第6話 初めての狩り

 なぜ、殺しをしてはならないのか


 その理由の多くは道徳や宗教によるものだろう。罪悪感を植え付けられ、殺すことは悪い事。そう教えられるのは当たり前のことで人類の繁栄のためには必要不可欠なもの。だが、実際に人間は多くの物を殺している。時に食べるため、時に遊ぶため。命が重いのか軽いのか分からない。それでも俺は今後も多くを殺すだろう。


・・・


 森の中は薄暗い。見通せないこともないが、細かいものまではひと目で見ることは難しい。俺は素足でひんやりとした森の地面を踏みしめる。地面にあるコケや短い草は踏みしめる度、柔らかく足を包み込む。なんというか少し気持ちの良い感触だ。


 現在、ブロッド、ジーシ、ガック、グーグ、俺、グトゥの順で進んでいる。初めは後ろを歩こうとした俺だが、グーグに移動させられた。なんでも並びに意味があるとか。聞くとブロッドは索敵をするために先頭に、グトゥは歩いた後を隠すために最後尾にいるらしい。さすがは野生に生きる者たちだと俺は感心した。


「何を狩るんですか?」


 グーグはこちらを振り返ると人差し指に口を当てる。どうやらあまり音を立てないほうがいいようだ。グーグは俺を口元に手招きをする。


「これから俺たちはタスカーを狙う。今はそのポイントに向かっているところだ」


 グーグは俺に耳打ちする。耳が少しこそばゆい。グーグの顔が真横にあるためか、顔面から放たれる圧がすごい。


「お前は合図をしたら来てくれ。その時にはグトゥが罠にかけているはずだ。俺とガック、アキラが止めを刺すぞ」


 グーグーは話は終わったと耳元から遠ざかる。顔の圧が消え、少しほっとした。これからタスカーを狩りに行くのか、死ななければいいが。


 しばらく歩くと、ブロッドが停止の指示を出す。グーグ達が足を止め、体勢を低くする。俺もそれに倣って身を低くした。


 前方を見ていると、前方でブロッドがジーシに何かを指示する。ジーシはそれに対して頷くと背中に背負った弓を静かにおろし、横に構える。


ヒュッ


 ジーシは前方の少し上空に向かって矢を放つ。矢は何かに命中したようで、少し遠くで獣の悲鳴が上がり、ドサリと何かが落ちた。


 俺は改めて前方を見る。よく見れば、前方には矢野刺さった鷹のような生物が落ちていた。一撃。ジーシは一本の矢で的確にその鳥の命を奪った。見事としか言いようがない。


「・・・・・・おぉ」


 俺は小さく感嘆の声を上げる。ジーシは鳥を持ち上げ俺に向かってそれを突きだす。おそらく自慢しているのだろう。その証拠にゴブリン特有の長い鼻が大きく膨らんでいる。


 俺はグーサインを出す。握手などの文化があるならばこれも通じるだろうと考えて。予想は的中し、ジーシは満足げな顔をした後、得物を腰に結ぶ。おそらくあの鵺はこのゴブリン達が殺したのだろう。実に頼もしいチームだ。


 またしばらく歩き、ブロッドはまた停止の指示を出す。今度はその意味が分かっていたため、素直に身をかがめる。


「・・・・・・この向こうが目的の場所だ」


 グーグは俺に静かに話す。どうやらこの先にタスカーがいるようだ。俺がそのまま屈んでいると、グトゥが俺の先に行く。そして、ブロッド、ジーシ、グトゥは何かを話し、そしてグーグへと合図を送る。グーグはあらかじめ内容が分かっているようで、静かに頷いた。


 ブロッドはグーグの承認を確認すると、森の先へと消えて行った。そして、しばらくして戻ってくる。ブロッドは俺たちにこちらへ来るように指示を出した。


 俺たちは3人の元へと静かに移動する。ふと前方を見ると、少し遠くに1匹の銀色の毛並みをした猪の姿が確認できる。あれがタスカーか。大きさは2m弱、タスカーは地面に生えているキノコを食べている。


