第9話 森の異変

 1年が経った


 俺にとってここは随分と居心地のいい場所になっていた。種族は違うけど、気のいい連中だ。俺の人生の中の絶頂期かもしれない。こんなことがいつまでも続けばいいのに。


・・・


 ゴブリンの集落の中央。そこには食欲のそそる香りを放つ4つの焼けた肉塊が置かれている。


「うっめー! こんなに食べれるなんて幸せだよぉ」


 ゴックは顔をほころばせながら大きな肉に齧り付く。他のゴブリンの子供も同じように齧り付いている。だが、大人のゴブリン達の顔は明るいものではない。


 ゴブリンの集落に来て1年がたった。ギガが来て7か月。最近、狩りの調子が悪い。とはいっても、ギガのおかげで狩れる個体数は増えたが。因みにギガというのはオーガの名前だ。ギガには名前が無いらしく、言葉を交わせる俺が『ギガント』と名付けようとしたが、ギガが覚えられなかったので短く『ギガ』にした。


 ここ2か月、森の様子がおかしい。どうおかしい、と言われても俺には詳しくは言えないが、グーグやガック達狩りをする面々が言うにらしい。今まで特定の生息地にいた獣がいつの間にか移動していたり、居なくなっていたり。


 そのせいで、今まで積み上げられた土地勘による狩りができなくなり始めている。とはいっても、ギガが加わったおかげで狩りの成功率は格段に上昇したといえる。ギガの最も有用な武器はなんといってもだ。ギガはその体格ゆえに獣に気づかれやすい。いくら強靭な腕を持っていても先に気付かれてしまっては元も子もない。だが、ギガの鼻は驚くほど優れており、目視できない獣の位置を正確に把握することができる。そのおかげで、俺たちは狩りを続けられていると言ってもいいだろう。


「ギガ、食っていいぞ」

「んあ!」


 俺が許可を出すとギガは焼けて熱いのも気にせずに肉塊に噛り付き、貪り始めた。ギガは以外にも聞き分けが良く、狩りの際にも俺の指示でしっかりと獲物を仕留めてくれている。以前、獲物を与え忘れた際にものすごく暴れられたことがあったが・・・・・・。


 そんなわけで、唯一言葉を交わせる俺がギガの面倒を見ている。なんだか犬のようだ。まぁ間抜けな顔は相変わらずだが。


「お、帰ってきたぞ」


 グーグが森を見る。森からは4人の女ゴブリンとガックとグトゥ、ジーシが帰ってきた。皆、表情が険しい。


「どうじゃった?」

「森が無くなっていた」

「やはりか」


 グーグは「どーっすかなー」と険しい表情をしながら頭をボリボリと掻く。


 彼らは森の調査を行っていた。俺とグーグとブロッド、ギガも、狩りのついでに調査を行っていた。理由は先述したとおり、獣の動きがおかしいためだ。グトゥ達と共に女ゴブリンが同行したのは単純に彼女らの方がそちら側の森の地形などを知っていたためだ。


「無くなっていたって、どういう風に?」

「ありゃおそらく国の人間たちが原因だな。斧での切り跡があった」

「人間・・・・・・かぁ・・・・・・」


 思わずトードーの顔が脳裏に浮かぶ。1年経ったというのにあの醜悪な顔は鮮明に思い出せてしまった。


「どこまで切られてるんだ?」

「んー、明日も見ないと分からないが、ペース的にここもまずいかもしれん。人間たちに見つかっちゃ俺たちも危ないしな」


 グーグは頭を掻くのをやめ、溜息を一つ吐く。集落の移動。これまでも何度か行ったことがあるらしいが、それには大きな危険が伴う。移動を伴うという事はここに居る子供ゴブリンにも獣たちに襲われる危険性がある。また、ここら一帯はグラント王国の領地下にある。そのため、人間たちに目撃される危険性もある。


 そして何よりここの様な、比較的安全に狩りをし暮らせる場所が見つかるかどうかも分からない。仮に見つかったとしても知らない土地には何が住んでいるか分からない。また森の生態系の把握や木の実、果物の在り処など、生活を安定させるにはしばらく時間がかかる。


