第10話 灰となった現実
ここから私は始まった
おそらく、この時から私の運命が決まっていたんだろう。
・・・
朝が来た。俺はいつもよりも少し早い日の出前に起きる。剣の状態を確認し、素振り。うん、問題ない。頭にある母親の頭蓋骨もしっかりと固定されている。これなら落ちる心配はないだろう。
「おーい、ガック起きてるかぁ?」
グーグが俺の家に尋ねてきた。俺は口に指を当てる。ゴックが起きちまうだろ。
「おぉ、すまんすまん。外で待ってるぞ」
ゴックに目をやると、ゴックはすやすやと眠っている。これならしばらくは起きないだろう。俺はゴックを起こさない様に家を出た。
「お、きたかガック」
集落の中央には既にグーグ達4人とアレイジが集まっていた。
「さて、ガックも来た事だし始めるか」
グーグは今日の予定を話し始めた。今日は北の森の調査を行い、人間たちの動向を探る。人間たちが木々の伐採をしていなければ今後も様子を見つつここで暮らすつもりだ。
「で、アレイジばあちゃんはここで他の奴らを守ってくれ」
「わかったよ」
実際に戦えるのは俺たち5人とアレイジ、アキラにギガの8人だけだ。もしここが見つかれば皆が危ない。だが、アレイジがいれば何とか食い止めるくらいのことはできるだろう。
「お、アキラも起きてきたようだ」
グトゥの声につられ後ろを振り返ると、アキラが眠そうな顔でこちらへ歩いている。ギガは相変わらず凶暴な顔で眠っていた。
「ん、みんな早いね。てか、ばあちゃんが起きてるとは珍しい」
「うるさいよ坊主。あたしだってたまにゃ早起きするよ」
アキラは目を擦りながら欠伸をした。のんきな奴だな。
「ギガを起こして来いよ」
「ああ、分かった」
アキラはまた欠伸をしながらギガの元へと向かっていった。ギガはアキラに蹴り起こされ「ンア?」と間抜けな声を上げる。よくあんなでかいのを足蹴りできるな。
・・・
「おい、あれは」
「ああ、間違いねぇ」
俺は草陰に隠れて様子を伺う。木々の向こうには多くの切り株とそこを徘徊する5人の人間たちがいた。
「ばあちゃんから聞いたことがある。多分ギルドってやつにいる連中だ」
人間たちは先日の兵士ではない。兵士たちであれば同じような装備に同じような紋章を着けているはず。だが、彼らの装備はそうではない。動きやすさを追求した軽装備だ。革の胸当てや剥ぎ取り用のナイフなどどう見ても兵士とは似ても似つかない。グーグの言うとおりあれはギルドの人間だろう。
ギルドとは国や市民からの依頼を受け、魔の者や希少な植物などの採集、荷馬車の護衛など危険を伴う様々な事柄を引き受ける何でも屋だ。
「多分、俺たちがいるかどうかを調べるために雇われたんだろ」
「ああ、そうだな」
先日の兵士にはやはり見られていたのか。失態だ。
「ん? あれは・・・・・・」
ギルドの人間たちの奥の方に一人の兵士がいた。そう、国の兵士だ。だが、鎧には金の刺繍のラインや羽飾りなど昨日見た兵士たちよりも身なりが良いように見える。
男は周囲をキョロキョロと見回している。気配も殺しているし、この距離なら見つかるはずがないだろう。
兵士と一瞬目が合う。いや、ここからならばばれる筈はない。だが、なぜか体中から冷や汗が流れ出た。俺の本能が警告する。あいつはやばいと。
幸いにもばれなかったようで兵士はすぐに別の方向を向いた。俺はほっと一息つき、グーグに話しかける。
「・・・・・・どう判断する?」
「・・・・・・一旦アレイジばあちゃんに相談すっか」
グーグは皆に指示をだし、帰るように促す。足跡でばれない様にその痕跡も消しながら。
・・・
拠点の数メートル手前、俺たちは周囲を警戒しながら拠点へと帰る。幸いにも人間たちは俺の存在に気付かなかったのか、人間の気配はしない。
「やっぱ移動しなきゃだなぁ」
「そうだな、あんなふうに調べられちゃ俺たちの居場所もいつかはばれちまう」
帰り際、グーグと今後の事を話し合う。あの様子ではギルドの連中はそれほど脅威ではないだろう。だが、あの兵士はやばい。それだけは分かる。
たった一瞬目があっただけであれだ。おそらくは相当な手練れだろう。あんなのが来れば俺たちの手に負えない。
「移動かぁ、面倒だな」
「つってもいつかはしなくちゃいk」
隣から突然グーグの声が消える。
「おい、どうしたグー・・・・・・!!」
隣にいたはずのグーグは倒れていた・・・・・・頭から血を流して。グーグの後頭部には1本のナイフが刺さっている。血は止まることなくだくだくと流れ出している。
「おい! やばい、逃げろ!! あがっ」
右腕に痛みが走る。グーグが刺されたナイフと同じものが俺の右腕に刺さっていた。くっそ、久々の傷だ、いってぇ。
後ろを振り返るとあの兵士がいた。どういうことだ!? 気配は消していたはず。それにあんなのが付いてきていたら気付くはずだ!
