第7話 温もり
温かさとはこういったものなのか
生まれてこの方、人の温かさに触れられなかった俺はこれまでそれを知らなかった。普通なら生まれた時から親や友人、兄弟から愛情を受けながら育っていくだろうが俺にはそれが無い。だからだろうか。相手がゴブリンであったが、それを受け入れられたんだろうか。
・・・
「小僧。話がある。グーグもだ」
周囲は騒がしく俺を歓迎する中、アレイジは俺を小屋の1つに招く。俺は周囲のゴブリン達の歓声を背にグーグと共にアレイジの後を付いて行った。
その小屋は俺のいるところより装飾が多い印象を受けた。いや、実際多いのだが。小屋は他と同じように所々隙間ができており、その造りの乱雑さは変わらないものの、壁には何の物かは分からない頭蓋骨や鉱石。地面には何かの毛皮や木々が置かれている。
俺はアレイジに勧められるがままに毛皮の上に座る。グーグもドサリという音と共に俺の隣へと座った。アレイジは俺とグーグの対面に腰を下ろすと、一つため息をついた。
「グーグや、やってくれたな」
「まぁそういうなって。ガックの気持ちを尊重したかったんだよ」
アレイジはグーグに呆れた目をするが、グーグはそれを笑い飛ばす。
「それに危険なやつなら来た時点でばあちゃんが気付いてるだろ?」
「しかし、来たばかりの奴をいきなり狩りに連れて行くかねぇ? いくら信用のためとはいえ・・・・・・」
アレイジはため息をまた一つついた。さっきから何の話をしているんだ? 俺の話ってことは分かるが。
「でもそのおかげでみんなこいつを歓迎したじゃねぇか!」
グーグーは豪快に笑いながら俺の肩に手を回す。ゴツゴツとしたその腕は太く、固く、たくましい。一瞬絞殺されるのではないかと萎縮してしまう。
「まぁ、おそらく奴隷だからねぇ。心配はないとは思うけど・・・・・・しばらく様子を見てからにしたかったんだが・・・・・・」
俺はようやく二人の会話を理解した。どうやら二人の間で俺の扱いについて話し合っているようだ。俺みたいな正体不明のよそ者を受け入れてくれたグーグには感謝の念が湧いたが、もう少し慎重になるべきではないのか?
「でだ」
アレイジはグーグとの話を切り上げ、俺へと向き直る。アレイジのその皺が刻まれた顔からは思った以上に迫力と力強さが伝わってくる。
「あんた・・・・・・なにもんだい?」
アレイジはジッと俺の目を見る。まるで嘘を見逃すまいとしているように。俺につく嘘など無いのだがな。
「俺・・・・・・僕は・・・・・・」
「かしこまらなくていいよ」
「あ、はい。俺は菅野 暁といいます。ここに来るまではトードーという人間の奴隷でした・・・・・・」
(さて、何を話そうか。別世界から来たなんて言って信じてもらえるだろうか)
俺が何を言おうか思い悩んでいると、アレイジは「とにかく話な。お前の全部を」と言うので、全てを正直に言う事にした。
俺はアレイジに話す。以前は日本という別の世界の国にいたという事。そこにはグーグやアレイジのような生物はいないという。ある朝、起きたらこの世界に来ていた事。その後、奴隷として使われたこと。奴隷のときに3人の奴隷が殺されたこと。そこから逃げるために痛みに耐え、何とか逃げてきたこと。
すべてを話し終え、気が付くと下に敷かれた毛皮にはシミができていた。頬には何かが伝うような感触。俺の目からは何かが決壊したように涙があふれ出ている。あれ? なんで?
