第8話 脳無しの巨腕

 最近なんだか楽しい


 確かに狩猟生活はキツイ。日が昇る前に起き、じめじめとした蒸し暑い森で獲物を探す日々。時には獲れないときもある。だが、グーグやガック達と過ごす日々は俺に安らぎを与えていた。


・・・


――5か月後


 森の奥深く、俺は草陰から2mほどの体長を持つ獲物の様子を静かに見ている。獲物はグトゥの手によって放たれたネズミを追ってこちらに走ってくる。


 ヒュンッ


 木の上から一本の矢が獲物の首元に命中する。一瞬獲物はよろけるが、俺を発見すると、すぐにネズミから俺へと殺意の対象が変わる。


「おい! そっちに行ったぞ!」

「分かってる」


 ガックが俺に呼びかける。俺は以前襲われたものと同種の鵺――キマイラに対峙する。


「ギィィィーー!」


 キマイラはその身に傷を受けているにも関わらず、俊敏な動きでこちらに向かってくる。


 俺は手に持った剣を前方へ真っ直ぐと向け、足で地面を蹴った。


猪の豪脚タスカーズレッグ!」


言葉と共に足先は蹄に変わり、脚が太く変化する。変化した太い脚からはほんのすこしばかり銀色の毛が生えてくる。


 俺は真っ直ぐと、素早くキマイラへと走る。その速度は短い距離にもかかわらず、すぐに最高速度へと辿り着く。


「ギャァァァーーー!」


 瞬間的な加速によって、一時的とはいえキマイラの速度を超越した俺の持つ剣は真っ直ぐとキマイラの眉間へと入っていく。


 キマイラはその速度を緩める暇もなく剣が刺されたため、俺はキマイラに後ろへ吹っ飛ばされた。


「ぐはっ!」


 後ろの木にぶつかり俺は止まる。だが、その衝撃は大きく、肺の中の空気が一気に外へと吐き出される。


「ギ・・・・・・ギィ」


 脳天に剣を刺された為、キマイラは小さな鳴き声と共に事切れる。その様子を確認した俺はほっと一息つき、勝利を確信した。


「やっぱすげぇなお前。危ないやり方さえなければだけど」


 ジーシが木の上から飛び降り、俺に静かに話しかける。森では原則として、あまり音を立てないほうがいい。


 俺から言わせてもらうと動く的にあれほど正確に矢を射るジーシの方がすごい。俺にはとてもできない。


「この方が確実だしね」


 俺はそっけなく言う。だが、どうにも表情の制御が難しく、勝手に口角が上がってしまうのが分かった。


「このままじゃ俺らの立場がねぇよ。なぁグーグ」


 ガックは静かに笑いながらグーグに話す。グーグもまたニヤリと口角を上げる。喜んでもらえているようでうれしい限りだ。


「よし、戻るか」

「「「「「ああ」」」」」


 俺はキマイラを一人で持ち上げる。ここのところ、俺は筋力を鍛えるために得物を運ぶのを申し出るようになった。まぁ、今回はタスカーも狩っており、それをグーグとガックが担いでいるのもあるが。しかし、こんなでかいものを一人で持てるとは鍛えてみるものだな。


 あれからいろいろと分かったことがある。


 俺の住んでいるゴブリンの集落はクラントの密林という。北に行けばグラント王国という俺が奴隷として召喚されたであろう町があり、南にはイーブルグ湿地という大湿原があるそうだ。因みにハイネ鉱山はグラント王国の東にあるらしい。


 また、ゴブリン達には人間でいうカニバリズムの文化がある。ゴブリンは仲間が死んだ際、その肉体は一族が食し、身体の一部とする。そして、残った骨の一部をその親族が身に着ける。そのため、グーグやゴックは頭に親の頭蓋を着けているようだ。因みに集落にいるゴブリンの数は18でアレイジが族長。グーグが次期族長候補だ。


 そして、俺にはかつて首から下げていたプレートに書いてあったように特殊な能力が備わっている。そのためゴブリン達ともこうして話せているわけだが。


 それに気づいたのは初めてタスカーを殺した翌朝。朝になっても体のむず痒さが消えず、それをアレイジに尋ねると、それはプレートに書かれていた体質複写Ⅰによるものだと分かった。この能力は動物の肉を一定量摂取することで摂取した動物の体質や能力を一部引き継ぐ、というものだ。


