おわったカ?」

「ひ、ひぃぃ!」


 死体を食べ終わったギガがこちらにやってきた。トードーはギガの姿にまた小さな悲鳴を上げる。トードーの顔には肌からにじみ出た汗が流れ落ちる。


「行け」

「・・・・・・ヒッ」

「・・・・・・二度も言わせるな」


 俺は再びトードーの首元に剣を向ける。トードーはビクリと体を起こし、馬車に乗り込み、馬たちを走らせた。ギガの存在があり、一度は足を止めた馬だったがトードーの三度目の指示にようやくその足を動かした。


 俺はトードーの馬車を目で見送る。


「明後日には町に入る。それでお別れだ」

「そうカ」


 ギガは少し寂しそうな顔をする。町に入るという事で俺はどうなるか分からない為、ギガと別れることになる。


(これ以上こいつといれば襲われたときに俺が足手まといになっちまう。そんなのは御免だ)


「獣が集まるかもしれん。行くぞ」

「んあ」


 俺とギガは獣たちから身を隠すために森へと姿を潜める。いつの間にか日はすっかり沈んでおり、図上には満点の星空が輝いていた。

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