「そうかい・・・・・・大変だったんだねぇ」
アレイジの顔は先ほどの嘘かどうか疑う顔から柔和な笑みへと変わっていた。どこまでも優しい、おばぁちゃんのような笑みに。
不意に何かに身体を絞められ、顔には何か分厚く硬いものにぶつかる。
「おぉぉぉ! お前大変だったんだなぁ!」
声から察するにグーグが俺を抱きしめているらしい。俺の頭が何かに濡れていることから泣いているのだろうか。情にもろいやつだ。
俺の顔には思わず笑みができてしまう。泣きながら笑う俺は気持ち悪いだろうな。
ひとしきり泣いた後、ようやくグーグの堅牢な腕から解放され、改めてアレイジに向き直る。アレイジは柔和な笑みから真剣な顔へと戻す。
「あんたの事情はよくわかった。とても嘘をついているようには見えないが、念のため今後もあんたの動向はチェックさせてもらうよ?」
「ええ、構いません」
「しかし、別世界となると・・・・・・まるで魔王様のようだ」
(魔王? この世界には魔王がいるのか?)
「魔王ってなんですか?」
魔王。俺の認識ではその存在は剣と魔法のファンタジーにしか出てこないような悪役だ。それがこの世界にいるのか?
「お前魔王様も知らねえのか?」
「グーグ、あんたさっきの話聞いてたのかい?」
「ん? 奴隷で大変だったんだろ?」
グーグは真面目に答える。あまり記憶力は無いのか、それともインパクトの問題か。アレイジは本日3度目の溜息をつくと俺へと説明をする。
魔王。それは魔の者たちを統べる王の称号というべきものだろうか。まぁそれも全て人間が勝手に言い出したことで魔王という称号も魔の者というのも人間が付けたらしいが。
アレイジの話によれば、この世界には約100年前に魔の者の住む国があったそうだ。魔の者の楽園とでもいうべき国が。魔の者や聖の者・・・・・・人間やゴブリンはそもそも言葉が互いに通じない種族で、それは魔の者同士でも種族が違えば通じない。だが、魔王には特別な力、つまり全ての者の言葉を理解する力があり、それによって魔の者の国を作ったようだ。その際に、ゴックが書いていた文字、英語も広められた。
そして、その国は人間たち聖の者と対立を起こしてた。元々相容れぬ存在だったためなのか理由は定かではないが。そして、幾ばくかの戦争の末、魔王は人間の中でも特殊な力を持った勇者というこれまたファンタジーな存在に倒されたらしい。その後魔の者たちは敗北の為か散り散りに逃げ、魔の者たちの国は無くなった。
「この100年。すでに魔王様の国にいた多くの者は寿命や戦いのせいで死んじまったよ」
まるで小説やゲームで語られる物語を逆側から語られた気分だ。視点が変わるだけで魔王を倒した勇者が悪に聞こえる。
「・・・・・・なんで国を再建しようとしなかったんですか?」
「そりゃ、そうしたかったさ。でも主要なものの多くは勇者に殺されてねぇ、戦意喪失ってやつだ。それに奴らには魔王様も倒してしまう勇者の存在があるしね」
「勇者ってそんなに強かったんですか?」
「ああ、強かったねぇ。あらゆる魔法を使って剣術も完璧。魔王様は確かに強かったけど、あれを見てしまったら誰だって逆らおうなんて思わないさ」
アレイジは遠くを見る。思い出を見ているかのように。
「ところで、アレイジさんは今いくつなんですか?」
「117歳だよ。それとアレイジでいいよ。それかばあちゃんとかね」
117歳。予想以上に長生きな婆さんだ。
「しかし、あんたも不思議な奴だよ。あたしらと喋れるなんてまるでかつての魔王様みたいだ」
アレイジは笑う。本気でうれしいのだろうかその笑いが途絶えることはない。
「魔王・・・・・・ですか」
正直、俺がそんな器には思えないが、なんだか褒められているようですこし嬉しい。
しかし、魔王が英語を広めたってことは魔王は俺と同じ地球の人間なのか? 如何せん情報が無いから推測の域を出ないが。
「で、なにか他に聞きたいことは?」
「そうですね・・・・・・なんで俺を助けてくれたんですか? 人間とは対立しているのでしょう?」