 デメリットが多すぎる。だが、人間たちにここにゴブリンが住んでいることを知られれば、危険と判断され、殺される可能性もある。


「移動するにしても、どこに行くんだ?」

「んー、とりあえずは南のイーブルグ湿地かのぉ。リザードマン達と交渉できればいいんじゃが」


 俺の質問にアレイジが答える。こういう時、年長者であり多くの知識を持つアレイジは頼りになる。


「ま、アキラがおるし、何とかなるじゃろ」


 アレイジはカッカッカと笑う。確かに俺は今、話せるはずのないゴブリンやオーガと話せてはいるが、リザードマンと話せる保証は無いのだが。信用しすぎではないのか。


 俺の心配をよそに、グーグ達も納得したのか、首を縦に振る。やめてくれよ。


「とにかく明日も調べるか。んじゃアキラ、明日はギガと二人で狩りをしてくれ。俺たちは本格的に北を調べるから」


 グーグは俺の肩・・・・・・は届かないため、腹を叩き、もう片方でグーサインを出した。もちろん黄色い歯を二カッと見せながら。その力強さは相変わらずだ。


「えぇー、ガックも付いてきてくれよ。俺とこいつじゃまともに狩れねぇぞ」

「つってもギガが言う事を聞くのはお前だけだし。な? 俺からも頼むって。じゃなきゃ酒やんねぇぞ」


 ガックまでも俺に狩りを頼んでくる。てか、酒は卑怯だろ。相変わらず不味いけど。


「あいつとかぁ・・・・・・」

「んあ?」


 俺はギガに目をやる。ギガは相変わらず肉塊を貪っている。間抜けな顔だな。あれでも狩りのときは役立つけど。


「もー、わかったって。行くよ行きますよ。あんま期待すんなよ」


 俺は降伏を宣言する。無理矢理過ぎるだろ。こいつと二人でどれだけ狩れるやら。


「んじゃ、お前はギガにそのこと伝えて来い。明日からは飯が減るってな」


 グーグは俺の脇腹を叩く。ここ一年間、こいつらとのコミュニケ―ションはこのようにどこかを叩かれる場合が多い。さすがに慣れたが、痛いものは痛い。


「おーい、ギガ。話がある」

「んあ? なんだ?」


 ギガは肉塊の一つを胃に納めたところだった。満足そうな顔をして俺の方へ体を向ける。こいつともまぁまぁ長い付き合いだな。


・・・


 俺、ガックはアキラがギガの方に行ったのを確認し、改めてグーグを見る。グーグは溜息を一つ吐き、その顔を真剣なものにした。


「で、何があった?」


 グーグは俺のハンドサインに気づき、すぐにアキラを遠くにやった。こういうところが頼りになるやつだ。臨機応変に対応してくれる。


「見つかったかもしれん」

「・・・・・・やっぱりか」


 思わずため息が出てしまう。グーグも頭をボリボリと掻き始めた。


――人間に見つかった。


 俺たちが調査している途中、人間の兵であろう奴に見られた。見つかったというには少し語弊があるかもしれないが、兵士はこちらを向いていた。


 丁度、切り株を見ていた時だ。周囲の木はほとんど切られており、かつて多くの果実の実っていた木々は切り倒され、落ちた果実は踏みつぶされていた。


 グトゥが切り株の状態から、切られてどれぐらい経っているかを調べている際、一人の人間の兵士がこちらへ来ていた。


 その距離は遠く、俺たちを野生の獣と見間違える可能性は十分にあった。兵士はこちらを注視したのち、ゆっくりと去っていった。


 さすがに人間と相対す可能性のある調査にアキラを連れてはいけない。


「まだ予測の域を出ないが、明日それに関しても調べよう。グトゥ、できるか?」

「ああ、任せろ」


 グトゥは自らの胸に拳を当てる。隠密行動を得意とするこいつならば気付かれずに兵士たちの話を聞けるだろう。


「はぁ、ブロッドに来てもらうべきだったなぁ」

「仕方ねぇよ。俺がいなきゃ狩りの成功率が下がるんだから」


 ブロッドは索敵が上手い。ギガが来る前まではこいつのおかげで狩りができていたと言っても過言ではない。あの時ブロッドがいればすぐさま兵士に気付いただろう。悔やんでも悔やみきれない。