「いやぁ、助かりましたよ。わざわざ案内してくれるなんて」
兵士は何かを言っている。何を言っているのかは理解はできないが、その醜悪な笑みからおそらく挑発でもしているのか!?
「ジーシ! グトゥ! ブロッド! やるぞ!!」
「「「ああ!」」」
正直、奴に見られているだけでも冷や汗が出てくる。それだけ奴の存在は圧倒的だ。なんで気付かなかったんだ!? なんで!!
「ま、こんなことを言っても分かりませんよねぇ。こちらもそれは同じですが」
奴はナイフをくるくると指先で回す。そして、そのナイフはフッと消えた。いや、消えたように見えた。
「ぐっ!」
俺はかろうじて体を横に動かす。だが、ナイフは俺の左肩に命中した。避けなければ首元に刺さっていただろう。
「小賢しい、あなたたちはすでに積んでいるというのに」
奴はジーシの放った矢をやすやすと掴み、へし折った。矢を掴むとかどんな反射神経を持ってんだよ。
「さて、行きますか」
くっそ、腕が思うように動かない。左腕に関しちゃどっか切ったらしくピクリともうごかねぇ。どうする、この状況。ともかく皆に伝えて逃げさせねば。
奴は俺たちに向かって走り出した。はやい。あのタスカーよりも早いんじゃないか!?
「下がってな坊主ども!!」
奴の目の前に急に土壁ができる。だが、土壁は3つの斬撃と共にいともたやすく崩れ落ちた。
「ゴブリンが魔法・・・・・・ですか。珍しいですねぇ」
「ふん、やるじゃないか」
アレイジは強がって入るが、その額には冷や汗を一筋流している。俺の知っている限りじゃあの土壁はタスカーの突進も止めたことがあるんだが、それをやすやすと切り裂くとはやはり相当な手練れという事か。
「ではまずは厄介な
戦いが始まった。相手は圧倒的な力を持つもの。数では有利とはいえ、勝率はかなり低いだろう。すでにグーグもやられている。
「ッチ」
思わず舌打ちをしてしまう。正直、あんな化け物とやりたくはないが、やるしかない。ここで殺れれば差し違えたとしてもアキラが後は何とかしてくれるだろう。
「全てを焼き尽くす業火よ。我の敵を焼き滅ぼせ。
「くっ、
奴は剣先をアレイジへと向け、その先にできた炎の弾をアレイジへと飛ばす。アレイジはそれを防ぐように地面に杖を指し、目の前に土壁を出現させた。
「グトゥ! 皆に知らせろ!!」
「そうはさせませんよ?」
俺は奴に向かって走り出す。怖くないのかだって? 怖いさ。あんなの相手のどうこうできる実力は無いさ。だが、やるしかないんだ。
・・・
「意外と大量だったな」
俺は本日3体目となる獲物を見下ろす。快調だ。ギガのおかげもあるが、運がいいのは確実だ。
「そろそろ帰るか」
「んあ!」
俺はギガに2体の得物を持たせて森を抜ける。いつも通りの帰り道、ここら一帯はすっかり庭のようなものになり迷う事は無い。
迷いない足取りでぐんぐんと歩いて行く。ふと焦げた臭いが鼻をかすめる。もう火を焚いているのか? 気の早いやつらだ。
「おい、行くぞギガ」
「・・・・・・」
ギガが急に足を止める。前方の、遠方の集落を見ながら。俺の言葉に全く反応しない。思わず俺もギガの見る集落の様子を伺う。
「・・・・・・うそ・・・・・・だろ」
集落は燃えていた。煌々と輝く火に包まれ、かつて小屋があったところは全て焼け、そのなかから仲間のゴブリン達が何かに助けを求めるように手を伸ばす。
だが、そのゴブリンは一人の男の剣により事切れた。白銀の鎧に身を包み、背に真紅のマントを羽織り、兜には特徴的な何かの羽飾り。
まるでおとぎ話や物語に出てくる救世主や騎士といった風貌だ。だが、その鎧は今やゴブリンのものであろう返り血でべっとりと汚れている。
「ん? 追加の得物ですか?」
男は俺の方へと向く。気付かれたか!?