 俺はそれによりタスカーの持つ豪脚・・・・・・とでも言うべきか。とにかくその脚力を引き継ぎ、先ほどのキマイラと対峙した時の急加速を可能にした。


 俺も初めに聞いたときは無双できんじゃね? と考えたが、その考えは甘かった。一定量摂取の一定量というのがネックで、なんとかタスカーの脚力は身についたものの、ほかの獣を食べても一向にその兆候が表れない。どうやらものによってその量は変わるらしく、そのせいか未だに鳥のような翼や魚のような鰓など他の能力が身についていないのが現状だ。俺の推測では体質複写Ⅰのに問題があると思われるが。


 また、この世界には魔法が存在している。詳しい説明は割愛するが、ここに来た時に傷が治っていたのはアレイジが治癒魔法を俺に掛けたためだ。ちなみに魔法が使えるのはアレイジのみである。


 そんなわけで俺は唯一身に着けたタスカーの脚力を存分に活かし、狩りに勤しむ毎日である。


また、ゴブリン達から様々なことも教わった。狩りの仕方や火のつけかた。剣の扱いや魔法まで。残念ながら魔法の才能は俺にはなかったらしく、使えないが。森で一人で生きられる程度には申し分ないだろう。


 俺はキマイラを担ぎながら森を抜ける。今ではこの森も一定範囲内ではあるが、庭のような感覚で歩くことができる。


「今日も無事に帰れましたっと・・・・・・ん?」


 森を抜けた先の集落がなんだか騒がしい。いつもなら俺たちが森から抜けた時点でゴブリンの子供が集まってくるのだが。


「あれは・・・・・・オーガ?」


 グーグが集落の対面である奥の方を凝視する。俺も同じように目を向けると、そこには一匹の巨大な人型の生物がいた。


 俺がその存在を確認していると、集落からゴックが駆けてくる。


「アキラ兄ちゃん! 今すぐ来て!!」


 ゴックは俺の姿を確認するや否や、息も整えずに俺の手を引く。


「なんだ? どうしたんだよ!?」


 俺の質問にもゴックは「とにかく早く!」と聞く耳を持たない。俺は一旦キマイラを下ろし、ゴックの向かう方向、つまりオーガの元へと向かった。


「うごぉぉぉ! ぐおぉぉぉ!!」


 オーガは地面に下半身が埋まっており、そこから抜け出そうと必死にもがいている。オーガの前にはアレイジが杖を手に持ち、何かを唱えている。オーガは必死にそこから抜け出そうとするが、まるでアリジゴクの様にオーガの周りの土が離すまいと侵食しているのがわかる。


「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・やっと来たかい」


 アレイジは俺の足音から察したのか振り返る。アレイジの顔には少しばかり汗が流れており、疲れているのが目に見えてわかる。


「ばぁちゃん、どうしたんだ?」

「こいつが・・・・・・入り込んでねぇ・・・・・・」


 オーガを見る。身長は4mといったとこか。上半身だけでも俺の身長よりも高い。肌は薄い緑色で、でっぷりとした体形に坊主頭。口には上に向いた大きな牙が生えている。にしてもバカそうな顔をしているな。


「しっかし・・・・・・久しぶりの長時間の魔法は疲れるねぇ。アキラ・・・・・・何とか話できないかい?」


 アレイジは苦悶の表情で汗を垂らす。相当な時間、魔法を行使したらしい。たしかにこれは倒せる気がしない。


「あたしも歳でねぇ・・・・・・そろそろ限界さね」


 アレイジの言うとおり、オーガは少しづつではあるものの、地面から抜け出そうとしている。


「おい、デカブツ!」

「んあ?」


 オーガは俺の存在に気付いたのか顔を上げる。間抜けな声だが、その腕は太く、そこから繰り出される怪力は相当なものだろう。俺は一定の距離を保ち、話を続ける。


「俺の言葉、分かるか?」

「あ? わかるゾ?」


 オーガは一旦動きを止め、俺に返事をする。よかった、言葉が分かるらしい。


「お前はなにしに来たんだ? 食糧目当てか? それとも憂さ晴らしか?」

「・・・・・・お?」


 オーガは首をかしげる。なんなんだこいつ、言葉が分かるんじゃないのか? 