「あーあ、これからひもじくなるなぁ。ばあちゃんが拠点の移動に耐えられるかもわからんし」

「ばか言うんじゃないよ! まだまだ現役さ!」


 アレイジはグーグの頭を杖で叩く。ゴブリンの寿命は50年ほどのはずだが、どういうわけかアレイジはものすごい長寿だ。昔聞いた話だと、といっていた。


「しっかし、あいつが来てからいろいろ変わったな」


 グーグの言葉につられ、俺はアキラ方へ目をやる。アキラはギガと言い合いをしている。ま、飯が減るってことでギガがキレてるんだろう。


 アキラの周囲には子供ゴブリン達が尊敬の眼差しを向けている。ギガを従えてからは特にその傾向が強くたった気がする。実際、あのときアキラがいなけりゃ俺たちがどうなっていた事やら。


「ま、そうだな。でもあいつ未だに俺の酒を不味い不味いって言ってんだぜ?」

「そりゃそうだろ。あいつ前言ってたぞ。『酔うためだけに飲んでる』って。俺はうまいと思うぜ」


 ブロッドの言葉にすこし落ち込んでしまう自分が居る。最近、狩りの時間が短くなってるから改良したんだけどなぁ。悔しい。


「ともかく明日だ。ばあちゃんも休みな。これから大変なんだから」

「そうさせてもらうよ。なんかあったらちゃんと連絡するんだよ」


 ともかく明日だ。明日、ここから離れるかを決定する。人間たちがどこまで木々を伐っているのか。俺たちを調査しに来るのか。それが問題だ。だが、案外大丈夫かもしれない。


「んじゃ、今日はもう休むとするか。ガック、アキラにもそう伝えておいてくれ」

「わかった。ついでに新しい酒を飲ませるわ」

「あんま飲ませんなよ。前に飲ませすぎて使いもんにならなかった時があったんだから」

「わーってるって」


 俺はグーグの言葉を背にアキラの元に歩んでいく。にしてもあいつは最初に比べて変わったよなぁ。最初は敬語でなんか距離があったのに。


 アキラは俺に気づき、手を振る。ギガはいつの間にかおとなしくなったようで、目の前の肉塊をまた貪り始めていた。


「アキラ、お前ギガに食わせすぎじゃね?」

「いやさぁ、こいつがどうしてもってんで仕方なく」


 アキラは苦笑いを返す。そういえばこいつも笑顔が多くなったな。来たときは死んだみたいな顔してたのに。いや、実際死にかけてたけど。


「飲んでみろ、自信作だ」


 俺は酒を壺から木の実の殻に掬い、アキラに指し出す。アキラは一瞬ためらうが、それを一口飲む。


「・・・・・・不味い」


 いい加減ブッ飛ばしてやろうかこいつ? 


 だが、そんな考えとは対照的にそれ以上に俺は肩を落とし、気持ちを落ち込ませてしまう。


「自信作・・・・・・なんだけどなぁ」


 俺はアキラの顔を見る。アキラは不味いと言いながらも満足げな顔をしている。


 ま、いっか。満足してんなら。


 俺は自作の酒を口に入れる。口の中には程よい酸味とほのかな甘みが広がる。


 うん、上出来だ。


 相変わらず不味いと言いながら酒を飲み続けるアキラを横目に目の前の光景を眺める。眼前には次々と肉塊を貪るギガや、負けじと肉を食らう子供達。以前よりもにぎやかになったこの場所で、できるならばいつまでも暮らしたいものだ。


「酸っぱすぎねぇか? これ」


 アキラが椀をこちらに突きだしてくる。文句を言う割にその椀の中の酒はすべてなくなっていた。


「はいはい、また改良してみるよ」


 俺は酒を注ぐ。アキラはこちらに笑みを向けると、椀を再度こちらに突きだした。


「「乾杯」」


 酒を一気に飲み干す。やはり、美味い。


 俺は酒とともに明日への不安を胃袋へと流し込んだ。

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