「タスカーは1匹。他にそれらしき気配はない。行くか?」

「ああ、ブロッドが言うなら確実だ。大いなる牙グレイトタスカーは?」

「居ない。安全だ」

「よし、やるぞ」


 グーグはブロッド、ジーシ、グトゥに指示を出す。狩りを決行するようだ。今度はグトゥが先へ進み、タスカーの手前の草陰にしゃがみ何かをしている。ジーシは側の木を器用に上り、そこから弓を構える。ブロッドはジッとタスカーを観察している。


「アキラ、これからタスカーを罠に嵌める。多少は暴れるだろうが動きは止まるはずだ。その隙に俺とガックとアキラが奴に止めを刺す。いいな?」

「は、はい」


 グーグは「よし」と頷く。そのタイミングでグトゥがこちらへ戻ってきた。グトゥは「準備完了」と伝える。グーグはまた頷き、ブロッドに指示を出す。


「やるぞ」


 グーグは短く俺に話す。その顔は真剣そのものだ。ブロッドは静かにタスカーの傍に近寄る。そして、タスカーの視認できる距離まで近づくとジーシに合図を送る。ジーシは弓を引き絞り、タスカーに矢を放った。


「プギーッ!」


 背中に矢が刺さり、タスカーは鳴き声を上げる。そして、すぐ近くにいるブロッドを確認すると、ブロッドに向かって走り出した。


「プギャーッ!」


 突進。タスカーはブロッドとの僅かな距離でその速度をものすごい速さで上げる。当たれば死にはしないものの動けなくなるはずだ。こんなところでそうなればその後の追撃で死は免れないだろう。


 ブロッドは腰に付けたナイフを構え、投げる。ナイフはタスカーの目へと的確に突き刺さり、その視界を奪い、横へと避ける。


「プギーッ!」


 タスカーは痛みに悲鳴を上げるがその足を止める様子はない。だが、視界が奪われたためブロッドの横を素通りする。そして、タスカーは突然何かにつんのめるように地面に顔面をぶつける。これが罠か。


「行くぞ!」

「おう!」


 グーグとガックはタスカーが倒れた瞬間に草陰から身を乗り出す。俺もワンテンポ遅れるが、何とかタスカーの元へと向かう。


 グーグとガックはあらかじめ引き抜いていた剣を振るう。グーグは豪快に、ガックは急所を突くように。2人の剣はタスカーに深々と刺さり、その威力を示す。


(おっも)


 俺も二人の様に剣を振るうが、その剣はゆらゆらとぶれたせいか思うように刃が入らない。


「よっし、おいアキラ! お前が止めを刺せ!」


 タスカーはすでに数秒前までの元気が無いようで、小さく鳴くだけだ。俺はグーグの近くまで行く。グーグはニコッと笑いながら「止めを刺してみろ」と俺に言った。


 俺は改めてタスカーを見る。その躯体は弱々しく、銀色の毛並みを微かに上下させるのみ。ほおっておいても死んでしまうだろう。


「うっ・・・・・・」


 俺は思わず口を抑える。別にタスカーに同情したわけではない。ただ、なぜかその姿が7番と重なったためだ。あの弱々しく衰弱していた彼に。


「おい、どうした?」


 グーグは俺に尋ねる。が、答えられるはずもなく、改めてタスカーに対峙する。相変わらずタスカーは弱々しく毛並みを上下させている。


「・・・・・・」


 俺は無言でタスカーの首元に剣を向ける。なんだかやらなければここの一員になれないような気がしたためだ。


「・・・・・・!」


 俺は覚悟を決め、タスカーに体重を乗せ剣を突き立てた。その感触は妙に生々しく、柔らかい。嫌な感触だ。タスカーは「ピギィ」と小さな悲鳴と共に絶命した。


 殺した。俺が殺した。別にそこまで悲観はしていない。そもそも生きるために殺すのは当たり前のことだ。だが、どうしても奴隷のときに死んでいった者たちが目の前にちらついてしまう。完全にトラウマになっている。


「よし、帰るか」


 グーグは満面の笑みを俺に向ける。満足してくれたならいいか。グーグとガックは猪を担いだ。自分の身長よりも大きいタスカーを2人とはいえ軽々と持ち上げる彼らはさすがの肉体といったところか。俺も手伝おうとするが、身長差の為、手伝うことができなかった。