「ああ、別に深い意味は無いよ。そりゃぁ魔王様を殺した人間はにくいけど、あんたには関係ないだろう? あたしが憎いのは多くの同胞を殺した勇者とそれを命じた王だけさ。それにあんたにはゴックが助けられているからねぇ、恩返しさ。それに・・・・・・」
「それに・・・・・・なんですか?」
「いや、なんでもないよ」
恩には恩を、仇には仇を。先ほどグーグが言った言葉を思い出す。おそらく危害を加えればそれ相応の仕返しを受けるが、友好的であればこれほど頼もしく優しい者たちは人間には見たことない。
「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
「そんなにかしこまるなって、お前はもう仲間なんだから」
グーグはその硬い腕で俺の背中を叩く。その衝撃は思った以上で思わずえづいてしまう。そして、当の本人は豪快に笑っている。なんだろうか、この感じは。
・・・
なんだか頭がすっきりと冴えている。泣いたせいだろうか。
アレイジとの話も終わり、俺は集落の広場へと戻った。広場の中央には解体されたタスカーが焼かれており、その周囲に子供のゴブリン達がまだかまだかと涎を垂らしながらその光景に見入っている。大人のゴブリン達はなにやら酸っぱい臭いのする壺や皿の代わりに使うであろう葉などを準備していた。
「飯・・・・・・ですか?」
俺は後ろからついてきたグーグに尋ねる。すると、グーグはニヤリと期待に満ちた笑いをした。
「宴だよ」
「宴? ・・・・・・なんで?」
俺は思わず首をかしげる。確かにタスカーを狩ったため宴を行うのは分かるが、そんなに頻繁に行うものだろうか? 肉なら乾燥させればある程度は保存が効くだろうし、少し勿体ない気もする。それに保存していたであろう乾燥した肉とかも出している。
「なんでって、お前が来たからに決まってんだろ」
「俺のため?」
「アキラ、お前という新しい仲間の歓迎と、その仲間が初めて得物を仕留めた祝いだよ」
グーグは豪快に笑う。まるでそれがさも当然のことの様に。ああ、なんというか胸の奥の方が熱くなるのを感じる。
「そっか・・・・・・そうなんだ」
すでに腕には枷が無い。命令してくる同級生や監視もいない。帰っても文句しかいわない母親もいない。俺の目からはなぜかまた涙が溢れてくる。
「グーグにーちゃんだ! ん? どうしたの?」
ゴックが俺たちに気が付き近づいてくる。俺はなんだか泣いている自分が馬鹿らしくなり、そしてこの顔を見せまいと涙を必死に仕舞い、笑顔を見せる。
「なんでもないよ」
しかし、涙は止まらず、逆に溢れ出てしまう。そんな俺を心配したのか、ゴックは俺の顔を覗き込む。
「ほら、ガキども。さっさと行くよ!」
後ろからアレイジが俺たちに進むよう手で押してくる。俺は泣いているのか笑っているのか分からない顔でゴブリン達の元へと歩んで行った。皆、俺を歓迎し、そして、時に手を取り、時に踊りだし、大いにタスカーや果物を味わった。
タスカーの味は大味で、めちゃくちゃうまいとは言えないものだったが、なぜかおいしく感じている自分が居た。
宴は日が落ちても続き、俺は果物を発酵させた酒を飲みながらその光景を眺める。タスカーを焼いている火の周りではゴブリン達は楽しそうに踊っている。
「どうだ? うまいだろ?」
ガックは俺の隣に座り、俺へと話しかける。なんでも俺があげた果物は獣の嫌う臭いが含まれていたらしく、それでゴックが助かったとお礼を言われた。
それはたまたまだったのだが、なんだかむず痒い感覚がする中、俺とガックは意気投合した。
「いや、あんまりおいしくない」
俺は目の前の酒を見ながらガックに答える。酒は初めて飲んだが酸っぱいやらなんやらで美味いとは思えなかった。ガックは「自信作なんだけどなぁ」と苦笑いをした。
その日、森の中のとある開けた場所では一晩中明かりは消えずに、魑魅魍魎の声が聞こえたとか聞こえなかったとか。
俺は一晩中ゴブリンとの宴を楽んでいる。奇妙な光景かもしれないが、俺の心は次第に安らいでいった。薄れる意識の中、俺は幸せを噛み締め、眠りについた。
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