「お前は、何をしに、来たんだ?」

「んあ? はらへった。うまそうなにおいがした。だからきた」

「食べ物を食べたら、帰るか?」


 オーガは「んあ?」と少し考え、頷く。なるほど、腹が減ったんだな。確かにこの時間なら女のゴブリンが果物とかの採集から帰ってくるころだ。それにつられたんだろう。


「じゃぁ少し待ってろ、食べ物持ってくるから。動くんじゃねーぞ」


 俺はオーガに伝え、来た道を戻る。ゴックにはアレイジを休める場所へ連れて行くように伝えた。


「タスカーをあいつに渡してもいいか?」

「ま、そういうことならいいぜ」


 グーグに軽く事情を説明して、タスカーを担ぐ。ずしりと肩に重さが響くが、それでも担ぎ上げられた。


「持ってきたぞ・・・・・・って、おい」

「んあ?」


 俺はオーガの前に来ると、オーガはまた地面から抜け出そうとしていた。動くなっつっただろ。


「これをやるから帰れ」


 俺はオーガの前にタスカーの死体を置く。オーガはタスカーを見るや否やタスカーに齧り付く。いや、貪りつくと言うべきか。オーガの口からは時折ゴキリ、バキリという音が聞こえる。頑丈な顎だが、骨まで食べる気か?


「んふぅ」


 オーガは満足したのか、地面に埋まったまま満足げな声を上げた。タスカーはかろうじて頭の身を残し、他は全てオーガの胃に収まった。


「さ、帰れよ」

「んあ?」


 オーガはしばらく考え、また下半身を地面から抜く作業に取り掛かる。先ほども抜け出そうとしていた事やアレイジの魔法が無いせいもあって、今度はすぐに抜けた。オーガはその巨体で俺を見下ろす。相変わらず間抜けな顔をしている。


「帰れって」

「おまえ、いいやつ。おれ、おまえ、きにいったゾ」


 オーガは俺の言葉を無視し、俺を凝視する。うん、間抜けだが、大きさのせいで怖い。


「いや、帰れよ。もう用は済んだだろ?」

「おれ、ここにすむ」


 ・・・・・・なに言ってんだこいつ?


「いや、いやいやいや、無理だよ。帰れって!」

「・・・・・・ぐぅ」


 オーガは俺の言葉を聞かずに眠ってしまう。ここで寝られると水汲みに行くときに邪魔なんだが・・・・・・。


「・・・・・・はぁ」


 俺は溜息を一つ吐き、ゴブリンの皆に説明をしにいった。


・・・


「オーガに餌やったら懐かれたってわけかい」


 集落の中央、先ほどのオーガとの会話をゴブリン達に伝えると、アレイジが笑い出した。何が楽しくてオーガに好かれなきゃいけないんだ。


「で、どうするよ?」


 俺はゴブリン達に問いかける。皆、正直どうすればいいのか分からないのか答えが出せないでいる。


「いいんじゃないのかい?」


 アレイジはようやく笑い終わったのか、軽い声で答える。


「食糧の問題とかどうすんの。さっきも言ったけどあいつタスカー一匹食ってたぞ」


 正直俺もあいつが仲間になれば狩りが楽になるかもとは思っている。だが、問題はあいつの食事量。幸いこの地域は冬が来ないので狩りを毎日続けられるが、あんなのがいてはいくら捕ってもキリがないのではというのがある。


「大丈夫さ。オーガってのは馬鹿だけど飯の事に関してはしっかりしてるからねぇ。狩りはなかなか上手いし餌をやればあたしらの指示も聞くさ」


 アレイジはまた笑い出す。何が面白いのだか。


「んじゃ、今日は宴だな」


 グーグは立ち上がり、二カッと笑う。事あるごとに宴を行おうとするグーグに、宴がやりたいだけじゃないのか? と思うようになったが、口に出さないようにしている。


 グーグの言葉に皆、ワイワイと騒ぎ出した。どこまでも宴が好きな奴らだ。


「だけどさグーグ、あのオーガを見ろよ。あの躯体だ。キマイラ一匹じゃ満足しねぇだろ」


 俺の言葉にグーグは考え込む。そして、答えがまとまる。


「じゃ、明日あいつと狩りに行って飯をそろえるか」


 グーグはうんうんと頷き、それに皆同意した。どうやら明日はガックとたっぷりと酒を飲むことになりそうだ。


 俺は少し憂鬱になりながらその表情が笑顔な事に気が付く。まずい酒ではあるが、ガックと、ここに居るゴブリン達と飲む酒は少しだけ美味いように感じていた。

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