「油断するなよ」


 グーグは俺にそういうと、また来た時と同じように隊列を組む。帰りも危険はあるという事か。いや、もしかしたらタスカーの血の匂いでより危険なのかもしれない。


・・・


 俺たちは行きと同じように問題なく森を抜けた。タスカーはグーグとガック、ジーシが交替して運んで行った。集落ではゴブリン達がグーグ達の帰りを歓迎した。


「今日は大物だ!」

 

 グーグは自慢げにタスカーを見せる。ゴブリン達はタスカーを見て歓声を上げた。どうやら相当の大物らしい。ゴブリン達の中からゴックがガックの元へと走ってきた。


「すごいや兄ちゃん! こんな大物をまた仕留めるなんて!!」


 ゴックとガック、名前が似ていると感じていたが兄弟だったとは。俺には全員の差があまり分からないため気付かなかった。


「いや、止めを刺したのはアキラだ」

「アキラ・・・・・・ああ、人間の事か!」


(そういえばまだガックにはまだ名前を言っていなかったな)


 ガックはニコニコしながら答える。ゴックの目は俺へと向けられる。尊敬の眼差しというのだろうか。こういった経験は初めてなため、すこし小恥ずかしい。


「アキラすごい! でっかいとは思っていたけどこんなおっきな得物まで捕っちゃうなんて!」


 正直、弱らせたものを俺が止めを刺した。それだけだ。これだけならだれにでもできると思う。助けを求めるようにグーグに目をやる。グーグはニッと牙のような黄色い歯を見せ男らしく笑いかける。どうやらこれを狙って俺にやらせたようだ。


「あ、ああ、グーグさん達に手伝ってもらったけどな」


 俺はぎこちなく答える。おそらく大人のゴブリンは気付いているだろうが、子供のゴブリンはそれを信じて疑わないようで、尊敬の眼差しをこちらへ向けてくる。少しではない、とても恥ずかしい。


「じゃ、アレイジばあちゃん、お願いします」


 グーグはタスカーを集落の中央へ下ろすと、昨日会った老婆のゴブリンへ頼む。そこにはタスカーの他に弓で仕留めた鳥や果物などが置かれている。アレイジはタスカーの元へと行き、膝を折る。他のゴブリン全員もタスカーに向かって膝を折った。俺もそれに倣う。


「シルフィーネ様、森の恵みをありがとうございます」


 アレイジは深々と頭を下げる。他のゴブリン達のそれと同時に頭を下げた。


 アレイジの言葉から察するにこのゴブリン達が信仰している神のようなものだろう。自然と共に生きる彼らにはそれが当然なのだろうか。


 俺も皆に倣って頭を下げる。自然への感謝の意を込めて。何かを信仰するのは初めてだが、悪い気分ではない。


 皆が頭を上げ、俺もそれにならって頭を上げる。アレイジは最後に頭を上げた。


「さて、飯と言いたいところだが、紹介したい奴がいる。まぁみんなも知っているとは思うが」


 グーグは俺にこちらへ来るように指示を出す。俺は指示に従い、グーグの傍へといった。


「アキラ、皆に自己紹介を」


 グーグは俺に指示を出す。眼前には十数人のゴブリン達。皆一様に俺へと視線を向けている。


「菅野 暁です。危ないところを助けていただきありがとうございました。よろしくお願いします」

「そういうわけだ。人間だが、悪いやつじゃねぇはずだ。実際、ゴックを助けたこともある。恩には恩を、仇には仇を。そういうわけでこいつはこれからここの一員だ!」


 頭を下げる。周囲のゴブリン達の反応が怖いためだ。ゴブリン達が人間をどう思っているのかは分からない。正直不安だ。


「「「「「おおおぉぉぉ!!!」」」」」


 俺の不安をよそにゴブリン達は歓声を上げる。俺の事を受け入れてくれるようだ。俺はほっと胸をなでおろす。そして、行く当てのない俺はここで生活することを決意した。

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