「くっそ、行くぞ、ギガ!!」
助けなきゃ! とにかくあいつを倒さなきゃみんなやられちまう!
俺は得物を下ろし、腰に下げた剣を引き抜こうとする。だが、それはギガの行動によって止められた。
「ゴホッ、何すんだギガ!」
「キケン、逃げるゾ」
ギガの顔はいつもの間抜けな顔から、怯えた形相へと変わっていた。ギガは俺を肩に担ぐと来た道を引き返す。
「おい! 止まれ!! 止まれって!!!」
俺の制止も聞かずギガは走る。くっそ、このままじゃ全員やられちまう。俺はギガの身体を殴りつけるが、ギガは構わずに走り続ける。
わかっているのか!? あのままじゃみんな殺されちまうんだぞ!!
「止まれって! おい!!」
ギガは喋らない。ただ必死に走った。皆を見捨てて。
「くっそぉぉぉ!!」
俺には叫ぶことしかできなかった。
・・・
「・・・・・・オーガですか。ほっといても構わないでしょう」
周囲が炎に包まれている中、男は呟く。そして、残りのゴブリンの殲滅に取り掛かる。その顔には躊躇というものは無く、ただ殺しを続けた。
・・・
あれから集落に戻ったのは数時間後。日はすっかり落ちて上空で光る満月が辺りを照らす。雲一つない晴天だ。
「・・・・・・」
集落は無くなっていた。小屋のすべては灰になり燃え尽き、ゴブリン達は無残な死体となっていた。急所を一突きされ、そこから牙や爪が剥ぎ取られている。
「・・・・・・」
俺は生焼けの死体を呆然と見つめる。死体は落ちくぼんだ目でこちらを見ている。
「・・・・・・」
ただ無言で死体を一か所に集める。死体はしっかりと18あった。そう、全滅だ。
「んあ」
ギガも死体を集める。昨日まで肉を焼いていた場所に。中でもアレイジの損傷はひどい。身体はグズグズに焼けてもはや原型をとどめていない。見分けがついたのは首に下げた装飾品が残っていたためだ。
「クッソ」
思わず言葉を吐き捨てる。
「・・・・・・クッソ」
救えなかった。何もできなかった。俺の力はギガにさえ届かない。そんなギガが逃げ出すような相手だ。俺には手におえない相手だという事は分かっていた。
「・・・・・・クソッ」
何度も言葉を吐き捨てる。だが、失ったものは帰ってこない。それが現実だ。
目の前の光景がゆがむ。頬に何かが流れおちる。目の前には俺の仲間だったゴブリン達の死体。これは紛れもない現実で、夢ではない。
「・・・・・・くそがぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の声は月の光に吸い取られる。返ってくる言葉は無い。
・・・
どれだけの時間が経っただろうか。頬を伝う涙は枯れ、満月も天頂へと移動した。俺はまたゴブリン達の死体を見下ろす。
「・・・・・・ギガ、食うぞ」
「・・・・・・んあ。食べル」
ゴブリンの風習、カニバリズム。死体を食べ、その者の身体を好みの一部とし、共に生きるための風習。
俺は皆を食べる。死体となり、変わり果てた皆を。肉を剥ぎ、口に入れる。味はしない。抵抗が無かったわけではないが、それ以上に彼らを忘れたくなかった。
体がむず痒い。だが、構わず食べ続ける。ギガも俺に倣い、ゴブリン達を食べる。さっきまで仲間だった彼らを。
絶対殺す。殺してやる。
白銀の鎧の男。あいつだけは許さねぇ。殺してやる。
俺はその晩、ゴブリン達を食べた。そして、残った骨の大半を埋葬し、頭にはガックの頭蓋骨を乗せる。そして、ギガと共に暗闇に包まれた森の中へと姿を消した。白銀の男を殺すことだけを考えて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます